第四百六十話 カルラ王が告げよう
風音の目の前で英霊ジークを吸い込んだその銀の剣は、すでにその輝きを失いその場に転がっていた。込められた英霊ジークの生命力は、その威力を発揮することもなく消失していたのであった。
そして、カルラ王は「えへへへ」と眉をひそめながら笑う風音を見ながらため息をついた。さらには黄金の炎をその身に纏い、次の瞬間には鳥顔の巨人から元の金髪の優男風の姿へと戻ったのである。背の翼も微妙に薄く透明ではあるが、復活しているようだった。
「ふぅ、興が削がれたな。今日はこれで終いとしよう」
「へ?」
その言葉に風音は目を点にし、ジンライも目を見開いてカルラ王を睨みつけた。そして、風音たちのいる遺跡の入り口にたどり着いたユッコネエとタツオも困惑した顔でカルラ王を見ていた。
「そもそもが今回の私の目的は、我がダンジョンの試練を受けるにふさわしい者がいるかどうかを見定めるためのモノだった。いなければ、街を壊滅させ、危機感でも煽って更なる強者を募ろうかとも思ったが」
その言葉に風音はゾッとする。
なにげなく口にしているが、目の前の男はその気になればその言葉の通りのことを確実に実行させるだろうと風音には理解できた。目の前の男がそういう存在であることは、ここまでの惨状を見れば明らかであったのだ。
そして、カルラ王は風音を見ながらさらに口を開く。
「もっとも、ふさわしいと感じた者がふたりともプレイヤーというのは些か興が削がれる話ではあるがな」
「ふたり?」
その言葉には風音は首を傾げる。
今この場にいるのは風音とジンライだが、ジンライはプレイヤーではない。そのことを風音が疑問に感じていると、カルラ王が続けて答えを口にした。
「それに、あのオロチとか言う男が本命かと思ったが、こんな小娘が出てくるとは考えもしなかったよ」
(オロチさんって、制約の黄金鎖の持ち主?)
それはこの街で活躍中の、恐らくはプレイヤーであろう冒険者の名である。
「オロチさんって、なんでアンタがそれを知ってるのさ?」
風音のもっともな疑問には、カルラ王は遺跡の入り口を見ながら答える。
「あれは現在、ダンジョン内で私の部下と戦っているはずだ。まあ、生きていれば戻ってくるだろう」
そう言って、カルラ王は視線を別の場所へと移した。
「止めておけ」
「ジンライさんッ!?」
その視線の先にいるのはジンライだった。
「ヌォォオオオオッ!!」
ジンライは一気に走り出してカルラ王へと飛びかかっていた。ここは未だ戦場。一方的な終了宣言は戦いを止める理由にはならない。そして、ジンライは両の槍を同時に突き出す。
槍術『双閃』、最速の双牙がカルラ王へと走る。
「温いな」
「クッ!?」
しかし、ジンライの刃はカルラ王には届かなかった。両の槍はさきほどと同様に黄金の翼によって防がれ、さらにはジンライの喉元にクリカラ剣が突きつけられていたのだ。
「ジンライさんッ」
風音が叫び、そして、ジンライがギリッと歯軋りしながらカルラ王を睨みつける。
「小娘。今はまだこの男を殺す気はない。だから、その内にいる鬼は出さぬほうが良いだろうな。或いは首をはね飛ばしてから迎撃するやもしれん」
カルラ王の言葉に風音の身体がビクッと固まる。さきほどの光輪暴発の際、ドン・ガルーダと対峙していた狂い鬼は直撃する前に風音によって召喚を解除されていた。そして風音は、今まさにそれを解き放ってジンライを救おうとしたのだが、それは完全に看破されているようだった。
その風音の様子を見て、カルラ王は満足そうに頷くとジンライを見た。
「子供ですら今の状況を理解しているというのにな。お前ひとりでは私に太刀打ちできないのは分かっているだろう?」
「抜かすか、貴様ッ」
ジンライの額に青筋が走るが、カルラ王は気にも留めずに言葉を続ける。
「お前は未熟だ。存在そのものが未熟そのものなのだ。如何に槍を鍛えようとも、所詮はただの人間。おまえは先ほどの戦いで2回、木偶に救われ、そしてあそこに転がっている猫にも助けられた」
