第一話 初めての異世界
※この物語はまのわより600年前にあたる剣井 達良の物語です。
いくつかの設定、キャラクターなどがまのわに連動しているまのわの番外編としての掲載となります。またこの物語は4話掲載。以降はまのわ本編に戻ります。
ゼクシアハーツというゲームがある。少し長くなるが、ここではこのゲームのことについていくつか説明をしよう。
フューチャーズウォーという近未来の荒廃したアメリカを舞台にしたオープンワールド型RPGを製作し一躍有名になったロック・テラというゲーム会社がある。しかしヒットはしたもののゲーム周辺機器事業で赤字を出したことで経営が傾き、敢えなく倒産。ゲーム開発部門は日本のゲームメーカー・イデオに引き取られ、その二年後に発売されたのがゼクシアハーツというオープンワールド型RPGである。
ゲーム自体は海外のオープンワールド型RPGそのものだが、シナリオは日本向けに作られたため和製RPG的な要素が強く、日本で先行で発売されたこともあって主に日本国内での大ヒットゲームとなった。
ゲームの内容だが基本的にはシングルプレイを前提に作られているが冒険者ギルドで雇うことでオンライン上での別のプレイヤーを呼び出すことが可能に、またすれ違いという旅路で他のユーザーと遭遇するシステム、さらにはDLCとしてエンディング後の世界を舞台にしたMMOも発売されている。MMOはあくまでオマケ要素であり全体的に大雑把だと揶揄されることも多いが、1000対1000の籠城戦など定期的な大型戦闘イベントの用意やレベル差が絶対的な差とはならないゲームシステムであることもあり、最終的にゼクシアハーツは拡張パックなどをいくつも販売しつつ発売してから5年が経過した今でも根強い人気を誇っていた。
話は変わるがこのゼクシアハーツはJRPGの色を無理やり押しつけた形ではあるが、基本は洋ゲーと呼ばれる類のシロモノである。和製はシナリオに限った話で中身はガッチガチのアメリカ思想。簡単に言えば現代人なんかが放り出されたら1日で死ぬ生き辛さである。何しろ街から出れば道ばたで虎と戦い、ゾンビが徘徊した墓場を通り、ドラゴンが闊歩する山中を走り回るようなゲームだ。まかり間違ってゲームの世界にいけるなら……と言われても行きたいとは思えない世界観である。理由は死ぬからである。
そしてここからが本題ではあるが、剣井 達良という男がいる。それもゼクシアハーツ内のどこかと思われる山の中にひとり気がついたら立っていた。
達良は当然ゲームの中に行きたいなどとは思ってもいない。理由は死ぬからである。歳は25であるが、小デブで体力にも腕っ節にも自信はない。彼女もいない。三年前に彼女と呼べる相手をわずか一日だけ持ったことはあるが、これは当時中学生であったゲーム仲間の少女とノリで一日デートをしただけである。しかも少女の外見がほとんど小学生にしか見えなかったこともあり、わずか一時間で警察に見咎められ、最終的に両親がその少女の家で土下座する事態にまで発展したことはトラウマそのものだ。以降両親には頭が上がらない。その後その少女が何故か達良の家に土下座をしに来て母親に目撃されたこともあったのでなおさら頭が上がらない。
もっともニートだった自分がそれをきっかけに働き出したことを考えればプラスだったのではないかとも思えるが、ともかく今はそんなことはどうでもいいだろう。
「うげえ」
目の前で蠢いているのはオーガの群れである。その数は50はいるだろうか。それが奴隷商人のキャラバンと激突、護衛の傭兵らしき人物等も商人等も皆殺し、戦闘で興奮したのか無抵抗の奴隷たちもまとめて殺される……そんな光景が繰り広げられ、達良は木の陰から一人で震えながら見ていた。
(なに? なんなんだろう、これ?)
