204話 妹という存在
兄を懸想する妹……幼い頃限定ですかねえ。遠い目……。
「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございます」
王都館に帰って来た。
モーガン、ブリジット。それにマーヤはじめ4人のメイドが出迎えてくれる。増えたなメイド。他に一緒に帰って来たパルシェも居るしな。3階の従業員部屋もまだ空いているが、別棟に入っている。
「ああ、予定より長くなったが、変わったことはなかったか?」
「いえ、特には」
「そうか。ご苦労」
「はっ!」
自室に戻って着替えさせて貰い、居間に行く。
「ただいま」
「ああ、ラルちゃん。お帰り」
「うん。一昨日は祝えなくて悪かったな」
「ああ、アリーちゃんの誕生日ね」
そう。そう言った訳で、もう少し早く帰ってきたかったのだが。親父さんの無言の引き留め圧力とコボルトの世話とかあって、ぎりぎりになってしまった。
「大丈夫よ! サラやレーゼちゃんに祝ってもらったし」
「そうか。良かった」
「うん。明日、またラルちゃんの誕生日会やるってモーガンさんが言ってたし。その時に祝ってもらうから」
「そうだな」
†
翌日は誕生日を結構盛大に祝ってもらった。
ギリギリというのはそういうことだ。招待客を呼んでいたので、戻ってくる必要があったのだ。
ドロテア義母様やその取り巻きの貴族も来てもらったし,久しぶりにディアナさんとも会って話をした。何でも婚約者ができたそうで、しばらくしたら発表されるそうだ。
まあ何はともあれだな。
オルディン夫妻も来られた。
あちらでの話が耳に入ったようで、コボルトの言葉を喋れるのかという話になり、試しに適当な挨拶をしてみたら、夫人に思い切りウケて大笑いされた。朗らかな人だなあと思う。
あとは学院のクルス君とヨーゼフ君も来てくれた。ペレアス君は実家に戻っているそうだ。彼等はまだ夏休み期間だからな。結局俺は、学院生として夏休みを過ごすことはなかったし、実感が湧かない。気を遣ってくれていたが、流石に距離を感じた。
†
「お兄ちゃん、大好き!」
服飾品店を出ると、ソフィーに腰の辺りをギューと抱き付かれた。
王都の西地区に来ている。
エルメーダでソフィーと約束した、一緒に行って欲しいところに連れてきたのだ。
モーガンが、それならば外商、店舗ではなく顧客の家などに商品を持ってくる商人を呼べば良いと言っていた。商品を手に入れるだけならその方が早いし、貴族も男爵ともなれば、そうするのが普通らしい。
だがソフィーにとっては、買いに来る行為自体が楽しいそうなので、敢えて来たのだ。まあ、彼女が貴族に染まるのは、エルメーダで暮らすようになってからでも遅くはない。
「これ大事にするからね」
真新しい首飾りを弄っている。
昨日ソフィーが刺繍を入れてくれたハンカチをもらったお礼も兼ねて、欲しいと言っていた物も買い与えたのだ。
よしよしと、艶やかな髪の頭を撫でていると、5ヤーデン位離れたところで背の高いドワーフ、パルシェが半眼で俺達を眺めている。
ローザも連れて来るつもりだったが。
『私が行くと楽しめないと思いますので、館に居ります』
そう変に気を回すので、一緒に居るのは3人だ。
ちゃんと約束も果たしたので、非番が明けても心おきなく出動できる。
出征前に約束を残していくと無事に帰還できないという迷信がある。俺は信じては居ないが、周りの者に心配させるのは不本意だ。
ふと、パルシェの方を見ると、瞬間的に表情を弛めた。その直前には眉間に皺を寄せていた。この守護メイドは、ソフィーと俺が接触するを快く思っていないようだ。ソフィーの保護は、俺が命じたはずなのだが。
俺より近しい所に立ち、内心は俺のことをソフィーに集る羽虫ぐらいに思っている気がする。俺が雇い主で、ソフィーの兄でなけれは、シッ! と追い散らされそうだ。
実に頼もしい!
