第七十五話 修行をしよう
「温泉ね」
ルイーズの一言でマルクニ温泉街に行くことが確定した。オルドロックの洞窟に行く途中にある温泉街である。とりあえず二泊はしたいというルイーズの要望に風音も頷き、そのことをゆっこ姉にパーティメールで送る。弓花とはいつもいっしょだったので使用する機会はほとんどなかったが、風音たちがウィンドウと呼んでいるものにはそうした機能も付いている。
ゆっこ姉「ショボーン」
返信はショボーンであった。
◎マルクニ温泉街
「ここが温泉というものですか」
パカラパカラとヒッポーくんを操る風音の前に王子改めジークが座っている。
「うん。そうだよー」
「ここは薬湯という薬草などを浸けたお湯があるのですわ」
風音の裏からギュッと手を回しているティアラがジークにそう説明する。
「それはなんだか元気になりそうですね」
ティアラの説明にジークが感心する。
今の説明で分かるとおり、風音はヒッポーくんに乗っていて風音の前にジーク、風音の裏にティアラがいる。この二人、なぜか仲が良い。同好の友的な奴である。
「あのこも大変ねえ」
それを裏についているヒッポーくんに乗っているルイーズが微笑ましげに見ている。前に乗っているジンライからはとくに返事はない。その裏にいる弓花は「あはははは」と乾いた笑いを出していた。
ジークは天然温泉は初めてとのことだが、王宮には王室専用の浴場があるため、温泉というモノに対しての戸惑いはないようだった。だが人の多さと、自分が注目されていないという本来であれば当たり前の状況には多少驚いていた。そして、すこし前まで自分が同じ境遇だったティアラはジークを案じ、まるで弟のように扱った。
『ふむ』
その様子をメフィルスは状況次第ではこの二人が将来添い遂げる未来もあったかもしれぬのだなと感慨深く見ていた。それはジークが第一王子でなければ、あるいはティアラが紅玉獣の継承をせず、アウディーンに男児の世継ぎが生まれていればあったかもしれない未来だ。
『まあ、今となってはな』
そうつぶやくメフィルスに抱き抱えているルイーズが首を傾げた。
◎マルクニ温泉街近隣の岩場 夕方
「というわけでね。ジークには白剣を使いこなしてもらいます」
トンと国の宝を杖代わりにして寄っ掛かりながら風音が口にする。
場所は温泉街からやや離れた広い岩場で、ホワイトファングを撃つには適した場所だ。
「使いこなすですか?」
さっそく修行だーと風音に連れてこられたジークがそう尋ねる。実際に母親からも聞いていたが、ジークはそれがどういう形で教えられるモノなのか想像ができていない。今まで使い手はジークとゆっこ姉の二人だけでゆっこ姉もジークが操れぬ理由がよく分かってないからだ。
「そうです。使えないと超恥ずかしくて笑われそうなので使いこなしてもらいます」
誰が笑うのかは言えない。特に思い当たらないからだ。
「そんじゃあちょっと振ってみて」
風音はジークに剣を渡す。
「行きます」
ジークが剣を握り集中する。するとブゥンという音がして、剣が半分に割れる。しかしその剣と剣の間の光は風音の使ったときよりも弱々しい。そして安定していない。
「やっぱりちゃんと動いてないよね。剣技の方はどうなってるの?」
「は、はい。いつもの自分とは違う感じでは振れるんですが、なんだか引っ張られる気がして思うようにいかなくて」
同い年の女の子に敬語なんて……とも思う気持ちもあるが、
(どうも年上のように接してしまうなあ)
とジークは思う。実際に年上なのでオカシくはないのだが、認識の齟齬があるのでそう思ってしまうのも仕方がない。
「うーん。ちょっと剣を持つ手を片手だけにして」
「はい?」
ジークは言われるままに柄から左手を離した。
「で、ちょっと握るからね」
そう言って風音はジークの持つ白剣を握る。
顔と顔の距離の近さにジークが赤くなったが風音は気にしない。風音はウィンドウを開き、ホワイトディバイダーのステータスを見ていた。
「あー多分ゆっこ姉、この機能を知らなかったんだろうなあ」
そう言って風音はステータスから戦士の記憶のシンクロ度を50パーセント程度に下げる。魔力出力量も減らしておく。
ホワイトディバイダーはゼクシアハーツ内で装備するとシンクロ度と魔力出力量はプレイヤーに合わせて最適化される。恐らくゆっこ姉に最適化されたホワイトディバイダーの設定がジークには合わなかったのだろう。
「イージーミスだよゆっこ姉」
そう風音がぼやき、設定ウィンドウを閉じる。
(うん、息がかかってる。うう、顔がこんなに近く)
対して凛々しい風音の横顔にリビドーが止まらないジークくんだった。ちょっと近付ければキスになるんじゃないかと、偶然唇が当たっちゃったりとか、それって事故で誤魔化せないかとか、そんな微笑ましいことをジークが考えていると
「さて、ちょっと使ってみて」
突然風音が手を離し、そう言ってきた。
「え、は、はい」
突然引き戻される現実に、ジークが目をパチクリとする。そして風音が手を離したことで突然重くなった剣をあわてて両手で握り直した。
「あれ?」
両手で握った途端にジークがその違和感に気付く。
(さて、どうだろう?)
