第三百八十六話 ランクSを当てにされよう
◎トルダ温泉街 ルイーズホテル
さて、弓花たちは順調に旅を進めていた。そしてオルドロックの街を後にした一行が次に訪れたのはトルダ温泉街。つまりはルイーズと最初に出会った、ルイーズの経営するホテルのある温泉街である。
戴冠式まで残り6日。今日から明日にかけてはルイーズもホテル業務についての処理があるそうだが、この調子で行けば明明後日くらいには王都へとつけそうである。
(と、思ってたんだけどなあ……)
と、ルイーズのホテルの事務室で弓花はため息をついた。その横ではティアラが一緒に座っていて。そしてティアラの抱えるメフィルスはなにやら気むずかしい顔をしていた。
『ふーむ』
「どうかしましたのお爺さま?」
ティアラがメフィルスの様子に首を傾げながら尋ねる。普段からそれほどしゃべるわけではないのだが、メフィルスの様子が朝からずっとおかしいようだった。
『いや、なんでもない。気にするでないぞ』
そしてメフィルスは孫の問いにそう返した。ティアラもそう言われれば、頷くしかないが、このメフィルスの様子は、昨日にルビーグリフォンの契約を通じてアウディーンととった連絡の内容が原因であった。
(暗殺を計画していた者たちは皆死亡か。かといって暗殺決行がなくなったという保証はない……と)
暗殺の危険性はすでに折り込み済みで、可能性が高いのは王都とルイーズのホテルのあるこのトルダ温泉街にいるときだろうとメフィルスたちは考えていた。弓花も『犬の嗅覚』で常に警戒しているし、ジンライも周囲の気配には特に気を配っている。そこにアウディーンからの報告である。
(まあ、敢えて警戒を緩めるようなことを言うべきではないか)
この状況下では……と、そう考えメフィルスはそのことを口には出さなかった。
もっとも、それはそれとしても、また別の問題も起きていたのである。
それはルイーズホテルにわざわざ訪ねてきた、目の前のトルダ温泉街の冒険者ギルド支部長マイアが持ち込んだものであった。
「なるほど、話は分かったけど、要は軍は出せないのよね?」
ルイーズが額に手を当ててそう尋ねる。ルイーズはマイアとは同じ街の住人として、そしてこの街で商売をしている者として交流があった。出来れば力にはなりたい。しかし、持ち込まれた案件が厄介だ。
「そうなんです。運の悪いことに戴冠式とバッティングしてて、ツヴァーラ軍も数が足りないんですよ。そこで、その、ランクSのジンライ様方のお力でここはひとつ、どうにかならないかと思ったわけでして」
風音と直樹を抜かした白き一団勢ぞろいの前で、マイアは幾分疲れ切った顔でそう答えていた。ここ数日は寝ていないのかもしれない。それだけ必死なのだろう。
ことの発端はここより西の森で発見されたブルートゥザと言われる巨大なザウルス型の魔物にある。それはベヒモスクラスの巨体と強固な盾のような骨格の頭部、そして全長15メートルを超える巨大な体格を持ち、ひとたび暴れれば村のひとつやふたつは通過されるだけで潰されてしまうようなバケモノだと知られている。
それが5頭の群れでこの地に流れてきたとのことである。今はまだ、森の中で狩りをしているが、それがいつこちらに向くか分からないし、残念ながら周辺の街にいるツヴァーラ兵だけでは対処が厳しい。戴冠式で王都に兵力が集中している分、今はどこも手が足りず、現時点では被害がない以上は一旦放置となっているとのことだった。
「現在、近隣の街には王国軍を配置してもらっていますし、冒険者にも同様に依頼をかけていますが、そこまでが精一杯で討伐できる人数は集まらんのです」
そうマイアは口にした。基本的にこの世界は街に常設軍が置かれるのが一般的である。それは冒険者では対処出来ない魔物などにも対応するためではあるが、かといって勝算の薄い戦いに特攻させるわけにもいかない。今回の魔物のランクに合わせて考えると、すでに兵の数の薄い周辺の街から戦力をかき集めて討伐するのは危険過ぎるだろうという結論になっていた。
「対応可能となるのは戴冠式後と言われておりますが、現状ではいつ被害がでるか分かりません」
すでに王都には各国の要人が集まっているし、軍を手薄にすると言う訳にも行かなかった。それに戴冠式までもう一週間とない。その後に数を揃えてから遠征組を用意し討伐に入るという判断も決して間違いではない。
「なるほどね。で、あたしらが来たのを聞いてやってきたわけね」
ルイーズの言葉にマイアが深く頷いた。
「ランクSの冒険者はおひとりで軍隊に匹敵すると聞き及んでいます。ジンライ様のお力があればと思い、それにすがりに来たのです」
そのマイアの視線を受けてジンライが呟く。
「ブルートゥザか。1体ならまだしも、それが5体となると厄介だな」
「爺さん、ブルートゥザってのはそんなに強いのか?」
ハイヴァーンでは聞かない名である。ライルはその存在を知らなかった。
「うむ。ドラゴンではなくザウルス系統と呼ばれる竜でな。ブレスなど吐かぬし空も飛ぶ種類は少ないが、単純にパワーがあって強い。地核竜をより強固にしたような魔物だな。それにブルートゥザはその中でも頭部が盾のようになっていて、あらゆる攻撃を弾くのだ。5体ともなればこの街であろうとも、あっという間にガレキの山と化すだろう」
