245話 嫉妬と羨望
2019年 1年間お付き合い戴きましてありがとうございました。
次回の投稿は1月4日土曜日、その次は1月11日土曜日とさせて戴きます。
それでは、皆様佳い年をお迎え下さい。
「フェイルズ隊長」
師団本部の廊下で振り返ると、若い士官だった。胸の所属票に拠れば管理部の人間だ。
「何か?」
「危機管理委員会からの招集状をお渡しに参りました」
招集?
書状を渡される。宛先は自分だ。
「確かに受け取った」
敬礼を返すと、去って行った。
自室に戻ると、目立つ封筒が興味を引いたのだろう、副官がちらちらとこちらを見ている。封を切って、中を検める。
ダイナス・フェイルズ男爵殿。
王都在留の超獣対策特別職に対し、明日10時より王宮大広間にて実施する朝議に出席するよう王命が下りましたので、お知らせ致します。
簡潔な文章だが、色々考えさせられる内容だ。
「委員会からなんと?」
封筒で差出人が分かるらしい。
「超獣対策特別職は明日の朝議に出席せよ、だそうだ」
立ち上がって、こちらに来る。
「明日ですか、承りました。午前中は第11隊との合同演習がありますが、本官が前回と同じようにやっておきます」
委員会の指令は、王命以外の最優先事項ということは、彼もよく承知している。
「ああ、頼む」
この副官ヴェスタ-はよく気が回る。新人隊長でも隊が立ち行くよう管理部が選定してくれたのだろう。
「隊長の方々全員ですか。やはり、あの件でしょうか?」
「だろうな」
†
翌日。
軍礼服で、近衛師団本部に差し向けられた馬車に乗り込むと、先客が居た。
第5隊隊長のビクトール上級大尉だ。
背が高く、魔術師共通の特徴である痩せ型だ。30歳代前半だろうが、鼻髭を蓄え洒脱な雰囲気を湛えている。
「上級大尉殿。おはようございます。同乗させて戴きます」
「ああ、おはよう。フェイルズ大尉」
6月に大量発生した魔獣の駆逐の出動に同行したことがあるので、典雅部隊の隊長の中では比較的顔見知りの方だ。
魔導書だろうか、分厚い書籍を読んでいたようだが、辺りに目を配るとばたんと閉じた。
「では出発します」
扉が閉まって鞭の音が響くと、馬車が走り始めた。
「そうか、大尉も王都に居たのか、気の毒にな」
「気の毒と申されますと」
「ああ、ラルフェウス卿が、アガート王国での任務を終えて帰還した。今日の朝議は主にその話だろう」
「やはりそうですか。ただ……」
そこまで言って考え込む。
「まあ、私も少し変だとは思う。彼を褒め讃えるだけのために、王都に居る特別職を一堂に集めるのは、些か大袈裟だと言いたいのだろう」
「はぁ。何となくですが」
「式典だけなら、1時間も掛からぬが。それだけで済めば、僥倖だろうな」
上級大尉も漠然とした不安があるようだ。
「あのう……伺ってもよろしいでしょうか」
「ん? なにかな」
話を聞いてくれるようだ。
「はい。率直に言って、ラルフェウス卿は強いのでしょうか?」
「ハッハハハ……渋い表情で何を聞くかと思えば。それか」
「はぁ、申し訳ありません」
「いやいや。誰しも気になるところだろう。彼は、上級魔術師に成る前に、既に超獣に匹敵するものを斃しておるし、成ってからも、今回も含め2回超獣を撃滅している」
「はあ」
「第17支援中隊のセザールという男から聞いた話だが」
「はあ」
「退役したペルザント卿の支援をしていたやつだ」
「ああ。はい」
「その者が言うには、超獣を何百ヤーデンも転がしたあと、数十ヤーデンもの長大な光の槍、おそらくは竜爪白炎を幾本も繰り出して串刺しにしたそうだ」
「まことですか? 竜爪白炎と言えば限定解除した上級魔術、それを複数本など。考えられません。何かの見間違いでは」
「華が開くように見えた、そう言うのだから、間違ってはおらぬだろう」
「ふむぅ……彼は何者なのでしょう」
上級大尉は、客車の天井を見上げ瞑目した。
「さあなあ。口さがない者達の間では、地に降りてきた天使様という噂もある」
「天使!?」
「ふふ。突飛なものでは止ん事無き方の落とし胤とかな。陛下のお気に入りというのもあるが」
「まさか!?」
噂にしても不潔な。
「噂だ噂。この間、ラルフェウス卿の父親が男爵に叙爵されて、王都にやって来たのだが。顔がかなり似ていたのでご落胤の噂も消えたがな。はっははは」
「そうなのですね」
「まあ、魔力は確かに凄い。近くに行けば賢者のおふたりにも負けぬ、魔界強度を感じた」
「そうですか」
「まあ、ここで褒めてやることもない」
「はぁ……」
上級大尉の言で考え込んでいると、あっという間に西門を通り抜け、通りの先に王宮が見えてきた。
王宮西苑に入り、車寄に馬車が横付けされた。執事に案内されて謁見室に入る。
ここに来ると、2月の上級魔術師となり爵位を叙爵された時のことを思い出す。もう、あれから5ヶ月か。対超獣の支援出動は1回、対魔獣は2回出動したが、大した戦果を上げられてはいない。
残念ではあるが、他の隊長達に劣るものではない、そう思っている。
広間には、文官が十数人、それに軍礼服の軍人が20人程立って居る。その中にざっと3割は緋色連隊の紅い制服だ。
陛下達がお出ましになる20リンチ程の階の上にはまだ誰も居ない。
まだ10時には少し間があるからな。
あれは、3賢者のおひとり。電光バロール少佐……!
