第九十二話 兄妹になろう
「転生竜というのはですね。竜の心臓を竜族の秘術で新たなる竜へと生まれ変わらせた個体のことを言います。つまり彼は600年前に討伐された黒岩竜ジーヴェより抜かれた竜の心臓を用いて生まれ変わった転生竜なのです」
アオの説明に「なるほど」と一同がアカを見る。そしてアカがアオの言葉を補足する。
「あくまで心臓が同じってだけで俺はジーヴェとは別の竜だがな。灼岩竜アカっていうのが俺の名だぜ」
そう自分を親指で指す。
「それじゃあ、あのダンジョン内で倒したジーヴェはなんなの?」
若干頭が混乱している弓花の質問にはアオが答えた。
「あれは大地の記憶、ナーガラインに遺されたジーヴェの魂の情報を再構成させてチャイルドストーンで固定したものです。あれこそがかつて存在したジーヴェと同じもの。コアが竜の心臓かチャイルドストーンかという違いはありますが」
「まあ、そっちの小僧のチャイルドストーンの竜は俺の兄弟みたいなもんってことだな」
「兄弟、つまりアカ様はこのカーザの兄上ということですか」
ジークはチャイルドストーンをアカに見せる。するとチャイルドストーンから柔らかい白い光が淡く光った。
「そういうこった。なんでな、俺はそいつに挨拶に来たってわけだ」
「我がミンシアナの守護竜が西の里の門番様と兄弟になるわけね。さすがジーク、引きが強いわ」
ゆっこ姉がホクホク顔でそう言った。
「おうよ。なんかあったら相談してくれや。召喚竜と普通の竜とじゃまたちょっと違うんだが、それでも竜のことについては人間よりは詳しいはずだ。兄貴がきっと助けてやるからなカーザ」
そのアカの言葉にジークのチャイルドストーンが淡い光をピカピカと点滅させる。喜んでいるようだった。
アカが「ちょいと借りるだけだ」と言いながら、チャイルドストーンをジークから借り受けて手のひらに乗せて話しかけている。兄弟同士の会話というものが行われているらしい。それを見ながらアオが「さて」と声をかける。
「アカのことはそれぐらいでいいでしょう。今回竜である私たちが里から出てきた理由は3つです。ひとつはアカとカーザを引き合わせ、兄弟としての契りを結ぶこと。ああ、契約とかではないですよ。兄貴です弟ですと紹介した今のことです」
若干警戒の色を深めたジークにも対し、アオはそう先回りして答える。
「もうひとつはハイヴァーンにある東の竜の里に『ある荷物』を届けてもらおうと依頼をしに来たことです。これは冒険者ギルドを通じて正式にあなた方に指名依頼をさせていただきます」
風音がそれにやや眉をひそめる。なんだか指名依頼を受けてばっかだなあ……という思いがあったからだが、すでに風音たちはランクA相当の実力と実績のパーティではあるし、ランクAパーティがフリーの依頼をとらずに指名依頼を受け続けるケースは珍しくはなかったりする。
「最後に一つ、恐らくあなた方はその答えを既に知っているようですが、私たちは白竜カーザの誕生と共にまるで双子のような存在の新たなる竜を感知しました。その確認に参った次第です」
アオの言葉に全員が風音の顔を見た。風音は「ムムム……」と言いながら「はい私です」と挙手して答える。
「あなたが竜を呼べるということですか?」
そのアオの問いは本質からは若干はずれた質問だ。
「うーん、呼べるというか、なれる?」
風音もあれがどういう性質なのかが不明なので言い倦ねたが、とりあえずは自分の認識のままの答えを口にした。
「それはどういった意味でしょう?」
再度のアオの問いに風音はルイーズを見る。風音の『竜体化』を見ていて魔術にも召喚術にも精通しているのが彼女だったからだ。だがルイーズにも風音の眼差しに返せる答えはない。
「ごめんなさい。あたしには分からないわね。どうも自核召喚に似ているのだけれど、主体はカザネにあるみたいなのよねえ」
自核召喚とは悪魔ディアボが行なった、ティアラ自身を核としたルビーグリフォンのような召喚のことである。もっともルイーズの言葉通り、それはティアラの肉体を核に代用していても主体はルビーグリフォンである。しかし風音の変化したドラゴンは風音自身の意志で動いている。
