第32話 便利屋⑺
俺はBJに電話をかけた。どうやら今もまだそのパチンコ屋にいるらしい。向かうと、入り口前に立っていた。
「おーい、こっちこっち〜」
隣には女性がいた。BJの知り合いでここの従業員らしい。
「それで……着ぐるみはいつ頃返ってくるんでしょうか?」従業員は不安そうに訊ねてきた。
「証拠品だから、すぐにとはいかないらしい。だが、事情も事情だからなるべく早くには返すそうだ。なんなら、借りてたとこに事情を説明してもいい、とも言ってた」
俺は、探偵に「じゃあついでに言っておいて」って頼まれたことを代わりに伝える。すると、女従業員は肩の荷がおりたような安堵の表情を浮かべ「あぁそうですか……」と呟いた。
「よかったね」BJが従業員に言うと、そちらを向き、「うん。本当にありがとね、おかげで助かったよ〜」と手を顔の前で合わせ、BJに感謝を述べる。店内から男性が出てきて、「サジマさん」と一言声をかけると、その女従業員が振り返った。
「じゃあ私はこの辺で失礼します。探偵さんにもよろしくお伝えください」
「分かった」
ペコペコ頭を下げながら自動ドアを通っていく。それを「じゃあね〜」BJは手を振っていた。
俺とBJはパチンコ屋をあとにした。
大通りは特に栄えている。だから夜遅いというのに、それを感じさせないくらいのネオンが辺りを埋め尽くし、煌々と輝いてる。
「へーそんなことがあったんだ〜」
「ああ」俺は歩きながらBJに諸々のことを話した。
「でもその割と早くに解決したね」
「毎度のごとく、探偵の不思議な推理のおかげでな」
「不思議って?」
「あいつの推理は、突拍子もねえ割に大体当たってるだろ?」
ハハハと笑うBJ。
「まあね。分からなくはない。だけど、それは僕らにはそう思えてるだけで、イッちゃんには何かがちゃんと見えてるんじゃないかな? 推理するのは得意分野、っていうか天性の才能だから。それに、リュウちゃんだって事件とかを解決してる時に、何となく引っかかる直感が働くって前に言ってたでしょ? それと同じで、そういう推理の直感が働いてるのかも」
そうなのか?——あっ。忘れてた。
「これ」俺は例の紙袋を渡す。
「えっ?——あっ」眉が上がり、「もしかして……アレ?」
「アレ」
受け取り中のフィギュアを見たBJは「やったぁー!」とガッツポーズとともに叫んだ。満面の笑みを浮かべている。
「ありがとぉーっ!!」
「礼はいいさ、こっちは見せてもら——」
「言ったでしょ?」途中で、遮るBJ。
「僕は何も知らないの」
あぁ……そうだったな。
「悪りぃ」
「ま、ありがたくもらっておきます。色んなことへのお礼としてね」
「おう」俺は少し顔が綻んだのを感じる。
「それにしてもこんな早くによく見つけられたね?」
「情報を駆使して探し出した」
ハハハと笑うと、BJは「あのさ、話は大分変わるんだけど……あっ怒らないでね?」と予防線を張りながら話題を変えた。
「タイガっち、どこにいるか知らない?」
またその話か……何なんだよ全く——
だがそれを、BJに言っても仕方ない。偶然一致してしまっただけなんだけ。タイミングの問題だ。
「会ってないし、そんなんで怒らねえから安心しろ」
そう聞いて、ホッとするBJ。
「近況を聞こうにも、タイガっちはケータイ持ってないからさ。で、手紙の1枚や2枚来てないかなーとか思ったんだ」
「俺のとこにか?」
「うん」
「……お前は、本当に、俺のとこへ来ると思ったのか? あいつからの手紙やらが」
「じゃあ果し状は?」
「来てない」
「そっか……」
「なんで来たって思ったんだよ?」
「だってさ、2人ともなんやかんや仲良いでしょ?」
「会って喧嘩して、物壊しちまうような2人がか?」
「違う違う。正しくは破壊の限りを尽くす、だよ?」
「そこまでじゃない」
「いやいやいや! 結構、っていうか相当だよ。とにかく2人は仲が悪いんじゃなくて、ほんのちょっと同族嫌悪だけなんだと思うんだよね」
「今『同族』って言ったか? ってことはBJ、お前は俺と単細胞が似てるって言ってんのか?」
「ご名答〜」
ハァー……
「どの辺がだよ?」
「見た目以外ほとんど。性格とか双子、もしくは生き写しみたいだよ」
ほぼ一緒だ。
「……最後に会ったのはいつだ?」この話を続けるのは嫌だったんで、無理やり話を戻した。
「“フェニックス”辞めるちょっと前くらい、かな」
それって確か——
「単細胞が総長してた暴走族の名前だっけか?」
「うん。それで当時、まあ案の定と言ったら案の定なんだけど、向かうところ敵なしで、そこから付いたあだ名が——何か知ってる?」
「知らん」と少し怪訝な顔で答えると、「聞いたことない? “エンペラー”」と渋々話してきた。
「あぁ……言われて思い出した」
「今でも同業者関係からはその呼び名で呼ばれてるみたいだよ」
ふーん……
「元気にしてるかなぁ、タイガっち……」
空を見上げるBJ。
「どっかでのたれ死んでれば最高だけどな」
「いやーそれは無い。絶対無い」即座に否定してくるBJ。
「なんでそう言い切れんだ? 何年も会ってないんだったら、どっかでおっ死んでてもおかしくはねえだろ」
「色々と逸話があるからね〜」
逸話?
「例えば?」
「ダンプカー」
「何だそれ?」俺は眉をひそめた。
「ダンプカーってのはね、車の一種で——」
「それは分かる。内容だよ」
「えぇっ、知らないの!?」目を見開き、酷く驚いている。
「だから聞いてるんだろうが」
「……タイガっちって昔ダンプカーにはねられたことがあるんだ。まあ待ち合わせ何かで自転車で爆走して信号見てなかったタイガっちが悪いんだけど。でさ……そんなの普通、死ぬか良くて意識不明とかなのに、ちょっとしたらスクっと立ち上がって、息遣い荒くしながらも『間に合わねえ』って病院行かずに闇夜に消えたの、はねられる前とほぼ一緒自転車爆走しながら。だからさ、そんな簡単には死なないかなーって」
そういや、一度だけ喧嘩する前から頭や四肢から血だらけで、「今日のは無しにしてくれ」って言われた覚えがうっすらと……
「そこまで行くと、バケモンだな」
「死なないバケモノ——名は体を表すじゃないけどさ、まさに“無敵”だよ」
すると、BJの元に電話がかかってきた。
「もしもし?——あぁ! いつもどうも——ああ大丈夫ですよ——分かりました。今からお伺いしますね」
今からって……もう10時過ぎだぞ?
「こんな時間もやってんのか?」
「ウチは24時間年中無休で通ってるからね」
「闇医者って大変だな」
「だけど、僕がなりたいと願ってなった仕事だからね、気持ち的にはとても満足している。じゃあ僕は、この辺で」
進行方向を180度変えるBJ。あっちは南区。つまり、相手は——そういうことだ。
「またな」俺は右手を軽く上げて見送る。
「バイバ〜イ」
BJは両手を振りながら、去っていった。
さてと……
今度こそこれで、全て解決した。だがもう夜。今行っても迷惑なだけ。報告は、明日にしよう。




