第九十話 冒険を終えよう
「にゃ、にゃにゃにゃ」
「旨いか、ユッコネエ」
「にゃーーー!!」
ジンライがユッコネエの身体をさすりながら尋ね、ユッコネエはそれに上機嫌で返答しながら竜の肉を食べている。魔物として遙かに上位種である黒岩竜ジーヴェの肉はユッコネエにとっては最大のご馳走となり、それを食べることで傷が回復し、尻尾も二股に分かれ、またユッコネエには炎属性が付いた。そしてユッコネエに命を救われたジンライには猫属性が付いた。猫好きがここにまた一人生まれた。
その横ではメフィルスもバクバクと竜の肉を食べている。
『な、生肉とは。これが畜生の本能なのか。ぬぬ、何故に懐かしい味がするのだ』
などと言いながら、それでもクチバシが止まらないらしい。そのメフィルスの背中をルイーズが撫でながら「ゆっくりねえ、お爺ちゃん」と声をかけている。
そして風音は弓花たちと共にジーヴェを解体し不思議な倉庫に入れていた。
「売っちゃうのもいいけど竜葬土にしてマッスルクレイを造ってもいいなあ」
タツヨシくん量産計画である。
「それにしてもチャイルドストーンがジークに懐くとは思いませんでしたわ」
ここでいうジークとは王子の方のジークである。英霊の方は制限時間が過ぎたのですでに消失していた。
「確かに」
弓花も「あはははは」と笑う。
「申し訳ないです」
ジークが本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「あら、やだ」「いやいや、そんなつもりじゃないよ」
と、ティアラと弓花が首をぶるぶると振った。
黒岩竜ジーヴェとの戦闘の後、取り出されたチャイルドストーンが反応したのは何故かジークに対してだった。「大して活躍もできていないのに」とジークは思ったがメフィルスによればチャイルドストーン……というよりは召喚体は総じて王族に対して従属する傾向が強いのだという。
『ルビーグリフォンが良い例よな。王族というのは人間であると同時に国を司る象徴そのもの。民衆の総意の塊よ。自然、魂の位も高いものになっていく。或いはここでまた再生されるよりも人々に愛される守護獣として生きていたいという願いがあるのかもしれんがな』
メフィルスの言葉に「なるほどなあ」と風音は頷く。その風音だがジーヴェとの戦闘でレベルが二つ上がり、そして『竜体化』というスキルを覚えた。そのスキルを発動してみると、
『おお、凄いよこれ』
グオオオオオンと5メートルはある青い綺麗な鱗のドラゴンに風音が変化していた。
ジンライが「新手かっ」と殺気を込めて構えてちょっと風音はビビったが弓花が説得して事なきを得た。
(うーん、私自身が竜に変質したわけじゃあないのか)
風音はドラゴンになった身体を動かしながら性能を確かめる。元に戻ったら裸で「いやーん」なことになったらどうしようかとも思ったが、この身体は風音を核とした魔力体だった。ようするにルビーグリフォンの核となったティアラに近い状態だ。
「すごいですわー」
「うわーーーー」
今はティアラとジークを乗せて空を遊泳中。飛んでいるのは竜独自の風属性の魔法によるものだ。翼自体は姿勢制御に使っているようだった。
吐くブレスは氷属性。風音は自身の属性がそちらだったかとここで気付いたが、まあ竜変化で属性チェンジも悪くないと思い、魔術自体は炎中心のままで行こうと考えた。気持ちワルい方の笑顔を浮かべながら。またドラゴン形態のせいで本当に邪悪そうな笑みだったので乗っているティアラとジークがそれを見てかなりビビった。
このドラゴン形態は最初の変化の際は自前の魔力を半分くらい消費したが、維持そのものにはそれほど魔力が掛かるわけではなく、ブレスや戦闘行為がなければ長時間変化し続けるのも可能ではあるようだ。と、そこまで調べ終わって風音は竜体化を解き、元に戻った。
竜の姿が光となって消え、風音自身の身体が地面に降り立つ。
「む、ちゃんと戻れるのだな」
「当たり前だよー」
ジンライの言葉に風音が笑って返す。
「それで、ドラゴンを倒したけどどうするのリーダー?」
ルイーズがそう尋ねる。すでに竜の死骸の素材取りは完了している。ここでやるべきことは終えた。ならば、と風音は仲間たちを見渡し
「じゃあ帰ろっか」
と言った。全員が頷き、帰りの準備に取りかかる。
◎オルドロックの洞窟 入り口
「モンスターハウスに遭遇したんですか」
