第七十三話 ドラゴン退治を受けよう
惚れたと惚れ込んだの違いは何だろうか。
どちらも大して違いはないかもしれないが、惚れ込んだという方が敬意があるようには思える。まあどう惚れたかの方が重要なのかもしれないが。
ともあれ、王子は風音に惚れ込んだ。母親は何も言わないし、身分も冒険者ではあるが、だがあの白剣が使える以上はミンシアナの王家に連なるのは間違いないハズだった。であれば、恐らくはあの風音という少女は王子の未来の伴侶となるべく呼ばれた人物なのだ……と王子は結論付けた。
その風音が白剣を使いこなした後、いくつかの会話をして風音たちはホテルに戻っていった。その際、ジンライたちの紹介もあったのだが王子の頭には入らなかった。未来の伴侶のことで頭がいっぱいだったからである。
そして王子はその夜、母親からここ二ヶ月に亘る風音の数々の武勇伝を語り聞かされた。王子は同い年でありながら(誰も年齢差について口にしなかったので王子の中ではそう確定していた)少女に対しての敬愛が生まれていた。それは恋愛とは別の感情であったが、恋愛感情そのものへ変わるのも時間の問題だろうと母親であるゆっこ姉は考えた。
未来がどうなるかは分からないし本人たちの意思は尊重する。が、そうあってほしい未来への道筋を通すことに対してゆっこ姉はまったく躊躇いはなかった。
故に彼女は一手を打つべく準備を行う。
◎王都シュバイン クライリーズホテル 夜
「『戦士の記憶』を覚えちゃった? なにそれ?」
弓花が風音からそのことを聞き、驚きの声を上げる。
「いや、何って覚えちゃったんだよ。本当に」
「えっと。まさか白剣から奪っちゃったとかないわよね」
そうだとすれば大変なことだ。宝剣の能力を盗んだなんて前代未聞の犯罪だ。逮捕だ。死刑だ。
「いや、そうじゃないみたい。コピーをして手に入れたっぽいんだよね」
その言葉に弓花は首をひねったが、とりあえず心配はないと聞いたので「じゃあ」と続けて気になることを口にした。
「それで今のあんたはすごい強い戦士なみの剣術が使えるって事?」
「いや、あの剣の戦士の記憶ってそこまでのものじゃないからね。多分弓花にもジンライさんにも勝てないと思うよ」
とはいうが他のスキルとの併用すればまた別の話。『直感』と『身軽』のパッシブスキルのプラスも合わさった結果、かなりの腕前のサキューレを圧倒できたことに風音もまだ理解が及んでいなかった。
「そういや後半の補助用のスキルだったっけか。とりあえず直接戦闘にも使えるようにするための」
「あのスキルはそういうものだね。ま、戦闘には結構使えると思うから狩りの時なんかは今まで以上に期待してもらっていいと思うよ」
「なるほど」
弓花が頷く。
「まあ、そっちは置いとくとしてさ。あのホワイトディバイダーを私が使えるのを王子たちの前で見せたのってなんかありそうだよねえ」
「んー、案外あんたをあの王子とくっつけさせようって企んでるんじゃないの。あの剣使えるなら王位継承の条件ってクリアなんでしょ?」
「ははは、いやまさか」
風音は笑って「ないない」と返したが、弓花はあの時のゆっこ姉の態度からその可能性はあると思っている。
(まあ、同い年にしか見えないもんなあ)
王子の外見はゆっこ姉を外人にして小さくさせた感じに近い。穏和そうな雰囲気のいいとこの坊ちゃんという感じだった。まんまであるが。
そして二人並ぶと弓花から見ても同い年の子供にしか見えなかった。そういう意味ではお似合いではあった。
「明日になんか頼みには来るらしいし、ちょっと怖いなあ」
「また暗殺集団と闘えってのはないでしょうけどね」
あはははは……と二人で笑う。さすがに同じことはないだろうが、なんだかとても面倒なことが起きそうな気が二人はしていた。
そしてその翌朝、風音たちは朝早くにホテルの案内人から起こされて驚きの声を上げることとなる。突如、風音たちは冒険者ギルド・ミンシアナ本部より呼び出されたのだ。
◎冒険者ギルド・ミンシアナ本部
「ギルドマスター、客人をお連れしました」
風音たちはすぐさま冒険者ギルドの本部に出頭し受付に話すと、ミンシアナ・ギルドマスターより直々に用件を告げられると言われ、ギルドマスターの部屋へと案内された。
「ご苦労。君は下がりたまえ」
「はい」
受付の女性はギルドマスターの言葉に従い、扉を閉めて部屋から出ていった。
風音たちは部屋の中でギルドマスターの前に並んで立った。
(エルフのおじさんかな?)