「では実際に見せてもらうことは可能ですか」
分からないのであれば自分で確かめてみるしかない。そう思い、アオは風音に確認してみる。風音も変化できることを知られているのであれば隠す必要もない。また自分でもあの状態のことを知りたいという気持ちもあった。
「いいけど、ここだとちょっと無理かな。5メートルにはなるよ」
「標準的な大きさですね。女王陛下、窓の外の中庭をお借りしてもよろしいですか?」
アオの提案にゆっこ姉が唸りながらも頷いた。
「うーん、うちの兵達がビビっちゃうと思うけど。ロジャー、とりあえず連絡をしておいてくれる? 今からジークの白竜の訓練に中庭を使うから驚かないようにって」
ゆっこ姉の言葉に、背後に控えていたロジャーが「はっ」と言って、部屋から出ていった。
「それでは、まずはジーク。あなたのカーザを呼んで中庭に降りなさい。昼のお披露目で姿も知れてるでしょうし、貴方が先に陣取っておけば次に風音が変身して降りていっても襲われることもないと思うわ」
ゆっこ姉の言葉にジークも「分かりました」と頷き、アカからチャイルドストーンを返してもらうと窓の外のバルコニーで白竜カーザを呼び出した。そしてジークはカーザに乗って中庭へと降りていった。
「ほほお。こいつが俺の弟の姿か。なかなか耽美じゃあねえか」
アカが嬉しそうにカーザを見ている。アオもその姿に「なるほど」と頷いていた。
「それじゃあ行くよ」
風音もバルコニーに上がり「スキル・竜体化」と口にして中庭へと飛び降りる。風音の内側から青白い光が溢れ出し、それが竜の形となって中庭に降りたった。そして鏡面の鏡のような同じ姿で並び立つ白竜と青竜。どちらも闇夜の中で幻想的な淡い光を放っている。
「おいおい、こりゃあ」
アカがさらに嬉しそうに笑って「俺もっ」とバルコニーから飛んで真の姿を解放する。
「ああ、こら。まったく、もう」
アオがそれを見てため息を吐く。
ズドンと降り立ったアカの姿は10メートルほどの赤い巨竜だった。そしてその姿形は白竜と青竜に酷似していた。
『でかっ』
青竜風音がその姿を見上げて驚いている。
「あの黒岩竜と同じくらいのサイズですね」
白竜に乗っているジークがつぶやく。
「成竜となると大体その大きさに落ち着くんですよ」
ストンとバルコニーから降りたアオがそう説明する。パーティ会場のバルコニーから中庭まではとても気軽に飛び降りられる高さではないハズだが、このアオという人物もやはり人間ではないということなのだろう。
「それにしてもまさか本当に竜になるとはね。その姿はジーヴェから連なる竜の姿そのもの。あなた自身がジーヴェから枝分かれした竜とはね」
『なるほどな。つまりは俺には弟だけでなく妹までできたってわけだな』
『つまりあなたはお兄ちゃん!』
『はっはっは、妹よー。兄の胸の中に飛び込んでこーい』
『おにいちゃーーーん!!』
アカが腕を広げ、風音は抱きっとアカに抱きついた。
『グルル、グルッ』
「え、うん。いいよ」
白竜カーザがジークに意思疎通をしてジークが呆気にとられながら了承する。カーザはトテトテと歩いていって風音と一緒にアカに抱きついた。
『俺に弟と妹の両方がいっぺんにできるとはなあ。なんと良き日か。はっはっはっは』
『あっはっはっはっは』
『ググルウ〜〜〜!』
そのドラゴン三兄弟をゆっこ姉や弓花や他のメンバー、周囲巡回中の兵などが呆気にとられて見ていた。
「お兄ちゃんっ」
「妹よー」
人に戻っても抱き付き合う二人に「いやもういいから」と周囲が思ったが、ゆっこ姉は少しだけ戦慄していた。彼女だけは風音の好みを知っていたからだ。
知性あるマッチョ。これが風音の男の好みであった。海外の筋肉質なモデルのグラビアを見ながら「抱かれたい」とヨダレを垂らしながら呟いていた風音をゆっこ姉は知っている。まあ実際にその筋肉モデルと風音がくっついたら犯罪にしか見えないのだが、そうした観点から考えればジークが歯牙にもかけられなかったのは当然のことだった。ちなみにアウディーンも引き締まった良い筋肉であったがどちらかといえば痩身でイケメンモデル体型である。その上オジンでディアボ戦での失態もあって印象も悪い。だからあっちも風音にはノーサンキューであった。ついでにいうと英霊ジークは顔こそ耽美系だが脱いだら凄い。超ゴツゴツしている。