まったく意味の分からない話ではある。仕事も終わり、家に帰っていつも通りマシンを立ち上げ、ゼクシアハーツを開始。MODで製作した新兵器をマイキャラ殺魅に使わせようとしていたところであったはずなのだが……
(ええと、こういうときは黙ってやり過ごせ……だろうなあ)
なにしろ皆殺しである。もうこれ以上何かをしても小太りが一人死ぬだけである。何の意味もない。
そう思ってはいたのだが、オーガたちが馬車の前でうごめいているのが気にかかった。どうやらまだ生きている人がいるらしい。そんな様子だ。
「檻……のなかに人がいる?」
わずかにオーガたちの隙間からそれが見えた。檻とおそらく生きている人だ。鉄の檻の中だから手を出されずに助かったのだろうが、それも時間の問題だ。あれだけの数のオーガならば鉄の檻程度いつ破壊できても可笑しくはない。
「……助けられないかな」
ボソリと小太りがつぶやく。無理だ。彼には何の力もない。
周囲の見た感じからしてここがゼクシアハーツの中だろうと言うことには気付いていた。恐らくこれは夢の類だろうと達良はわずかな理性で判断していた。だが達良は自分がヒーローになれる夢は見たことがない。せいぜいが自分のやれることの延長程度。
「ゲームの中かぁ。せめてプレイヤーキャラでいられたらなあ」
とほほほ…と達良は思う。プレイヤーキャラの殺魅ならばあの程度の敵、軽く一掃できるだろうが、しかしそれはゲームの話だ。
(ああ、でもここがゲームの中って設定の夢ならアレができるのかなあ)
「コマンドオープン」
そう期待もせずに呟いた達良が思わず「あっ」と叫んだ。
出たのだ。ウィンドウが。
(剣井 達良、本名プレイか。そういや昔、風音にギャルゲーのセーブデータ覗かれて激怒したことがあったっけか。あー鬱になってきた)
いや、そんな場合じゃない。現実に向き合わないと。
達良はステータスを確認。初期のレベル8。ボーナスポイントは10で割り振られていない。
(装備は……服とズボンだけか。まあなんも持ってないし。後はああ、こいつもセットされてるのか)
ウィンドウの下にMODツールというコマンドがある。これは公式のゲーム改造ツールだ。
もちろんコンシューママシン用だから改造ツールと言ってもやれることは限られてくる。PCゲームなら手間暇さえかければまるごと新規のマップを用意したりゲーム自体を作成することも可能なのだが(莫大な時間を要するが)、これはデフォルトで用意されたアイテムやデータを加工し作成するもので、オフラインなら無制限、特定サーバに設置されたエリア上でならばメーカー許諾を得たものを使うことが許されている。またメーカーの審査が通った場合にはいくつかの条件の下に公式化されることもある。
「使えるみたいだな」
理由は分からないが、確認した限り達良の登録したカスタムデータはメーカー許諾の得たモノのみならば使用可能状態になっている。
(であれば、なんとかなるかも知れないか)
「アイテム:服をアイテム:ヘビーアーマー・マークトゥに変更」
ガチャコンという音と共に達良の服がデフォルトで登録されているゼクシアハーツの前身であるフューチャーズウォーの強化スーツに変更される。
(木の枝を折り、それを持って)
装備欄に表示された木の枝を同じくレーザー・ウォーガンに変更する。恐ろしくゴツイ銃器が達良の手の中に現れた。
「おお、これならば」
気分はすっかりフューチャーズウォーだ。
(汚染巨大ネズミと地下道で戦ってたときを思い出すな)
もっとも今の相手はオーガである。サイズは巨大ネズミの方がデカいが数が50はいる。ゲーム仕様通りならば銃器といっても実際にはそれほどの威力はないはずだ。
「やっぱりあの数相手じゃ無理過ぎるかな」
達良は武器を今度はゼクシアハーツのものに変更する。
名を大翼の剣『リーン』という。機械翼のパーツを合わせ、ボーンを組み変形機構を入れて複数の武器に変化するように達良自身が設計した剣だ。メーカーの審査が通り公式化したことで、友人の一人に譲渡もしたモノだがどうやら使えるらしい。
「大翼の剣、解放モード」
達良の言葉と共に剣が変形し翼が八枚広がる。
「グロォッ?」
それをオーガの一体が見つけた。
(うわぁ、見つかった!?)
