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まのわ ~魔物倒す・能力奪う・私強くなる~  作者: 紫炎
殺魅オルタナティブ・白スクエディション編

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夢落之章:ただいま

「……はま、由比浜」


「へ、セクシービームゥ?」


「アホか、お前は」


 バコンッと頭を叩かれた感触があった。それで風音の目が覚めた。


「あれ?」


 風音が目を開けるとそこはいつもの教室だった。目の前にはややイケメンと評価の高い担任教師の松坂君彦が立っていた。


「あれ……じゃない、あれじゃ。授業中に何を眠りこけているのか。また夜中にゲームでもやってたんだろ」

「あーうん、マックン。それは否定できない」

「否定しろ。それと授業中はマックンは止せ」


 そしてもう一度、パコンと風音の頭に教科書を丸めたものが当てられて、そのままマックンこと松坂は壇上へと戻っていった。


「あんた、何してんのよ?」

「んー寝てた? はて、なんだろね。これ?」


 後ろから小さな声で訪ねてきた親友に風音はそう返した。

 なんだろうか。これは……と思ったのだ。ゲームの続きをしてた。そんな感じだっただろうか。


(冒険者? ギルド? タツオ? ジンライさんにティアラ?)


 名前や何かの思い出が風音の中で次々と思い起こされる。ゲームの世界よりも1000年後のあの世界を風音は思い出していく。そして後ろにいる弓花を見た。


「弓花ぁ」

「何よ?」

「狼に変身してみて?」

「先生、風音がまだ寝てるみたいです」


 怪訝な顔をしたまま、弓花が手を挙げてマックンに告げ口をする。ヒドい親友だった。


「あーもう、放っておけ。こいつ、寝てても平均点は取るしなー」

「おいおい、マックンも怠慢は不味いんじゃねーの? 由比浜見捨てんのか?」


 イガグリ頭の男子の声にマックンが「うるせえ」と返す。


「俺は勝手に伸びていくようのは、触らないで愛でてくタイプなんだよ。つーかマックンは止せっていってんだろがロリコンタマネギ」

「俺は玉城だ。タマネギじゃねーっつってんだろが。あとロリコンもつけんな」


 その言い合いに、教室内がドッと沸いた。玉城は風音の方を、少し顔を赤らめながらチラチラと見ているが、風音は特に気にせず「むー」という顔をしながら、教科書をめくる。


「あ、閻魔様みたいになってる」


 偉人さんたちが何故か髭だらけである。その犯人は当然自分である。

 自分であったはずだった。さて、これを描いたのはいつぐらいのことだろうか……と風音は思う。もうずっと教科書なんて見てなかったような気が風音はしていた。そんなはずはないのに。



  **********



「異世界に行った夢を見た?」


 そして、お昼休みに入った。いつものメンバーでいつもの食事である。

 その中で未だに寝ぼけたようなことを言う風音に弓花が首を傾げる。とはいえ、アホの子の言動はいつも通りな感じではあるので、特に深刻さはない。


「いせかい……伊勢海……海老、美味しそうだねえ」


 一緒にいる天然のマロンがそう呟いていた。少しポッチャリ系だが唯一の彼氏持ちである。


「あー美味しそうかも。そういえば、さいきん海老食べてないや」


 そのマロンのボケに風音も海老食いてーと思ったのであった。しかし、海老は今日のお弁当には入っていない。そして風音は弓花の弁当箱の中のエビフライを見た。美味しそうなプリプリしたモノがあるではないですかと思った。だが、弓花はその視線に気付いて、そのエビフライをそそくさと口に運んでしまったのだ。


「チッ」

「ふふふふふふ」


 風音の舌打ちに、弓花がモゴモゴしながら笑顔を浮かべていた。なんてせこいヤツだと風音は思ったが、どっちもどっちであった。


「ええと、風音が弓花と弟といっしょに、ゲームの世界で旅をしてったって夢ね」

「まあ、そうだね。他にもお姫様のティアラとか、弓花の師匠のジンライさんとか、おっきい猫のユッコネエとか、それと私に息子がいるんだよ」

「ドラゴンのでしょ?」

「息子は息子だよー」


 弓花のツッコミに風音はそう返す。少なくとも、風音はドラゴンだからとタツオをそう言う風に見たことはなかった。いつだって自分の子供だと考えて行動したと思っている。夢の中の話ではあるが。


