第八十四話 休日を楽しもう
◎オルドロックの洞窟近辺 温泉コテージ 朝
「今日はお休みです!」
ジャキーンと布団の上で風音が立ち上がり、全員に宣言する。まあ元々その予定ではあったので、誰も異論とかはないのだが風音のテンションが若干おかしかった。
「風音は今日はどうしますの?」
再び座り込んだ風音を裏からギュッと抱き締めながら一緒のベッドにいたティアラが尋ねる。どうもオーク戦以降、再び風音に寄りかかる度合いが増しているようだ。
「今日は私のヒッポーくんのダンジョン版の調整をしようと思ってるよ」
「じゃあわたくしも一緒にいますわ」
それならば横でくっついていても邪魔にはなるまいとティアラが嬉しそうに言う。集中して作業をしているときの風音はまったくそういうのが気にならないというか、頭の中が別世界に行っているので外からの情報を何も感じない。
『昼ぐらいまでなら良いが昼過ぎには修行を開始するぞ』
「サボっちゃだーめよ」
メフィルスとルイーズの言葉にティアラは「むうっ」となった。
「あの……ジンライさん」
「なんですかなジークさま?」
「今日は僕に稽古を付けていただけますか?」
「それは構いませんが」
ジンライが風音をチラッと見る。
「ダメ。ジークは休もう。さすがにオーバーワークだよ」
風音は首を横に振る。
「ですが」
ジークはパーティの中で目に見えて明かな自分の力不足を痛感していた。
「だったらホワイトファングの練習をしよっか。分かってると思うけど、ここから先ジークに求められるのはほとんどそれだよ」
風音の言葉にジークが複雑な表情になる。求められているのは自分ではなく白剣。分かっていてもやるせない思いがよぎるのは仕方のないことだった。だが、風音の次の言葉でジークの顔色が変わる。
「だからホワイトファングの出力を現状から100パーセントに引き上げる。今のジークなら多分撃てると思うから」
「本当ですか?」
一旦は見捨てられた子犬のような顔だったジークが今はかけられた期待に不安げな顔をしている。ルイーズはこれが五年後ぐらいだったらなあ……と横で見てて思った。五年後だったらなにをしようというのか。不敬である。
「ドラゴン戦では必要になる。逆に言えばできなければ外れてもらうつもり」
「やりますっ」
それは風音が当初から考えていたことだった。戦力とならぬならここで終了。だがジークの王族としての血のなせる技か、あるいはゆっこ姉の教育の賜物か、ジークは分水嶺を正確に把握し、そしてもっとも自分にとっての正しい答えを迷わず選択した。
そして風音はジークから白剣を受け取り、ホワイトファングの出力を100パーセントに変える。
「今日までの戦いは全部これに慣れるまで。今日からのそれはただドラゴンを打ち倒すため。ジーク、他の魔物などはその前哨戦だと思うようにね」
風音の言葉にジークは頷く。
「今日はこれを全力で撃てるように練習して。ジンライさんはこの子についていてあげてくれる?」
「承知した。弓花、お前も来い」
「あい、分かりました」
弓花もジンライの言葉に従い、特訓の準備をする。元々体育会系だ。休日だからと音を上げるもやしっこではない。
(よくやるねえ)
自分から振っておいたくせにもやしっこが心の中で一言漏らす。
◎オルドロックの洞窟近辺 温泉コテージ 昼過ぎ
「ふぅ」
風音はウィンドウを閉じて自分の肩を揉む。周囲を見回すと誰もいないようだった。少し前までは横にティアラがいた気がしたが相変わらず集中すると自分の周りが見えなくなるな……と風音は苦笑する。
「とりあえずはこれでダンジョンもまわりやすいかなぁ」
風音はダンジョン探索用に小型のデコイヒッポーくんを先導させることで何かしらの罠などに備えるよう対応した。後はヒッポーくんの移動速度を落としデコイを先行させて挑めば未踏破のダンジョン内でも有効に活用できるはずだ。多少魔力は食うがそれは許容の範囲だろうと考える。
「ま、実際に試してみるかな」
風音はそう考え、思考を閉じる。
そして昼食をとるべく、市場の方に向かうことにした。
◎オルドロックの洞窟前 市場 昼
「ちゃーっす。カザネさん」
「「ちゃーっす」」
「うん、こんにちはー」
風音が街中を歩いていると時々挨拶をしてくる男たちがいた。その中の何人かが知っている匂いだったので温泉コテージ騒動の時にいた冒険者だったのだろうと風音は理解して挨拶を返す。
「なんでお前等、あんな子供に」
