第四百五十四話 涙を流そう
風音とジンライがゴルド黄金遺跡へと向かっている頃、弓花や直樹たちもそれぞれ魔物たちとの戦闘を開始していた。そして、そんな彼らとはまた別のところでは、風音たちとも馴染みの深い人物がこの街で戦っていたのであった。
◎ゴルディオスの街 バトロイ工房前
「でぇえいっ」
「ギャンッ!?」
ハルバードが振るわれ、レイダードッグの首が飛ぶ。渾身の力をこめた一撃だ。気合のこもったその攻撃が最後の一匹を仕留めたのだ。
そして、ハルバードを振るっているのはジョーンズ・バトロイと呼ばれる男だ。親しき人からは親方の愛称で呼ばれている『匠』の称号を持つ鍛冶師であった。
「イッチョ上がりっと。よーし、おめえら、これで一息付けるぞ」
親方は流れ落ちる汗を拭いながら、地面に腰を下ろして周囲にそう声をかける。
その言葉に周囲の男たちも安堵の息をついた。ここはゴルディオスの街の中でも西の端に位置する場所に建っているバトロイ武具工房である。
そして、その工房の前で陣取って魔物たちを追い払っているのは親方と現職の鍛冶師たちであった。
「たくよぉ。冒険者の応援はまだなのか?」
「中央通りでやりあってるらしいからな。つうか、ここを守るんなら常駐軍だろうが」
そんな話が鍛冶師たちの中であがるが、そうした話題が交わされているところに、工房の二階の窓から若い男の声が聞こえてきた。
「親方、新手ですッ!」
それは親方の弟子であり、武具開発部門の研究員であるモンドリーの声であった。そしてその言葉に鍛冶師衆たちもどよめいた。一難去って又一難である。
「チクショウ、休む暇もねえか」
「すみません。東の通りから何かやってくるとのことです」
モンドリーの言葉に、親方もハルバードを再び握って立ち上がる。
「チッ、モンドリー。窓ぉ閉めとけ。おめぇら、気合い入れていくぞー」
親方の言葉に一斉に「オォォオオオオオ」という声が挙がる。日頃は槌を握る彼らだが今はそのぶっとい二の腕でバトルハンマーやウォーアクスを装備していた。彼らは戦いの専門ではないが腕力はある。ある程度の魔物たちならば自力で相対できると自負があった。しかし、モンドリーからの更なる声に、その自負は打ち砕かれる。
「嘘だろ。親方、ちょっと不味い」
「なんだモンドリー? 窓、閉めとけって言ってるだろうが」
親方が窓から顔を出したモンドリーに怒鳴るが、しかしモンドリーはそれを聞かず、声を張り上げた。
「オーガが来る。しかも、11体だってマーカスが」
「んだとぉ!?」
親方がモンドリーの言葉に目を丸くする。しかし、モンドリーも冗談で言っているわけではない。マーカスとは屋上から周囲を警戒している工房員の名だ。そのマーカスからモンドリーは聞いてしまったのだ。東通りから巨大な、3メートルはあろう鬼たちがこちらに向かっているという報告をだ。
そして、その姿はいまや親方たちにも見えていた。建物の角からズラズラとそれがやってきたのだ。
「チィッ、こいつは不味いな」
親方の顔も若干青ざめている。1体だけなら親方でも対処は可能だろう。この人数ならば3体程度でも対応できるかもしれない。だが11体となれば話は別だ。それは戦闘職でもない親方たちでは確実に殺される数だった。
「親方ー!?」
「うるっせぇ。情けねえ声をあげんじゃねえ」
後ろからの弱腰な声に親方が叫ぶが、しかしその気持ちは親方も同様だった。
(どうする。工房に逃げるか。けど、あの数じゃあすぐに壊されちまうが)
しかし、悩む親方のことなど意に介さずにオーガたちが迫ってきている。迷いはこの場では死に繋がる。
「チィ、下がるぞ。モンドリー、倉庫から爆炎球を持ってこい」
「分かりましたッ」
親方の指示を聞いて、ドタドタと足音を立てながら、モンドリーは工房の中へと走っていった。そして、工房の中の魔法具を使えば、目の前のオーガたちの対処は十分に可能だろう。しかし、それを持ち出して使うまでにオーガたちが工房に進入するのは避けられない。被害がどの程度及ぶのかも見当がつかない。親方の眉間にしわが寄る。そして、鍛冶師たちが工房に逃げようと下がり始めたのと、オーガたちがそれを見て走り出したのとほぼ同時に、
『グガァアアアアアッ!!』
その両者の動きを止めるほどの咆哮がその場に響き渡ったのだ。
そして、それは唐突に空から現れた。
「な、なんでぇ!?」
親方も驚き、己の武器を握りしめる。オーガたちも唐突に現れて自分たちの前に立ったソレを見た。その場に降り立ったのは二本足で立ち槍を構える銀色の狼であった。威厳すら感じる、暴力の化身のような凶暴な表情の狼である。
その狼にオーガたちは動揺しているようだった。そして、その銀狼の槍使いはグワッとその牙をむき出しにするとオーガたちに対して一直線に走り出した。
(なんだ。獣人……にしては、獣に近すぎる。だが、あの槍は……まさか!?)