戻ってきた風音たちの話を聞いた管理官が驚きの声を上げる。
「うん。マジで死ぬかと思ったよ」
「良く生きて戻ってこれましたねえ。それも1人も欠けずに逃げきれるとは」
管理官が驚きの顔で見ているが、ジンライがムスッとした顔で訂正する。
「いや逃げたのではなく、全滅させたのだがな」
「あ、全滅……ですか?」
「うん。マジで死ぬかと思ったよ」
「そりゃあ、そうですねえ」
管理官はさらに絶句した顔で、そう返した。
そして、続く言葉が見つからなかった管理官に風音たちはさらなる真実をぶつける。無論、黒岩竜ジーヴェの討伐である。
管理官はそれこそ「まさか」という顔をしたがジークがチャイルドストーンを、風音も竜の素材を見せると今度こそぶっ倒れた。だが、すぐさま立ち上がると猛烈な速度で各方面への連絡を開始する。
そして、管理官が呼んで最初に来たのは素材保管人である。竜の討伐があった場合にすぐさま素材を確保して保存するために派遣された冒険者ギルドの人間だったが、まさかこんなに早く出番が来るとは本人たちも思っていなかったようだった。
また風音たちが素材のすべてを持って帰っているとも思わなかったので二重の意味で驚いていた。不思議な倉庫など一般の冒険者の持てる代物ではないのだ。
その素材保管人とのやり取りで、風音は竜骨やいくつかの素材の所有権は譲らず、その他部位は適正価格で売り払うこととした。竜葬土への加工も引き受けてくれるというのでお願いをした。また、すでに出来合いのものもあるとのことだったのでそちらも竜の肉のいくらかと物々交換で取り引きを行い、後でウィンラードの工房に届けてもらうよう手配してもらった。
その夜、オルドロックの洞窟前の市場では竜討伐のお祝いの祭りが開かれた。高難易度のチャイルドストーン持ちが倒されるとお祝いをするのは昔からの習慣らしく、ジンライもルイーズもそれを当然のこととして受け止めていたが、急に行われたその催しに風音や弓花は驚きを隠せなかった。
「まさか、たった一戦で仕留めるとはな。正直、驚いたぜ」
そうジンライに声をかけてきたのは、三十一階層で出会ったザックだ。
「ふむ。運が、いや出会いが良かったというべきだろうな。ワシもこの歳でここまでやれるとは思っていなかったが」
「つーか、ダンジョンなかじゃあ気付かなかったが明らかに若返ってんだろ。何したんだいったい?」
分かる人には分かるらしい。ジンライは秘密だと言って笑った。この老人も今は非常に上機嫌だった。
「カザネさん、ちーっす。このたびはおめでとうございまっす!」
「「「「おめでとうございまっす」」」」
これはあのコテージを奪おうとしていた冒険者たち。
自分達が受けた恐怖と鬼殺し姫の噂を聞いて、完全に風音のご機嫌伺いと化していた。そして……
「ジーク王子、このたびはおめでとうございまっす」
「「「「おめでとうございまっす」」」」
「はい。ありがとうございます」
ジークは現在ミンシアナ王国の王子ジーク・ワイティ・シュバイナーとしてそこにいた。
「うんうん。ジーク、もっと笑顔笑顔」
「は、はい。そうですね」
これは事が公になるに当たってジークの立場が鮮明化した結果だ。すでに風音もゆっこ姉にメールで連絡を取り了承も得た……というよりは積極的にそうするように念を押された。『ミンシアナの王子が竜を討伐した』という実績はジークの箔付のためにも、ひいてはミンシアナの国益のためにも必要なものだった。
ジークは自分の身分を明かしたことで、風音たち仲間の接し方こそ変わらないが、他の冒険者やギルド職員、商人たちからはそれまでとは違う距離感があるのを感じて少し寂しい気分になっていた。まあ、よくよく考えてみれば風音一味と認識されていたジークは元々周囲とは距離感があったのでその疎外感は気のせいではあるのだが。
そして風音たちがドラゴンを倒せたのはミンシアナの宝剣である『白剣』の力であるということも併せて伝えられた。これもゆっこ姉の希望だ。