達良は焦った。まだ戦う覚悟も決めていない。
(でもこのままだと)
たとえ夢の中だろうと、さきほどの惨状が自分の身に降り注ぐのは冗談じゃなかった。
何体かのオーガがこちらに向かって突進してくる。
「あーもう」
達良は仕方なしという感じでリーンを振りかぶり
「ちゃんと出ますように〜」
恐る恐る横に振りきった。
そして8つの翼の先から8つの属性の攻撃が放たれる。
8つの並んだ光はオーガたちに向かって放たれ、そのまま横に流れる。
「「ギャォロオオオオオオオ」」
そしてオーガたちはその光に飲まれ為すすべもなく蒸発していく。
「おうりゃっと」
ここまでくるとゲームと現実の区別はなく、スーツの力で身体能力も上がってる達良はいつも通りのノリで戦えると判断する。MODツールを再度立ち上げ武器を先ほどの銃に切り替える。
「こりゃあ、面白い」
実際に自分がゲームの世界でゲームのように戦える。それは温厚な性格である達良でも相当に興奮する出来事だった。流れるように銃を撃ち、剣に持ち替え、切り裂き、杖に変えて炎を放った。
そうして瞬く間に残りのオーガを全滅させた。レベルが一気に16まで上がる。
「ん、有り難みがないな」
改造してのゲーム攻略などそのようなものだろう。別のおもしろさを見いだせなければゲーム寿命を下げるだけの所行だ。とはいえ、命が掛かった事態にそんなこともいってはいられない。たとえそれが夢の中でもだ。そう思いながら達良は檻の方に目を向けた。
「そんじゃ助けますか」
まだ破壊されていない檻を見て安堵しつつ、焼け焦げた臭いに「ゲームなんだからもうちょっとソフトでいいのに」とブツクサ言いながら檻の前まで来る。だが浮かれた気分はそこで吹き飛んだ。
そこで達良は目を覆いたくなるものを見た。
「あは……あははははっは」
近付いて気付いたのはアンモニア臭。そこには少女が一人いた。
(なんだ……これ?)
達良はそう心の中で呟き、そして自分が遅かったという事実に気付く。
(壊れて……え?)
その年端もいかぬ少女は小便をまき散らしながら、瞳孔の定まらぬ目で空を見上げ笑い転げている。その年端もいかぬ少女は目を開き放しで涙を諾々と流しながら笑い続けている。
(オーガのあの数で襲われて……壊れた?)
当然のことだった。目の前で周囲の人間が惨殺された上に、50にも及ぶオーガの食欲と情欲を一心に受けながらいつ檻が破壊されるかと恐怖に震えてそこに佇んでいたのである。常人であればストレスに耐えきれず壊れて当たり前の状況だった。
(まさか僕が遅かったから?)
ペタリと達良は地面に座り込む。
(夢が……夢じゃない?)
視点が定まらない。達良は周りを見渡した。
焼け焦げたオーガたちの臭い。
引き裂かれ、潰された人間の臭い。
内臓のテクスチャが貼られているわけでもない。
同じ肉片のオブジェクトが転がっているわけでもない。
そこは誰が見てもただの現実で地獄そのものだった。
「あ……あああああ」
達良は頭を抱え、震えだした。自分が如何に危うい状況だったかを知り、恐れおののく。
キィ……と檻の扉が開かれた。
それは先ほどの大翼の剣の攻撃が掠めて壊れた結果だった。そして少女は扉を、その先にいる達良を見る。
(あ、う?)
達良はその奈落のような瞳を直視できない。少女が微笑みながら歩いてくる。達良はそれを見ているだけだ。何もできない。
そして少女もただ言われたままに、従うだけのこと。泣き叫んでも誰一人助けてくれなかった。ただこうしろと、ああしろと、出来なければ電撃をもらう。それを「ありがとうございます」と言えと強要される。
出来上がった人形は確かに良くできていて鳥籠に入れられ丁寧に運ばれた。その先にある、この少女を喰らうことに執着するある貴族のもとに運ばれるために。
少女はこう教えられていた。
扉を開けた先、そこにいるのがお前の『ご主人様』だと。
そして『ご主人様』の前に立ちこう言えと教わっていた。
「初めましてご主人様。わたくしはあなた様の奴隷、あなた様の玩具にございます」
少女の口から漏れた言葉に達良は愕然とする。
オーガだけではない。もっと別の黒々とした何かが少女を取り巻いていた。それに気付いた。
「さあ隷属の誓いのキスをいたしましょう」
少女はそう口にすると達良の顔にすり寄り、少女のものとは思えない艶めかしい笑顔で達良にキスをした。
そして達良は吐いた。