ギルドマスターは耳の長いビジネスマン風の男だった。
「ふむ、君たちが昨今様々な功績を挙げているルーキーパーティだな。見知った顔も何人かいるようだが」
その言葉にジンライが頭を下げ、ルイーズが「はーい」と手を振る。
「それとティアラ嬢。あなたの身分は重々承知ではありますが書面上は一介の冒険者とされておられる以上、このギルド内ではそのように振る舞わせていただきます」
「ええ、よろしくお願いします」
ティアラは頭を下げる。
そこらへんの事情もすべて察しているようであるギルドマスターに風音は「へえ」と感心する。
「それでマスターのおじさん、何かようなの?」
風音はさっそく切り出した。こらえ性のないこなのである。
「君がカザネか。なるほど、聞いていたとおりの性格のようだな。まあ私も話は短い方が好きだし、別に何か個人的に言いたいこともない」
出来るビジネスマンみたいな印象のギルドマスターがそう言うと、座っていた机の中から依頼書を出してきた。
「仕事の話をしよう。君たちに指名依頼だ。読みたまえ」
風音はその書類を手にとって読んでいく。
「なになに。オルドロックの洞窟内にいるチャイルドストーン持ち、黒岩竜ジーヴェの討伐をせよと」
その内容に周囲が驚きの声を上げる。竜種の討伐は現代では熟練冒険者の50人体制が普通だ。それ以上だと人的被害が大きくなり、それ以下だと耐えきれないとされている。化け物ぞろいのランクSの冒険者でも5人は欲しい。
「その討伐には同行者を伴わせること。伴うのは」
その後に書かれている文字を見て風音の声が上擦った。
「ジーク・ワイティ・シュバイナー王子……だってさ」
辛うじて風音が読み上げると他のメンバーも目を丸くする。
「これ、本気でやらせるつもりなの?」
風音がギルドマスターにジト目で尋ねる。
「知らんよ。やるかやらないかは君たち次第だ。だが依頼主はこうも言っていたな。報酬内容にも目を通すことと」
「報酬内容?」
風音は書類に再度目を通す。報酬は200000キリギア。本来街などを襲う害竜と呼ばれる竜を相手にする場合の依頼報酬はもっと高額になるのだが、ダンジョン内での討伐となればそう悪い額ではない。特定の決まった場所に存在し、戦闘のダメージも蓄積されていくダンジョンでは、外とは難易度がそもそも違う。それにチャイルドストーン持ちとしての討伐報酬はあっても個別に依頼を受けて倒すということも本来あまりない。なぜならばダンジョンの魔物には自ら赴かない限り襲われる人間はいないため、危険度でいえば実質ゼロであり、そもそも倒すことを依頼する理由が存在しないためである。
また扱いでいえばダンジョンの魔物は害敵ではなく資源だ。そしてダンジョン攻略の冒険者は鉱山労働者に近い存在といえる。辛うじてチャイルドストーン持ちがボーナス的な意味合いでの討伐報酬が設定されているが、基本は何を守るわけでもなく、ただ手に入れた素材や宝箱のアイテム、発掘した魔鋼を売って金銭を手に入れているのがダンジョン攻略者というものであった。
「竜種って確か素材がレアものばかりなんだっけ?」
「ああ、そうだ。一匹倒せばそれだけで報酬以上の額になるな。チャイルドストーン持ちとしての個別報酬もあるはずだ」
ジンライが頷く。実際ジンライの竜骨槍も竜の骨を素材としたものだ。とはいえそれも倒せればの話。そしてジンライはその可能性を風音に尋ねる。
「風音、ジークは竜種を倒せるのか」
「条件付きだけどいけると思う」