その言葉にはジンライの顔が歪む。それは確かに事実であった。広範囲魔法攻撃への防御手段をほとんど持たないジンライにとってカルラ王は天敵といっても良い存在だ。それは例え義手を外した『一角獣』と呼ぶスタイルであっても変わらない。口惜しそうににらみつけるジンライの様子をカルラ王は笑って見ている。
「剣と槍ならばとでも思っているかもしれないが、私はクリカラ剣だけではない。我が本来の闘法はこの黄金炎を使う」
そう言いながら、カルラ王は黄金炎を左手に出し、ジンライはそれを見た。
(……分からぬ。森羅万象を使うことも出来ぬか)
ジンライは心中でそう吐露する。ジン・バハルより教えられた『森羅万象』。それは魔法に属する攻撃を、その魔力を把握して通過する奥義だが、ジンライには目の前の黄金炎を正確に読みとることが出来なかった。
「退くが良い『弱者』よ。これ以上長引けば、貴様の相棒を死なせることにもなるだろう」
カルラ王の言葉に続いて、偶然ではあろうが「ナー」というシップーの弱々しい鳴き声がジンライの耳に届いた。そして、ジンライは顔を落とし、その槍の構えを解いた。
それを見てカルラ王も翼とクリカラ剣を下げる。そのまま、闘気の消えたジンライを背にしてカルラ王は風音を見た。
「これで落ち着いた話が出来るな。ああ、そうだな。今回、私を追いつめた褒美だ。お前にはその翼をやろう」
「えっ?」
カルラ王が落ちている千切れていた黄金翼に手をかざすとそれは黄金の炎となってそのままカザネの白い翼へと吸い込まれていく。そして、純白の羽が黄金へと代わっていく。
「え? え?」
風音がそれを見て、疑問の声を上げるが、そのリアクションにカルラ王は笑って答える。
「それは、私と同じ黄金炎を扱える翼だ。金翅鳥の翼とでも呼べば良いだろう」
「ええと。なんで、それを私に渡すわけ?」
風音の訝しげな視線にカルラ王はさらに笑う。
「ダンジョンとはそういうものだろう? 自らの命を賭けて探索し、敵を倒し、対価を得る。楽に進まれることも認められぬが、だが先に進めぬ造りではダンジョンとしては欠陥品だ。ダンジョンというものはクリアされるためにある『存在』なのだからな」
それから「まぁ、神々の戯れにつき合わされる身としてはたまったものではないが」と付け加えた。
(神々の戯れ? クリアされる?)
風音の頭に疑問符がますます増えていく。
しかし、カルラ王はその風音の疑問の答えを口にすることなく、言葉を続けた。
「その翼の発する黄金炎は私には効かないが、それなりに強い力ではある。お前たちの助けにも恐らくはなるだろう」
そう言いながらカルラ王は僅かばかりジンライを見た。
それを風音は気付かない。ジンライも気付かない。その意図するところは、今はカルラ王にしか分からないだろう。プレイヤーなどという異物ではない『本物』を見たカルラ王がどう考えているかは、今はまだ風音にもジンライにも分からなかった。
「ありがとうって言うべき?」
「いらんさ。私は人を殺す魔物だからな」
風音の言葉に、カルラ王がそう返した。そして、風音たち以外の視線が増えていることに気付き一歩前へと踏み出した。
「やあ、諸君。我が軍勢との余興は楽しんでくれたかな」
カルラ王は地上より僅かに高い位置にある遺跡の入り口で見下ろしながら、そう声を上げた。そのカルラ王の視線の先、ゴルド黄金遺跡の下にはミンシアナの駐留軍や駆けつけてきた冒険者たちが立っていた。
その彼らがカルラ王を見て立ち竦む。この場にいるのはそれなりの実力者。故に皆、目の前の存在の力の強大さを感じていた。
「私の名はカルラ王。今回の拡大期により転生体として生まれ、つい先日にこのダンジョンの主となった者だ。そして正体はまあ、調べれば分かることだろう」
そのカルラ王の言葉に、風音の目の前の男の情報を思い出す。
(大型戦闘イベントの、金翅鳥の墓所で封印されていた……滅亡したカルラ族の王……だった筈だね)
それが風音の知っているカルラ王という魔物の『設定』だった。
クリカラ剣と黄金翼、黄金炎、さらには転移術を使って攻撃し、クリカラ剣を喰らうことで変身してさらにパワーアップをする。
また設定通りならばドラゴンを主食とし、竜属性と炎属性にも耐性があるはずだった。しかし、風音にとってもっと聞き捨てならない言葉が先ほどの中に込められていた。
