144話 ご本家のこと
最近は核家族になって、限られた親戚づきあいしかないことが多いと聞きます。ウチは母の郷里がかなりの田舎(過疎)なので少し広い感じですかね。祖母(母母)の実家が、母の実家の近くで、正確に言うと違うのですが、大叔母とか居て本家みたいな感じがしてました。
俺は領都の城を辞して、爺様の館に戻る。
伯爵様に聞かされた、なかなかに衝撃的な話を道々反芻する。
我がラングレン家に内務省貴族局の調査が入っているとのことだ。
内務省はいくつかの役割があるが、大きな柱のひとつは貴族の統制だ。ミストリアは王制かつ貴族制の国、貴族は王室の藩屏である。
よって、その動静は政の重要事だ。貴族間の紛争や爵位の授与剥奪などは、貴族局が国王の名の下に担っている。
調査事項は、今から60年も前の話──
我がラングレン家でいえば、曾祖父のパーシヴァルが家長。爺様がまだ子供の頃に当たる。
曾祖父は次男であり、元服するとシュテルン村にあった飛び地である私領を分与されて、分家、准男爵として独立していた。
それもあって、分家は調査対象ではない。
対象は本家の方だ。
ラングレン本家……男爵家の領地は、スワレス伯爵領と隣のバズイット伯爵領の間に挟まれた地にあった。館はエルメーダという町にあった。シュテルン村から言えば東北東に30ダーデンほど離れた所だ。
現在、町の名前は同じだが、領地はガスパル男爵領と呼ばれている。
なぜか?
それはラングレン本家が断絶したからだ。
本家には高祖父のハールバルズと嫡男の曾祖伯父ボードウィンが居たのだが、2人ともが自領に出現した超獣と戦い亡くなってしまったのだ。また大伯母やその娘も居たはずなのだが、行方不明になってしまった。
領地は寄親だったバズイット伯爵の保護領となったが、半年が過ぎて家令であったネイコスが、遺言を受けて相続すると宣言した。
大伯母達が見つからなかったとしても、男爵位は血統から言えば曾祖父に回ってくるべきだったのだが、そうはならなかった。しかも、遺言は文書ではなく口伝えでもあり、そのような暴挙が認められるはずはなかったが、バズイット伯爵はこれを支持し、当時の貴族局も認めてしまった。
本家の財から賄を各所に渡したとの噂も流れたようだ。
曾祖父は無論バズイット伯爵へ抗議したが却下された。
当時本家はバズイット伯爵の与力の一つであったが、対して我が分家の方は今と同じくスワレス伯爵家の麾下であった。
おそらく分家であるうちが男爵となってしまうと、バズイット伯爵の与力ではなくなり、スワレス伯爵家に靡くのが面白くなかった……と言うのは穿った見方かも知れないが、間違いとは言えない。
また曾爺さんが、当時のスワレス伯爵の頭越しに貴族局へ訴えようとしたことも、同伯爵の怒りを買ってしまった。
結論として准男爵位剥奪という案もあったようだ。しかし、伯爵家家臣の取りなしもあり、何とか免れ、領都に留め置かれることなった。だがまもなく曾祖父は没してしまった。
つまりウチの領都館は、人質が住む場所だったのだ。
まだ若かった爺様は、先々代スワレス伯爵に仕えたものの、土地を持って居るシュテルン村へ本拠を置くことは許されず、親父さんは領都館で育った。
スワレス伯爵家と関係が改善したのは、親父さんが現伯爵様の学友となってからのことだ。
一方本家の地を継承したガスパル男爵家の方は、初代ネイコスが老いてから成した子も死して、現在3代目のザリウスが継いでいるそうだ。
そうだというのは、我が家ではガスパル男爵やエルメーダの話はタブーになっており、親父さんも爺様もそのことに触れようとしなかったからだ。
高祖父の件は、超獣に殺されたと聞いてはいたが、どう殺されたかについては、教えてもらってなかった。俺が8歳にして、超獣を斃すと言いだした頃、血は争えないわとお袋さんが、ようやく教えてくれた。
そのときのお袋さんの述懐が、今も耳に残っている。
『いつかラルフが、そう言い出すんじゃないかと心配で、お母さんはあなたが魔術師になることを反対していたけど……。男が一度決心したことは貫くのよ!』
話を戻そう。
ガスパル男爵家は先代から続いた浪費家で、統治が破綻に瀕しているとのことだった。この情報を受けて内務省貴族局が動き出した。そのようなことでは、藩塀の役割を果たせない、つまり、ザリウスの後釜が必要になったというわけだ。
そして調べてみると、そもそも男爵位を継承した状況がおかしいと言うこともわかってきた。
なお後釜の有力候補は親父さんというわけだ。まだ、どうなるか、結果は確定していないのだが。
もし親父さんが男爵となれば、伯爵に迷惑が掛かるので、貴族局がそれとなく聞いてきたようだ。それ以前に貴族局が動いているとの情報は、伯爵様も持って居たようだが。
伯爵様が、まず俺に知らせてきたのも、親父さんが継いだ場合に、その後どうなるかと言うことだ。上級魔術師を目指す俺が困ることにならないか? そう配慮戴いたのだ。
『そうなるとしても、父はまだ20年は生きるでしょうし。場合によっては、俺が継がずとも妹が継げば良いと考えております』
そう返事をした。
聞いた伯爵様は、ラルフに掛かれば男爵位など、所詮そのようなものかと大笑いしていたが。
また親父さんに告げる時には、俺の功績でそういう話になったのではないと明確に言って貰うように伯爵様に頼んで城を辞した。
そんなことを考えている内に、爺様の館に帰り着いた。
ローザ達は出払っていたが、代わりに3人の客が来ていた。
「司祭様、ダノンさんに、バロックさんまで。ようこそお越し下さいました」
「ああ。久しぶりだな、ラルフ君。王都での活躍の話は聞いているよ」
「はあ……司祭様、明日の挙式は、よろしくお願い致します」
