126話 人質救出のつもりが
棚から牡丹餅という言葉がありますね。
子供心にそんなとこに置かんやろう!と思ったものですが。
大人になると、探し物を見付け、なんで所に置いたよ?俺!ってことが多すぎます。
深夜。
運河の水面に映った薄い月が朧に揺れる。
路地から音も無く這い出た微かな影が、人気のない倉庫に取り付く。俺の横を通り過ぎ、そのまま建屋の妻面にある戸口へ歩み寄ろうとする同行者達を右腕を上げて止めた。
「何だ?」
暗紺色の装束に覆面の1人が微かに声を上げる。治安維持部隊、黒衣連隊の中尉だ。残る2人も彼と同じ捜査員だそうだ。
3ヤーデン程先を指す。誰かが携帯龕灯でそこを照らすと、枯れた植木の鉢があった
「警戒魔導具が仕込まれています」
「むう。言われてみれば、微かに魔力が……こんなものまで使うってことは、おまえの言う通り、この商会は堅気じゃねえな……で、どうする?」
「こうします」
右腕を向け、魔導波を少々強めに照射すると、微かに白煙が上がった。
術式回路を焼き切ったのだ。
「もう、やったのか?」
肯いて扉に寄る。施錠されているが……。
【解錠】
金属音と共に開いた。古文書通りの地味な魔術だが結構使える。
中尉は何度か頭を振った。
「今度から手掛かりのない窃盗事件が起きたら、おまえを疑うことにするよ」
「それは構いませんが……自分の身は自分で守って下さい」
「何だと?」
「入りますよ!」
中に入ると一面土間で、がらんとしている。
「どかすより手っ取り早いか」
「何て言った?」
それには応えず、魔術を発動した。
【音響結界】
その時、壁際に煉瓦でも積んだような小山が、ミシミシと音を発てた。
誰かが恐々と、そこへ龕灯を向けた。すると大きな音と共に、何か丸太のような物が持ち上がる。反対側も。そして奥からこちらへ大きな影が起き上がった。
「明かりだ!」
これ以上の隠密行動は無理と視たか、1人が上に魔導具らしき物を投げると、辺りが明るくなった。
人型──
身の丈4ヤーデン弱(3.5m)が立ち上がった。頭が倉庫の屋根に着かんばかりの巨体。
「岩石ゴーレムだと!」
夜目が利かなかったのか? 皆は結構驚いてる。侵入前から感知魔術で分かっている俺と比べるのは不公平か。
ガァン!
ゴーレムが足を踏み出すと地面が揺れた。
「おい、どうするんだ?!! 逃げるのか?」
中尉達は及び腰になる。
それはそうだろう。40ガルパルダ(30トン)が歩いているのだから。
「予め遮音結界を張ってありますから。後はご存分に!」
「おい!」
「冗談です! 俺が斃します」
ブォンっとうなりを上げて、巨木のような腕が揮われる。
勢いは見たまま岩が降ってくるのと変わらない、迫力が段違いだ。
狙われた捜査員の1人が、慌てて身を翻して避ける。
流石は軍人、戦闘訓練はできてる。
「氷帝よ!」
ゴーレムは振り切った腕の勢いで、たたらを踏む。
「……爾が地の根より 吹き出す聖なる息吹持て……」
数歩踏み出してヤツに近付く。頭部に一対の光が宿る。
「……何者にも屈さぬ 堅き怨念を凝固させた槍を解き放て! ……」
ゴーレムが俺に正対して、腕を振り上げた瞬間──
「五芒聖戟!!」
俺の目前、腕程もある氷錐が忽然と生まれ出る。その数、十条!
一瞬で凄まじく自転するや、箭のように飛んだ!
