169話 人材狩り ~根回しと誘導~
ときどき、準備(根回し)しすぎるよねと言われることがあります。小生自体はそんなつもりはないのですが……ムラがあるんですかねえ。乗り物の乗り継ぎとかは綿密かも知れません。予約とか早めに取るし……。
モーガンは、よく働く。何より手際が良い。
公館……今後は別館をそう呼ぶことになった……の改築、什器の手配は既に軌道に乗っている。
モーガンと家宰と成るダノンさんの役宅はほぼできあがったし、もう2軒と、宿舎となる集合住宅も順調な進行だ。公館と本館を結ぶ渡り廊下を作り始めた。
『整地もしてありましたし、何しろ人気の有る御館様のことですから、職人も業者も張り切りまして、工事も早くて助かります』
だそうだ。
半分は世辞として、残りは何回か視察という名の建設現場遊山に行ったのが良かったのかも知れない。
まあ整地は事前に俺がやったのだが。
俺はというと、昼間は内務省に行ったり、会えていないがエリザ先生に会いに修学院に行ったり、飛び回っている。
夜は、提供された上級魔術限定解除術式の研究や、皆には黙って秘密の工事をしている。工事は中々順調で、一部は出来上がっている。その話はまたいずれ完成してからだ。
「ラルフ様」
「ああ、サラ。どうぞ」
執務室に入ってきたが、何だか緊張してるな。
「まあ、そこに座ってくれ」
「はい」
俺もサラが座ったソファーの対面に腰掛ける。
「ああ、この前は突然話をして悪かったな」
「いえ。ラルフ様はお忙しいのに、私などのことまで考えて頂き、申し訳ないです」
「いや、クランメンバーだし、色々世話にもなっている」
「はあ」
「考えてはくれたか?」
「もちろんです」
考えて貰ったのは、サラの今後の身の振り方だ。彼女が冒険者をやっていたのは、あくまで生活の為だ。成りたかったのは薬師であって、冒険者ではない。
彼女もやることがあったし、俺が神学生だったので、時間を調整して空き時間というのは産まずに済んだ。
しかし、今後、俺は普通に冒険者をやるわけには行かなくなった。
だからといって、彼女を騎士団に入れて、長時間拘束するのは相応しくない。
「私はラルフ様のクランを抜けて、こちらの館を出ていくのが良いと思います。名残惜しいですが」
「クランを抜けるかどうかは、サラの自由だ。それで他のクランに入る見込みはあるのか?」
「正直、いくつかの引き合いは貰ってますが、冒険者主体でやることが前提なので……」
断ったらしい。
「それだと、また城外に住んで、1人で冒険者をすることになるぞ。ここに来る前に逆戻りだ」
サラは、中級冒険者の灰組つまり2ランクだ。まだ冒険者ギルドから王都外郭居住資格を推薦してくれない。
「仕方ありません」
「仮に1人で冒険者をやるにしてもだ。この館を出て行くことはないだろう。せめて黒組になるまでは」
中級冒険者3ランクに成ると、王都外郭居住許可が貰えるからだ。
「師匠もそう仰ってくださいました。しかし、そういう訳には……第一置いて貰う理由がありません。幸いと言うか、ラルフ様のお陰で蓄えもありますので」
相変わらずの生真面目さだな。
「薬師の方の弟子入りはどうなんだ?」
そもそもサラが城外に強制移住したのは、彼女の師匠が亡くなったからだ。
「そっちは、まだです。薬師ギルドに紹介を頼んでいます」
「ふーむ。状況はわかった」
「はい。では、できるだけ早く退去しますので」
「結論を急ぐな、提案がある」
「提案……ですか?」
「ああ、ちょっと来てくれるか?」
「えっ? はぁ……」
立ち上がって執務室を出るとホールを横切って、廊下を奥へに歩く。突き当たりは浴室や勝手口に繋がるが、そこまでは行かずに階段室で曲がる。
「屋根裏ですか?」
2階へ行くなら、執務室を出たすぐのホールの階段を昇る方が近道だ。
「いや地下だ!」
「地下? このお館に地下なんて有るんですか?」
「ああ、最近できた」
2階に上がっていく階段の左。怪訝な顔をするサラの手を引っ張り、近寄せると柱を触る。
床に目映く紋章が輝いた。
「これは転送陣!」
サラが驚いている間に、地下まで移動した。
「ここは!?」
広間に、椅子と机がいくつか並んでいる。天井が白く耀き明るい。
「中々広いだろう」
「窓やら扉がありませんが、閉ざされているはずなのに、全然息苦しい感じがしません。屋外に近いというか」
「空調魔導具が動いているからな。あと天井の照明は太陽に近づけているから、その所為だろう。ああ、ちなみに、この壁の紋章に触れば、いつでも階段室に戻れる」
「はあ。ですがラルフ様。それって凄く大変なことなのでは? そもそもここは何の部屋なのでしょう?」
