ある男の苦悩
ジライド・バーンズは目の前の事実に頭を抱えていた。
ハイヴァーン公国のライノクス大公の名代としてツヴァーラ王国の戴冠式に訪れていたジライドは式も終えた。そして、その後は同様に式へと訪れていた家族たちとの久方ぶりの再会となっていた。
しかし、その場にジライドの知らぬ家族が増えていたのである。
「シップー、こやつがお前の兄のジライドだ。気むずかしいところもあるが、よく出来た兄だ。お前も兄を見習って、精進するのだぞ」
「ナー」
大きな猫がジンライの言葉に、鳴いた。シップーと言うらしいとジライドは知った。そしてジンライを見る限りでは冗談で言っているようではないようである。もっとも、獣人や竜人なども存在している世界だ。そうした関係も珍しくはあるがなくはない……ということぐらいはジライドは弁えてはいた。
「ジライド、このシップーがお前の弟だ。生まれたばかりでまだ慣れぬところもあるが、お前も兄として恥じいることのないようにするのだぞ」
「あ、ああ。父上、その……」
ジライドがまごまごとしているとシップーも前足で頭を掻き始めた。
「あら、シップー叔父さん、照れちゃってるの?」
「ナーゴ」
すでに娘エミリィはシップーと仲が良いようである。シップーに抱きついている。そしてジライドは助けを求めるかのようにその横にいる自分の息子を見た。
「よお、親父」
しかしジライドの顔は、そこでまた固まる。
ジライドの目に映る息子の姿は以前とは様変わりしていた。冒険者として家を出て、ここ最近は白き一団に入り、ジライドにとってもうらやましいことではあるが、ジンライに師事して腕を上げてはいるだろうと考えてはいた。
しかし、今のライルはそうした事情とは別に大きく変わっていた。
まず髪の色が銀色になっていた。瞳は赤く染まり、肌は褐色へと変わっていた。今時の若者らしいイメチェンというものかと思ったが、どうやら人型のドラゴンになったらしいということだった。ワケが分からない。
『我の父親と言うことは我の父親でもあるのか。初めまして我が父ジライドよ。我はジーヴェ。汝の息子よ』
そしてついでに息子もひとり増えていた。それはドラゴンの形をした槍だった。その槍にも一言「ああ、よろしく頼む」と呟いたジライドは、周囲を見回しながら、その場で席について頭を抱えた。
(母上、マーリス、すまん。もう私の手に負えん)
今はハイヴァーン王都にいるであろう己の母と妻を想いながら、ジライドの頭の中はカオスとなっていた。何をどう考えて良いのか、怒って良いのか、笑って良いのか、突っ込んで良いのか……それが、ジライドには分からない。
聞けばライルは現在は人間であると同時に、人の形をしたドラゴンになっているそうだ。ジライドも竜騎士契約により飛雷竜モルドから竜気を受け取り竜人化することは出来る。しかし、ライルはもはやそれを完全に超えた存在となっている。今では普通の心臓と竜の心臓の両方を以て人と竜の力を自在に行使できるらしい。
そして槍に宿っているジーヴェというドラゴンはライルの魂と同化しているためライルそのものでもあるそうだった。魂が融合し、完全同化するまでは100年程度はかかるそうだとジーヴェは口にしていたが、つまりはその年月を『程度』というくらいにはライルは長く生きるようである。
また人間の延長線上の存在でもあるので子作りには恐らく支障もないそうだ。
それによりバーンズの家が途絶えることもないどころか、竜の血を引く一族としてハイヴァーンではかなりの権威を持つことも夢ではなさそうであった。子供のいないライノクスに代わって大公候補に上げられる可能性すらあるとは、アオの言葉だ。
というのも現在のライルの立場は、神竜皇后とミンシアナの守護竜となる予定の白竜カーザの兄であり、そして西の竜の里ラグナの門番『アカ』の弟でもある。
竜を権威の象徴としているハイヴァーンにおいてはもはや一介の騎士の扱いには出来ない存在である。自分の息子がなんだかとんでもないものに組み入れられたものだと、ジライドは再び頭を抱えた。
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「というわけだ。どう思うモルド?」
そして、ジライドは家族会合を終えてからその足で竜の厩舎へと向かい、自分の愛竜である飛雷竜モルドに相談を持ちかけていた。常日頃というわけではないが、家族以外ではだいたいモルドに相談を持ちかけることが多いジライドである。それも竜騎士には多い傾向はあるが、元より竜騎士契約で知識や知性を竜騎士より共有している愛竜である。性格こそ違えど、気心知れるのは当然ではあった。