「というかさ、なんで私ら出てないの?」


 一緒にご飯を食べている宮迫がムスーっという顔をしている。私らとは宮迫とマロンの二名のことではあろうが、ようは自分が混ざってないのが不満らしかった。この女子グループのリーダーを自称する彼女である。寂しがり屋な性格なのだ。


「ゼクシアハーツをやってる人じゃないと入れないって設定なんだよ。多分」

「多分って自分の夢なんだから責任持ちなさいよ。ほら、あの、ビキニみたいな鎧着せられてもいいから出演させなさいよ」


 風音は「えー」という顔をしたが、宮迫はなおさら「何が不満なのよー」と返していた。そんな二人の言い合いを気にせずに、弓花が呟く。


「ええと、それにしてもだよ。私は化け物扱い? 犬とかドラゴンとか、その、み、みんなに怖がられたり、刀になるのってなんなのよ?」

「立木は時々情緒不安定になって怖いときあるしね。まあ、大抵男がらみだけど」

「愛が欲しいのよ私は」

「へーへー。モテるくせにえり好み激しいからね。アンタは」

「そんなこと……ないと思うけど」

「うっせー、だったら直樹くんは私がもらう。風音、今度は私に紹介しなさいよ」

「まあ、それはいいけどさ」


 宮迫の言葉に風音も頷く。風音は、弟に彼女でも出来れば落ち着くのではと思っているのだが、なかなか上手くいかないのである。

 弓花もその宮迫の言葉には苦笑いしか浮かべていないが、特に止めようと言う気はないようだった。もう別れているのだし、未練もないようだ。


「そういえば、男と言えば吉永さん。彼氏出来てから風音っちに近付かないよねぇ」


 マロンの言葉には風音も「まーねー」と返す。

 そのマロンの口にした吉永からは、風音も一度マジ告白されてゴメンナサイした苦い記憶がある。それから彼氏が出来た後にやってきて謝られて、さらにその記憶は苦くなった。

 まあ、普通に話す程度の距離感になっただけで、そこまで人間関係が離れたわけでもないのだが、風音にべったりだった吉永を知る者にはそう映るようであった。


「所詮、一時の感情か。安心しなさい、風音。私が代わりに抱き締めてあげるから」

「弟と付き合うんじゃないの?」

「姉弟同時攻略するよ?」

「イヤだよ」


 心底イヤそうな顔をする風音に、宮迫の顔が近づいてくる。


「ほらほらーチューーーーー」

「ミヤー、ソースついてるから近付けるな。汚い」

「なんだとー!?」


 プンスカと怒る宮迫を押しのけて、風音は己の弁当をかっこんでいく。昼休みもそろそろ終わりだ。馬鹿話もそこそこに風音は自分の弁当の処理にかかったのだった。


 それにしても……と、風音は思う。毎日学校で会ってるはずなのに、何で宮迫とマロンと話すのがこんなに懐かしく感じるんだろうかと。とてもふたりが遠く思えたのだ。


 そして、どうやら自分はまだ夢を引きずってるのかもしれないと苦笑した。


「んー、ミヤー」

「あにさ?」

「うちの弟って本当に馬鹿だからがっかりしないでねー」

「あーいるいる。いますね、身内評価の厳しいヤツって。あんだけ顔いいんだから多少のマイナス評価なんて気にしないっての」

「……顔ねえ」


 風音としては良いかなあ……という感じではあるが、好みは人それぞれである。なので、あえて反論すまいと風音は頷いた。それを宮迫は不思議な顔で見ているが、風音は残りの弁当を食べるのに夢中になって無視した。そして、昼休み終了の鐘が鳴り響く。


 

  **********



 それから昼が過ぎて授業も終われば放課後である。

 すでに宮迫とマロンも部活に向かっている。教室から出ていく二人を見て、風音は妙な胸騒ぎがしながらも見送った。もう二度と会えなくなるんじゃないかという予感がどこかにあった。


