199話 レイア勧誘
人間の骨って、何か微妙ですよね。普段見慣れた物でもないし。ただ頭蓋骨がない、あるいは原型を留めてなければ、さほど気味が悪くはないっすね。
「ダダム孔、白骨?」
レイアは、この男は何を言い出したという顔だ。
「その死体は、死後相当な年月が経過しており、1人は我が祖先にして過去当地の領主だった者と分かった。残りの2人も父方、母方の我が一族に当たる」
「そっ、それはまた……昔のラングレン男爵」
徐々にレイアの顔が強ばって行く。
「着衣には多量の血痕があり、頭蓋に大きな穴が空いていた者もあった。つまり、3人は殺害されたということだ。時に前任のご領主ガスパル卿は、ダダム孔を立ち入り禁止にしていたと聞いたが、どういった理由かご存じか?」
「ああ……いっ、いえ。理由につきましては危険だからと聞いて、詳しくは存じ上げませんが」
まあ俺が入ったときは結構危険だったかもな。補強したり取り除いたから、今は違うが。
「ただ、我が父の代には既に立ち入りが禁止されていたはずです。家令がそう申しておりました。兄が……いえ、兄をお疑いなのでしょうか?」
ローザが、身を乗り出してレイアの肩に手を置く。
「あなた! レイアさんが動転されているではありませんか。ああ落ち着いて。殺害されたのは随分前……50年以上昔のことだから」
「そっ、そうでした。しかし、それでも私のお爺様が……」
「さて、そこまでは分からないな」
「はぁ……そっ、それで、なぜそのことを私に?」
「うむ。まずはレイア殿に知っておいて欲しかったからだ。その上での話だ。父があなたに協力を依頼した、当地の政を手伝って欲しいと言ったこと、受けて欲しいと頼みに来たのだ」
「はっ、はあ?」
レイアの視線が、俺とローザに行きつ戻りつする。
「いっ、いや。なぜです? 私は、あなたの祖先を殺した者の子孫かも知れないのですよ? 私が言うのは憚られますが、正直その可能性は低くないでしょう。あなただってそう思っていますよね?!」
「確かにな。だからどうしたと言うのか? 先祖が犯罪を犯したとして、その罪が子孫に及ぶと光神様は仰ったことはあったかな?」
レイアがぐっと詰まる。
「それは分かりましたが。なぜ男爵様がお越しになったのですか?」
「私が、父に推挙したからだ」
再びレイアが訝しむ。
「なぜ私を? お目に掛かったは、初めてですよね?」
「この姿なら、分かるかな?」
【擬人装】
「なっ! まっ、魔術? って、あなたは!」
「お久しぶりですな、レイア殿」
「声が……ああ……あの烈女。凄い剣幕な女村長と一緒に城に来た……」
「ヒューゴです」
「そう、そんな名前だった。くぅぅ。魔術……こんなことまでできるとは……」
【解除擬人装】
「はぁぁ。以前に会っていたことは分かりましたが……私には資格がありません。やはり、お断わりしようと思います」
「ふむ。では訊くが。以前統治を手伝っていたのは、なぜだ! 領民を助けるためか? それとも兄を扶けるためか?」
ううっと詰まる。
「両方です……」
正直だな。
「ならば! 兄が領主でないなら、領民は扶けないと言うことだな」
「むう! わっ、私がやらずともラングレン卿には御家臣が何人もいるでしょう?」
「自分で確かめてみてはどうだ? だが、この招請に応えなければ、以前行ったレイア殿の取り組みが嘘になるぞ!」
「嘘?!」
レイアの眉が、ガッと逆立つ!
「大理石売却業者の再選定、灌漑用水の開削、営林の改善と植樹の促進……レイア殿が出した建白書に書かれた提案は、立ち消えになっても良いのか? 領主が変わったからと言って放棄するなら、それは嘘だ!」
美しく整った顔が、少し歪みつつ俺を睨み付ける。
いいぞ!
「なぜ、それを! ガスパル領政府でも主立った者しか知らなかったはず!」
「さてな……」
ローザが、なぜか大きく肯いた。
対照的にレイアの表情は難しくなり、瞑目した。
「はあぁ……あなたに乗せられることにします」
「何?」
「私は、招請に応じると申しました。至らぬ者ですがよろしく頼みます」
「勘違いしないでくれ。仕えるのは私ではない、父だ」
「わっ、わかりました」
†
聖堂を出ると人集りができていた。中に居るときから魔感応で分かっていたが。
馬車が停まっている空き地に出て行くと、時折喚声が上がり、俺達を見ながら何やら囃している。
年配の小太り男が、俺の前に進み出てきた。
すかさずレプリーもこちらに寄ってきた。
「と、当地の村長をやっております。ドゥエムと申します」
「出迎え、ご苦労!」
「はっ! 御領主様のご子息様と伺いました。お目に掛かることができて光栄です。よっ、宜しければ、我が家にてお持てなしなぞ……」
「申し出殊勝ではあるが、生憎忙しい身なのでな。志はありがたく戴いておく。饗応は、またの日にさせてもらう」
「はっ! 楽しみにしております」
ほっとしたような表情で、肩が落ちた。
領主の一族が来た。なのに、持てなしもしなかったとなれば、後に叱責を受けるかも知れないと、怯えつつここへ来たのだろう。
「うむ、ではな」
そう言って、先にローザを馬車に乗せ、自分も手を振ってから乗り込んだ。
馬車が走り出した。
しばらくしたら、また文字通り飛んで帰るが。今はまだ村民の眼が有る。暫くは、このまま走ろう。
「皆、ローザのことを綺麗綺麗と言っていたな」
「ふふふ。確かにそうは言っていましたが、主に年配女性が。あれは旦那様のことを囃していたのです」
「そうは思えないが」
「そうなんです。それより」
ローザがぎゅっと身を寄せてきた。
「ん? どうした?」
「いいえ。レイアさんがかなり綺麗なので、気を揉みました」
「はあ?」
「側室をお望みではないのかと」
「何を馬鹿なことを……」
「そうですね。ここに私をお連れ戴いたのも、ちゃんと気を使って戴いているのですものね」
「それにしても、レイアさんのことをちゃんと調べていたのですね。義父様に推挙したと聞いた時は、領民の評判がよかったからかと思っておりました」
ああ、そうか。
親父さんと話したとき、ローザは居なかったからな。
「調べたのは、スードリ殿ですか」
「その通りだ」
スードリ達が行った諜報の成果だ。
旧ガスパル領政府の主立った者の大半は、王都に召喚されており、ラングレン領政府に登用されていないからな。
ああ、あの時ローザが肯いたのは、そういうことか。
「ともあれ。本当にあなたは、やさしいのですね」
「ん?」
「レイアさんに、きつく言ったのは、彼女が落ち込んでいたのをなんとかしたかったのでしょう?」
「……さあてな」
ローザは、にこやかに笑っていた。
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訂正履歴
2019/07/13 時勢の訂正(ガスパル領政府でも主立った者しか知らないはず!→ガスパル領政府でも主立った者しか知らなかったはず!)
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




