第五十五話 異界に入ろう
◎オルドロックの洞窟 第二階層 朝
「今回は敵少ないねえ」
風音達は昨日に来たところまでたどり着いていた。ナビシステムを使い進んでいたので迷うことなく最短でここまで来ていた。魔物とも遭遇は一回だけだった。
「昨日と同じ道だからな。大概の魔物は戦闘で仲間が殺された道は忌避する傾向にある」
「そうなんだ」
「もっとも、気性の荒い魔物は逆にその道を狙ってくることが多いようだがな。オーガなどもその系統だ」
「なるほどねえ」
狂い鬼が自分を傷つけたガーラに過剰に反応していたのを思い出す。
「さて、そろそろ降りる場所があるはずだ」
そして段差のある坂を下り、風音達は三階層へと降りていった。
◎オルドロックの洞窟 第三階層
「なっ!?」
その先にあった光景に風音は絶句する。後ろの弓花もティアラもそれは同様だった。
「なんなのこれ?」
弓花が尋ねる。洞窟の岩の裂け目からは奇妙な植物が生え、洞窟の天井は裂け、その先には空らしきものが見えていた。ただし紫と赤の混じった奇妙な空だ。
「先に進めばさらに周りの光景が変わっていく。場所によっては城や塔などもあるらしいな」
「そりゃあファンタジーだわ」
風音は顔をひきつらせて答える。正直ダンジョンを見くびっていた。
「魔物も階層を越えるとだんだん強くなってくる。気を付けろよ」
「了解。まあ、さっそくお出ましみたいだし」
風音は両手剣の黒牙を抜く。
「敵はシビルアントか?」
「いや、知ってる臭い。これはバロウタイガーかな。二体いるみたい」
「またか。あれをニ体とはな」
ジンライは槍を構え、風音は指示を出す。
「ティアラ、今回は騎士さんはオフェンスじゃなくてディフェンスで。ルイーズさんも一緒に守ってもらって」
「分かりましたわ」
「了解」
バロウタイガーの機動力なら風音達を抜け、バックのティアラたちに襲いかかる可能性もある。防御を厚くする必要があった。
「ワシが一体殺る。風音がフォロー、弓花お前がとどめを刺せ」
「ほいほい」
「分かりました師匠」
そう二人とも返す。
「む、来たよ」
洞窟の中を激しい足音が響きわたる。
「ジンライさん、二体ともそっちに行ってる」
「ふんっ、まとめて食らうか?」
ジンライは槍を構える。
「「ギャオオオオンッ」」
そしてバロウタイガーが同時に飛びかかる。しかし振り下ろされるべき爪は空を掠めた。
「弓花、これが『柳』だ」
バロウタイガーの正面にいたはずのジンライはいつの間にかバロウタイガーの背後に動いていた。流れを読みわずかな動作で敵の背後に回ったのが離れてみていた弓花には見えた。
「そして、これが『振』だ」
ジンライはジジジジジと奇妙な音を立てる槍をすばやくバロウタイガーに突き立てる。
「キャンッ」
そうバロウタイガーが悲鳴を上げて崩れ落ちた。死んではいないが動く気配もない。
「ギャオオオッ」
そして相棒を倒されたバロウタイガーがジンライの方に顔を向けようとして風音と目が合う。
「スキル・タイガーアイ」
それに合わせて風音がスキルを発動する。
「グルゥッ!」
だがバロウタイガーの目が輝き、何事もないように風音を見た。
「あり、失敗?」
風音の相手の動きを止めるタイガーアイはバロウタイガーから手に入れたもの。そしてタイガーアイは同系統の状態異常を相殺する効果があり、要するに風音のスキルは無効化されたのだ。
「なにしてんのよ、アンタは!?」
弓花が後ろから叫ぶ。その声を風音は手で制し、杖を地面に着けてこう言った。
「ならばスキル・ゴーレムメーカー・ヌリカベくん」
ズズズと地面から土の壁があがり、飛びかかるバロウタイガーの腹部へとぶち当たる。ケダモノの悲しい悲鳴が上がった。
「ほら。今だよ」
そう言って指さす風音に「分かってるわよ」と言いながら弓花が特攻。そして予想もつかない腹への攻撃に動揺したバロウタイガーの眉間に弓花は槍を突き出した。
そうして戦いは決着した。後はいつものように素材を収集していくこととなる。
「よーし、毛皮傷つかずにはぎ取れたねえ」
風音がバロウタイガーの毛皮をアイテムボックスに放り込む。
「ところでジンライさん、さっきのあれなんだったの?」
『柳』と『振』、どちらも風音には初めて見る技だ。
「『柳』は最小の動作で攻撃をかわし背後に回り込む技だ。『振』は体内を振動で破壊するためのものだな。今みたいな外を傷つけずに敵を倒すときなどに用いる。どちらも弓花に覚えさせているものだ」
