第九十一話 竜人に会おう
風音たちが王都シュヴァインに帰還した翌日。ゆっこ姉は前日から準備を進めて、昼には王城前の広場で盛大に祭りを開いた。すでに民には前日の段階で連絡が通っていたので大きな混乱もなく、祭りは盛り上がっていた。
そしてジークの乗った白竜カーザを広場の中心に降り立たせ、白剣の光『ホワイトファング』を天に打ち上げることでミンシアナの宝剣の復活を大々的に宣言した。何かしらの催しの際には顔を必ず出していた王子のことを、その場にいたミンシアナの民のほとんどは知っていた。だが子犬のような愛らしい王子……ぐらいにしか思われてはいなかった。女王に突き従っている姿しか知らぬのだからそれも仕方のないことではあるのだが、それだけに竜を従え宝剣を操り堂々と姿を現したのには皆驚いた。
併せて『白竜王』の名がどこからともなく聞こえてきた。白き竜を操る幼き王位継承者に人々は大いに興奮し、その名は数刻も経たずに広場に広がり大歓声で埋め尽くされた。
その日、ミンシアナの国民は『白竜王ジーク』の名をその胸に刻み込んだ。そしてミンシアナの輝かしい未来を夢見て、今はまだ若き未来の王をその名と共に讃えたのだった。
その裏では風音たちがジークの晴れ舞台を見守っていた。
さすがに竜討伐メンバーであることがバレると揉みくちゃにされそうで、関係者席に避難していたということもあるし、ティアラの素性のこともあるのであまり目立たない方向でお願いしてある。
「こええ。ジークの目がハートになってる気がするよ。ヤバいよ。視線があっただけで妊娠しかねないよ」
「あんたが焚き付けたんでしょうが」
その中で風音はジークを見て怯え、弓花がつっこみを入れている。
最愛の人から受けた大人の接吻と、自らの力を誇示し民衆に認められた自信は少年をひとつ大人にしたが、それを成させた少女は特に成長の跡は見られなかった。そして自らの行動の結果に怯えていた。他にも別の国の王様も風音の下腹部とかを狙っているのだ。権力者同士が風音の下腹部とかを狙っている。戦争の危機と貞操の危機が同時に迫っていた。
「まあ、ちょっとは認めてあげなさいよ。絶対あんたのこと意識してるよ、あれ」
「分かってるよ」
どうにもジークがチラッチラッとこちらを見ている仕草が垣間見える。
「だからそろそろ帰っていい?」
「ダメに決まってるでしょ!」
昨日のキッスの影響か、朝に城に来た風音たちに対しジークは妙にハツラツとした顔で出迎えてきた。風音の危惧していた両者互いに赤面でモジモジという展開はなかったのだが『見ててくださいカザネ』的なジークの露骨なアピールに風音は若干、というか大層引き気味だった。
後ゆっこ姉の視線が怖い。まったく目が笑ってないので「息子を男にしてくれてありがとう」的な感謝の言葉が言いたいわけではないようだ。近い将来風音のホッペが引きちぎれるかもしれない。
◎王城デルグーラ
「それでは、皆さんよくやってくださいました」
夜。滞りなくすべての催しも終わり、今は大広場も酒盛りの場となっているだろう。ゆっこ姉はジークを含む竜討伐メンバーを讃えるという名目でプライベートパーティを開いていた。
「お母様、カザネが泣いているようなのですが」
「ああ、ジークの勇姿に感動して涙が止まらないらしいわよ。少しそっとしてあげなさい。今貴方が話しかけたら感極まってしまうかもしれないから」
ジークは「そ、そうですか」と顔を赤くして肯いた。
「エグ、うぐ……ごめんなさい」
ほっぺを真っ赤に腫らしながら風音がガン泣きである。
「よしよし」
ティアラがポワワンとした表情で風音を慰めている。至福であった。
ここにくる前に風音はゆっこ姉から右?左?両方?もしかして……イエスイエスな目にあっていた。要約すると両ほっぺをすごくつねられて叱られていた。
