第四百四十四話 宿屋に行こう
ミンシアナ王国 王城デルグーラ。
その女王の間では、ディオス・ガルバロス将軍が渋い顔をしてユウコ女王と対面していた。街の住人の苦情がディオス将軍にまで届いてきたためにそれの報告をしにやってきたのだ。
「ユウコ女王陛下、街の住人から苦情が出ております」
「ええ、聞いているわ」
ユウコ女王も己の影武者であるイリア・ノクタールから当然のようにその情報を得ていた。だから知っているのだ。昨日に王都周辺に起きた出来事が街を騒がせているのを。
「地を這う巨大な紫の稲妻が恐ろしい轟音を響かせながら王都周辺で暴れ回っているということでした。私も実際に城から確認しましたが、確かにとてつもないもののように感じました」
「そうらしいわね。私は城からは見てないけど」
昨日のことだ。白き一団のヒポ丸くんにベビーコアを搭載した試運転が行われたのは。それはディオス将軍の報告と一致している。
「冒険者ギルドからの報告によれば、ハイヴァーンで発見された新種の魔物『這い寄る稲妻』に酷似しているとのことでした。もっとも、知らされた情報よりもどうも雷の量が多いとか」
「うん。動力を変えたからねぇ。あっちにいたときよりも相当パワーアップしているらしいわね。魔物と認識されているなら成長というべきかしら?」
「また、飛び出した子供の前でぶつかりそうになった時には急停止して止まったとか」
「子供を傷つけない魔物なのね」
うんうんと頷くユウコ女王に、ディオス将軍のコメカミの青筋が浮かび上がる。
「そして、立ち止まったときに、ユウコ女王に似た人物が高笑いをしながら馬に乗っていたという報告がありました」
似た人物などではないのはユウコ女王本人が一番理解している。何しろ自分なのだから。
そもそも風音達ならば過去の経験上、街の周囲を回るなどということはしない。一度やって怒られてるので。だから今回、ヒポ丸くんに乗って操作していたのは怒られたことのないユウコ女王その人であったのだった。
「雷を爆発させて、急停止できるのよね。あのときは本当に驚いたけど」
「はぁ。あの娘が来てから女王陛下は少々幼くなられたようですな」
こめかみをピクピクとさせながらそう口にするディオス将軍に、ユウコ女王は「若く見られてるなら素晴らしいわね」などと返そうと思ったが、さすがに止めておいた。怒られそうだったので。
「まあ、あれの持つ力を把握するための行動です。大目に見るように」
ユウコ女王はキリッとドヤ顔でそう返した。この国で一番偉い人間にそう言われてはディオス将軍も何も言えなくなる。権力に正義が屈服した瞬間だった。
「もういいです。それで、どうだったんですかね。紫電の魔獣『這い寄る稲妻』。威力は不明ですが、見た目は派手だと聞いています」
「威力も相当なものよ。けど量産化は出来ないわね。あの雷はゴーレム馬ではなく特殊な召喚体の能力よ。再現は出来ない」
その言葉にディオス将軍は肩を落とすが、しかしゴーレム馬の方には食いついてきた。
「そのゴーレム馬ですか。あのマジリア魔具工房のアガトの乗り回しているマイティーと同じものですよね?」
疲れ知らずの高速移動できる乗り物で空も飛ぶ。ディオス将軍としては私的にも公的にも非常に気になるシロモノだった。
「ええ、そうよ。まあ、あれはあれでぶっちゃけ費用対効果が悪すぎて、普通に馬に乗ってなさいよって話にはなるのだけれど。馬一体にチャイルドストーンひとつと大量のマッスルクレイが必要となると蓄魔器を作った方が良さそうね」
「まあ、確かに……」
軍として考えるならば、量産化してこその戦力だ。高速移動を生かした伝令という道もあるが、ミンシアナにも多くはないが竜騎士や飛竜便などが存在している。
「ただ、私やあなたクラス用で発注すれば風音も作ってはくれるでしょう。アガトのゴーレム馬は、そうした方向に向けてのテストケースだと聞いているわ」
ゴーレム売りの少女風音ちゃん計画である。風音は風音なりに自分の将来のことを考えて動いてはいたのだ。今の時点ではもう神竜帝の奥様でミンシアナ王族の領主様となってしまって、金銭的には将来は安泰のようだが。