「バカやろうっ、テメエもドア磨きてえのか?」
時折風音を知らぬ者がいてもっともな疑問を口にするが、周囲がこぞって鬼のような顔で口をふさいだ。なお「テメエもドア磨きてえのか?」はこのオルドロックの洞窟周辺においては今一番ホットな脅し文句だ。
風音はその騒動を黙殺して歩いていく。そもそもドア磨きは誤解でなくただの事実なので弁解のしようもない。もう無視して進むしかないのである。
「おっちゃん、ラーメン一丁。味濃いめ、粉落としでお願いねー」
「あいよー」
風音が屋台の一つに入りラーメンを頼む。なぜラーメンがあるのかは不明だが、かつてのプレイヤーの誰かが広めたのかもしれないし千年前が本当にゼクシアハーツと同じならファンタジー的には結構ムチャな食い物も料理スキルで造れたからその名残なのかもしれない。北に行けばコーラがあるのは確認済みだ。
ちなみにマヨネーズなどの調味料も一般庶民が普段から使える金額ではないが販売しているし、魚や貝、タラコなども冷凍保存の利く不思議な袋などがあるため、これもまた値は張るがこの辺りでも購入が可能だった。
「はいよ。チャーシュー好きにかけてね」
そう言っておっちゃんがラーメンと一緒に切り落としのチャーシューの細切れが入った金属瓶を置く。
風音は嬉しそうに「ラッキー」と言いながら細切れチャーシューを入れて、胡椒をふってズルズルと食べ出した。
(キクラゲが欲しい……)
残念ながらキクラゲはない。ファンタジー世界でキクラゲとかないない。ありえないのである。
そんなことを考えながら風音は「あ、やべえ」と言いながら紅ショウガを摘まんで入れてオロシニンニクもラーメンに入れる。
「どうも物足りないと思ったら、迂闊だったよ」
いくらファンタジー世界だからって博多ラーメンに紅ショウガ抜きとかありえないよねえ……などと考えながら風音はラーメンをズルズルと食べていた。風音はニンニクの匂いとか気にしないタチだ。気にしたら負けだ。
「あ、替え玉ください」
ちなみに替え玉一回までは無料である。
そして腹の膨れた風音は屋台を出て、市場の方に向かった。
「おやカザネさんじゃないですか」
「ザクロさん。こんちはー」
風音は市場を回っている途中に部下らしき商人たちと歩いているザクロと出会った。
「カザネさんは今日はダンジョンには潜らないのですか?」
「昨日まで潜ってたからねえ。今日はお休みだよ」
カザネがそう言うとザクロは「そうなんですか」と言って少し考えてから、風音に提案をした。
「ではひとつ、アルバイトをしてみませんか?」
「アルバイト?」
首を傾げる風音にザクロが言う。
「はい。と言ってもお時間は取らせません。確かゴーレム使いにはご自分の似姿を作り出す術があったと思うのですが」
「うん、あるよ」
風音自身のゴーレムを造ることも確かに可能だ。色が岩と土の色なので、戦闘中に本人として誤魔化すのはかなり難しいが。
「であれば、ご自身のゴーレムを一つ作成し提供していただきたいのです」
「いいけど。なんで私の像なんて必要なのさ?」
風音の質問に「それがですね」とザクロが答える。
「カザネ温泉の発見者として石像がひとつ欲しかったのですが、制作にはやはりいくばくかの金額が必要となりますので」
「つまり私の像があそこに置かれると?」
風音が「えーー」という顔で聞き返す。
「そうです。職人に頼むと大層な金額になりますし、カザネさんご自身で造ってもらうのが一番手間がかからないかと」
「いや、でもな。恥ずかしいし」
「報酬はそこそこ用意……いや、これにしましょうか」
そう言ってザクロは自分の眼鏡を外して手渡す。
「これは?」
「商人専用のアイテムで鑑定メガネです」
「まんまだね」
風音がスチャッとかけてみる。
「ほう」
風音がメガネをかけると専用のウィンドウが発生した。試しに爆炎球を一つ取り出し見てみる。
名称:爆炎球
レア度:B
効果:炎の理:グリモア第五章のフレイムバーストの効果を発生させる消費型魔法具。
「これを装備すると脳裏にそのアイテムの情報が浮かび上がるんです」
「なるほど」
風音には脳裏ではなくウィンドウで表示されているが、恐らくは毎度おなじみのウィンドウが処理してくれたのだろう。
「でもこれ商人専用なんだよね?」
「カザネさんもあの源泉オーナーになったので商人ギルドの資格を手に入れてます。というかダイナ商会に籍を置いてますので、それに併せてという形ですが」
「いつの間に」