ゴーレムに深々と突き刺さるや、轟音と擦過音が響き渡った。
やはり不完全か──
貫通を想定していたが。
強烈な摩擦熱で氷が瞬時に昇華すると、ゴーレムの土手っ腹に星形の外角と内角に相当する座標に大穴が穿たれた。胴体全体が脆くも大破したゴーレムは、その動きを止めた。
上級魔術は、まともな発動ができない。
術式を入手してみたが、やはり上級魔術師に成らないと駄目か。成ったら何かしらの儀式で限定を解除してくれるらしい。
そう微妙に落胆していたのだが……。
「……なんだ、今の」
覆面の上からでも驚愕が伝わってくる。
「魔術ですよ」
「それは分かってるって……こともなげに強烈な魔術を連発しやがって、まあいい。それより、人質は? 本当に、ここで合ってるのか?」
なにやら、言い方に詰る成分が含まれている。
「こちらです」
先程まで、ゴーレムが一部乗っていた場所だ。手っ取り早いとは、ここからどかすよりという意味だ。そこに敷かれた蓙を引っぺがす。
「扉? 地下か!」
重厚な観音開きの扉が現れた。
円環の取っ手を掴んで開け放つ。
しっかりとした石造りの下り階段が現れた。
あれ? 誰も入って行かない。
「中に……何か居ないのか?」
どうやら逡巡したようだ。
「大丈夫です。もうゴーレムも魔獣も居ません」
まあ無理もないか。彼らの捜査対象は人間だからな。
4ヤーデンも下ると、床に着いた。
後ろに中尉さんともう1人捜査員が付いて来てる。1人は上で見張りのようだ。
さっきの魔石灯の明かりは、ほとんど遮られているので、再び龕灯で方々を照らす。
「倉庫か?」
いくつも菰の被った胸高の四角い塊が並んでいる。
「ああ、人質はこっちに居ますよ」
一角の隅に歩み寄る。
【光輝】
左手が光って、少年の顔が見えた。猿ぐつわを噛まされている。
無論光量は絞ったが眼が暗闇に慣れていたのだろう、眩しそうだ。
猿ぐつわを解いてやる。
「ロラント君かい?」
ううと唸りながら肯いた。口が渇ききって,上手く喋れないようだ。
腕と足首を縛られている。
【衝撃】【衝撃】
ロープがボロボロになって吹き飛んだ。
自由になった彼は、腕をさすっている。
見たところ10歳を少し越えたぐらいだ。
もう一度感知魔術で看るが、多少の擦り傷や打撲はあるものの、やはり治療の必要は認められない。
数日間囚われ、ずっとかどうか分からないが縛られて居たのだろうから、少し衰弱はある。
「ロラント君。まずこれを飲んで、これを食べなさい」
水筒とまだ湯気が立っている蒸しパンを渡すと顔が明るくなった。軽く会釈すると、涙を流しながら勢いよく食べ始める。
その頭上に手を翳し、回復魔術を掛けた。
それを横で見ている中尉が何度か首を振る。少年を脅さないようにだろう、覆面を下ろした表情になぜだか呆れが見える。
そうこうしている内に、少年の体力も回復してきた。もういいだろう。
「さて、次は……」
俺は少年から離れ、俺は菰に上った。
「おい。何してるんだ?」
「その少年を誘拐したのはなぜか? 原因はこれです」
菰を引き剥がすと、頑丈そうな金具で補強された木箱が堆く積まれているのが見えた。
「ん? この箱なのか? おい開けるのか?」
木箱の蓋を開けて、入ってものをひとつ掴み上げる。
「ああ、これ見て下さい」
3ダパルダ(2.2kg)程あるので、投げずに手渡した。
「これは、ミスリルじゃないか? この延べ板……」
龕灯を当ててしげしげと見ている。
「おい、これ! 我が国の財務省の刻印だと……バカな!」
「ええ、それは国庫の備蓄地金ですよ」
もう一個手に取った延べ板の刻印ではそう読める。
「なんでここにある? 出回らせる時は、刻印を叩いて消すはずじゃないか!」
ミスリルは、武具などにする場合は合金にして熱処理するのが一般的だ。単体、つまりこの箱に入っているような純物質状態では、柔らかく刻印もそれを消すのも容易にできる。
「さあ……盗んだってのは考えにくいから、役人が組織的に横領したんでしょうね。でも刻印を消すだけではバレるから、もう一度鋳直すつもりだったんでしょう」
「ちょっと待て、これ全部そうなのか……どのくらいの量あるんだ?」
「これで7ガルパルダ弱(およそ5トン)、この山でざっと1万ミストってとこですか」
「この山って……20山以上あるぞ!」
「じゃあ、20万から30万ミストって所ですかね」
「簡単に言うな! 宮廷男爵の歳費が1万ミストって聞いてるぞ」
中尉は頭を抱えた。
「先程組織的にと言ったのはそういうことです。国民としてはちゃんと究明して貰いたいです」
「うーーむ。おい! 待機させた応援を呼んで来い!」
「さて、後は任せますよ。中尉殿」
「おお? おう。ご苦労だった。 明日朝にでも連絡を入れる」
「よろしくお願いします」
† † †
単位の補足です!
1ダパルダ=730g=1000パルダ:水1リーズの重量
1リーズ:1/1000立方ヤーデン
1ガルパルダ=1000ダパルダ=1000000パルダ
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2019/08/16 解錠を魔術表記【】へ訂正
2020/02/20 誤字訂正(ID:702818さん ありがとうございます)
2022/07/23 誤字訂正、言い回し訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