何かに気付いた親方の前で、銀狼の槍使いは正面の一番近いオーガをひと突きで貫いた。それを見てオーガたちが叫び声を上げた。仲間をやられたのだ。呆けて見ている訳にもいかない。
だが殺る気になったオーガたちを、その銀狼の槍使いは恐れることもなく、持つ槍を天へと掲げてソレを呼んだ。
『蹂躙しろクロマルッ!』
『アォォオオオオオンッ!!』
空中に巨大な三つ首の銀狼が出現する。
そして、クロマルと呼ばれた大きな獣はオーガたちの左手側に特攻し、銀狼の槍使いも右手側のオーガへと走り出す。
「グォォォッ」
『吠えるな、小鬼ッ!』
叫んだオーガに、銀狼の槍使いは容赦なく槍を突き立てる。だが、その銀狼の槍使いは明らかにオーガたちの集団に近付きすぎていた。故に左右よりオーガたちの棍棒が銀狼の槍使いに振り下ろされる。
「あぶねえ、ユミカッ!?」
それを見て思わず親方が声を上げた。
『ご心配なく』
しかし、銀狼の槍使いにあわてる様子はない。そして左より迫る棍棒は槍の柄で受け止め、さらには右側、つまりは今は銀狼の槍使いの背後に振り下ろされた棍棒は『切り裂かれて燃えていた』。
「なっ?」
親方が目を丸くして叫んだが、それも無理はないことだろう。
銀狼の槍使いの背中から炎の刀が生えていたのだ。それはそのまま、背を流れるように動いてオーガの首をはねた。
『せいやぁッ!』
さらには銀狼の槍使いは、目の前のオーガの棍棒を槍の柄を突き出して破壊する。槍術における振動破壊技『振』だが、それに気付いた者はこの場にはいないだろう。
そして棍棒を破壊されて、呆然とするオーガのコアを銀狼の槍使いは一瞬で貫いて、その場で崩れ落ちさせた。
『悪いけどねえ。こちとら、あんたらよりも強いオーガと毎日やりあってんのよッ』
そう声を上げながら銀狼の槍使いは、次々とオーガを駆逐し、巨大な三頭狼も追従して、瞬く間に11体のオーガたちすべてが討伐されたのだ
その様子を親方や鍛冶師たちが呆気にとられて見ていた。
「なんだ。ありゃ、化け物かい」
「まさか、次は俺たちなんじゃあ」
そう口にする鍛冶師たちとは対照的に、親方はその銀狼の槍使いを静かに見ていた。親方には、その銀狼の槍使いが誰なのかが分かっていたのである。
『クロマル、シロ、キバ。別れなさい』
そして親方たちの前で銀狼の槍使いの指示により三つ首の銀狼が三頭の大型の銀狼へと分かれたのだ。
『周辺の魔物はそれほどのレベルじゃないから、とりあえず別れて掃討しといて。住民の救出を第一にだからね』
その銀狼の槍使いの言葉に三匹は「アオーン」と吠えて、そのまま街の中へと別れて走っていった。そして弓花は親方たちを見る。鍛冶師たちはビクッとなって下がったが、親方は違った。
「ユミカ……なのか?」
その親方の問いに弓花は頭を下げる。そして、言葉も発さずにその場から去っていった。もう親方たちの方も振り向かずに、その場から逃げるように駆けていったのだ。
「行っちまった……」
「ば、化け物同士でやり合って去っていきやがった。ざ、ざまあねえや」
そして、オーガが死に、狼たちが去った後、鍛冶師たちは口々のそうした言葉を発していた。それほどの恐怖だったのだ。オーガも、それをたやすく駆逐した狼の槍使いも。しかしそんな彼らに親方が「バカ野郎ッ」と一喝する。
「あいつは俺たちを救ってくれたんだぞ。あの、ユミカはあんな姿になって、あんな化け物みたいになってでも、俺たちを救ってくれたんだぞ。それを何を言ってやがるんだ、テメエらはっ!?」
そう言った親方は泣いていた。
「親方……」
それを見て、鍛冶師たちも何かを理解した。今、自分たちを助けた狼の槍使いは親方の知人だということを。そして、親方の言葉から察するに、ああなってしまった何かがあるのだろう事を。
親方は泣いていた。かつて見た少女が、ああも獰猛な獣へと変わってしまった事実に泣いていたのだ。
「あんな可愛い娘っこが、あんな化け物になっちまうんだ。いやな世の中じゃあねえか。それでも俺らを救ってくれたんだ。俺らはそれを感謝こそすれ、さげすんで良いはずがねえんだよ」
親方は吐き出すようにそう口にした。親方は弓花の事情は知らない。だが、獣化があそこまで進行した人間はもう元に戻ることがないということは知っていた。
ライカンスロープ、或いはキメラ化の暴走などによる重度の獣化は人の精神を汚染する。そして獣の本能と人間であった頃の記憶の板挟みに苛まされ、己を見失い、人間社会から逃げるように野に下るのだ。そうして、いずれは人にすら手を出し、駆逐される運命にある悲しき存在。親方の知る少女はそんなモノになってしまったのだ。そう親方は理解していた。しかし、それでもなお、あの少女はやってきた。親方たちを救うために、この場に来たのだ。