「難しいんですよねえ」
弓花が渋い顔で言う。
「見ただけで覚えた『閃』よりも難易度は低いんだ。気合いで覚えるんだな」
「分かりましたぁ」
うなだれながら弓花は返事をした。
そして先に進む途中、風音は弓花の様子が気になりジンライに声をかけた。
「ジンライさん」
「なんだ?」
「弓花、調子悪いの?」
その言葉にジンライは笑う。
「いや自分にできることとできないことの見極めがすんで、ようやく壁が見え始めたところだろう。ここから先、あいつはもっと強くなるぞ」
「おおっ!」
風音はジンライの言葉に素直に驚く。
「まあ潰れなければの話だが」
「お……おお?」
「才能があろうと途中で挫折すればそこで終わりだ」
「ま、そりゃそうだけどね」
「とはいえ、それは当人だけの問題だ。ワシはあいつを信じて鍛えるだけだよ」
その様子を風音は羨ましそうに見る。
(師匠かぁ。私もどっかに弟子入りするかな)
風音も剣は使うが素人剣術で心許ない。かといって弓花のように才能があるわけでもないのでチョチョイと強くなることもない。
(スキルでどうにかなんないかなぁ)
と、思ってもいるが今のところは剣術に役立つスキルも覚えてはいなかった。
(まあ今ないもんはしゃーないとしてだ)
現状あるものだけでも十分に強いのも確かである。特に狂鬼の甲冑靴+キリングレッグの威力は高レベル魔族のディアボにすら通じる。シビルアントから手に入れた壁歩きや空中跳びとの併用で益々使い勝手は上がっているはずだ。
(伸ばせるところから伸ばしておいた方が役に立つよね)
そう思い、風音は先を歩き出す。
◎オルドロックの洞窟 第四階層
第三階層から第四階層へ下る階段を見つけ一行は第四階層へ向かった。
「また割れ目が大きくなってるねえ」
天井の外の景色が見えてきている。降りているはずなのだが、どういう構造になっているんだろうと風音と弓花は首を傾げる。対してジンライとルイーズ、メフィルスはそういうものと認識しているのか気にしている様子もない。ティアラは城の外に出てから何もかもが珍しいようで今回も素直に感動しているようだった。
「どうなってんの、これ?」
「知らん。一応、崩して進むこともできるらしいがあまりお勧めはせんな」
「なんで?」
ジンライの言葉に風音が尋ねる。
「階層をショートカットできる場合もあるらしいんだが空の彼方に飛ばされた……なんて話も聞く。どうも不安定な場所らしい」
「そりゃあゾッとするねえ」
ゲームのエリア外のようなものだとすれば無限に落ち続けたり二度と戻れない可能性がある。素直に進んだ方が良さそうだと風音は思った。
「むっ、敵がいる」
と、風音がいつものように『犬の嗅覚』で敵を発見する。
「どっちよ?」
弓花の問いに風音は右側の道を指さす。
「どうも全滅した冒険者がいて、その、食べてる」
言おうかどうか迷って結局告げた。
「狙うなら今かな」
食事の時が一番奇襲を仕掛けやすい。
「……そうだね」
弓花も胸に手を当て、気を落ち着けながら同意する。
「魔物は?」
「バロウタイガー二匹とよく分からないのの混成。分からないのはたぶんかなり強いと思う」
「インビジブルで近付いて奇襲狙えるか?」
ジンライの言葉に風音は頷く。
「そうした方がいいと思う。相当強い」
その言葉にルイーズは考え込み、そしてティアラに指示を出す。
「今回はあたしが防御回るからティアラは騎士を前に出してくれる?」
「ええ、分かりましたわ」
ルイーズの言葉にティアラが頷いた。
『余も守りにつこう』
メフィウスが発光する。なんでも炎のブレスぐらいは吹けるらしい。
「ユミカ、お前はバロウタイガーを狙え。やれるなら一撃で仕留めろ」
「はい」
「じゃあ、後からついてく。頼んだぞカザネ」
「うん」
風音はインビジブルを発動。壁歩きも併用し、天井を歩いて進んでいた。
(なんだろう。バロウタイガーを数段強力にしたような臭いだな)
風音はそう感じながら、敵のいるであろう通路の角を曲がる。
「!?」
そして風音は思わず目を丸くする。
(デカい……)
バロウタイガーよりも二周りは大きい、まるで熊のような猫科の猛獣がそこにいた。それが冒険者らしき亡骸をかみ砕いている。
(うっぷ)
風音は吐き気を覚えたが今はソレどころじゃあない。
(ジンライさんたちは配置についてる。だったらとっとと片付ける)
風音は壁歩きを解除し、空中に躍り出る。
(スキル・キリングレッグ!)