ジンライの質問に風音が頷く。ゲーム中では実際に何匹も倒している。問題は時間が10分だけということだが、それは風音たちでカバーすることでなんとかなるのではないかと考えている。とくにタツヨシくんの投石は巨大な体躯の魔物には有効なはずだ。
「女王陛下はそれを知ってるのか?」
「知ってるよ。王子の名前自体、あいつからつけたものだって聞いたし」
「なるほどな」
ジンライは依頼内容がムチャクチャだと思ったが、実際に倒せる根拠を知っているのであればおかしいモノではないかもしれないと考え直した。
「他には……えーと」
続いての内容を見て風音の目が細まる。
「どうしたのですかカザネ?」
その風音の反応にティアラが尋ねるが風音は「うーん」と唸って返す。自分だけでは判断つきかねると思い、親友にその内容を伝える。
「弓花、報酬は元の世界への帰還の情報だって」
「は?」
その言葉の意味が最初弓花には分からなかった。それはもう諦めていたはずのものだ。
「ゆっこ姉が、元の世界に戻れる方法を知っているって書いてある」
風音がどう判断して良いのか分からないという顔で弓花を見る。
「どう思う、これ?」
「ゆっこ姉が冗談でこんなことを書くとは思えないんだけど」
「私もそう思う」
風音も弓花の言葉に頷く。ギルドマスターはそうしたやりとりを見ながら、頃合いを見計らってか口を開いた。
「まあ受けてもらえるならギルドマスターとしては助かるが、内容が内容なだけにこの国に住まうものとしては受けてもらわない方が良いとも思えるな」
「どういうこと?」
風音が突然声をかけてきたギルドマスターに問いかける。
「ふむ。依頼書をよく読みたまえ。なんと失敗してもペナルティはなし。王子の生死すら問わないそうだよ」
風音はその言葉に、依頼書を再度見直す。
「うっわあ、ゆっこ姉。そこまで本気なんだあ」
そう風音は口にする。たしかにギルドマスターの言葉通りのことが書面に記載されている。
「どうする?」
ジンライの言葉にその場にいる全員の視線が風音に集まる。ここ最近での戦闘の指揮はジンライにお願いしている部分が大きいが、リーダーは風音である。その手の判断はリーダーが行うべしとジンライからも固く言われているし、風音の心中は最初から決まっている。
「やるよ。どうせダンジョン攻略は元々予定してたことだしね」
とりあえずは不滅のマントをあと2つ用意するかと風音は考えた。ドラゴン戦はジークを中心に行うにしてもブレス攻撃は危険だ。おそらく主力となるタツヨシくんと、そして王子たちも護るならばそれは必須であろうと。そう、風音は戦うことを前提に頭を回し始めていた。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・白銀の胸当て・白銀の小手・銀羊の服・甲殻牛のズボン・狂鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪
レベル:22
体力:77
魔力:132+300
筋力:33
俊敏力:27
持久力:17
知力:34
器用さ:20
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:二章』『空中跳び』『キリングレッグ』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』
風音「ゆっこ姉、帰れるってどういうこと?」
ゆっこ姉「ひ・み・つ」
弓花「くっ、いくらゆっこ姉でもちょっとイラっときたわ」
風音「歳を考えろ。歳をーーーうがががががが」
弓花「ああ、風音のほっぺが恐ろしいことになっている!?」