『別にお前の親父のあの馬鹿やろうが、性交渉で作ったガキじゃあねえんだろ。なら問題はねえんじゃねえの?』
普段はジンライと仲の悪いモルドは、今回はジンライをフォローする形の答えをジライドに口にしていた。これはジンライのためではなく、その後に話が回ってくるであろう、モルドにとっても最愛のシンディの心労を考えての言葉である。
「そういうものか?」
『まあ、召喚獣を息子と言い切る、あれも大概だがな。義手にシンディとか名付けてるそうじゃあねえか』
「それは母上を愛すが故だろう」
ジライドの言葉にモルドも唸りながら否定はしない。
『ケッ、そういうことにしておこうかね。お前がその猫を弟と感じるかどうかはおまえ次第だ』
「それは、確かにそうだな」
シップーはジンライの、いわば義理の息子と言うところだろう。それをどう考えるかは実の息子であるジライドの心持ち次第だ。
『後はライルだがよ』
「ああ……」
ジライドは険しい顔で頷く。
今のライルがハイヴァーンに戻れば、権威闘争に組み込まれるのは間違いない。或いは東の竜の里に流れるか、形の上では神竜帝ナーガを最高権力に置くハイヴァーンとしては決して捨ておけはしない問題だった。
『まあ、それも当面は神竜皇后様の騎士として考えりゃあ、今の状態は悪かぁねえさ。時間はまだある。ライノクスの野郎とよく相談して決めりゃあいいさ。幸いなことに、今ハイヴァーンで知っているのはオメエだけなんだからな』
今回はアオのついででの参加ではあったので、ジライドについてこれる他の竜騎士はおらず、ケイランを除けばハイヴァーンの人間は他にはいなかった。
『それと気になるのは、あの皇后様の僕のユッコネエも色々と厄介な話になるかもしれねえことだな』
「どういうことだ?」
ジライドは自分の認識のなかったことをモルドに指摘されて首を傾げた。
『火と光の混合、太陽属性の黄金の竜。それは西の竜の里ラグナの長、金翼竜妃クロフェ様と同じものだ。さらにいえば神竜帝様とも近しい水晶竜とのハイブリッド。恐らく、アオ様の報告が入ればクロフェ様は動く。ユッコネエを娶ろうと考えると思う』
そのモルドの言葉にジライドが吹き出した。
「ちょっと待て。ユッコネエは猫で一応メスだぞ?」
そのジライドの指摘にモルドは首を横に振る。
『猫というのもこの場合はあまり関係がないな。おめえにゃあ、人間の使う竜変化の術との違いは分かり辛いだろうが、あの皇后様の『竜体化』って力は紛れもなく竜そのものに変じるんだ。それはあのユッコネエも同じことだろう』
「同じ属性の竜気か。であれば東に続いて西の竜の里ラグナでも念願の世継ぎが……という話になるわけか」
ジライドの言葉にモルドが頷く。
『それにクロフェ様は元々男だ。アオ様曰く金翼竜様がティーエスヨージョカしたのがクロフェ様だからな』
「ふむ。以前にもその言葉を聞いた気がするが、ティーエスヨージョカとはなんだ?」
ジライドがモルドに尋ねる。
『詳しいことは分からねえが、ガイエルに討ち取られた金翼竜様を復活させる際に、アオ様は己の意志の力を高めるために、金翼竜様をそのような姿に変えるしかなかったそうだ』
「なるほど。復活のリスクと制限というところか」
『みてえだな。アオ様曰く、復活した金翼竜妃様にはポンポンというものが足りなかったそうだ。アオ様ほどの力の持ち主でも完全な成功は出来なかったらしい。アオ様は己の業の深さが足りなかったせいだと悔やんでいたそうだが』
「金翼竜様を復活させるだけでも偉業ではあるのだ。アオ様は噂に違わず、実に己に厳しい方なのだな」
『まったくだぜ。あの方の熱心さには頭が下がるってもんだぜ。まあ、だからこそユッコネエとティーエスヨージョカした金翼竜妃様の接触はあると思うぜ』
その言葉にジライドが苦笑する。
「まったく、そこまでの大事か。とことんトラブルに愛されているようだなあのパーティは」
そう言ってジライドは笑う。そして、己の悩みなど小さいことのように思えてきた。実際のところ、かなり大きいことなのだが、色々と話が大きくなりすぎていてジライドの脳は麻痺していた。その麻痺が解けるのは、帰国後、笑顔で母親と嫁にこの事態を報告して「何を笑っているんです、この馬鹿息子」と盛大にシンディにお仕置きされた後であったという。
そして翌日、ジライドのみやげのお魚をムシャムシャと食べるシップーと、それをどこか吹っ切れたように、うれしそうに眺めているジライドの姿が王城グリフォニアスの中庭で見られた。だが、それを兄弟の姿と気付ける者はいなかったようであった。