そう。場所は領都大聖堂を使うが、挙式はシュテルン村の司祭であるダンクァン様に執り行って戴くのだ。無論ダノンさんと奥さん。それにバロックさんとその家族にも出席して貰うことになっている。
「もちろんです。いや、あの基礎学校の入学前に適性検査に来た日が昨日のことのようですよ。それが明日にはもう婚礼とは……私も歳を取るのが早いはずです」
10年前の話をされても。
「師匠さんも、お元気そうで何よりです」
皺が濃くなっているようにも思えるが、特段身体で悪いところは無いと、鑑定魔術が知らせてくる。
「なーに。年寄り扱いするな! それより、ラルフ! たった数ヶ月しか過ぎてないが、随分立派になったものだ。司祭様の仰る通りだ。時の過ぎるのは早い。ディラン殿にこの子の魔術を見てやってくれと言われた時は、まだまだ腰ほどの背までしかなかったからな」
「ははっ、アッシは坊ちゃんが赤子の頃からのお付き合いでやすからね。お二人よりも感慨も一入です。ああ、坊ちゃん、明後日は任せて置いて下さい」
うーん。この人はいつ見ても精気が溢れてるよなあ。
「バロックさん。ありがとう」
「もったいねえ。バロックと呼び捨てにしてくだせえ」
「まあまあ、いいじゃねえか。それにしても気合い入っているなバロック氏。それにしても露骨に娘を嫁がせようとしてたからなあ。残念だったよな」
いや、ダノンさん。その話は……。
「ああいや。正妻の線はローザ殿がいやしたんで、すぐに諦めやしたから……」
えっ?
「まあな。くっつくのは時間の問題ってことは、誰でも分かることだ!」
なんだって?
「しかしながら、予想通りラルフ様は男爵様に成られました。正妻はともかく側室と言う線も……」
はっ?
「ふん! 側室申し込みなど、王都で引く手数多だよなぁ、ラルフ!」
「これこれ。司祭を前に何と言う話を!」
爺様に助けを求めようと顔を向けたが、にこやかに笑っているだけだった。
† † †
「あなた」
「ああ、やっと落ち着いたな」
「はい」
ローザはこっくりと肯いた。
ベッドに座って肩を抱く
シュテルン村の館に帰ってきている。
昨日領都ソノール大聖堂で挙式を上げた。
ダンクァン司祭様は、何時になく立派な態度で式を進めてくれた。
『汝、ローザンヌ。横に立つものを夫と認め、その健やかなる時も病める時も変わらぬ愛を誓うか?」
『お誓い申し上げます』
そう口にした時──はにかんだローザは、震えが奔る程美しかった。
今、横に居るローザも負けず劣らず麗しいが。
その後は、城に移動して伯爵様主催の披露宴へなだれ込んだ。まあ、費用の大半は持って貰ったが、結構領国経営の政治に利用された感は有る。
親族以外の出席者は、俺と伯爵様は格別なる間柄だと思ったことだろう。
「このラルフェウスは、必ずや2月の選抜において、上級魔術師となる。これは我が願望ではない! 預言だ! 光神様からのな」
いやまあ、元よりその気だが。
なぜそこまで自信を持てるのか分からん。
後から聞いたところ、伯爵様の言が2日後の王都の新聞に載ったそうだ。流石に鳩は速い。
まあ本当に俺が上級魔術師に成れば、伯爵様の後ろ盾があると誤認した有象無情が避けられるかも知れないのは、俺としても好都合だが。
そして今日昼過ぎからは、バロックさん主催でシュテルン村館前の空き地で大宴会だった。
いや。だったというのは、正しくない。
午後10時。新郎新婦は座を離れたが、宴はまだ続いているのだ。
聞くところによると、新婦の父がやけ酒を飲むのが通例だそうだが、ボースンさんは義父だからな。代わりにアリーが酔い潰れるまで飲むと言っていた。
「疲れたろう……」
新郎と新婦は、ひたすら祝ってくれる人の挨拶を、ずーーっと受けるしきたりだ。
「はい。少し。でも村の人達も大勢来てくれたから、とっても嬉しかった」
「そうだな」
バロックさんが手を回したんじゃないかと疑うくらい大勢来てくれた。
千を超える人の挨拶だ。
挨拶を受けるのも半日がかりだ。
途中休憩は何回か挟んだが、疲れるものは疲れる。
まあ、久しぶりに、プリシラちゃんやバーナル君、フェイエ君とも少し話した。
学校の先生や幼馴染みも多かった。後者はみんなもう立派な大人になっていた。当たり前だが。
その他、俺としては、なんだか顔だけは見たことある感じの女子が多く詰めかけていた。無論目当ては俺ではなく、ローザだ。お姉さまぁと泣いてた人が大勢居た。
「俺も少し疲れた。寝るとするか」
「そうですね」
そう言ってローザがカーテンを閉めると、直後に外から喚声が挙がった。
こちらを見て、想像を逞しくしているに違いない。
俺としては、王都で契ってから幾たびも褥を共にしているので、今さらなのだが。
ローザが戻ってきた。
「あなた」
「ん?」
「改めて、よろしくお願い致します」
「ああ、こちらこそな」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
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訂正履歴
2018/12/15 大伯父→曾祖伯父(曾祖父の兄)
2018/12/30 ラングレン家の祖先の名前を追加
2021/04/14 誤字訂正(ID:668038さん ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/10/09 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)
2025/05/20 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




