211話 新魔術を手に入れる
最近手に入れて凄く喜んだもの……あんまりないですねえ。ちょっと前だとスマホなのかなあ……。何でもかんでもコモディティ化しちゃいますねぇ。
光が床から立ち上がり、像を結ぶとエルフ女性の姿となった。整ったと言えば整った無個性な顔。
だが、そこに気配はない。
ただの光だ。
グルゥゥゥゥウウウ。
それは、セレナも分かっているのだろう。像に向かって臨戦態勢だが飛び掛かりはしない。
「古代においては。人の名を訊く前に、自分が名乗れと躾けられなかったか?」
───ああ、我は元々生ける物ではないのでな
───名は ニトクリスとでもしておこうか
魔導仕掛けか、残留思念体でもないのか。
本当ならば相当高度な技術を使われているということになる。
いずれにしても、これではっきりした。魔獣の大発生には何らかの理由があったと言うことだ。
「俺はラルフェウス・ラングレン。上級魔術師だ」
───上級魔術師 上級が何を意味するかは知らぬが 確かに侮れぬ面構えだな
「そんなことより、仲間はどこに居る?」
彼らがどこに居るか、それ以前に俺がどこに居るかすら分からない。
俺の魔感応にも反応がない。
それ以前に感覚がまともじゃない。気分の悪さが半端ない。
───仲間?
───一緒に居た人間共か
───待て待て 魔圧を練るのはそれぐらいにしてくれ こちらに害意はない
何も無かった所に、床からぼんやりと光が立ち上がった。ニトクリスと同じように。
「バルサム! ゼノビア!」
思わず、近付く。トラクミルも見えた。
3人がそこに居るようにしか見えないが。やはり気配はない。
試しに手を差し出してみたが、やはり何の抵抗もなく突き抜ける。単なる光の像だ。腕に遮られていた上方には像を結んでいない。
どういった仕組みか分からないが、地から光が投影されている。思わず地に手を付ける。
それはともかくも、これが現在の画像ならば、無事のようだ。少し安心する。
像の動きは皆で何かを探している。俺とセレナか。
───ふふふ 見た通りだ 仲間とやらは地上に戻しておいた
地上? 本当にそうかどうかは確認できないが。
「俺に何の用だ?」
分けたのはそういうことだろう。
───話が早くて良い
───15日前 聖配置を壊したであろう?
「聖配置? なんだそれは。そもそも15日前と言えば、俺達は遺跡から1200ダーデン北、いや1100ロメータル北に居た。壊すことはできない」
ロメータルは古代の距離単位だ。
───ふむ 言葉に嘘はないようじゃな
「俺の思考を読めるのか?」
───そこまで便利ではない
───汝がいる場所はセレーテルが充満している故な 感覚が伝わるのじゃ
セレーテル。セル=エーテルか、直訳すれば虚無を満たす物。
魔導波が減速されているのは、その所為か。
ちっ! 俺とセレナが居ないことに動揺しているからか、バルサム達の動きが鈍い。
三人の背を寄せる体勢から見て、魔獣に囲まれているようだ。
───どうやら あちらが気になるようだな
「話をするなら、俺だけで良かろう。このセレナを、あそこに送れ!」
「ラルフ? いや!」
───ほう 口を利けるとは 神獣の類いか 良いだろう
セレナの姿が黄金色に染まっていく。
「ラルフ!!」
「ここのことは言うな。俺は無事だと伝えて皆を護ってくれ、セレナ!」
膝を地に突き命ずる。
ブーンと空気が揺れ、セレナが霞むとその姿が掻き消えた。
───送っておいたぞ
「一応感謝しておこう。もっともこの状況を作ったのは、あんただがな。それで用件は?」
───思った通り 突き抜けた能力の割に善良な質だな
「そうかな?」
───用件だったか 聖配置の復活だ
「聖配置とは何だ?」
───当地の竜脈を制する魔導陣でな
数分に渡って説明があった。要約するに、地に埋めた3基の魔導器で作る陣。竜脈から放たれるいわゆる気の出過ぎを止めるもの。正体不明のエルフ女性の主人が2144年前に構築したとのことだった
「それはまた古い話だ。その魔導器が15日前に掘り出されてしまったと?」
───その通り 崖崩れでな 力場が露呈してしまったのだ
───それで 何者かが魔導器を一基を掘り出して 移動したのだ
「それと今起こっている魔獣の大発生と関係があるのか?」
時系列的には付合する。
───ああ 不完全な魔導陣では 虚の生態系への悪影響を抑えきれぬ
虚の生態系──
───口ぶりからして 魔導器の行方に関して心当たりがあるようだが?
