10話
深夜が作った昼食を食べた後、少し昼休憩をとることにした。
そこで、衛は栄美から小説を預かったことを思い出してカバンから取り出す。
「深夜、これ母さんから」
「あ?なにこれ?」
「新作の小説って」
「うそ!?マジでいいのか?」
「…そんなに嬉しいのか?」
「ちょうど買おうと思ってたんだよ!うわぁ~、おばさんにお礼言っといて」
深夜は本当に嬉しそうに笑みを浮かべる。
隣にいた柚子葉は事情が分からないのだろう、首を傾げてるので衛は口を開いた。
「俺の母さん小説家なんだ」
「え!?そうなの?」
「あぁ。で、深夜は母さんのファンの一人なんだ。お前も深夜が小説読むのは知ってるだろ?」
「う、うん。そういえば本棚に同じ人の名前があったような…」
「深夜、お前今まで買ってたのか?」
衛はパラパラと本をめくっている深夜に声をかける。
深夜は一つ頷いて机の上に本を置く。
「あぁ。俺らとおばさんは関係ないから結局全作買って読んだ。いつも楽しみにしてるって伝えて」
「了解。数少ないファンだから喜ぶんじゃないか?」
「さて、なら勉強を開始しようか。俺は小説読んでるから衛分からなかったら聞いて」
「…はい」
衛は嫌々ながら呟く。
優衣と柚子葉は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
そして、勉強を始めて数時間。
ある程度は勉強できたということで衛と優衣は家に帰ることにした。
「じゃあ、悪かったな」
「お前これで成績下がったなんて言ってみろ…。今度寿司奢りな」
「は!?お前、ふざけんな!」
「もちろん俺だけじゃなく柚子もな」
「はぁ!?二人分とか勘弁してくれよ!」
「成績下がらなかったらいいだけの話じゃねぇか。報告はよろしく」
深夜は衛の肩を軽く叩き最後は優衣に顔を向けた。
優衣は迷ったがゆっくりと頷く。
それを見て衛は顔を俯かせる。
「マジかよ…」
「結果はいつ出る?」
「え~と、二週間後かな。…きちんと報告させていただきます」
衛はそれだけ言うと歩き出した。
優衣も深夜と柚子葉に頭を下げて衛の後を追う。
マンションから出て家に帰る道中も衛は少し足取りが重い。
優衣は衛に声をかけた。
「…衛先輩?」
「ん?」
「どうかしたんですか?」
「あ~、あいつ言ったことは本当にするからなぁ。成績下がったら厳しいなぁっと思っただけ」
「あ、あの…」
「どうかした?」
「山上さんから聞いたんですけど」
「うん。何?」
「柚子葉さんが恩人ってどういうことですか?」
「…深夜はなんて?」
「衛先輩に聞いてみろって…。俺のことは気にするなって言ってました」
「そうか。…まぁ、お前ももう巻き込まれたしなぁ」
「え?」
「あそこの公園に寄ってこうか」
衛が指差した先には児童公園があった。
優衣が頷くと衛はその間にあった自動販売機で缶ジュースを買って公園に入る。
公園の中には子供一人おらず、静かなものだった。
ベンチに腰掛けて衛は一つため息をついて口を開いた。
「俺と深夜、それに翔っていう奴と陽子っていう奴がいるんだけど俺達四人は幼馴染で中学校までずっと一緒だった。中二だったかな、深夜と陽子が付き合いだした。俺と翔は深夜が陽子のことを好きだってことを知ってたから祝福した」
衛はゆっくりと話しだした。
だが、その顔はどこか悲しげに優衣には見えた。
「でも、俺が陽子を深夜から奪ったんだ」
「え!?」
「結果だけ見たらそうなる。でも、そのとき俺は深夜が俺を裏切ったと思ってたんだ」
「裏切るってどういうことですか?」
「中三のときにカンニング疑惑が上がった。そのとき俺は犯人扱いになったんだ」
「そ、それでどうなったんですか?」
「別にどうにもなってない。だって俺はカンニングなんてしてないから何も出てこなかった。で、深夜が俺のことを犯人にしたってことを陽子から聞いた。あのときの俺は今思ってもどうにかしてた。その言葉をそのまま信じたんだから。それから俺と陽子は付き合いだした。深夜という存在を失ってな」
「失った…?」
「その事件をきっかけに俺と深夜は話すことも顔を合わせることもなくなった。それどころか深夜は荒れだした。もう一人の幼馴染の翔から聞いたけど人間不信になったらしい。幼馴染と彼女が裏切ったらそうなっても仕方無いと思うけど。喧嘩に明け暮れる日々を深夜は送ってたとき俺はあいつが悪いんだと信じ込んでた」
衛はそこで持っていたジュースを一口飲む。
そして、息を吐きさらに口を開く。
「中学卒業してからは本当に深夜のことなんてどうでも良かった。けど、ついこの間。本当にこの間なんだ。陽子が深夜に接触した。そのときすでに深夜は山下と付き合って大分落ち着いていたけど陽子に会って調子を崩した。その間に陽子が山下を拉致したんだ」
「ら、拉致!?」
「あぁ。その場に俺もいた…。俺はそのとき陽子から何も聞いていなかった。ただ、山下が陽子に何かしたとしか聞いていなかった。だから、俺は何も考えずに…」
衛はそのまま肩を落とし顔を俯かせる。
優衣はそっとその肩に手を乗せる。
衛は顔を上げて優衣に笑みを向ける。
「悪い。…その状況で山下は自分のことを考えずに深夜が苦しんでいることを俺に教えてくれた。その言葉で俺はどれだけ深夜が苦しんでることを知った。そして、俺は冷静になれた。陽子の言葉が嘘にしか聞こえなくなった」
「そ、それで?」
「深夜が山下を助けに来たんだ。調子を崩したままで、な。でも、もし深夜が助けに来なくても俺が助けてた。もう陽子の言葉を信じようとは思わなかったから。山下の言うとおり深夜と話す必要があると思ったんだ。結局深夜が助けに来たことでその必要は無くなった。で、その日を境に俺と深夜は元の関係に戻って陽子とは縁を切った。山下が俺と深夜にとって恩人なのはそういうことなんだ。山下じゃなかったら恐らく俺と深夜はまだ誤解したままだったと思う」
衛は優衣に顔を向けたまま頭に手を乗せる。
今までも衛が優衣にこういうことをすることがあったが今日は今までと少し違う感じがした。
「この間のは恐らく陽子の知り合いだろ。まさか、まだ俺に付きまとってくるとは思わなかった。悪かったな、巻き込んで。これからはないように俺から言っとくから。もっと陽子にちゃんと言うべきだった」
「い、いえ。山上さんに助けてもらったから大丈夫です。衛先輩は悪くないですし」
優衣は笑顔で衛に答えると、衛は少し優衣の顔を見た後笑みを浮かべ優衣の頭に乗せている手で優衣の頭を軽く叩く。
そして、立ち上がり公園の出口に向かって歩き出す。
「よし、帰るか」
「…なんで頭を叩かれたのか説明して欲しいんですけど」
「なんとなく」
「なんとなくって…」
「ほら、行くぞ」
「あ、待ってください」
衛と優衣は笑いながら並んで家に向けて歩き出した。