そして赤毛でゴツく熱い感じで馬鹿でなさげな二十代半ばの姿であるアカは風音にとってはド直球の好みのタイプだろう。相手が竜であるし、兄弟の関係性を求めている以上間違いは起きないだろうが、ジークにとっては非常に強力なライバル登場である。というか勝負になっていない。故にゆっこ姉はジークにこう言った。
「あれになりなさいジーク。そうしなければ勝てないわ」
「え?」
ジークは敬愛する母の深遠なる言葉の意味を読みとることはできなかった。
「うふふ、おにいちゃーん」
風音は風音で引き締まった大胸筋に顔を埋もれて至福の模様。それは己の欲望に正直になった時の気持ちワルい方の笑顔だった。アカはアカで美醜さらしてこその家族の姿よと気にも留めていない。
「ゴホンッ」
そして混沌化したこの場をアオの咳払いが響く。
あまりにも巨大な咳払いに周囲の人間……だけでなくアカまでビクッとなって固まる。巨大な怒れる竜の姿が幻視できたのは気のせいではないはずだ。
(お、お兄ちゃん、なんか怒ってるよ?)
(今のはマジだ。とりあえず話聞いとけ)
完全に兄ラブになっている風音にアカは経験上の忠告をする。
「いい加減話が進みませんので、こっちで仕切らせてもらいますがよろしいですかね」
「「「はーい」」」
一同、素直に頷いた。
「というわけで、こちらにきた目的の三つ目もこれで果たせました。アカの兄妹が増えたのは意外でしたが、風音が竜の力を継いだのは分かりましたし、それはそれで良しとします」
「うん。俺も満足だ」
「貴方の満足とかどうでもいいんですよ」
アオが苛立たしげな顔でアカを睨む。
「それで風音の竜体化のことは分かったのですか?」
ゆっこ姉が来客用の女王猫被りで尋ねる。
「そうですね。今の風音はチャイルドストーンと召喚竜を併せ持ったものと同等の存在になっています。有り体に言って彼女は人でありながら我が竜族でもあるとも言えますね」
「それって、何かあるの?」
風音の問いにアオは少し思案してから首を振った。
「いえ。変身前は人、変身後は竜であるだけです。見た目上は人の使う竜変化の術とさほどの違いはありません。恐らく消費魔力量の差は相当にあるでしょうが」
「あれって魔力バカ食いするんすよねえ。燃費いいのか。いいっすねえ」
ゆっこ姉の影武者のイリアがそうボヤいた。
「まあ、風音であれば我らが里への移住も許されるでしょう。その気があればですが」
「歓迎するぜ」
グッと親指を突き出すアカの腕に「わーい」とぶら下がる風音。上腕二頭筋の力強さがヤバい。さすがに昨日のキスに今回の兄貴でティアラの嫉妬心もメラメラと来たが、腕をくいっと持ち上げてもピクリとも盛り上がらない自分の筋肉のなさに同時に涙した。
(わたくしでは風音を満足させられない……)
そして、この日からティアラは自分の身体を鍛えることを決意する。あまり良い結果が出てほしくはない話だ。
ともあれ、若干キレ気味のアオが話を進めていく。長命の竜族の中でも生き急いでいると言われるアオである。とはいっても、彼よりも長く生きている竜など数えるほどしかいないのだが。
「そしてふたつめの目的、これが今回の主題ですが、あなた方にはこのアイテムを届けてもらいたいのです」
アオは赤黒く脈打つ宝石をテーブルの上に置いた。
「竜の心臓だね。ずいぶん大きいけど」
ゲームと同じ形をしているそれを見て風音が、そう口にする。
周囲が若干ざわめいた。この場において竜の心臓を見たことがあるのはゆっこ姉、ジンライ、ルイーズ、メフィルス、イリアと意外に多く、またゲームの中でなら弓花も見ていたので認識できていた。だがその心臓は風音達が知っているものよりも二回りは大きい。
「これは我ら西の里の竜族の宿敵『黒竜ハガス』の心臓です」
「それって人竜戦争における竜帝ガイエルの愛竜でしたわね」
ティアラが昔聞いたおとぎ話を思い出すように口にする。
