215話 老婆心と用心
用心。いい言葉ですね。小生、用心深いかも知れません。台風に向けて買った、冷凍食品早く食べないとな……。
ふう。
陸軍統合会議が終わった。
予定では2時間だったが、休憩を含めて3時間を超えた
いささか疲れた。目頭を抑えて一息吐き、配られた書類をまとめる。
上級魔術師のラルフェウス卿の件が、話題になった。
メディル辺境伯領における魔獣大発生を鮮やかに駆除したとの報告があった。
直接軍とは関係のない彼の話題が、ここでも出て来る辺り。無視し得ない存在となったということだ。それにしても1週間で、任務達成とは新記録らしい。
将軍達が三々五々会議場を後にして行き、人影がまばらになった。
「ガレロン総長殿」
名を呼ばれた。
振り返ると、腹に脂が乗った男が居た。軍服がパツパツだ。
「これは、パウルス師団長。何か御用ですかな?」
彼は第2師団長だ。
同師団は王都防衛、我々参謀本部は外征向けの軍組織、接点はほとんど無い。個人的には向こうが士官学校の2年次先輩に当たるが、同じ大将同士、さほど仲が良いとは言えない。
だが。わざわざ俺に声を掛けるとはどういう風の吹き回しだ?
「うむ。あー、なんと言ったかな。参謀本部付の参事官」
「はあ、本部に参事官は4人居りますが、どちらの?」
何となく分かるが、韜晦してみる。
「ふむ。先月だったかな。陛下の御前で、さっきの話の出た……ラルフェウス卿だったかな。彼を告発しようとした……貴官もそこに居ただろう」
やはりそうか。
「ああ、ターレイですな」
師団長は、小刻みに肯く。
「そうそう。ターレイ参事官だ」
「彼がどうか致しましたか?」
「ああ、いや。何と言うことも無いが。最近下の者が、何かとその参事官の話をしているのでな」
「はぁ……」
下の者?
何が言いたいのか?
世故に長けた、彼のやや肥えた顔からは何も読み取れない。
「ふむ。まあ、元は軍務省の者だろう。まだ任期中ではあろうが、戻してはどうかなとな。老婆心だがな。ああ、ゼーゼル。すぐ参る」
手を振った先、出口で彼の副官が控えていた。
「まあ考えて見てくれ。ではな。ガレロン」
「はっ!」
のっしのっしと会議室を辞して行く師団長を見送った。
戻す……。
有り体に言えば、参謀本部から追放せよと言うことだ。しかも、任期切れまでグズグズするのではなく、もっと迅速にという意味だろう。
下の者というと。第2師団長が掌握する部隊は、第1から第3までの王都防衛連隊、そして治安維持の黒衣連隊だ。おそらく下の者とは最後の連隊のことに違いない。
ターレイめ。何をやったんだ?
直ちに確かめねば。
† † †
「わあぁぁ、お兄ちゃん。ありがとう。大きい鏡、欲しかったの!」
ソフィーが満面の笑みで俺の腕を取ってブンブンと振っている。
高さ2ヤーデン幅80リンチ程の姿見を、館のソフィーの部屋、その壁に設置したのだ。階につづく掃き出し窓の横だ。
鏡の前に立つと身を捩って映り具合を確認している。
こういう仕草は、8歳でも立派な女だ。
「気に入ったか?」
「うん。すっごくうれしい。この枠の飾りも、とってもお洒落だし」
王都に戻って4日が経った
青や赤の石が木枠に埋め込まれている。
そのすぐ横の鏡面。生温かい視線が反射していた。
「いいなぁ、いいなあ。ラルちゃんは、もう一人の妹がここにも居るのを忘れてるのかなあ」
ローザと一緒に控えて居たアリーだ。
出動時の凛々しさが、本館に居る時は欠片も感じられない。
「あなた、この間も結構なお給金をもらったばかりじゃない」
ローザの説教が始まりかける。
確かに国家危機委員会から出動報償金を受け取ったので、皆にも手当を出した。
「お姉ちゃん、それとこれは話が別よ! それに、これは魔石でしょ! ラルちゃんのことだから……これ、普通の鏡じゃないよね」
鋭いな。
骨董品店で買った物に、俺が手を加えた部分だ。
「ソフィー、手を出して」
「んん?」
葉っぱのような可愛い掌を出してきた。
「ここの紅い魔石を触ってごらん」
「うん」
ソフィーが右の枠に填め込まれた魔石を触った。