(あーもう、夢に引っ張られるなぁ)


 バカバカしい話だと考えて、ブルンブルンと己の気持ちにリセットをかけようと首を振っている風音に、弓花が声をかけた。


「そんじゃあ、私も行かないと。というか何してるの?」

「リセット?」


 本人もよく分かってはいなかった。ふたりして首を傾げていた。


「んーー、弓花は槍使いじゃないんだよねえ?」

「私は陸上部じゃなくて弓術部よ。それともまたゲームの話?」


 弓花の問いに風音が「そうだねえ」と返す。弓花もゼクシアハーツをそこそこ前から始めてはいるが、持ちキャラも槍使いではなかった。オールラウンダーといえば聞こえは良いが、弓花は攻略サイトの指示に従って装備を変えているヘタレゲーマーである。


「ゲームの槍ねえ。部活であるとしても長刀とかそういうのぐらいじゃないの?」


 洋式槍の部活動などあるかどうかはともかく弓花は知らないようだ。そして風音も知らなかった。イギリスとかならあるのだろうか。分からない。


「けど弓花っていうともう弓よりも槍って感じなんだよねえ。ジンライさんのことも覚えてないんだよね?」

「覚えてないというか」


 弓花は苦笑する。ソレを見て風音も笑う。そりゃ、風音の夢の中の話を知っているかというと知るわけがないのは当然である。


「本当に夢のことで頭がいっぱいみたいね」

「そうだね。なんか色々あった気がするよ。本当に色々と」


 風音が遠い目をして話すのを見て、弓花は苦笑しながら、風音の頭をパチンッと指で弾いた。


「あいてっ」

「そんじゃ私は行くから。そんなボーッとした頭で帰ると危ないんだからね。気をつけなさいよ。ホントに」


 そう言って去っていく弓花に風音は手を振りながら自分も帰路につくことにした。ゲーム部という訳の分からない部活に所属している風音の真の所属は帰宅部であるのだ。

 それに、本当にあの夢のことが気になって、色々と手につかないような自分も自覚していた。であればどうすれば良いのか。それは、


(早く家に帰ってゲームやろっと)


 と、風音は結論づけた。寄り道せずにさっさと帰って、ゲームのフィロン大陸へと行くのだ。

 なにもかもあの夢の元であるゼクシアハーツが原因なのだろうから、だったらプレイしてみれば気も晴れるだろうと思ったのである。


 そして、校門を出て、風音は駅へと向かう途中に見知った二人組と遭遇した。ゲーム仲間で、恋人同士でもあるやすとJINJINである。そのふたりが自転車をふたり乗りして走ってきていて、風音の目の前で止まった。


「こんちゃー、やす君にJINJIN」


「うぃっす。風音」

「はーい。風音は学校帰り? 学生さんは大変ねえ」


 そう言って、手に持つビニール袋を振り回しているJINJINだが、ビニールの透け具合から、その中身に縄で縛られた男の絵が見えた。どうやら収穫帰りであるようだった。


「プーさんのJINJINの方が大変だと思うけどね」

「おうちお金持ちイズウィナーわたし。おうちを出てもやすに養ってもらうし、わたし大勝利ッ!」


 ブイッと右手でブイサインのJINJINにやすがとても嫌そうな顔をする。


「いや……俺の給料が全部BL本に変わる未来なんてイヤだぞ」

「ちょっと、やすぅ。わたしへの愛情はその程度だったの?」

「うるせえ。てめえの趣味までは愛情を注ぐことはできねーんだよ」


 やすの言葉にJINJINがやれやれというポーズを取るが、どちらがやれやれな存在かは明らかであった。巨乳という名の突起物がブルンと震える。


「まあ、やす君のJINJINへの愛情は主にその胸に注がれてるからねえ」

「ん、否定はしない」


 風音の言葉にやすも頷いている。それを聞いてJINJINも頷いた。


「ああ、やすは赤ちゃんみたいに吸うのが好きだもッ」

「ぶぁっか。風音の前でアホなこと言ってんじゃねえよ」


 慌ててやすがJINJINの口を塞ぐ。そのいつも通りの二人に風音も笑う。同時にこうも思う。なんでこんないつものことが泣きたくなるほど懐かしいのか。それが風音には分からない。