元々ゆっこ姉のこの依頼の狙いは『ジークの実績』と数代に亘って遣い手がおらず闇に葬られつつあった『白剣の権威の復活』であった。風音たちが英霊ジークなしでは竜を倒せぬのは予想できたし、英霊ジークを表沙汰にはしたくはないであろう風音に白剣を代用させることを提案したのもゆっこ姉だ。そしてジークがドラゴン退治に参加せずとも風音が白剣が使えることは事実で、ジークが竜討伐メンバーであったのも事実。英霊ジークを伏せて竜退治を説明すれば、どう転んでも結果としてゆっこ姉の望みは叶う。キタナイゆっこ姉、さすがゆっこ姉キタナイという感じではあるが、風音はすべて事実として成し遂げてしまったのでこれは結果オーライであろう。ただし風音たちの実力を知る冒険者らは誰もが白剣だけの力とは思わなかった。というかまた蹴り殺したんだろうな……と、事実ではあるが過大評価している面々の方が多かったということもここで補足しておこう。
その中で、まるで手柄を独り占めしたような形になりジークはひとり申し訳なさそうな顔をしていた。だが風音たちも竜討伐は自分達の力だけではなく、その功績のほとんどが英霊ジークのものであることは理解していた。だから別の大きな力が働いたという解釈自体は正しいため、特に気にした様子もなかったのである。
そしてその申し訳なさそうな顔だったジークだが、みんなに請われてチャイルドストーンで初めて竜を召喚してからはそんな陰気な気持ちは完全に吹っ飛んでしまった。
ジークが呼んだのは5メートルほどの標準サイズの竜で、その姿はミンシアナの宝剣を彷彿させるような真白きものだった。属性は風、ジークによく似た穏和な目をした白竜だ。
ついでにと自身も『竜体化』で青竜と化した風音と共に空を舞う白竜の姿は、後に吟遊詩人たちの間で語り継がれるほどの幻想的な光景だったということもここに記述しておく。もっとも酔っぱらって暴走していた風音を白竜が止めに入っていただけだったことは後の歴史には記されていない。する必要もないのだ。
そして、その白竜は風音から名をもらって『カーザ』とした。
王となるジークとともに生き、やがてはミンシアナの守護竜となるべく定めを背負った若き竜がその名を聞いて喜びの声を上げたのが祭りの締めくくりとなった。周囲の拍手の下で竜は消え、ジークの手元のチャイルドストーンが柔らかい光を放った。
それが彼の冒険の結末。物語の終演。
そう、この夜を以て11歳のジーク王子の冒険は最後の時を迎えた。
その翌朝には風音たちはオルドロックの洞窟を発った。身分を明かしたジークをいつまでもここに置いておくわけにもいかなかったし、ゆっこ姉から「ハハキトクスグカエレ」とのメールが大量に寄せられてしつこかったこともある。毎分5通のペースで送られるそれを見て風音が「元気じゃん」とぼやく。
風音たちはヒッポーくんを早馬モードで走らせ、翌夕には王都シュバインへとたどり着く。途中ずっと無口だったジークをティアラも心配げな目で見ていたが、ルイーズは何も言わず、何か口にしようとするティアラも止めていた。恐らくは彼女はただ一人、少年の決意に気付いていたのだろう。
そして一行は王城デルグーラの門前までたどり着いた。
◎王城デルグーラ 夕方
「申し訳ございません。女王陛下はただいま会議の最中でして、まだ当分お目にかかるのが」
迎えにきたサキューレが申し訳なさそうに風音たちに謝罪する。
どうも風音たちの戻りが想像以上に早かったらしい。急ピッチで国を挙げてのジークの生還と竜退治の祝いの祭りを計画していたゆっこ姉は、祭りの詰めが迫っていたため、会議から抜けることができなかった。
「いんや。こっちもずっと走り通しだったしね。明日会えるならそれでいいよ。ね、ジーク?」
そう声をかける風音に答えず、ジークは風音の前に立った。
「?」
風音はキョトンとしてジークを見る。
「あの、どうしたのジー……」
そしてジークはスッと近付いて風音の唇に自分の唇を重ね合わせた。
「!」
突然のキスだったが風音はそれに抵抗しなかった。それは唇と唇を重ねただけの優しいキスで、ジークはすぐに風音から唇を離した。
「おませさんだよね、ジークは」
風音は困ったような顔で笑う。それは本当に弟を見るような慈愛に満ちた顔で、恋する少女のそれではなかった。風音はジークの思いを理解し、だが受け止めることはなかったのである。
「せ、背伸びしないとあなたには追い付けそうもありませんから」
ジークは顔を真っ赤にしてそう答える。ジークはキスをした後の風音の表情を見ても気は落とさなかった。それはもう分かっていたことだ。風音は大人でそして自分は子供だと。
だから、手のひらを広げてこう宣言する。
「5年、そう5年です」
その言葉に風音は首を傾げる。
「5年したら僕はカザネを迎えに行きます。カーザに乗ってあなたの下に行きます」