魔石が鈍く光ると、鏡面が濡れるように色が変わった。
「わぁ……何、これ?」
「うわぁぁぁ、壁に穴が開いた!」
騒ぐなアリー。
濡れるような鏡面の揺らめきが収まると、木枠の向こうに、この部屋と同じぐらいの部屋が続いていた。
「すごーい、抜け穴だぁ」
「ちょ、ちょっと。待って? おかしいよ。だって、この壁の向こうは、外だよ! こんな奥行き取れるはずが。ラルちゃん、どういうこと?」
アリーの言うことも分かる。脇にある窓には、蒼い空と白い雲が見えている。つまり屋外だ。
「本当だ、すっごい不思議」
アリーはヒクつき、バルコニーに出ていった。
でっかい声で、嘘だーとか叫んでる。向こうから見れば。
戻ってきた。
「穴なんかないよ。出っ張っても居ないし」
そういうことだ。
ソフィーは無邪気に喜んでいる。
「どういうことよ?」
「亜空間だ」
「あくうかん? あくうかんって何よ?」
「ああ、ソフィー、中に入ってみようか」
「うん。入れるの?」
「もちろん。自分で入れるか?」
アリーが、横でプリプリ怒っているが放置だ。
「入れるよー」
ソフィーは、スカートを持ち上げると、枠の下を跨いだ。そのまま、ささっと入って行く。
「おっ、お嬢様、お待ち下さい。だっ、大丈夫でなんですか?」
控えて居た妹付きメイドも慌てて後に続く。今、一瞬俺を睨んだよな。
「うわっ、本当に入れるし」
入ろうとしたアリーの寸前で、鏡面がすうっと復活した。
「痛! あっ、あれ? ちょ、ちょっと、入れないじゃない!」
ベタベタと鏡面を手で触っている。
指紋が付くだろう指紋が。
「あっ、そうかぁ!」
一瞬得意そうにこっちを向いてから、さっきの紅い魔石をアリーが触った。
「あっ、あれ? ラルちゃん、開かないけど。どうなってるの?」
「どうもこうも。アリーが開けられるようにしてないからだが」
「ちょーー! 贔屓過ぎる!」
そう言っていると、また鏡面が揺らめいて開いた。
「なぁに、アリーお姉ちゃん?」
中から、ソフィーが開けた。
「ううん、何も。アリーちゃんも入って良いかな」
「いいよう」
「じゃあ、お邪魔します! べーーっだ!」
アリーは、舌を見せつけて入ってった。
【勇躍!!】
「へぇぇ。中から見るとこうなってるんだ! って! ラルちゃん、どっから入ったのよ」
「俺が作った空間だ。どっからだって入るさ」
「ふんだ!」
その影で、パルシェが一瞬、俺に向けて臨戦態勢に入ったが、すぐさま戻した。
うーむ、勘が良いな。
スードリに付けて、学ばせても良いかも知れない。
「ねえ、ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「ここの部屋は何なの?」
穏やかな明るさがある直径15ヤーデン程の丸い部屋だ。床も堅くなく柔らかい。
そして壁には鏡の枠と同じような四辺型の窓が4つある。
「うん、そうだな。もしもだ、もしも何か恐いことがあったら、部屋からここに逃げるんだ。ここはそう言う場所だ」
「こわいこと?」
「ああ。この館は、滅多なことでは誰も手が出せないし、パルシェも居るけどな。何か有ったら、お兄ちゃんも凄く悲しいからな。そうならないように用心だ、用心」
「用心……」
「うん。だから、普段遊ぶ為に入っちゃ駄目だぞ。それにみんなには内緒だ。いいな」
「はい!」
良い返事だ。頭を撫でてやる。それを、アリーとパルシェが同じような目付きで見ている。
「ああ、この向こうに、サラお姉ちゃんが居るんだけど」
別の窓だ
4つの窓の内、明るく見えるのは2つだ。
「ああ、地下の区画に続いてる。触ったら向こうにも行けるけど。仕事しているから邪魔しないようにな」
「はい!」
「ソフィーは良い子だな。じゃあ、外に出ようか」
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訂正履歴
2019/09/11 会話の構成をいくつか調整(話の筋は変えていません)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




