第四百十六話 決着をつけよう
弓花たちの視線の先、ジンライともう一人、ボルジアナのピエロのリーダーであるマドルの戦いは佳境を迎えていた。
義手のシンディは既に外れていた。敵の手の内はすべて曝させた。であれば、もうシンディを外しても護ることは出来るはずだ……などという計算がジンライの中になかったとは言わないが、事実を言えば外さざるを得なかったというのが正しい。
そうしなければ目の前の敵には勝てない。ジンライは自分の敵が真の強者であると感じ、本気の姿で挑まざるを得なかった。
そしてジンライの本気、『一角獣』。ライノクスがジンライに与えたふたつ名にしてジンライが到達したただ一つの槍術。それを今のジンライは使いこなしつつあった。己の力を制御し、以前よりも長くその状態を維持できるようになっていた。
対するボルジアナのピエロのリーダーであるマドルの正体は数百年という時間を生き続けてきた真祖と呼ばれる吸血鬼であった。
太陽を克服し、魔王と並び立つほどの強大な力を持つ超越的存在。眷属であったゴーラとマリーが膨大な魔力を注がれて再生し続けてきたのも、風音曰くボス空間の一種である『血蝕結界』を現在も張り続けているのもマドルであった。
その相手に対しジンライは戦いを挑み、今に至ってもまだ生きていた。それはマドルにとっては信じがたい現実でもあった。
「化け物か。ああ、私も長らくそう呼ばれて久しいが、本当の化け物というのはお前のことを言うのだろうな」
「失礼な男だ。ワシはただ、己に出来ることをしているに過ぎん」
ジンライの言う言葉は嘘ではないのだろう。ジンライは所詮はただの人間だ。若返りこそしたものの、それ以外はまったく人間以外の何者でもない。
力も化け物じみたものではない。足だって速くはない。魔力だって常人並だし、出せる闘気も大した量ではない。
純粋に鍛え上げた人間としては上位にあるだろう筋力と、ここまでの経験、そして磨き上げた槍術。ジンライにあるのはそれだけでしかない。
であるにも関わらず、ジンライは真祖という化け物の代表格と渡り合っている。それどころか、明らかにジンライの方が戦いを有利に進めていた。
マドルとてもう体裁を取り繕えるほどの余裕はなかった。結界にはヒビが入り、さらには眷属であったゴーラとマリーへの魔力供給も途絶え、すでにどちらも消滅している。イジカも、モバロも死んでいる。本来マドルの所有物である刃身一刀『マサムネ』も奪われたようだ。
(よもや、ここまで追いつめられようとはな)
全く以て計算外。今と同じほどの力量のメンバーを揃えるのに、一体どれほどの時間を費やすことになるのやら……と、マドルはため息をついた。
こうして、最後の一人となったマドルはジンライに対して全力で挑む。背のコウモリの翼を数百と増やして伸ばし、それでジンライを切り刻もうとしたが、すべて外された。避けられ、弾かれ、それが連鎖的にぶつかり、まるで手品のように翼の方からジンライを避けるが如く、かわされる。
続けてマドルは己の赤き瞳から魔力の光を放つ。それは風音のメガビームと同種の破壊光線だ。それをジンライは避けずに、己の身体を通過させて突き進んだ。
マドルは目を見開いてその様子を見ていたが、それはジン・バハル直伝である『森羅万象』の効力だ。ジンライは古きハイヴァーンの技を弓花同様に使いこなしていた。
ジンライがさらに近づいた瞬間に、一斉に召喚されたコウモリたちが飛びかかった。それをジンライは不滅のマントを回転させて受け流し、同時に槍を振るって打ち落としていく。不滅のマントの頑丈さを知らぬマドルはその様子にさらなる驚きを見せた。
そして、ついにはジンライに接近を許してしまったマドルは、己の巨大なパワーとスピードでジンライを蹂躙しようと腰の赤いレイピアを抜き放つ。強大な呪いを秘めたその武器を振るい、人間の反射を超えた最速の突きでジンライを突き崩そうとして、
「甘いわな」
しかし、ジンライはそのレイピアの切っ先に己の竜牙槍『神喰』をぶつけ合わせる。どれだけ速度が速かろうと、ジンライはマドルの動きを注視し、動きを予測することが出来る。それに併せてカウンターを取ることも容易いものだった。