(確かあの頭部がまんまタワーシールドっぽいトリケラトプスみたいな魔物だったっけ)
弓花はその魔物とゼクシアハーツで戦ったことがあるのを思い出していた。ちなみにアーチは何度も跳ねられて死んでいて勝率はゼロである。
(あれは、確かに厳しいよねえ。単純に力だけじゃなくてプレイヤースキルの問題もあるし)
正面から挑んでも倒せない相手なのでレベルよりもプレイヤースキルを必要とする。なので、ゲーム下手の自分のアーチでは対応しようがなかったな……と弓花は考えていた。
「おい、ユミカ」
とそこでなにかしらの声が聞こえた。
「ユミカ、聞いておるのか?」
「へ、あ、はい。師匠?」
そしてユミカはそれが自分が呼ばれているものだと気付き、顔を上げる。
すると全員が弓花の方を注目していた。
「ええと、何か?」
弓花が目をパチクリしながら尋ねるとジンライが口を開く。
「さすがにブルートゥザ5体となるとワシらだけでは対応できん。カザネがこれるかどうかの確認を取ってくれ」
「ああ、なるほど。そうですね」
ジンライの言うことを理解した弓花はウィンドウを開き、親友にメールを送る準備に入った。『帰還の楔』があれば、こちらまで来ることは出来る。問題なのは風音たちの今の状況であった。
◎ミンシアナ王国 カザネ魔法温泉街 居住区
「オーライ、オーライ。よし、そこストップ」
ザスンっと地面が揺れる。カザネの合図にその巨体が揺れて止まる。
「はーい。座って終了」
そしてそれはゆっくりと座っていく。そしてその足が崩れ、静かに『家』が地面に着いた。
「おとぎ話ですね。こりゃあ」
見ているキンバリーがそう呟いた。
たった今見たことをそのまま言えば、山から家が歩いてきて座った……である。全くもってキンバリーのような剣と魔法の世界の住人にとっても常識の外の話ではあるが、だが風音としてもこうせざるを得ない理由があった。
当たり前の話ではあるが、ゴーレムメーカーは岩や土を媒介として形を作る。そして大量の家を作るとなれば、当然その場の土だけでは足りない。その足りない土をどこから持ってくるかと言えば、少し離れた山の方面からで、運搬は風音のゴーレムメーカーで家に直接足を作って運んできたのである。
おかげでその分の魔力も食うので、作業は遅れていた。とは言っても昨日から作っていてすでに36棟完成している。一階をリビングと厨房、二回を寝室としたシンプルな作りだが、この世界の一般的な家の構造であった。
ちなみに湯を引いた共同浴場も昨日に用意されていて、今はウーミンから来た住人たちが順番に入っているところであった。
「魔力はもうチョイあるね。残り3棟作ったら休むよー」
風音のその言葉に周囲が「おおーっ」と声を上げる。
それは風音の家を設置後にあれこれと家の周りを整えたり、準備を行うための元アウターの作業員たちである。直樹も他に出来ることがないので混じっていて、一番声を張り上げていた。
「そんじゃ、行くかー」
風音は横にいる、繭とタツオを乗せたユッコネエに乗って、家を作るための素材の土のある場所まで行こうとして、
「あれ?」
と、空を見た。そこには周りの人間には見えないがウィンドウが開いていた。
『緊急メール……ですか?』
横で風音のウィンドウだけは何故か見れるタツオがそう口にする。
「弓花からか。なんだろね?」
風音がそう言ってメールウィンドウを開いた。
そして、そこに書かれていたのは、ブルートゥザ討伐依頼の参加の是非の確認だったのである。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:杖『白炎』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧(真)・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・天使の腕輪
レベル:39
体力:155+20
魔力:363+520
筋力:78+45
俊敏力:80+39
持久力:44+20
知力:75
器用さ:53
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』
スキル:『キックの悪魔』『蹴斬波』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv2』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv2』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』
直樹「ハイヴァーンにいた時も、何ヶ月に一度くらいはこういう結構厳しい依頼がギルドに来てたな。まあ俺のランクじゃ受けられなかったけどさ」
風音「大変だね。この世界も」
直樹「他人事みたいに言うけど、ランクSパーティって、受けるかどうかはともかく必ずお呼びはかかると思うよ?」
風音「あー」




