154話 第2回披露宴(下) 想定外の来客
うーむ。油断してると、いい人ばかり書いてしまう。
何だ、この馬車。まさか?
辻馬車は、概ね2頭立てだ。
なのに4頭で牽いている。それにこれほど豪華なのは自家用だ。王都城内で自家用馬車を使うことが許されるのは
「伯爵以上……」
しかも扉に描かれた、あの紋章──
「……ファフニール侯爵のご母堂様です」
侯爵?! ファフニール家と言えば……。
「ようこそお出で下さいました」
胸に手を当て、右足を引いて挨拶をする。
ローザは、俺の何倍驚いたのか、目を見開いて呆然としている。
腰を軽く叩いてやると、はっとした。
「ユッ……ユリーシャ様。本日は、ありがとうございます。大変、こっ、光栄です」
伝説のメイド。
辺境伯の先代に見初められ正妻となり、内助の功で我が国屈指の大貴族へと押し上げた、ローザの憧れの人物だ。
俺とダンケルク子爵家を繋いでくれた人でもある。
「ローザさん」
「はい」
「まあ、まあ。花嫁が泣いたら駄目よ!」
いつの間にか、瞼に涙を一杯溜めていた
「はい、花婿さん。拭いて差し上げて」
白いハンカチを差し出してくれると、微笑んだ老婦人はすっとホールへ入って行った。
「ああ、ローザ。綺麗な顔が台無しだ」
薄化粧を極力崩さないように拭ってやる。
「ありがとうございます」
†
「それでは、新婦の義母であるドロテア・ダンケルクよりご挨拶申し上げます」
司会に促され、ローザに支えられた義母上が立ち上がる。
「皆様!」
拡声魔導具で声が増幅され、隅々に響き渡る。
「本日は息子となったラルフェウス・ラングレンと娘ローザンヌの為に、お集まり下さり感謝に堪えません。どうか、二人の門出を祝ってやって下さい!」
短い挨拶だったが、大きな拍手が湧き上がる。
「続きまして。ご来賓より大変恐縮ながら、ファフニール侯爵家ユリーシャ様より、ご祝辞と乾杯のご発声を賜りたく存じます」
招待客の半分くらいは、どこの貴婦人だ? 位の認識だったのだろう。先の侯爵夫人が……と会場がざわつく。
その中を最も奥まったテーブルにいた夫人が進み出た。
「ラルフェウスさん。ローザンヌさん。おめでとう!」
2人で、膝を引いて礼をする。
「そして、こんな可愛い娘を持つことになったドロテアさん! おめでとう」
義母上も会釈した。
「さて。なぜ私が、こちらに参ったか、皆さんお聞きになりたいでしょう?! まずその辺りから話しましょう。少し長くなるけどよろしいかしら? はい。事の起こりは去年の5月です。私の元へ、一通の手紙が届いたのです。差出人は誰あろうローザさんでした。その頃は、ドロテアさんの娘ではなく、ラルフさんのメイドだったのです。もちろん、私とも面識は有ろうはずもないですよね」
また、ざわついた。
「皆さん、ご存じだと思うけど、私も元はメイド。それが亡くなった主人に見初められて、貴族の仲間入りをしたのです。そのメイドの先輩への願いとして、主人……つまりラルフさんの王都での住居を何とか用意したい、力を貸してくれとまあ、なんとも身勝手な内容だったのですけど……」
緊張が奔る。
ローザは自ら頬を抑え、皆は口を大きく開いて呆けた。
そう言う事だったのか。
「でも私は文面の非礼を怒るより、その見事な文字に驚きました。これは味方にならなければならないと思ったの! その文字から並々ならぬ覚悟が伝わってきたからだわ。そういった訳でドロテアさんを紹介しましたのよ。今考えると、何て馬鹿なことをしたのでしょうね。酷く後悔をしています」
おお、なんだ?
周囲に居る人達も、再び息を飲む。
「だって、少し状況が違えば、ドロテアさんが立って居るとこに私が立っていたのかも知れませんもの。大変惜しいことをしました。が、時というのは戻らないものよね。ドロテアさんの決意と、ローザさんの勇気を心から賞賛します」
皆、胸を撫で下ろすように、息を吐いた。
「どうです? ラルフさん。自分の花嫁を賞賛する気になりましたか?」
俺に振ってきた。
「はい!!」
「ふふふ、結構。ならば、花嫁を決して疎かにしてはなりませんよ。私とあなた、そしてここに居る皆さんとの約束ですからね」
「承りました!!」
声を張り上げる。
「よろしい。では、私もドロテアさんの次におふたりを祝福すると誓いましょう……さて、お酒は行き渡りましたね。乾杯!!」
「「「「乾杯!!」」」」
琥珀色の食前酒が喉を通ると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
ふう。一時はどうなるかと思ったけど、なかなかの挨拶だったな。
歓談が始まり、真っ先にファフニール夫人の元へ挨拶に行く。
夫人は壁際の椅子に腰掛けていた。
目前まで行って再び跪礼する。
「ファフニール様。ご挨拶、ありがとうございました」
「ふふっ、正直な気持ちを口にしてみた、それだけよ。期待してますからね、ラルフさん」
「はい」
「ローザさん。きちんと支えるんですよ。あなたの夫は、きっと成し遂げる男です。何しろ亡き私の主人に似ていますからね」
ローザは大きく肯いた。
「はい。旦那様が2歳の時に確信しました!」
おーい。予言者か、君らは!
「にっ、2歳ですか。それは……」
ほらほら、ファフニール夫人の眉が引き攣っている。
流石に引いてるぞ!