ゆっこ姉としては11歳児にベロちゅーは早いという判断からの制裁だが、それはすでに手遅れだったかもしれない。
元々ゆっこ姉やサキューレ、イリアと生活の多くを大人の女性と接してきたジークである。そして初めて会った同年代の少女がコレでは、実際の同い年の少女などジークにしてみれば子供そのもの。だが大人のキスで目覚めたリビドーは少年の内の肉食獣を呼び覚ましていた。
容姿も悪くなく、性格は温厚、家柄は勿論、そしてこの冒険で得た実力もある。これでモテぬわけもなく、王族として妾を囲うことも常識の範疇である世界では、たとえ最愛の人がいたからといって他の女性と関係を持つことは特におかしい話でもない。
差し当たって鉄の巨人を操る短パン少年のコンプレックスを保つサキューレが毒牙にかかる可能性が、或いはかかられる可能性が大であった。数ヶ月後に再会したときのサキューレの反応に期待である。お腹とかさすってないと良いですね。
「まあ、まさかジークがドラゴン退治までして白竜のおまけまで付いてくるとは思わなかったけどね。ありがとう、本当に」
「うう、いいってことよぉ」
風音がほっぺをマッサージしながら涙目でグッと親指を突き出した。
「今回の竜討伐メンバーには予定していた褒賞金の他にドラゴンスレイヤーの称号を与えます」
その言葉に一同がどよめく。
「しかし、本来それは害竜を討伐したときのもの。ダンジョン内の竜は該当せぬのではないですか」
ジンライが恐れながらと口を開く。
「ええ、本来であれば。しかし、何も称号とは悪いことがあった場合のみに贈られるものではありません。国として大事にあたる今回の竜討伐を成したあなた方には、それを受け取る資格と義務があります」
ゆっこ姉の言葉にある義務と聞いて、ジンライは顔を引き締める。
「はっ、差し出がましいことを口にして、申し訳ございませんでした」
「気にしないで。あなた方に無理を言っているのはこちらだしね。それにその称号には特典もあるわ」
「特典?」
弓花の言葉にゆっこ姉が頷いた。
「竜の里への入国の許可が与えられるのね。これは非常に有用なことなのよ」
「ドラゴンスレイヤーの称号が入国許可ってどういうこと?」
竜殺しではむしろ逆に弓花には思えるが。それに対してはルイーズが答えた。
「ドラゴンスレイヤーってのはね。人々を襲う害竜、つまりは竜の里にとって不利益をもたらす竜を倒した者に与えられるのよ。後は対等であることの証明よねぇ。他には竜騎士なんかが入国できるって聞いたことがあるわ」
「へえ」
弓花も、その横でほっぺをスリスリしながら聞いていた風音も感心した顔をしていた。
「じゃあハイヴァーンにいったときには一度訪ねてみよっか」
「うん、そうしたらいいわ。ちょうどひと用事お願いするものがあるしね」
ゆっこ姉の言葉に一同が首を傾げる。
「あー、ちゃんと説明するからちょっと待ってて。サプライズゲストを呼んでるから」
ゆっこ姉の言葉に、扉がガチャッと開く。
「失礼するぞ」
「ちょっとアカ、呼ばれるまで待ちましょうよ」
風音たちが開いた扉の先を見ると、黒い服装の柔和そうな男と、厳つい赤い鎧姿のゴツイ男がそこに立っていた。
「すみませんユウコ女王。彼、せっかちで。もう600年は生きてるのに何も変わってはいないんですから」
「何を言うアオ、俺のどこに成長がないというんだ?」
ムスッとするアカにアオと呼ばれた男が肩をすくめる。
「いえ、ちょうど入っていただこうとしていたところですし、構いませんが」
ゆっこ姉の言葉にアカが「ほら見ろ」といい、アオがやれやれと首を軽く振った。
(なんだろう、あの人たち。なんか変?)