商いをする場合、通常は税金などの処理を取りまとめているその土地の商会に所属する必要がある。そして商会に入るには商人ギルドの登録が必須であった。
「ルイーズ様が『やっといてー』と言っていたのでこちらで登録させていただいたのですが、その、マズかったですか?」
ザクロが風音に不安げに尋ねる。
「いや、別にいいんだけど。ダイナ商会入会ってことは他の商会には入れないの?」
「いえ、そんなことはありませんよ。旅の商人などは掛け持ちしていますし」
商会登録は要するにその土地での商売の許可証に近い。また商会内での立場や地位はその商会内だけのもので、例えばジョーンズはゼニス商会では代表だが、このダイナ商会では店長資格者という扱いになっている。
「そうなんだ。それでこのメガネってレアアイテムなのかな?」
風音はぐっとメガネを握って尋ねる。もう返す気はないようだった。
「レアというか商人ギルドに登録制のアイテムでして、商人ならば申請してそこそこの金額で購入できます。私も他に二つほど所有していますが、ただ商人ギルド登録者でないと所有できませんので冒険者としては貴重なアイテムと言えるでしょうね」
「なるほどー」
これは使えそうだなあ……と風音は考え、「うん」と頷いた。
「分かった。造るよ、石像」
「ありがとうございます。それではそのメガネはのちほど私の方から所有者を変更しておきますのでそのままお持ちください」
ザクロとその部下らしき人間が併せて頭を下げる。そしてザクロの案内された場所で風音は石像をその場で作り「そんなに頑丈じゃないからね」とだけ注意をして、そのままコテージへと帰っていった。
ザクロはその後、この石像から型を取り、いくつかのカザネ銅像を作製しようと考えていた。
すでにミンシアナからはカザネ魔法温泉街の情報が入ってきている。であればカザネという存在を共有して商売に役立てようとザクロは考えていた。そのひとつとして銅像の贈与も良さそうだとザクロは頭の中のソロバンを弾いていた。
◎オルドロックの洞窟近辺 温泉コテージ 夜
パーティ全員が勢ぞろいし、いつも通りのそのままの夕食となった。
ちなみに今日の夕食は風音が担当し、メニューは買ってきたパンとシチューとサラダに鶏唐だった。
「へぇ、それがこのメガネなんだ」
弓花が興味深そうに風音がもらってきたメガネを眺めている。
「そうだけどさ。ルイーズさん、私、いつの間にか商人になってたんだけど?」
「あら、珍しいこともあるものねえ」
ルイーズはシャクシャクとレタスを食べながら、そう答える。
「事後でもいいから教えてよねえ。気が付いたら暗殺ギルド入会とかなってたらヤダかんね」
「事後ね。ええ、今度からは終わった後でいいなら教えるわよ」
ルイーズは微妙にワードにエロい意味を込めて返事をしつつ、唐揚げにレモンをぶっかけた。
「ぬう……」
ジンライがそれを見て渋い顔をする。ジンライはこの場で唯一勝手に鶏唐にレモンをかけると怒る人だったが、ルイーズ相手では口に出せなかった。
「そういえばカザネ、あのダンジョン用のヒッポーくんは完成しましたの?」
「うん。未踏破の場所でも使えると思うけど、とりあえずは明日試してみようと思ってるよ」
ティアラの問いにカザネはそう答えて鶏唐を食べる。
明日はまたダンジョン探索。ヒッポーくんの性能が確かなら今まで以上のペースで探索が可能となるはず。風音はその期待感に胸を躍らせていた。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・白銀の胸当て・白銀の小手・銀羊の服・甲殻牛のズボン・狂鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪
レベル:25
体力:85
魔力:143+300
筋力:42
俊敏力:33
持久力:24
知力:43
器用さ:27
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:二章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』
弓花「勝手に唐揚げにレモンをかける相手を「人間として最低だ」とまで罵倒する人もいるけど、どんくらいの人が気にするもんなんだろね?」
風音「気にしない人にはどうでもいいことだけど、いやな人がいるならやらない方が無難だよねえ」