ルイーズがにやつき、弓花とティアラが目を丸くし、サキューレが絶句する。
「そしたら僕と結婚してくれませんか」
ジークのその言葉に、だが風音は首を横に振った。
「約束はできないよ。その頃には私はもう結婚してるかもしれないんだよ?」
年齢から言えばおかしい話ではない風音の言葉に、しかしジークは落胆しない。
「その時は奪います。その相手よりも誰よりもきっと自分のことを振り向かせて僕と一緒にいたいと思わせますから」
そう真剣な表情を向けられては風音もさすがにその気持ちをおろそかにはできない。だから風音も真剣もジークに向き合い、自分の考えをまじめに伝える。
「そう言われたら、まあ仕方ないね。未来は分からないけど、その時がくれば私もちゃんとジークと向き合ってまじめに答えることにする」
風音は「それでいいかな?」と尋ねる。
「今はそれで構いません」
「うん。それじゃ」
と風音がジークの頭を撫でかけて、手を止める。
「?」
ジークが首を傾げると風音は「子供扱いはできないしね」といってジークの顔をグッと持ってムチュッとキスを仕返した。
「む、むむう」
それは先ほどとは違う深い口付け。ねっとりと絡み合う舌に、未体験の淫靡な感触にジークがひと悶えするが風音はそれを離さない。そしてジークにとっては永遠とも一瞬とも思えた濃厚な接吻の後、プハッと風音が離し、照れた顔でこう言った。
「はい、これが大人のキス。いい男になりなよジーク!」
「は、はいっ」
ジークはトロケるような顔でそう返した。
「……やり過ぎ」
帰る途中の弓花の言葉に風音は顔を赤くしてこう返した。
「だって悔しいじゃない。いいように唇奪われて、なんか全部持ってかれた感じだったから逆襲してやった。子供に負けるわけにはいかないからね!」
にひひひ……と照れ笑いの風音に「どっちが子供なんだか」と弓花がぼやく。目の前のお調子者はいつものノリと勢いでやっただけだろうがアレは健全な少年には刺激の強すぎる出来事だ。フラグ達成した可能性もある。
「というかさ、あんた気が付いてるの?」
「何に?」
風音は弓花の言葉の意味をまったく予測できず、そのまま尋ね返す。
「いやさ。あんなボーイミーツガール以上なことしといたのにさ。明日また普通に会うことになるんだよね、アンタたち」
「はっ、何それ? 5年後じゃないの?」
なにそれではない。次に会うのが5年後のわけもない。ゆっこ姉と会う約束をしてるのだからそりゃジークとも会うだろう。
「コレガオトナノキス、イイオトコニナリナヨジーク」
裏ではルイーズが楽しげな顔でチューって唇を尖らせていた。
「いや、マジで凄いな親友。どのツラ下げて明日会うんだか知らないけど」
「え?ええ?」
「まあ頑張れ」
「う、うわああああああああああああああ」
弓花がグッと親指を突き出すと風音が叫びながら走り出し夜の街に去っていった。
「コレガオトナノキス、イイオトコニナリナヨジーク」
ルイーズがムチューっとしながら繰り返す。そしてまたひとつ黒歴史が紡がれたのだ。黒歴史とはすなわち青春の残影である。
なおセリフのなかったティアラとジンライだが、ティアラはキスの応酬に茫然自失となり、ジンライはそのあまりの青臭さに気恥ずかしくて死にそうになっていた。
『ま、青春よのお』
ルイーズの腕の中でメフィルスがそう言って遠い目をしていた。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・白銀の胸当て・白銀の小手・銀羊の服・甲殻牛のズボン・狂鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット
レベル:29
体力:101
魔力:170+300
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:二章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『ダッシュ』『吸血剣』『竜体化』
風音「さよならジーク!永遠に!!」
弓花「いやジーク死んでないし」
風音「だってまのわで5年後なんてもう出ねーよってことじゃん。死んだも同然じゃん」
弓花「いや明日会うんだってば」
風音「会ーいーまーせーんー。センセー、生理痛激しいんで明日は体育休みまーす」
弓花「仮病を使うなよ」