そして、グングニルの神気と黒岩竜の竜気混ざるその槍を以てすれば、数百の呪いを宿す赤いレイピアとて無事ではすまない。僅か数度激突させたところで、その先がボキリと折れた。
「チィッ!?」
「まだ、終わりではないぞッ!」
そしてジンライは、その飛び散る刃の破片を槍を振るって当ててマドルへと跳ね飛ばす。
「ええい、邪魔だッ」
それをマドルは己の魔力で組んだ防御壁で防ぐ。カンッとレイピアの先が防御壁に弾かれるが、しかし同時に別の刃が飛んできた。
「グァァアアッ!?」
それはジンライの竜牙槍。その槍が防御壁を『通過して』マドルの頭部に突き刺さった。
「なんだとっ、どういうことだ?」
その一撃はマドルが僅かに顔をよじって避けたために、左眼からその奥の一部までを貫くところまでで留めたが、それでもその切っ先は脳の一部にまで到達していた。
今のジンライが防御壁を通過させた技は先ほどと同じバハル流奥義『森羅万象』である。元より魔力も闘気もあまり必要とせず、観察により力の波長を合わせることで効力を発揮する『森羅万象』はジンライに合っていた。その『森羅万象』という技とは相手の魔力を用いた攻撃をすり抜けてかわせるだけではなく、相手の防御を突き抜けることすら可能なのだ。
そして、数百年を生きた超越者はただの人間にその領域を蹂躙される。
マドルは吸血鬼に相応しく、その力はオーガを上回るほどに強大で、反射速度はエルダーキャットを超える。さらには頭部を打ち砕かれてもすぐさま回復する再生力を有している。実のところ己のコアさえ無事であればマドルは死ぬことはないのだ。
しかし、その身体の造りが生物のものであることは間違いない。己の脳を貫かれてはその思考も一瞬ではあるが停止する。腱を切られれば動きも衰える。関節を砕かれれば、再生するまでは動くことは困難となろう。
そして次々と繰り出されるジンライの突きによって徹底的にマドルは身体を破壊され、やむなく人形使いのスキルで強引にその身体を操作することで対応しようとした。
しかし、それはジンライの思うツボだ。
「その動きはあの人形どもと同じだな」
ボソリとつぶやいた言葉にマドルの背筋が凍った。
それは完全な失態である。失われた脳細胞が、マドルから思考の一部を奪っていたとしか言いようがなかった
動きが早くなろうと、力が増そうと、単調であるならばジンライにとってはやりやすい。そもそも身体能力の差を超えられなければ冒険者などやれはしないのだ。
さらにはさきほどの兄妹人形との戦いで動きのパターンを把握しているのだから、ジンライにしてみれば突っ立っていられるのとなんら代わりがない。いや、勝手に突っ込んでくる相手に槍を合わせればいいだけなのだから、寧ろ立っていられるだけよりも楽だとも言えた。
そしてマドルは全身を突き刺され、右腕が吹き飛び、左足も千切れかかりながらも、コアだけはどうにか守りきり、後ろに下がって逃げようとする。今の傷ついた状態でも、それでもジンライの身体能力を上回るマドルだ。逃走に全力をつぎ込めば、距離を離せると考え、
当然、それをジンライに見逃されるはずもなかった。
「ハァッ!」
そして、ジンライの槍が雷を帯びて、そのまま突き出される。それは雷神槍に纏わせた雷の闘気だけを飛ばす『雷走り』という技。さきほどまでのマドルであるならば、容易に避けることも防ぐことも出来ただろう。だが、今は違う。
悲鳴が響いた。
左腕が吹き飛び、苦痛に歪みながら、地面を転げるマドルがそこにいた。その這いつくばるマドルに槍の一撃が降り注ぐ。
そして、白の竜牙槍『神喰』がマドルの頭部に突き刺さった。
今度こそ、その槍は脳を貫通し破壊する。ジンライはマドルの頭部に刺さった槍を抜いて、トドメにコアを突き刺そうとする。
「なんだっ?」
だが、マドルは最後の悪足掻きに出た。全身を赤い霧に変えて、その場を離脱しようとしたのだ。瞬時にマドルの肉体が霧へと変わり、それをジンライは槍を回転させて切り裂き、吹き飛ばすが、その赤い霧は天へと昇り、一つの形へと変わっていく。そのまま霧は巨大な赤いコウモリへと姿を変えていったのだ。