その横に白い一般人が着る普通の礼服に身を包んだ少年が居た。
ラルフェウス・ラングレンだ。
俺と同時期に超獣対策特別職に任官したが、軍に入らなかった男。俺よりも10歳は若いはずだが、その魔術の手腕は既にミストリア屈指と言われている。
キラキラとよく光る金髪と少女にも見える白皙の顔。何やら眩しく見える。
少佐と何事か楽しそうに談笑している。少佐が何かと目を掛けているという噂だったが、本当のようだ。
ん? あれは?
少佐が摘まんでいるのは、ラルフェウス卿の首から斜めに掛かった掛け帯だ。
まさか?
その時、横にビクトール上級大尉が来られて小声で呟いた。
「ラルフェウス卿は、子爵に陞爵だそうだ」
「子爵!!」
おっと、少し声が大きかった。
ラルフェウス卿は、こちらを見付け軽く会釈した。
慌ててこちらも返す
「子爵……というと、賢者に昇格ということですか?」
いやまさか、彼は既に超獣を2回撃滅した。しかし、賢者になるには、流石に功績が足らないと思うのだが。
「さあな。そうなったら大抜擢、異例中の異例だな」
「確かに」
子爵になるだけで驚きだというのに。
ラルフェウス卿とバロール少佐が同時に、階上を向いた。
袖から誰か……おっ!
出てこられたのは賢者グレゴリー師、超獣対策特別職の筆頭だ。皆が会釈する中、降りてこられた。
その後、階上にぞろぞろと人が出て来る。
近衛師団長、参謀本部総長、首都防衛総監……流石は朝議。
将官の軍人が並ぶ。その後は、軍務卿、外務卿、内務卿、法務卿と閣僚がそろっていく。少し緊張してきた。
「国王陛下、御入来!」
広間にその声が響き渡ると、床に居る者は跪いた。
「お直り下さい。それでは本日の朝議、第2部を挙行致します。宰相閣下お願い致します」
宰相フォルス候ゲルハルトが、着座された陛下に会釈して、演台の前に立った。
「本日前半の朝議にて、決定された事項を改めて説明する。大きくは2項目である」
2項目? 上級大尉の懸念通りか?
「まずは、ラルフェウス・ラングレン臨時大使、前に出られよ」
そうだ。アガート王国派遣に伴い大使を拝命されていたのだった。
「はっ!」
男としては、綺麗でよく通る声で返事すると、階の前に進み跪いた。
「大使は、先の派遣において、陛下ご下命の通り超獣を撃滅すると共に、後程説明する外交交渉を実施し、特に我が国との条約樹立に向けた合意に尽力された。その勲功抜群につき、本日ただいま爵位を賜る」
外交もしたのか……。
「はっ!」
彼は段の下まで間近に進むと、再び跪いた。
「ラルフェウス・ラングレンに子爵を与える。なお爵位に対しては領地ではなく金銭をもってするが、同人の生存中に限るものとする」
永代ではなく一代の宮廷子爵。それだけか?
陛下から賜った巻紙を宰相を経由して受け取った。
「ありがたき幸せ」
「陛下、お言葉を」
お言葉……異例だ。
陛下が立ち上がった。
「うむ。子爵は朕が命をよく果たし、殊勝である。引き続きの任においてもますます励むよう」
引き続き? 大使のことか?
「はっ!」
「うむ。よい機会だ、集まった上級魔術師よ! 一言言っておく。こたびラルフェウス卿が陞爵したのは、超獣を撃滅したのみには非ず。重きは外交である。逸って、無理をするな。諸君らは国の宝であることを肝に銘ずるのだ」
外交か。しかし……。
陛下が着座され、宰相閣下が引き取る。
「では、2番目の項目を説明する。我が国は、アガート王国と安全保障特別条約を結ぶことで同意した。これは通常の軍事同盟ではない。超獣対策に関するものである。つまり、いずれかの国から要請があれば、たとえ軍人であっても諸君ら上級魔術師とその随員を、要請国に派遣できるという特約が結ばれる」
なんと……!
平時において、我ら軍人を他国に派遣することは、130年前近隣12国で結んだ合意に反するはず。新条約はそこに穴を明けた……。
それを、ラルフェウス卿がとりまとめたのか。
確かに、大きな手柄だ。
なぜならば、この条約は片務だ。
上級魔術師を充実させている我が国が、他国に派遣を要請することはない。
そんなことは、周辺国も十分理解している。
今回要請したアガート王国は屈辱だったろう。
たとえ相手が超獣であっても自らの手で国を護れないと、内外に宣言することになるわけだからな。しかも、それが軍隊となれば大幅に威信が下がる。
アガート王国としては、背に腹は代えられなかったということか。しかし、それを決断させたのは、ラルフェウス卿の武威なのだろう。
「そして、対象国はアガート王国に留まらない。他にも広く条約を結ぶ国を募集する。それが実現した暁には、ラルフェウス卿以外の諸君達も派遣することになろう」
†
朝議と言っても、ほぼ式典の様相であったが、終わった後、緋色連隊隊員のみで集まって話した。
ラルフェウス子爵のお陰で、仕事が増えると吐き捨てた隊長も居たが、賢者グレゴリー師が窘められた。私も同意見だ。陛下も仰ったように、陛下の意に従って活動したのだから、彼の所為ではない。
ただ、嫉妬は論理ではない。
陞爵したのは良いが、彼もこれから大変だな。
「大尉殿、本部へ着きました」
「おう。ご苦労」
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ブクマもありがとうございます。
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訂正履歴
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/09/25 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