なんか少し呆けている。
「あそこを見てみろ」
「……あっ!」
何かを見つけたサラが走って行く。変わった形のガラス器具が並んだ机の方だ。
俺も後を追う。
「これは! やっぱり製薬用の実験器具。凄いわ! 師匠の仕事場でも見たことがない」
輝く瞳で見ている。
「騒々しいのぅ」
「ヒッ!」
「おう」
サラが俺に抱き付いた。向こう側の椅子に寝ていた者が、突然起き上がったのでビビったのだろう。
「これは、ラルフ殿に、サラ殿!」
挨拶してきたのは、細身の男だ。耳が細くて長い、エルフの相貌だ。人間で言うと30代後半から40代だが。
「ああ、あのう、こちらの方は? なぜ私の名前を、ご存知なのですか?」
「ああ、儂はガルガミシュと言う。見知りおけ。ああ、まあラルフ殿……ああ御館様と呼んだ方が良いか、まあその食客と言うところだな」
「ああ、サラ」
「はい」
「そろそろ離してくれ」
「あっ。もっ、申し訳ありません……」
弾かれるように離れた。
「あっ。すみません。サラスヴァーダと申します。失礼ですが、お会いしたことありますか?」
「ああ、対面したのは初めてだな。勝手に愛称で呼んで済まない」
ガルが、胸に手を当てて謝る。
「いえ、それはいいんですが。さっきまで全く気配がなかったので。なんか、お化けみたいというか」
「まあ似たような者だが」
「はい?」
「ああ、サラ。ガルはエルフに見えるだろうが、レプリーと同じゴーレムだ」
「はっ? じゃあ、実体はラルフ様ということなのですか?」
少しむっときてるな。俺が悪戯してると誤解したか。
「あぁ、いやいや。御館様に世話になってるエルフだ。ただ既に死んでいるがな」
「はぁ……?」
だから俺の背中にしがみつくなって!
「まあ、大した魔力も貰っておらぬからな。サラ殿がその気になれば、一撃で屠られるわ。あっはっはっ」
「それで本題だが、このガルに薬学を学んでみたらどうだ? なかなか博学だぞ」
「ああ、妻を生かすために必死に学んだし、配下にも研究させたからな」
「それでだ。俺は上級魔術師として、超獣や上級魔獣を斃すだけでなく、負傷した民をできるだけ助けたいと思っている。それには医薬品が必要だ」
「ここで学びつつ、薬を造ると仰っていますか?」
「ああ。サラが良ければ、ここで新しい薬を造って貰いたいと言うのが提案だ。もちろん手狭になったり、大量に造るところまで行けば、王都外縁に拠点を造ることも視野に入れる」
騎士団員の宿舎や訓練場とかも必要になるだろうしな。
「それはまた壮大な計画ですね」
「規模だけじゃない。ガルが言うところの既に喪われた薬もな」
「喪われた薬と仰いますと?」
「エルフ伝承の魔術製法の鎮痛剤、回復薬や解毒薬が主だが」
「それは本当ですか! 現代の薬師が喉から手が出るほど欲する薬なんですが!」
サラが身を乗り出す。
ガルは、小さなガラス瓶を取り出すと、サラに渡した。
「これは……」
小さい皿を取り出し、蓋を外したビンから少量注ぐ。
サラは、色を見たり、匂いを嗅いだりしたあと、懐から見たことがない眼鏡を取り出して掛けた。眼に当たる部分が片方筒になっていて、それを摘まんで抉るように扱っている。
「ほう。中々良い物を持っているな」
ガルが肯きながら興味を示す。
俺も初めて見たが、魔術が感じられるから魔導具、おそらく分析用の物だろう。
「これは回復薬ですか? しかし、薬効成分の濃度が、私が作る物とは段違いです。熱を掛ければ、劣化するのにどうやって……」
奇妙な眼鏡を外すと、ガルに向き合う。
「これは、ガル殿が作ったのですか?」
「ああ。なに、溶媒を変えれば造作もない」
「溶媒……凄いです。そのエルフの伝承製法が是非知りたいです」
「どうだ、やりたくなってきたか」
「ああ……はい」
よしよし、まとまりそうだ。
ん? 勢い良く肯いた割には、サラは不満そうだ。
「なんだ、何か言いたいことがあれば、言ってみろ」
「ラルフ様は、卑怯です!」
「なっ、なんだと?」
「いつも断わる選択肢をなくしてから、承諾を迫るのですから」
「はぁ?」
「師匠もこの手で……」
「おい!」
「あーはっはっはっ……」
笑いすぎだ、ガル!
「はわわわ、師匠にこのことだけは、内密にして下さい」
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訂正履歴
2019/10/18 誤字訂正 (ID:236515 様ありがとうございます)
2020/02/21 誤字訂正(ID:702818様 ありがとうございます)