「そいや、ゆっこ姉と達良君は一緒じゃないの?」

「んーあいつらなら、なんか忙しいみたいだぞ」

「そうなんだぁ」


 ふたりにも是非、夢の話を聞かせたかったのだが……と風音は思ったのだが会えないようである。風音は、ふたりに女王様と王様になってたことを伝えたかったのになーと口にした。

 それが聞こえたやすとJINJINが首を傾げるが、やすが「ああ、そうだ」と何かを思い出したようだった。


「風音に達良から伝言があるんだった」

「なになに?」


 やすの言葉に風音が首を傾げる。


「ええと、なんだったっけな。確か『あの世界で待ってる』だったっけか」


 どうやらやすもうろ覚えのようである。やすは男気があるナイスガイなのだが、大ざっぱなところが弱点でもあった。そのやすの後ろに乗っているJINJINがやすの言葉に付け加える。


「なんか混線してるから今なら伝えられるとか、けど多分忘れるだろうけどとか言ってたんだよねえ。よく分かんないけど」

「なんの話?」

「さあ?」


 風音の問いにJINJINが首を傾げる。


「あの世界って何?」

「さあ?」


 その問いにはやすが首を傾げた。


「なんかどっかのダンジョンの先みたいな話をしてたと思うけど、今攻略中のダンジョンなんてあったっけ?」

「ないと思う。メールにも来てないし、家帰ったらゼクシアハーツで聞いてみるよ」

「そうだな。あいつも夜ならいるだろうしな」

「うん。そんじゃあ、私はおうちに帰るね」


 初志貫徹。寄り道はせずにお家に直行という風音の方針は曲がらなかった。それにこのまま、やすとJINJINについていってもBL本鑑賞会である。風音は男同士の奇妙な愛情に興味はない年頃だったのだ。


「おう。そういや、お前の弟もそろそろレベル100超えだろ。クエストにもついてこれるだろうから、声かけとけよ」

「やだよ」


 即答の風音にムウという顔をするやすであった。

 やす個人としては仲間内の男比率をもう少し変えたいようである。

 そして、レベル100超えとは目安でもあった。

 ゼクシアハーツはレベル100以降の成長は緩やかで、レベル300相手でもプレイヤースキルが高ければレベル100あれば十分に戦えるゲームではあるのだ。

 さらに極論を言えば、攻撃さえ通ればレベル1でレベル300に勝つことも不可能ではなかったりもする。それは通信速度の向上に従ってラグが消えてアクション性も増し、プレイヤースキルが大きく左右するようになったゲーム時代ならではの話ではあった。

 例えば、肌色のパンツ一枚装備のローリング攻撃縛りでキャンペーンのメインシナリオをクリアした伝説の男『ヨーク』の動画などは今でも語り草となっている。

 その『ヨーク』はオフ専かと思われたが、その後、肌色パンツ集団ゼンラー隊の開祖となったりもしていた。何故だが風音のキャラ『ジーク』に絡んでくることが多いという点でも風音には馴染み深い意味不明な存在だった。


 ともあれ、直樹のキャラはレベル100を超えているので、もう風音たちとも行動を共にしても問題ないという意味でのやすのお誘いではあるのだが、風音としては身内といっしょにというのは微妙な感じなのである。それにネットだと弟はネット弁慶になる。後、弟のキャラが自分に激似ということもあって、ともかく微妙な感じであった。


(あー、ミヤーとくっつけばシスコンも抜けてくれるかなあ)


 離れていくやすとJINJINに手を振りながら、そうわずかな願いに思いを馳せる風音である。





 そして、風音は馴染み深い、そして懐かしい帰り道を進み家に着いた。


 そう、風音は自宅にたどり着いたのだ。夢にまで見た家にたどりついたのだ。


 それは、朝出たばかりの家の筈だった。遠き日の記憶にしかない家の筈だった。


 わずか10時間程度しか離れていないはずの家が風音には随分と懐かしく感じられた。


(なんだろね。この感覚は?)


