第四百八十三話 怒りを覚えよう
◎ゴルディオスの街 癒術院
「モンドリーさんッ!」
バタンッとドアが開き、息を切らせた弓花が治療室内に入ってきた。
「今度はユミカかよ。揃いも揃って癒術院では静かにしやがれってんだ」
風音が入ってきたときとは違う、生気のある声で親方から叱責が飛ぶ。
「ああ、すみません。と、風音にタツオに……直樹? 何してんの?」
頭を下げた後に弓花の視界に映ったのは部屋の角に座ってウィンドウを高速で操作している風音と、その頭の上でウィンドウに羅列されている文字を見てクラクラしているタツオと、さらには風音を後ろから抱きしめてニコニコしている直樹であった。普段のティアラとやっていることは変わらないのに、相手が直樹であるというだけで不快度がハンパないのはなぜなのだろうか。
そんなことを思いつつの弓花の視線に直樹はキッとにらみ返す。
「弓花、俺は正当な報酬を受け取っているだけだ。お前がそれを邪魔するのであれば、俺はお前に酷いことをする。とても、とても酷いことをするつもりだ」
弓花はその言葉に「直樹のくせに」と言おうかとも思ったが直樹の目が据わっていたので止めた。弓花もここまでの間に相当の修羅場をくぐってきているのだ。相手が本気かどうかは目を見れば分かるのである。
また、後から部屋にやってきたティアラが王女様とは思えない顔でギリギリと歯軋りしながら直樹を睨んでいたが、直樹は直樹でティアラを相手に威嚇していた。例えそこに愛が芽生えてかけていたとしても譲れないものはあるのである。一緒に入ってきたルイーズとジンライがその様子を「うわぁ」という顔で見ていた。久方ぶりの再会が台無しであった。
そんな中で風音はひとり静かにウィンドウに書き込みを続けていた。周囲のことがまるで目に入っていないのは集中してる証拠であり、こうなると何を言っても無駄なことを弓花は知っている。なので、仕方なく直樹に向かって尋ねた。
「それで直樹、風音は何をしてるのよ?」
「知らねえよ。戻ってきたらこうだった」
直樹も風音が何をしているのか知らないらしい。なのに何故抱きついているのだろうか。弓花の疑問は尽きない。
「あー、その説明は私がした方がいいみたいだね」
そんなカオスな空気に満ちた室内で口を開いたのは、風音にカンナと名乗っていた女性であった。もちろん弓花はその人物を知らないので、訝しげな目でカンナを見る。
「えーと、どなたですか?」
「私はカンナ。あんたと同じプレイヤーだよ」
「え? ああ、日本人?」
弓花の驚きの顔にカンナがニッと笑う。日に焼けて小麦色の肌が目立っているが、確かにその顔は日本人特有の特徴があるように弓花には感じられた。
「後は今はオーリングのメンバーってことも言っておけばいいかな」
「オーリたちの……かよ。それは早めに言ってもらいたかったな」
直樹が親友であるオーリの名を聞いて、キリッとした顔でカンナに視線を向けた。その直樹にカンナは「えっと、ごめんね」と何とも言えない顔で返す。
カンナとしては部屋に戻って早々に「姉貴ー、スリスリとナデナデしていいんだろー」と言って見た目小学生の女の子に抱きついた相手に声をかけたくなかっただけなのだが、直樹の真剣な表情を見ると自分の方が悪いような気がしてくるから不思議である。
「それで、オーリたちは今どこにいるんだ? 確かトゥーレ王国に行ってるってのは聞いてるんだけどな」
続く直樹の問いにカンナも頷いた。
「そうだね。風音ちゃんには言ったんだけど、オーリたちは今トゥーレ王国で捕らえられてるんだよ。私は新人でまだ名前を知られていなかったから逃げてこれたんだけど、他のメンバーはみんな捕まっちゃったワケ」
そのカンナの言葉に、直樹が目を丸くする。
「意味が分からないぜ。なんでオーリたちが捕まらないといけないんだ?」
直樹の知っているオーリとは、強く正しく曲がったことが嫌いな男であった。仮に何か問題が発生しても原因はオーリにはないと断言できてしまうほどに直樹はオーリという男の善性を信頼していた。
そして、その言葉に反応したのはひとり集中してウィンドウで何かを打ち込んでいた風音だった。風音の口元がゆがみ、いつもとは違う、怒気の篭もった声が漏れる。
「私がユズさんに渡したマッスルクレイ製の人形が原因だってさ。国の所有物を盗んだ罪で投獄だよ。オーリさんたちは巻き添えを喰らったわけだね」
風音の言う人形とは、風音が別れ際にゴーレム使いユズに譲ったゴーレム制御を簡易パターン化した風音ちゃん人形型ゴーレムである。
「風音?」
弓花もここまで怒っている風音を見たことがなかった。キーボードならばターンッと音がしそうな勢いでウィンドウのメール送信ボタンを押した風音は「邪魔ッ」と直樹をぶっ飛ばして立ち上がった。
集中していて気付かなかったが、いつの間にか直樹がまとわりついていたのである。訳が分からなかった。
「モンドリーさんはタツヨシくんケイローンが完成したところを狙われたみたい。多分、あの朝の遠隔視で私たちがダンジョンに入ったのを知って行動に移したんだろうね」
風音の言葉に、白き一団全員が今朝のダンジョン入り口前での出来事を思い出していた。ここ最近続いていた正体不明の相手からの遠隔視。その目的は今や明らかだった。
「なんでもね。ケイローンはゴーレムハックとかいうのをかけられたらしいんだよ。ゼクシアハーツにはそういう魔術はなかったから正直言って油断してた。失敗だったね」
自嘲的な笑いを浮かべつつ忌々しげに語る風音をタツオが心配そうに見てる。ここまで荒れてる風音を見るのはタツオも初めてのことであった。
「ゴーレムハック?」
その中で弓花は聞き覚えのない言葉に首を傾げた。その弓花の疑問には風音の様子に困った顔をしているカンナが口を開いた。
「ゴーレムマスター教会の教祖ワルギレオ・ディーアという男の技なんだよ。一般的な魔術ではないし、私たちの固有スキルに近い異能らしいね」
異能とは、時折持つ者が現れる突出した異常な能力のことである。ランクS冒険者などはその手の者が多く、筋肉オカマのマーゴもその類であった。