「ローザさん負けました。私が同じように確信したのは、8歳の頃ですから」
……なんと! メイド道に入信するのに必要な素養なのか?
「妬かないのよ、ラルフさん」
義母上だ
「ユリーシャさんは花嫁さんを盗ったりしませんから、おほほほ……」
むう。年配女性には勝てん。
「さあさ、花嫁さん。花婿さんと皆さんの所を回ってきなさい」
「はい」
会釈をしてローザの手を取り、少し手前のテーブルに向かう。
貴族の方々だ。
手始めにミハイロ卿に話しかける。
「スワレス伯爵様の所で披露宴をされたと訊きましたよ。伯爵様とは園遊会で2度ばかりお目に掛かりましたが、立派な方ですなあ」
「はい。父が仕えておりますが、自慢の御領主様です」
横で卿の夫人と話しているローザは、さっきの動揺が嘘のように落ち着いている。
「……私共の館でも宴を開きます。招待状をお送りするのでラングレン卿も来て戴けると嬉しいですが」
この若造に相手に、なかなか丁寧な子爵様だ。
「そうですよ、奥様もご一緒にお越し下さい」
夫人も口添えして来る。
「はい。きっと」
手を振って送ってくれたテーブルを後にし、他の貴族が待つ人集りに足を運ぶ。
ミハイロ卿を除くと、後は男爵、准男爵の方々だ。聞いていると、大凡は義母上の取り巻きというか、お気に入りの人達のようだった。
次は……。
「オルディン様」
「おおラングレン卿。何だか凄い話になってたな。いやあ、本当に2人は、最近まであのシュテルン村に居たんだよなぁ?」
あのって。いやまあ、確かにかなり田舎だけど。
「あなた!」
おっ! 奥さんがお冠だ。
「ああいや、そう言う意味じゃなくて。この2人がソノールの近くに居たんだなあと思って」
「王都も好きだけど、お義兄様のご領地も好きなんですからね」
「ああ、悪い悪い! それにしても、凄いな奥さんの行動力は」
えっ!
「いやあ、ユリーシャ様のお話の途中で、心臓が止まりかけたぞ!」
そうだな。
下手をすれば、自領の民が侯爵家に失礼なことをと、伯爵家の方が叱責を受ける可能性もあったわけだ。
オルディン卿の心配ももっともだ。
ローザもそれを理解したようで顔が引き攣る。
「もう! あなたったら!」
はっ!?
オルディン卿の奥様がお怒りだ。
「良いのよ、ローザさん。と言うか、私は感動したわ! 見上げたものだわ! 私も見習わなきゃ! うちの人は後でちゃんと叱っておくから」
ローザに笑顔が戻ってきた。
代わりにオルディン卿の顔が引き攣る。
「何か有ったら、ウチに連絡しなさい。私はローザさんの味方だからね!」
おお、奥様方の連帯に入れて戴けるようだ。
「ところで、オルディン様。先の侯爵夫人にご挨拶しなくて良いんですか?」
「いい……いいやあ。やめておくさ」
「ほう」
「下手に売り込みに行ったりしたら、蔑まれそうだからな」
「確かに」
会釈して、広間の口の方へ向かう。
「院長先生。エリザ先生」
「いやあ、ラングレン君。挨拶をしろと言われたが。聞いてないぞ」
俺は院長が来ること自体、聞いてないんだが。
「よろしくお願いします」
「まあ、めでたい席だからな。任せておきなさい」
院長の顔は笑っているから、建前だ。本気では言ってないだろう。演説好きそうだしな。
それより。あんたは笑いすぎだ、エリザ先生。
院長の横で口を押さえて堪えている。
「担当教授様だそうで。お世話になっております」
ローザが話しかけた。
「はい。お世話してます!」
先生の資料ばっかり作ってる気がしますが。この連休中も!
「それはそれは。今後ともよろしくお願い致します……」
微笑んでる。ウチの奥さんも負けてないな。
「……ところで。旦那様はどんな生徒ですか?」
「ああ……そうねえ。学業的には、うーん詰まらない」
はっ?
おっと、横に居たローザも眼を見開いた!
「優秀すぎて詰まらない。学業以外は、結構面白い」
はあ、それはどうも。要するに学者には向いてないという事だな。まあ、成る気も無いんだけど。
なぜか、ローザは肯きだした。
「何を言っているのかね、エリザベート君!? ちょっとこっちに来なさい!」
おっと。院長先生が、エリザ先生の襟首を掴んで引っ張って行った。
引きづられて行くときの顔が、眉間に思いっきり皺が寄っていた。
次は……ああアネッサ達は、結構食べまくってるなあ。横でクルス君達がハラハラしてるけど。連れてきたのは君達だから。バナージ先生が注意してるから大丈夫だろう。
手を振って通り過ぎる。
おっと、ガンガン喰ってる人がもう1人居た。サーシャさんだ。
なぜか涙ぐんでる。
「いやあ、ラルフ」
「ギルマス」
「さっすが。子爵家。出される物が全部美味いな。だからって、食い過ぎだ。サーシャ。太るぞ」
フォークを握る手が止まったが、震えだして再び皿と口の往復が加速された。
「ああ、1つ。外にスパイラス新報の女記者が張ってたぞ。きっと侯爵様の馬車を見てるな、あれは」
「そうですか。また新聞に書かれるんですね」
「まあ、それも悪いことだけとは限らないがな!」
「そうだと良いんですけど」
その後、沢山のことがあったが、和やかに宴は幕を閉じたのであった!
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2019/06/04 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます。)
2020/03/25 誤字訂正(ID:881838さん ありがとうございます)
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2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/10/09 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)
2025/05/20 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




