第四百九話 あの空に逝こう
(集中しろ、私)
完全狼化した弓花は、槍を構えながらひたすらにイジカを凝視する。
ジンライがそばにいるのだ。もう後のことを考える必要はない。
ここで全力を出しきっても、問題はないのだ。
そう考えると弓花の肩がスッと軽くなった。自然と精神集中の極致である『ゾーン』へと至った。そして自身のすべての感覚をイジカだけに向けていく。
その弓化の変化にイジカも刃と化した身でありながらも全身がビリビリと震えていくのを感じていた。目の前の狼がようやく己の牙を剥き出しにしたのをイジカは理解した。
「出し惜しみしてたのかよ。嬢ちゃんも大概だなぁ」
その言葉に弓花の狼の顔がニィッと笑い、犬歯を剥き出しにする。
『これから出す技は、ちょっとひとりのときには使えないんで』
そう弓花は口にした。決闘ではないのだ。イジカだけを想定して戦うわけにはいかなかった。だがその枷は今解き放たれた。
そして弓花が一歩を踏み込み、槍を回転させて、円を描いていく。
(なんだ?)
それをイジカが訝しげに見た。槍に纏われた銀のオーラが濃度を増していく。何か大きな技が来る。それは明らかだ。
進んで打ち崩すか。避けるか。護るか。
(崩すか)
判断は一瞬。イジカは刀身である己自身を弓花へと走らせた。
対して弓花から発せられるのはバーンズ流槍術『斬玉』。それは闘気を円盤状に固めて放つ遠距離の相手用の技だ。そして放たれた銀色の円盤がイジカに向かって突き進む。
「温いねえ」
だが今のイジカにその軌道を読むことはたやすい。接触するギリギリのところでイジカは避けて弓花に向かって踏み込んでいく。
そしてイジカが腕から延びた刃を振り上げる。大技の後だ。そこに隙があるはずだと飛び込んでいく。だが、弓花の動きは止まらない。まったく自然な動作で槍を構え、イジカの刀を受け止め、その威力を『反射させた』。
(これはっ!?)
それをイジカは知っている。バーンズ流槍術『反鏡』。イジカも一度喰らったことがある技だ。それは闘気を接触点で爆発させて相手の攻撃を反射させるバーンズ流の奥義だ。
(しかし、なぜ?)
闘気の円盤を飛ばした直後の筈だ。であれば、『反鏡』などすぐさま出せるはずもない……とイジカは思考するが、現実に起きている以上は認めるしかない。そして、それにはさらに続きがあった。
弓花は止まらない。続けて出されたのはバーンズ流奥義『七閃』。
最速の突きである『閃』を連続七発叩き込む最速の連続突き。定めた七突きに弓花は銀色のオーラのすべてを注ぎ込み、体勢を崩したイジカに襲いかかる。
それをイジカは、
「ウォォオオッ!?」
受けた。一発目は喰らった。だがその身は金属で出来ている。痛みはない。すぐさま態勢を整える。だが速い。二発目も喰らい、その身がいくらか砕けるが、しかし致命傷はない。三発目を受け、四発目を避け、五発目は直撃し左腕が飛んだ。六発目を避け、七発目を刀で切りつけて弾き、そして槍が止まった。
(受けきった……か?)