「ワルギレオって……確か冒険者ランクS候補だったヤツじゃないかしら」
ルイーズは冒険者ギルドにも通じている。そのため、ワルギレオという男のこともある程度、知っているようだった。その名を聞いて風音の目元がつり上がる。
「そいつが原因だね。ケイローンがモンドリーさんを傷つけたのはそのワルギレオが操ってたからだよ」
「操られたということは奪われたということか?」
ジンライの言葉に風音が頷いた。
「うん。そのまま街から逃げちゃったらしい。トゥーレまではここから国境が近いしね。今頃はもうあっちに帰っちゃってるかもしれない」
「なるほどな」
タツヨシくんケイローンの足はヒポ丸くんのものである。さらにケイローンは浮遊石との連動でヒポ丸くん単体をも超える超高速移動も可能なのである。
ワルギレオがタツヨシくんケイローンを操れているのであれば、今の風音たちが追いつくのは難しかった。
「つまり、私がユズさんを投獄に追い込んで、私がモンドリーさんを殺しかけたってことだよね」
風音の言葉に、全員がその場で硬直した。
カンナも親方も「それは違う」と言おうとした。
ユズにしても最終的にもらった(本人は借りたと認識しているが)当人の責任ではあるし、モンドリーもバトロイ工房が引き受けた仕事中での出来事なのだ。
一方的に自分だけが悪いという言葉には是と言えないし、今回の件はバトロイ工房の落ち度であると親方は考えていた。しかし、それが口に出来る空気ではなかった。風音から発せられる気配がそれを許さない。
「悪いのは私だけど……でもさ。もっと悪いのはそのワルギレオってヤツだよね」
風音の目が紅蓮の炎のように赤く輝いている。
『私は絶対に許さないよ』
ビリビリと来る感覚にハッとした弓花が風音に声をかける。
「ちょっと。風音、魔王の威圧が洩れてる」
「え?」
その言葉に風音の纏っていた空気が変わる。急速に風音から発せられた威圧が萎んでいき、抑えつけられた感覚が消えて、その場の全員が安堵の息を吐いた。
「ごめん。ああ、これ……魔王の威圧じゃないや」
風音がスキルリストを開いてみると『怒りの波動』というスキルが『キックの悪魔』スキルの横に表示されていた。どうやら『キックの悪魔』からの派生スキルのようである。
それは使用者の怒りに反応して威圧を発生させ、パラメータも上昇させる能力である。
ゲーム的には状態異常としての怒りに反応するスキルなのだが、風音は精神系状態異常の耐性が完璧なので素の怒りでのみ発動が可能となっているようだった。
「ともあれ、そのトゥーレ王国のゴーレムマスター教会にオーリングは囚われ、タツヨシくんケイローンも奪われたというわけだな」
ジンライはようやく落ち着いたらしい風音にそう問いかける。風音も先ほどのとげのある状態からは脱したようでいつものように「そうだね」と頷いた。
「で、どうするのだ?」
そして、ジンライの聞きたいことはソレであった。
ジンライもトゥーレ王国の王族が現在幽閉され、ゴーレムマスター教会が実質的に国を牛耳っていることは知っている。それは隠されたものでも何でもない話であった。
問題なのはゴーレムマスター教会と闘りあうということはトゥーレ王国という国に喧嘩を売るも同然ということなのだ。その覚悟をジンライは問うた。
対して風音は当然のように口にした。
「うん、オーリさんもユズさんも取り戻すし、ケイローンも取り返すよ。ついでにゴーレムマスター教会をぶっ潰して、ワルギレオってのはブチのめすよ」
弓花と直樹も風音の言葉を諫めようとはしない。ティアラも目を輝かせ、ルイーズは苦笑する。タツオがくわーと鳴いて、母の決意を祝福した。
「ああ、そうだな。それがいい。ワシ等は冒険者だ。国も組織も関係はない。受けた喧嘩なら応じればいいし、奪われたなら奪い返せばいい」
そう言ってジンライが笑う。
「ではブチのめしに行くとしようか。トゥーレ王国に」
名前:由比浜 風音
職業:竜と獣統べる天魔之王(見習い)
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:杖『白炎』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧(真)・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・金翅鳥の腕輪
レベル:41
体力:158+20
魔力:386+520
筋力:84+45
俊敏力:85+39
持久力:46+20
知力:80
器用さ:55
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』
スキル:『見習い解除』『無の理』『技の手[2]』『光輪:Lv2』『進化の手[2]』『キックの悪魔:Lv2』『怒りの波動』『蹴斬波』『爆神掌』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス:Lv2』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv3』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv3[竜系統][飛属]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧:Lv2』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv3』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』『赤体化』『友情タッグ』『戦艦トンファー召喚』『カルラ炎』『魔物創造』『ウィングスライサー』『フェザーアタック』
弓花「空気を読んで特に何も言わなかったけど、色々とやばいんじゃないの?」
風音「ゆっこ姉にケツ持ちお願いするからダイジョーブ」
弓花「なるほど。持つべきものは権力者の友人ということね」