「逃がさんよっ!」
だが、その完成をジンライが待ってやる義理は当然ない。
直後にジンライが投げた槍がコウモリの中心部、コアに突き刺さる。
それにはコウモリも叫び声をあげて、そのまま地面に落ちた。
そして、コウモリを形作っていた赤い霧が霧散してズダボロとなったマドルが姿を現した。すでにコアも破壊されている。その命が尽きるのは時間の問題だった。
マドルは、呆然と己の胸に突き刺さっている槍を眺めながら、己の最期を悟り口を開いた。
「なるほど。私の負けのようだ」
「ああ、ワシの勝ちだな」
崩れ落ちているマドルを見下ろしながらジンライはそう答える。
「力のすべてをその槍に込めているのか。己の防御を捨て、ただ戦い続ける。正気の沙汰とは言えないが」
「しかし、ワシは立ち、お前は這い蹲っている。それだけが事実で、それだけが間違いのない結果だ」
ジンライの辛辣な言葉に、マドルが笑う。まったくだと、血を吐きながら笑って頷いた。
周辺の結界のヒビが大きくなってくる。
マドルの命の終わりと共に、ジンライたちを捕らえていた結界も消失するようだ。つまりは外の世界への帰還が迫っているのだろう。しかし、マドルは笑う。その顔は敗者のものではなかった。
「まあ、確かに私とお前の勝負はお前の勝ちだ。それは認めよう」
その言葉にジンライが眉をひそめた。
(なんだ、この余裕は?)
ジンライは何か見落としがあるのではないかと周囲を見渡すが、仲間たちも全員いる。続いての敵が現れる気配もない。
「しかし、我らはボルジアナのピエロ。依頼は完遂させる。結局のところ、私の勝敗などただの遊びでしかない。どうあれ我々の勝利は揺らがない」
「どういうことだ?」
ジンライの訝しげな顔を笑いながらマドルが消失していく。
……それではな。地獄でまた会おう……
そして、マドルの最後の言葉と共に世界が割れる。結界が維持できなくなり、空間が崩壊していく。ジンライの立っていた大地が、薄暗い空が、すべてが粉々に砕け散り、現実の世界へとシフトしていく。
そして、ジンライは見た。
眼下に映る遠き大地を。
世界を覆う雲の海を。
どこまでも青く続く天空を。
そして、赤い球体と共に消失していく一匹のコウモリを見ながらジンライは気付いた。マドルの言葉の意味を。
「あのコウモリめがッ」
ジンライが顔を歪めて叫ぶが、もはや、どうにもならない。
そこは上空一万五千メートル。
この世界においては未だ人類の手に届かぬ領域にジンライたちはその身一つで投げ出された。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:杖『白炎』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧(真)・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・天使の腕輪
レベル:40
体力:156+20
魔力:378+520
筋力:81+45
俊敏力:83+39
持久力:45+20
知力:75
器用さ:53
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』
スキル:『キックの悪魔』『蹴斬波』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv2』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv3[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv3』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』『赤体化』『友情タッグ』
風音「見ぃつけたッ!」
直樹「急げ、姉貴ッ!!」