風音の『直感』が二人の姿に違和感を覚えさせていた。本来であればもっと大きい何かが凝縮されているような存在感がそこにあった。だが風音がそれを口にする前に、別の人間が声を上げた。
『これはアオ殿ではございませんか』
それはルイーズの腕の中にいるメフィルスからだった。そしてルイーズもアオを知っているようで興味深そうに二人を見ていて、ティアラも「え、あのアオ様ですの?」と驚きの顔をしていた。
「おや、メフィルス殿。しばらく会わないうちに随分と縮みましたな」
『いやいや、アオ殿はお変わりないようで。以前お会いしたときはティアラが生まれたときでしたかな』
「いえ、シェルキン殿のご息女のユーイ嬢の生誕のご挨拶の時以来ですよメフィルス殿。アウディーン王の即位の時にはまた寄らせていただきます」
『お願いいたします』
「お爺ちゃん、知り合いなの?」
風音の問いにメフィルスが頷く。
『こちらの方はツヴァーラ王国の顧問をしていただいているアオ殿よ。西の竜の里ラグナの長『金翼竜妃クロフェ』の補佐にして、蒼焔のアオとも呼ばれておられる青竜でもある』
「つまり竜なのよ。この方たちはね」
続いたルイーズの言葉に、風音には目をパチクリとするが確かに先ほど感じた気配は竜ほどの巨体が人に凝縮されたものと考えれば納得できた。
「青竜というとカザネのお仲間ですね」
ジークの言葉に風音が「うっ」となった。風音は他のメンバー同様にジークにも魔物からスキルを手に入れられることは軽く話はしていたが、あまり大っぴらに手の内をさらすものでもないということまでの説明はしてはいなかった。これは風音のスキルに限った話ではないが、実力のある冒険者は安易に自身の能力をさらしたり自慢を行ったりはしないものである。特に利用価値の高いものは出来うる限り自分と身内にとどめておかないと利用されるか奪われるか疎まれて殺されることもある。
「ほお、私のお仲間ですか」
そしてアオの視線にも風音はビクッとなった。齢は既に千年に近い古竜の域に入るアオの圧力に風音の『直感』がビリビリと反応していた。その様子を見ていたゆっこ姉が咎めるようにアオに視線を送る。
「失礼。まさかそこまで過敏になられるとは思っていませんでしたので」
ゆっこ姉の視線に気付いたアオが頭を下げた。
「え?」
風音がハッとすると、自分と周囲の空気の違いに気付いた。
剣と杖こそ握ってはいないものの風音の意識はこの場において『人』の中ではただ一人、戦闘態勢に入っていたのである。
「ああ、ごめんなさい」
さすがの風音も自分の非礼を詫びる。頭の中で組み立てられたアオへの攻撃の計画を思えば自分の気配と思考は明らかに敵対行為へと移っていた。
「なんだ、つまらん」
横にいたアカが腰の剣に掛けられた手を下ろす。
「……アカ、あなたね」
アオが呆れたようにアカを見た。これは腰の剣が向けられた先が風音ではなく自分に対してであると理解していたからだ。併せて言えば風音の攻撃思考もアカへの連携を意識したものだった。『直感』とアカの剥きだしの思考がそれを行わせていた。
「仕方ないだろう。依頼をしに来ておいて、その相手と戦闘となったのであれば里の名折れ。であれば俺が止めるしかあるまい」
「戦闘になどなりませんよ」
そう言ってアオは風音たちと向き合う。
「失礼しました。メフィルス殿からすでに説明はありましたが私は竜の里ラグナの長の補佐をさせていただいていますアオと申すものです」
「そして俺はアカ。黒岩竜ジーヴェの転生竜と言えば俺が何なのかは分かりやすいかな?」
その続いたアカの説明に再び周囲がざわめいた。
「僕のチャイルドストーンの竜?」
ジークがチャイルドストーンを握りしめて呟いた。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・白銀の胸当て・白銀の小手・銀羊の服・甲殻牛のズボン・狂鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット
レベル:29
体力:101
魔力:170+300
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:二章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』
ゆっこ姉「まあどうであれ、この『真実の目の額飾り』がある以上、わたしの目の届く範囲では兆候すら見逃しはしないのだけれどね」
風音「……ゆっこ姉が怖い」
弓花「サキューレさん、早まらないで」