「そうです。かつてツヴァーラの英雄タツヨシ王によって討伐されたあの邪悪なる竜が北のダンジョンで再生竜として生まれ、一度は外へと解放されてしまいました」
その言葉に、事前に聞かされていたゆっこ姉と知っていたアカ以外の誰もが目を見開きアオを見た。
「もっともダンジョン再生したドラゴンのコアはチャイルドストーンで、かつて無尽蔵とまで言われた魔力はありません。ダンジョンから出てしまっては心臓球からの魔力供給も失います。そうなると竜体を維持するにはチャイルドストーンだけの魔力生成では足りませんからね。人化して逃げているところを我が里の竜と北の国オルトの兵達の連合で追い詰め、討伐には成功しました。そしてその時にハガスの首を切り落としたのがアカです」
アカはそう言われて髪を掻いて照れた。
「まあな。ヤツも多少強かったが俺には勝てねえよ。このドラゴンキラーもあることだしな」
アカがそう言って鞘に収まった剣の柄をポンと叩く。
「だが、ダンジョンで生まれると知れた以上、同じことが起きる可能性はある。万が一にもヤツにこの心臓を奪われるとまずい。今まではウチで封印してたんだが、もっと厳重なところに……ということで東の里に預けることにしたわけだ」
「そういうことです。あちらには神竜帝ナーガがいらっしゃいますから。そこで風音たちにはこれを持って東の里に行っていただきたい」
「それはいいんだけど、自分たちで行けば良い話ではないの?」
風音が当然の疑問を口にする。竜は空を飛べるのだ。風音達に任せるよりもより早く安全にたどり着くことができるだろう。
「そうしたいのは山々なのですが、心臓球以上の魔力生成量のこの心臓はいわば兵器そのものでして、人の世界の境界線を渡ることが不要な摩擦を招くこともあるのです」
「つまり?」
「核兵器を移動しましたーっていったら周辺国がどういうか……ということよね」
ゆっこ姉の言葉にアオが頷く。だが風音、弓花以外は『カクヘイキ』の意味は分からず首を傾げた。
「それに私が持っていくこと自体が結構問題でして。これでも里の補佐という立場の竜が他の里にそうしたものを持っていくのは人だけでなく他の竜の里も刺激しかねません。そこで私と同じ封印術を持つ方にこれの運搬をお願いしようと思った次第なのですよ」
「同じ封印術?」
風音が首を傾げる。だが続くアオからの言葉に風音は驚きの声を上げる。
「アイテムボックスのことですよ由比浜 風音さん」
「あなた、もしかして」
風音の後ろにいた弓花も身を乗り出して尋ねる。アイテムボックスを使える。それが事実ならば目の前の人物の正体は風音たちの知る限りでは一つしかない。
「私の本当の名前は青井 慎太郎と申します。かつて人より竜となった者。恐らくは生きている最古のプレイヤーとなりましょう」
その言葉に驚く風音と弓花に、アオはにこりと笑顔を浮かべた。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・白銀の胸当て・白銀の小手・銀羊の服・甲殻牛のズボン・狂鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット
レベル:29
体力:101
魔力:170+300
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:二章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』
風音「面倒な話はとりあえず今回でまとめたので次からは通常営業だってさ。あとゆっこ姉は誤解してるよ」
ゆっこ姉「何が?」
風音「私が『抱かれたい』って言ったのは性的な意味じゃなくて筋肉的な意味で『超好き!抱いて!!』ってだけだからね。ぜんぜん違うんだからね」
弓花「何を言ってるのかさっぱりだよ風音。それにあんた、以前にジンロさんたちのことマッチョ集団とか言って敬遠してなかったけっけ?」
風音「正しく管理されてない筋肉は雑草みたいなものだよ。美しくないしそれに体育会系は……なんかキツイ」
弓花「酷いことをいうなあ」