(なんてぇ、優しい娘じゃねえか)
もう二度と見ることは出来ないはずの、あの健康的な少女の顔を思い出しながら、親方はただ涙していたのだった。
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『たっだいまー』
「あら、完全狼化しちゃってるの?」
そして、親方が泣いているのと同じ頃、弓花は離れていた戦列へと戻ってきていた。それにルイーズが「あらまあ」という顔で出迎えたのだ。いやな予感がすると離れていた弓花が、切り札の一つである完全狼化の姿で戻ってきたのだから、ルイーズが多少は驚くのも仕方のないことだろう。
『直感が働いたんだよねえ。ちょっと急いでたんで変化してきちゃった』
「ふーん。まあ、いいけどね」
弓花の言葉にルイーズも特に注意をすることもなく言葉を返した。弓花のノリも微妙に軽い。魔物の数こそは多いが、ここまで弓花が経験してきたモノに比べればここでの戦いは非常に緩やかなものだったのだ。
街の住人は魔物の対応にも慣れてるし、街にいる冒険者たちもA級ダンジョン攻略組の生え抜きである。数にこそ圧された場面もあったようだが、今はもう掃討戦に入っているところだった。オーガや時折出てくる高レベル魔物への注意は必要だが、この場での勝敗はすでに決しているようだった。
そして、弓花が戻ってきたのは現在魔物と冒険者たちとの主戦場となっているゴルディオスの街の中央通りである。すでにメフィルス率いる炎の鷲獅子騎士団やロクテンくん、タツヨシくんドラグーンも参戦し、他の冒険者たちと共同戦線を張って戦っていた。
「うぉっ、なんです、こいつは?」
そして戻ってきた弓花に、そばにいた筋肉質の男がビビっていた。それに弓花は『酷いなあ、さっきまで一緒に戦ってたじゃないですかぁ』と声をかける。
「え、まさかユミカさんか?」
『オーイエースッ!』
その筋肉質の男に弓花はグニュッと肉球を押しつけた。
「マジ肉球だッ!?」
筋肉質の男は驚愕していた。目の前にいる銀髪のワンちゃんはどうやら、さきほどまで一緒に戦っていた槍使いの少女らしいのである。
『残り6分くらいで元に戻るけどねぇ。勿体ないからさっさと戦っちゃうよギュネスさん』
「むう、よく分からないが分かったぜ。こっちもルイーズさんの治療を受け終わったし、そろそろ前線に戻るつもりだったからな」
その筋肉質の男ギュネスにルイーズも「頑張ってねー」と声をかける。ギュネスの言葉通り、治療はすでに終わっているようである。そして、完全狼化の弓花とギュネスが魔物たちに向かって走り出す。
ゴルディオスの街の魔物襲撃はすでに、沈静化しつつあるようだった。
名前:由比浜 風音
職業:竜と獣統べる天魔之王(見習い)
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:杖『白炎』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧(真)・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・天使の腕輪
レベル:40
体力:156+20
魔力:378+520
筋力:81+45
俊敏力:83+39
持久力:45+20
知力:75
器用さ:53
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』
スキル:『見習い解除』『無の理』『技の手[1]』『光輪:Lv2』『進化の手[1]』『キックの悪魔:Lv2』『蹴斬波』『爆神掌』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv3』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv3[竜系統][飛属]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv3』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』『赤体化』『友情タッグ』『戦艦トンファー召喚』『カルラ炎』
弓花「親方と久々に会ったよ。すぐに戻んなきゃいけなかったからちょっと挨拶しただけだったけど、なんか疲れてるみたいだったね」
風音「後で鬼のように仕事をお願いするつもりなんだけど大丈夫かなぁ?」