「なるほど」
アガトのゴーレム馬マイティーを見て、個人的にも欲しくなっているディオス将軍である。個人的な購入の線もありかと頷いた。空を飛ぶとかアガトを見て非常に羨ましくなっている男がいた。
「それでゴーレムといえばトゥーレ王国の反応は返ってきたのかしら?」
ユウコ女王はひとり頷いているディオス将軍に話題を変えて尋ねた。しかし、その問いを聞いたディオス将軍は眉間にしわを寄せながら首を横に振って答える。
「いえ、以前と変わらず芳しくはないですな。秘術と秘術を盗んだゴーレム使いを引き渡せの一点張りで、改めて報告に上げられるものはありません」
「愚かしいにもほどがあるわね」
ユウコ女王がそう返す。
ゴーレム使いの国『トゥーレ王国』。マッスルクレイの製法がゴーレムの上位職である人形遣いの秘術であるのは間違いない。しかし、その製法は既に失われたもので、トゥーレ王国にはわずかばかりの実物があるだけなのだから盗みようがない。それを本人たちも分かっているのにそのようなことを要求するのだ。
「返答はやはり件の女王様からではないのよね」
「ええ、ゴーレムマスター教会ですな。今、あの国の権力は王族にはありませんから」
ユウコ女王の顔が険しいものとなる。
(やはり変わらないか。ダンジョン攻略が始まれば、風音達もひとつどころに留まるから接触されるのは目に見えているし)
「最悪、潰すしかないわね」
そうユウコ女王は呟いた。ディオス将軍の目が細まる。
「軍を使いますか?」
「いいえ。なるべく国と国との諍いにはしたくないわ。ゴーレム使いは欲しいけど、奪い取るのは、あまりよろしくはない」
すでに喧嘩はあちらから売ってきてはいる。それを理由としたトゥーレ王国への侵攻論も上がってはいるのだが、さすがにそこまでは容認できなかった。
「風音のおかげで私も単独で空が飛べるようになったことだし、いざとなればひとりで潰してくるわよ」
その言葉にディオス将軍が息を呑んだ。
現時点ではフライの魔術をゆっこ姉も覚えているのである。それは、これまで『何故か』発見されていなかったシグナ遺跡のグリモアフィールドで収得できたものだ。
そしてユウコ女王が動くとジャラリと音がした。それは膨らんだスカートの中にある40の接続された白蓄魔器(改)のぶつかり合う音である。前衛職である風音は動きを鈍らせないように紅の聖柩と白蓄魔器(改)ふたつと装備を制限しているが、ユウコ女王は違う。高レベル故の筋力とフライの魔術によって移動限界ギリギリの白蓄魔器(改)を自らに積んでいるのだ。
ミンシアナ軍部が女王就任以前からユウコ女王についているのはその類まれなる戦闘力あってのことだが、風音が出現してもたらしたものによって、その移動能力と継戦能力が大幅に向上していた。
つまりは短時間で空中を高速移動し、大量の大破壊魔術によって敵を殲滅する。そうしたことが今のユウコ女王には出来るのだ。爆撃機のような女王様である。
「やるとすればゴーレムマスター教会を単独で狙う。女王の権力が戻れば状況は変わるでしょう」
「そこまでするおつもりですか」
ディオス将軍の言葉にユウコ女王が笑う。使える力があるならば使うまでである。そうユウコ女王は考えている。
「して、女王陛下がそうまでして護ろうとするあの少女たちのパーティはどうなさいました?」
「護る……ねえ」
ディオス将軍の言葉にユウコ女王が苦笑する。
風音たちを護るというのは、かなり微妙かもしれないと思ったからだ。少なくともあの一団ならトゥーレからの攻撃などすべて防ぎきるだろう。面倒ごとの露払いか肩替わりといった方が正しい。大人の汚い話を子供みたいな友人にみせたくはないという面もあった。
「さてね。冒険者ギルドに昨日立ち寄って、それから少し散歩もして、それで今日はもう街を出ると言っていたわね。あの子たちは忙しいから」
そういってユウコ女王は笑うのだった。
そして王都を出た風音たちがレイサンの街に着いたのはそれから二日後のこととなるのであった。
◎レイサンの街 正面門前
「ふむ。着いたな」
ジンライがそういって周囲を見回す。何の変哲もない普通の街だ。