(ダンジョンの主……ここで、倒すのは不味いかもしれない)
風音の眉間に皺が寄る。風音は最悪セカンドキャラを呼ぶ腹積もりではあったが、それも今は難しいと判断するしかなかった。目の前のミンシアナ軍や冒険者たち、それにジンライやシップー、タツオに被害が及ぶ可能性もあるし、何よりダンジョンの主をここで倒せば心臓球の防御壁が消える。
それから風音たちが最深層にたどり着く前に何者か、或いは魔物に心臓球を破壊されでもしたら、風音たちがここに来た意味が消失してしまう。そして少し前に夢で見た父や母の顔が風音の脳裏をよぎった。
そんなことを考える風音の前で、カルラ王が手と黄金の翼を振り上げて、声を上げた。
「今この時より、このダンジョンは『金翅鳥神殿』と名を改め、我が軍勢の闊歩する、より強大で洗練されたダンジョンへと変わるだろう」
その言葉と共に、かつては黄金色をしていたという、今はただの石の遺跡でしかないゴルド黄金遺跡の周囲に黄金の炎が吹き上がる。それにはミンシアナ軍も冒険者たちも驚きの声を上げた。遺跡が次第に燃え広がっていく。
「冒険者たちよ。私を倒そうという者たちよ。再び世に生まれ出でたその役割に従って私はお前たちの来訪を最深層で待っている。来れれば……だがな」
「ああ、ちょっと!?」
そして風音が慌てて声を上げる間に、カルラ王はその場から炎となって消え失せた。
(聞きたいことがあったのに!?)
風音は悔しそうに消えた場所をにらみつけるが、さらにはカルラ王の消失と同時に風音たちのいる入り口付近にまで炎が包まれ始めていた。
「ああ、不味いっ。ユッコネエ、シップーをつれて退避っ!」
「にゃーーーッ」
その風音の言葉にユッコネエが駆け出し、風音とジンライもその場から走り出す。
「うわぁああああッ」
「ヤツめ。消えたか」
走り出す風音たちの背後で、ゴルド黄金遺跡は炎に包まれ、その姿を変えていく。
そして、風音たちがミンシアナ軍の前まで逃げてきたときには、もうそれは風音たちの見た遺跡とは全く違うものへと変わっていた。
「……派手だなぁ」
風音がそう口にした通り、ただの石の建造物だったそれは今や黄金の炎に包まれた荘厳で巨大な神殿へと変わっていたのだった。
『金翅鳥神殿』。それが風音たちが挑むべきダンジョンの新たなる姿だった。
名前:由比浜 風音
職業:竜と獣統べる天魔之王(見習い)
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:杖『白炎』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧(真)・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・金翅鳥の腕輪
レベル:40
体力:156+20
魔力:378+520
筋力:81+45
俊敏力:83+39
持久力:45+20
知力:75
器用さ:53
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』
スキル:『見習い解除』『無の理』『技の手[1]』『光輪:Lv2』『進化の手[1]』『キックの悪魔:Lv2』『蹴斬波』『爆神掌』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv3』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv3[竜系統][飛属]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv3』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』『赤体化』『友情タッグ』『戦艦トンファー召喚』『カルラ炎』『魔物創造』
風音「うわぁ、なんだかすんごい神殿が出来上がってる」
弓花「炎に包まれてって……これ、入れなくない?」
風音「一度炎に包まれた入り口と、そこまでに続く階段には炎が上がってないみたいだね」