弓花が脱力したのを見て、イジカは笑った。ただでさえ闘気を消耗する奥義を三連続で使用したのだ。どういう理屈かは知らないが、それで力尽きぬはずはない。
つまりはイジカは弓花に勝ったのだ。その技を受けきり、見事に勝利した。ならば褒美にその首いただこうと刀を振り上げ、
イジカの首が飛んだ。
『ハッ、ハァ』
弓花がその場で倒れ込む。いかに完全狼化といえど今の技『三種の神器』の使用は消耗が激しい。蛇口を破壊して自分の内側の水を無理矢理吐き出させたような疲労感が弓花を襲い、その身体に凄まじい負荷がかかる。
バーンズ流の奥義である七つの突きにすべてを込める『七閃』、相手のあらゆる攻撃を弾く『反鏡』、そして研ぎ澄ました闘気を投げつける『斬玉』。その三つの奥義がバーンズ流の頂点の技だと考えられているが、実のところソレは違っている。元々それは併せて一つの技として存在しているものだった。
それを扱えるものは今のバーンズ流槍術の使い手の中ではジライドだけであった。もっとも、そのジライドにしても使用は寿命を縮めかねないほどの消耗をもたらす。またジライドにしても演舞で見せたことはあっても、実戦で使ったことはない。
「くくく、やるねえ嬢ちゃん」
そして倒れ込む弓花にイジカの声が届く。それを弓花が驚愕の目で見る。その視線の先にあったのは刃身化が解け、人の姿に戻りつつあったイジカの首だった。
『あんた、まだ……生きて?』
「何。もうじき死ぬさ」
その言葉に弓花の顔が歪む。人を殺したのは初めてだ。だが不思議と弓花には罪悪感も葛藤もほとんど湧かなかった。ここまで多くの命を奪った経験が弓花の心に耐性を作っていた。そして、どちらかといえば、そのことに弓花はショックを受けてもいた。
「それで今の技はなんだい?」
イジカの問いに弓花は素直に答える。
『バーンズ流奥義『三種の神器』』
事実をいえば、弓花の放ったのはソレの完成系ではない。『斬玉』を避けさせて正面の弓花に集中させることで戻ってきた『斬玉』を背後から当てる……というのは、あくまで予防の策だ。本来は初手を当ててからの連続攻撃となる。弓花にしても、まだ到達はしていないのだ。
「トリニティねえ。大技三連発でその消耗か」
イジカは弓花を見た。その消耗が激しいことはちょっと見ただけでも分かる。そして嘆息した。
「ま、オレを倒して動けなくなれば腐食鬼に食われて終わるってことか……失敗したな。嬢ちゃんを本気にさせるなら勝利後の飴をちゃんとぶら下げておくべきだったか」
イジカはそう言って笑った。
それから「ま、ちゃんと終わったんだから良いか」と口にして……そしてイジカは動かなくなった。刀身化も完全に消えて、人間の生首だけがそこにあった。
それを見て、弓花は一瞬うめく。人の姿に戻ったイジカを見て、もうないと思っていた感情が姿を現した。だが、弓花にはそのことに嗚咽する余裕はなかった。
エミリィの悲鳴が聞こえたのだ。ライルが死んでしまう……と、泣き叫ぶ声が。
**********
まったくうらやましい限りだとジンライは、弓花の側から発せられた闘気を感じて心の中で呟いた。
ジンライの闘気の出力では『三種の神器』は愚か、バーンズ流奥義は扱えない。闘気とは魔力を変質化させ身体能力に乗せやすくしたエネルギーである。そしてジンライは闘気を出せる量が限られている資質なき者だった。
だからこそ僅かな出力で出せる技をふたつの槍で打ち出すことで威力を数でカバーしていた。才なき者が足掻いた結果が二槍流なのである。
(もっとも、後悔もしてはいないがな)
弱点があったから、並の人間よりも弱い身体、多くない魔力、闘気ですら満足に出せない身の上だからこそジンライはそれをバネにここまで来れたのだ。天才を打ちのめし屈服させ、己が自尊心を満たす。自分はそういう小さい人間だとジンライは自覚している。そして凡百の才があれば、どこかで留まっていたに違いないともジンライは考えている。
『主よ。ライルが、お前の孫がッ!?』
しかし、そのためにジンライは自分から様々なものを切り落としてきた。その最たるものが家族だろう。
「分かっておる。逝くのだな」
だから死にゆく孫を背に戦うことも厭わない。自分が最悪の人間であることを理解している。
『良いのか、それで。最後だぞ!?』
ジン・バハルの言葉にもジンライは振り向かない。そこへ二つの影が迫る。
『良いも悪いもッ!』
『お前等も逝くんだよッ!』
「孫の最期だ。静かにしろ」
そして、飛びかかる人形をジンライはどちらも一撃で貫き通した。
『なん……だと?』
それにジン・バハルは驚愕する。目の前にいる細身の男にしてもそれは同様だった。先ほどまで苦戦していた相手だった筈だ。突いても通らぬと口にしていた相手を、ジンライはたやすく突き刺していた。
「パターンは見切ったわ。砕けろガラクタ」
ジンライは人形の反応を見ることもなく、振動破壊技である槍術『振』によって貫いた人形たちを、
『ギャッ』『プギャッ』
一瞬で粉砕する。手足が吹き飛び、もはや形も残らず欠片がその場に零れ落ちる。
「ジンよ」
そしてジンライは呟いた。
「ワシはライルに今までしてやれたことなど何もない。家を出てひとり修行をしておったからな。生まれてこの方、孫と向き合うこともほとんどなかった。ワシはそんなどうしようもない爺よ」
ジンライの視線はライルへは向かない。