ぼそりと呟き、スキルを発動させる。
「うりゃあああああああああ!!!」
「ミギャアッ」
それは一瞬のことだった。
「避けられた!?」
風音は自分の攻撃が避けられたことに衝撃を受ける。あの巨体が一気に飛び上がり、地面に降りた風音から距離を取る。
「うー、奇襲失敗なんて初めてだよ」
周囲のバロウタイガーが吠え、巨大な猫も同時に吠える。
「雷よ、雲の中を走れ」
そしてファーストアタックはルイーズのサンダーストームだった。
「ギャアアアア」
バロウタイガーの片方が当たり、悲鳴を上げる。
「スキル・ファイア・ヴォーテックス!」
そのダメージを受けた方に風音も魔術を放ち、確実に仕留める。
「風音、前!!」
弓花の叫びに風音はスキル・突進を使い、背後へ向けて突進を発動する。
そして風音のいた場所には巨大な猫の一撃が振り下ろされた。それは地面が抉られる強固な一撃だった。
「エルダーキャットだ。チャイルドストーン持ちだぞ、あれは」
ジンライがそう叫ぶ。
「強いの?」
「かなりな」
本来であれば10〜20階層クラスにいる中ボス的存在である。
そしてジンライは突撃し、もう一匹のバロウタイガーを連続突きで殺した。毛皮などにはもう構っていられない。余計な戦力は退場願う必要があった。
「ギニャアアアアアア」
エルダーキャットが叫ぶ。子分を殺されて怒り心頭なのか、バロウタイガーを仕留めたジンライに向けて突撃する。
「ウォオオオオオ!」
そして右から左からと連続で殴りつけるエルダーキャットの爪攻撃をジンライは何度となく気合いで弾き返す。
「スペル・ファイア・ヴォーテックス!!」
その横から風音が魔術を撃つが
「にゃあっ」
といって飛び下がる。
「また避けられた?」
「あいつは直感力に優れてる。風音、お前のにわか剣じゃ読まれて終わるぞ。剣ではやり合うなよ」
「分かってるってば」
とはいえ、どうするかということだが
「スキル・ゴーレムメーカー・テバサキさん!」
ならばまずは足を止めることと考える。杖『白炎』を地面に突き立て、手型のゴーレムを呼んだ。
「やってっ!!」
風音の指示に従いテバサキさんがエルダーキャットの脚を押さえようと突撃する。が、すぐさま跳んで逃げられた。
「フレイムナイト、倒しなさい!!」
そこにティアラの炎の騎士が特攻を駆けるが
「ぎにゃああ!!」
エルダーキャットの猫パンチが炸裂し弾き飛ばされた。
「そこぉおお!!」
だが空中に浮いている状態ならばと弓花が槍を投擲する。それは雷の気を纏わせた『雷神槍』、バロウタイガーならば一撃で絶命する高威力の攻撃。そしてそれがエルダーキャットに突き刺さる。
「刺さった!!」
弓花が叫んだ。
「よくやった弓花!」
ジンライはそう言って弟子を誉め、そして自分も槍を構えて
「こちらもぉお!!」
同じ『雷神槍』を投擲する。エルダーキャットの絶叫が聞こえた。二つ目の槍の投擲が突き刺さったのだ。だが、まだ終わらない。
エルダーキャットはダメージによろめきながらも地面に着地する。そして後ろに下がろうとして
「テバサキさんっ!!」
風音がタイミングを合わせ、着地したエルダーキャットの足をテバサキさんに掴ませた。
「ニャアッ」
掴まれたエルダーキャットは動けない。そこに空中跳びで跳び上がった風音がエルダーキャットの正面にまで接近し
「イッケェエエエ!!!」
今度こそ必殺のキリングレッグを叩き込んだのである。
「やったかっ!?」
ズドォンと生き物が出せる音ではないような轟音が響き渡り、エルダーキャットが倒れ込んだのを見たジンライが風音に声をかける。
「ふぅ、うん。やった……かな?」
風音は自らがレベルアップをしているのを確認して答えた。そしてスキルリストが増えているのも確認する。
(スキル『直感』? なるほど、さっきのエルダーキャットが強いわけだ)
風音はそう納得した。命中や回避などにプラス補正をかける『直感』はゼクシアハーツ内でもっとも有用とされるスキルの一つだ。あのエルダーキャットの回避もその力故だったのだろう。
(でも今は私のモノ)
「よしっ」
風音は小さく頷いた。その表情は玩具を与えられた子供のように歓喜に満ちていた。
だがその直後、
「なるほど、やはり君は興味深い存在だな」
そこで『直感』が働いた。たった今手に入れたそれが発動した。
最悪の敵の到来を告げる圧倒的な危機感がそこにはあった。
ディアボ、そう名乗った悪魔の声が響きわたった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・白銀の胸当て・白銀の小手・銀羊の服・甲殻牛のズボン・狂鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪
レベル:21
体力:76
魔力:123+300
筋力:32
俊敏力:25
持久力:17
知力:30
器用さ:20
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』
スキル:『ゴブリン語』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:二章』『癒しの理:二章』『空中跳び』『キリングレッグ』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』
風音「レベル上昇、ポイントは筋力へ。『直感』はパッシブスキルだね。背後からナイフとか投げられても「フッ」とか言いながら振り向きざまに受け止めたり出来るよ」
弓花「いや、もうちょっと地力を上げないと無理よ、それ。私は出来るけど」
風音「マジで? しかもさりげなく自慢されてるし」
弓花「いや、私は真面目に修行してるしね」