「まあな。それを奪い返して、再び埋めれば良いのか?」
───そうだ 汝に可能か? 可能であればそう願いたいが
この女。
ガルやゲドと余り変わらないとすれば。その影響力は遺跡内部に留まる。自分では如何ともしがたいのか。
「わかった。その依頼受けてやろう」
無限に魔獣が発生しては洒落にもならん。
「ところで、奪われた魔導器の大きさはどれほどだ? このくらいか?」
魔収納から、人間の頭部大の魔結晶を取り出す。手首を捻って宙に浮かし受け止める。なかなか良い重さだ。何度か投げ上げた。
───ふふふ もう少し大きいな 青紫の魔石に金の器が被っている
「わかった。それを、どこに埋めれば良い?」
また地が光ると、上空で見た地形と同じ画像が現れた。
───ここだ
画像の3点が輝く。1辺200メータルが綺麗な正三角形だ。そのひとつが点滅している。さっき入った入り口から西へ70ヤーデン、北へ30ヤーデン位……なんだ、さっき崖のような地形が崩れていたところだ。
───深さは5メータルから100メータルであればいい
「ちなみに、聖配置やらは1辺200メータルの正三角形であればいいのか?」
───そうだが 何をするつもりだ?
「まあ、任せておけ」
───では 汝の実験も済んだようだし 送る必要があるかな?
「ほぅ……」
───先に床に手を付いていただろう
「バレていたか」
セレナが転送されるとき転送魔術を習得した。床に手を突き術式を読んだというわけだ。それは創世記の記述を思い出したからだ。
虚無の闇に神は唱えた 光あれと しかし混沌の支配は緩まず 成すことはなかった 未だ時期に非ず 神は待った 1万年に1度光あれと唱えた 幾たびも試みたが混沌は衰えることはない 神は諦めなかった 数えること39度目 ようやく 遍く光が行き渡った 神は光神となった──
遺跡で得られた、古代エルフの遺産をもって解読すれば。
開闢以来38万年、宇宙が冷えたお陰で多くの電子が消え、光が直進できるようになった。昼が明るく、夜空に星々の輝きが見えるのはそのお陰だ。
光波には電子、魔導波にはセレーテルと言うわけだ。だからセレーテルが満たされた空間では魔束は透り辛い。だが床は別だ。ニトクリスが行使した魔術は、すべて床を経由した物だった。
───汝は 智慧の器を持って居るようだな
知識を受け入れる素養のことか
「ああ、いくつかは受け継いでいる」
───面白い 築きたる物を途絶えさせても詮無い
───汝ならば活かせるであろう 受け取れ!
目の前に輝く6角錐が現れた。
ガルの遺跡のあれと同じだ。
腕を伸ばして触った瞬間──
おお!
またしても眼の裏に目まぐるしく、情報の奔流が流れ込んだ。
しかし、初体験ではない。数十秒の酩酊状態の後、再び立ち上がる。
「報酬は前払いでもらった、勤めを果たすとしよう」
【勇躍!!】
微かな浮遊感の後、眼を開けると月夜だった。
月影が城壁に射している。
ふうぅぅ。魔感応が戻ってきた。
どうやら,念じた通りの場所に転位した。
ボアンとは段違いに大きな城壁、ここはメディル辺境爵領領都だ。
重力魔術──
空間と慣性を操作できる術式を手に入れた。
今は、それが何を意味するかは、微かにしか分かっていない。解読が必要だが、魔術としては、既にいくつか使える。そのひとつが 勇躍。
60ダーデンを一瞬か。飛行魔術も形無しだ。まあ使用魔力量は段違いだが。
ともかくも領都に来られた。
仕事を始めよう。
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訂正履歴
2019/11/10 転移→転位
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2020/02/21 誤字訂正(ID:702818さん ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