「そして、ワシがしたことといえば孫を死地に連れ出し、殺したことだけだったというわけだ」
その視線はただ正面の男。細身の赤い目の男に向けられる。ジン・バハルはジンライの言葉をただ聞いていた。
「だが最後はな。せめて孫を静かに、安心させて逝かせてやりたいのだ。それぐらいならワシにも出来る筈だ。だから……頼む」
そうジンライは告げる。やはり背中は動かない。だがジン・バハルは『分かった』と告げてジンライに背を向けて走り出した。その先にはまだ二体の化け物がいる。
「良いのかね?」
その様子を眺めていた細身の男が尋ねる。その言葉の意味はひとつではないのだろう。そしてその表情には先ほどまでの余裕はない。
「孫も戦士の端くれだ。覚悟はあったはずだ」
そうジンライは返した。その言葉は偽りではないのだろう。しかしその表情は己の言葉を是とはしていない。
「だがな……」
ジンライがギリギリと奥歯を噛みしめながら、睨みつけた。
「ワシの怒りが収まらんのだ。許せんのだ」
己が内を吐き出すようにジンライは叫んだ。
「だからこの鬱憤は貴様の命で鎮めさせてもらうぞ殺し屋ッ!」
そしてジンライは悪鬼の如き形相で、駆け出した。野獣の如く、獲物を喰い殺そうと全力で。
**********
そして、その様子を眺めている者がいた。俯瞰的に眺めている者がいた。そうすることしかできない者が1人立っていた。
「……そんなこたぁねえよ爺さん」
ジンライの言葉を聞いていたその者がそう呟く。それはライルだった。そしてライルは今、1人で天へと昇っていた。
ジンライが何も出来なかったなんてことはないとライルは思う。冒険者としての旅立ちにジンライから貰った竜骨槍をライルは忘れてはいない。生まれてこの方、貰ったもののなかでそれが一番嬉しかった。祖父に認められたのだと感じていた。
それにここ数ヶ月でライルはずっとずっと強くなった。確かに自分がジンライや風音たちに及ばないのはライルも自覚している。だが、ライルは確かに強くなっていた。それがジンライの指導の賜物であることもライルは理解している。
(けど、俺が無駄にしちまったな)
ライルはそう自嘲した。
そのライルの真下には戦場があった。弓花が敵を打ち倒した。ジンライが小さな人形を破壊した。ルイーズのジャッジメントボルトでシロクマとマリーも今はほとんど動けないようだった。
「すげぇなあ、みんな」
自分には出来ないことだとライルは思う。自分はただ相打ち覚悟で挑んで死んだだけ。格好悪い最後だと笑った。
「まあ、けどさ。俺、逃げずに最後まで立ち向かったぜ」
恐れて、痛くて、それでも立ち上がって、最後まであきらめなかった。
「だからさ。それぐらいは褒めてくれるよな親父」
あの偉大でまるで追いつけない祖父や父に、それだけは胸を張って言えるのではないかとライルは頷いた。しかし、満足などしてはいない。未練はある。どうしようもないと分かっていても、悔やむ思いは消え去らない。
零れ出る涙が止まらず、地上の様子が滲んで見えた。
「ホント、どうしようもねえ。けど、やっぱり死にたくねえ。ああホントにどうしようもねえんだな。これが」
ライルの意志とは逆に魂は肉体から離れ、天へと昇っていく。どう足掻いても戻ることができないとライルは悟っている。
「……これが死ぬってことか」
もうじき、空を流れる魔力の川の中へと自分の魂は逝くのだとライルははっきりと感じている。どうしようもないのだ。人の命はそうして終わって、また新しい生へと繋がっていく。
すべては終わったことだ。ライルという生はこれから終わるのではなく、すでに終わっている。
だが、ライルは泣き続ける。もう戻れない世界を眼下に眺めながら、これまでの人生がライルの中で蘇る。
父を……
母を……
妹を……
祖父を……
祖母を……
親友を……
仲間たちを……
ここまでに出会ったすべての人たちを思い出しながら、もう二度と会えない人たちを想いながら、そのままライルは光の粒子となって……そして……
『……さて、反撃に出ようじゃないか。我が主よ』
黒いドラゴンに遭遇した。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:杖『白炎』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧(真)・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・天使の腕輪
レベル:40
体力:156+20
魔力:378+520
筋力:81+45
俊敏力:83+39
持久力:45+20
知力:75
器用さ:53
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』
スキル:『キックの悪魔』『蹴斬波』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv2』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv3[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv3』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』『赤体化』『友情タッグ』
風音「…………」
直樹「…………」