「ここがレイサンの街だね」
『かつてタツヨシ王とミンティア様が愛を育んでいた街であるな』
「そうですわね」
酷く誤解を招きそうな会話である。愛といってもミンティアはともかく達良の愛は親愛的な意味での愛である。達良は児ポ法に触れない男なのだ。
そして、ティアラとメフィルスは王家の口伝でその事実を知っていた。あと、達良コピーにさりげなく聞いていた。信用されてないんだねえ……と達良コピーが悲しそうに笑って、メフィルスが土下座していた。
その達良が奴隷となったミンティアと共に暮らしていた街、レイサンの街へと風音達はたどり着いていたのであった。
そして、現在はミンシアナ王都シュバインを出てから二日後の昼になる。
なお、風音達の馬と馬車は相変わらず人目についていた。そして避けられていた。それは水晶で出来た馬に乗った少年たちに護衛された巨大な黒い甲冑馬と黒い装甲馬車、さらにその馬車の上では二匹の巨大な猫が丸まって乗っているためである。今回はヒポ丸くんから湧き上がる強力な魔力がさらに周囲の人々を恐れさせていたようだった。
「これ、どうにかならないの?」
馬車の中からでも見える魔力の放出にルイーズが風音にそう訪ねるが、風音も肩をすくめながら答える。
「ゆっこ姉が全力疾走させたら外装が溶けてきちゃって漏れてるんだよねえ。ゴルディオスの街に着いたら親方に相談して修復と強化をしてもらうつもりだけど、それまではこのままだね」
風音が最初に出会ったこの世界の住人である親方は現在、ゴルディオスの街にいるのである。風音や弓花もそれぞれ親方に頼みたいものがあるようだった。そして、この魔力が漏れて威圧的になっている状態は親方に頼めば解決する問題らしかった。
「そんじゃあ、どうしよっか」
そして風音がそう口にした。目的地は決まっているが、急いで行く必要もないので風音は周囲に意見を求めた。それに弓花が答える。
「もうお昼だし、目的のセスの宿屋も一階は食堂になってるらしいじゃない。特に寄り道せずにそのまま行っちゃえばいいんじゃないの?」
その弓花の言葉に他の仲間たちも頷く。
「んーそうだね。そんじゃあセスの宿屋に出発だねジンライさん」
「了解だ」
風音の言葉にジンライが頷いた。そして一行はセスの宿屋へと向かっていく。そこには当然ナビゲーターの達良コピーが待っているはずであった。
名前:由比浜 風音
職業:竜と獣統べる天魔之王(見習い)
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:杖『白炎』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧(真)・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・天使の腕輪
レベル:40
体力:156+20
魔力:378+520
筋力:81+45
俊敏力:83+39
持久力:45+20
知力:75
器用さ:53
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』
スキル:『見習い解除』『無の理』『技の手[1]』『光輪』『進化の手[1]』『キックの悪魔』『蹴斬波』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv2』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv3[竜系統][飛属]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv3』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』『赤体化』『友情タッグ』『戦艦トンファー召喚』
風音「ベビーコアの魔力出力が高いせいで壊れて魔力が漏れているんだね。これはヒポ丸くんオーバーロードと名付けようか? もしくはネイキッドとか?」
弓花「止めようよ。走ってる途中で分解しそう」