 キィと門が開いた。


「あら、お帰りなさい風音」

「うん、お母さん。ただい……ま?」


 目の前には母親がいた。買い物帰りだろうか。ビニール袋を持って玄関に入ろうとしていた。そして、風音はその言葉を続ける途中で、スゥッとその瞳から滴をこぼれさせた。


「あれ?」


 こぼれ落ちる。分からない。けど、止まらない。


「あらあら、どうしたの風音? どこか調子悪いの?」

「分かんないけど、なんだろうね。なんだか、すごく涙が出てくるんだよ」


 風音はその涙を裾で拭いながら答える。それでも涙は止めどなく流れる。


「おかしな子ね。もうほら、どうしたのよ」


 母親が、小さな子供をあやすように、風音を抱きしめた。


(お母さんだ……お母さんがいるんだ)


 その暖かさに風音の涙はさらに流れ落ちるばかりだった。なぜだかは分からない。けど、離したくなかった。もう二度と会えないその温もりを手放したくはなかった。

 それに心の棘が風音にはあった。伝えないといけないと、風音の心を突き続ける棘があった。


「私、お母さんに謝らないといけないことがある気がする」


「なぁに?」


「ごめんなさい」


 風音は小さく謝った。


「約束守れなくてごめんなさい」


 溢れる涙と共に、風音から謝罪の言葉が告げられる。


「直樹を連れて戻ってくるって言ったのに戻れなくてごめんなさい」


 風音の記憶にはそんな約束をした覚えはない。でも、魂が覚えていた。


「一緒にいられなくて、ごめんなさい。ヒドい娘で、ごめんなさい」


 自分は何も両親に報いることが出来なかった。それだけはもうどうにもならない。過ぎ去った過去はどう頑張っても取り戻せない。理屈ではなく、そういう思いがあふれて止まらない。


 その風音を、母親はそっと抱きしめながら言う。


「何を言ってるのよ。風音なら今一緒にいるじゃない。それに」


 ガチャンと扉が開いた。中からは直樹が出てきた。


「直樹ならうちにいるわよ」

「母さんに姉貴、ちょっと、どうしたんだよ?」


 玄関の前で母親に抱きついて泣いている姉に、直樹は困惑しているようだった。その顔は風音が知っているよりも何故か幼い。


「なんだ、お前たち」


 そして、外からも声が届いた。


「あら。あなた、もう帰ってきたの?」


「ああ、今日は先方と打ち合わせをしてそのまま帰ってきたからな。ほら、風音。なんだか分からないがまずはうちに入ろ。な?」


「お父さん」


 風音は、父親の姿を見て、今度は父親に抱きついた。


「なんだい風音。お母さん、こりゃどうしたんだ?」

「さあ?」

「姉貴、俺にも抱きついても良いぜ?」


 家族たちの言葉を聞きながらも、風音は涙を流し続けていた。


(夢……そうか。夢だったんだ)


 楽しいこともあったし、辛いこともあった。そこに至るまでのことは風音にはもう知ることすらできない。

 でもあれは夢の出来事だ。何も酷いことはなかったし、変わり果てた弟の前で父親と母親に交わした約束もなかった。宮迫とマロンに声もかけられずに別れたこともなかった。


 すべては夢のことだった。風音はここにいて、直樹も、母親も、父親もいる。

 ゲームの中で達良たちとも話せるだろうし、明日になれば、また弓花やマロンや宮迫とも会えるはずだ。


 お父さんとお母さんと弟と、家族といられるこの家こそが自分にとっての本当なんだと風音は理解する。


 こうした何でもない日常がなによりも幸せなのだと風音は分かっている。だから、夢あふれる冒険の旅はやはり夢だけでしかないと気付いて……涙を拭って風音は家の中に入っていった。


「ただいま」


 その言葉は風音が何よりも望んでいて、決して届かなかった幸せの形だ。


 明日も明後日も、世界は変わることなく続いていて、そして日々が回っていく。



 それだけが、本来の風音の願いのハズだった。


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