引き続きがんばってくれ。なんなら報酬を上げようかな。
「そうかそうか。でもなソフィー。8歳になったんだからな。淑女らしくしないとな」
「わたし、ちゃんとしてるよね?! パルゥ!」
「はい。お嬢様!」
サラがパルシェのことをガキ大将だったとか言っていたが。全くそんな気配はない、楚々とした佇まいだ。付いているメイドがしっかりしていないと、主人のソフィーの名前に傷が付きかねないとモーガンに言われたようで、殊更大人しく振る舞っているようだ。
「うーん。それなら良い。俺は6月になったらまた出掛けることもあるだろう。その時は、しっかり勉強しているんだぞ」
「……や!」
いや、やっ! って言われても。
「ソフィーも一緒に行く!」
「お嬢様! ご無理を仰ってはなりません」
「えぇー……」
懐いてるなあ。子供心にも、自分のことをいつも考えて居る者のことが分かるのだろう。
「帰りましょう」
「……うん」
ソフィーは俺に巻き付けた腕解くと、俺の手を取り、反対の手でパルシェの手を取った。それは辻馬車に乗るまで続いた。
† † †
そして6月。
非番が明け、月番になった。
慌ただしく事務仕事をしていると、執事が急を知らせてきた。
委員会の使者が、公館へやって来たのだ。
ダノンと対応する。ローザとヘミングも付いて来た。
応接に入ると使者が立ち上がった。1ヶ月前とは別の者だ。
「国家危機対策委員会からの指名出動に関する綸旨にございます!」
「はっ!」
指名出動だと?
「光神暦381年6月6日までに、メディル辺境爵領領都ワナークへ赴き、当地に出現している魔獣群を討伐せよ。子細は使者が携える命令書に記す。仍って件の如し。6月2日 国家危機対策委員会 総裁ケルヴィム・バルドゥ 記す。以上にございます」
跪いていたが、立ち上がる。
超獣ではなく、魔獣群か。どうやら大量出現しているようだな。
「指名出動と承ったが、ウチ単独の出動と言うことか?」
「その通りです」
今回は深緋連隊は、出張しないらしい。
魔獣群対応となると、人員の多い軍を指名する方が良い気がするが。折角の指名だ。
「わかった」
命令書を受け取る。結構有るな、20枚位か。2部あるので1部をダノンに渡し、目を通す。
申請は5月末日。ウチの非番が明けるのを待っていたとか?
ん?
んん?
んんん?
読み終わった……。
慎重に読んだので、読むのに2分も掛かった。
「ここに書かれていることは、本当か?」
「と、仰いますと?」
「この……」
命令書をぱらぱらと捲り、該当箇所を指す。
「……魔獣出現場所が既に特定されているとの記述だ」
使者が俺の手元を覗き込む。
「はっ、はい。あのぅ、特定されています。ここに書かれている遺跡です」
ファルトゥナ遺跡──
結構有名な遺跡だ。
面倒だな。それはともかく。
「承ったと総裁にお伝え下され」
「はっ!」
ん?
用は済んだはずだが。立ち去る気配がない。
「何か?」
「いえ。男爵殿は、本当に命令書を全て読まれたのでしょうか?」
「ああ。待たせて悪かったな」
「いえいえ、上級魔術師によっては。全て読まれるのに数時間掛ける方がいらっしゃいますが」
「そうなのか? では今回は、命令書の枚数が少なかったのだろう」
「あっ、あの、いえ、はぁ……」
何やら使者の挙動が怪しい。
「失礼しました。では、これにて戻ります」
「役目大儀」
使者を見送り、執務室へ戻ろうとすると。ローザとダノンが笑っている。
「どうした?」
「いえ、別に」
変な感じだ。まあいいが。
「では、ダノン。下打ち合わせを」
「あっ、あのう。御館様」
後ろから声が掛かる。
「何だ、ヘミング?」
「もうすぐお昼ですので、その後でもよろしいでしょうか?」
「では、2時からにしては如何でしょう!」
ローザが割り込んできた。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2019/07/27 パルシェの記述を補足。細々訂正
2019/09/01 誤字訂正
2020/02/21 誤字訂正(ID:702818さん ありがとうございます)
2022/09/25 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2023/03/04 誤字訂正(ID:1552068さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