風音が観察する中、ジークが剣を振る。ぎこちなくはあるが随分と使えているように見える。剣の隙間の魔力光も若干光に強弱があるが、先ほどよりは随分とマシで安定しているようだ。
「これならっ」
ジークが正面の岩に対し剣を振るう。振るわれた剣からは白い光が放たれ岩の表面を砕いた。
「できたっ!?」
あれほど出せなかったホワイトファングが、出せてもあらぬ方向に飛び出るだけだった魔力の光が今は完全に自分の意志で出せた。
「すごい。カザネ、凄いよ。これ」
ジークが改めて喜びの声を上げる。風音は出てきたホワイトファングの威力が思ったほどなかったのにちょっと残念な気持ちだったが、子供の喜ぶ顔を見て「まあ良し」と思い、ジークの頭を撫でて「よくやったね」と誉めた。そのときのジークの顔を見て(子犬のようだなー)と最初の印象と同じ感想を持った。
「とりあえずは剣技はジークの自前のモノが戦士の記憶のモノとぶつかっちゃってるんだよね。そこらへんを理解して使わないとダメだし、ちょっと打ち合ってみよっか」
「え、でも、今の僕、前より全然強くなってますよ」
ジークは風音の心配をする。サキューレでの風音の剣技がそのまま今自分のモノになっていると錯覚しているようだが、風音は「いいからいいから」と言って愛剣の黒牙を抜く。
実際、風音は同じ『戦士の記憶』を持っているしウィンドウによって手動ではなく自動で最適化されている。その上にパッシブスキルの『身軽』と『直感』がある。たとえジークが『戦士の記憶』を完全に使いこなせていたとしても勝てないのが現実だ。それを超えるには自前の剣技を鍛えるしかない。
そして打ち合いになって一分も経たずにジークはその事実を完全に思い知った。
「はぁはぁ……あ、ありがとうございました」
10分ほど打ち合った後、ジークはそう言ってその場で大の字に倒れた。
「ふー」
風音は息を軽く吐き黒牙を鞘にしまう。
「まあまあだったかなぁ。やっぱり引っ張られてる部分はある?」
「いえ、どちらかというと足りない感じが」
「じゃあちょっと調整するかな」
風音は白剣を手に取り、戦士の記憶のシンクロ度を65パーセントまで上げて魔力出力量は70パーセントまで引き上げた。
また立ち上がれる程度に回復したジークに使わせたところ、剣技は申し分ないが、ホワイトファングの使用は可能であるものの使いにくくなってしまったようだった。とはいえ最終的には最大出力で使えることが理想のため、出力は変えず慣れるように言い含める。次にゆっこ姉が触った際にまた最適化される恐れもあり設定をロックすることも考えたが、ジーク自身の地力での制御も必要だろうと考えそれはしなかった。最後にゆっこ姉にメールでそのことを送ったところ
ゆっこ姉「ショボーン」
返信はまたショボーンであった。やはり設定関係を知らなかったようだった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・白銀の胸当て・白銀の小手・銀羊の服・甲殻牛のズボン・狂鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪
レベル:22
体力:77
魔力:132+300
筋力:33
俊敏力:27
持久力:17
知力:34
器用さ:20
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:二章』『空中跳び』『キリングレッグ』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』
風音「ちなみにパラメータの設定とかはウィンドウの能力みたいなものだけど、あんな風に簡略化された調整じゃなければ地力でも可能ではあるはずなんだよね」
弓花「私が師匠から習ってる技はスキルでも出せるけど私自身でも出せるもんね」
ゆっこ姉「その点は魔術も同じ。ウィンドウの細かい調整や制御が便利すぎる……というだけで、出来ないものはないのよね」




