第三百八十話 爆弾をぶつけよう
◎交易都市ウーミン 正門前
早朝のウーミンの街の門を水晶馬二体に引かれた豪奢な白い馬車が通り過ぎていく。その馬車の前にはふた振りの槍を持った男が白い石馬に乗って先導している。
水晶馬や白い石馬も美しいが、引かれている馬車も小柄ながら格調高い姿で、それはまるで絵本の世界から出てきたお姫様の馬車のようだった。
「気をつけてねー」
「しっかりやれよー」
『お気をつけてー』
「にゃー」
そして、その去って行く馬車を見送る人影がふたつと猫影がひとつあった。風音と直樹にユッコネエである。また風音の頭の上にはタツオもいた。
去りゆく馬車の御者席にいたのはライル。中にはティアラ、ルイーズ、弓花、エミリィが乗っていて、ジンライが護衛として先導していたわけである。
「行っちまったな」
姿が見えなくなった馬車を名残惜しむように直樹がそう口にする。
「後二週間くらいは会えないんだよねえ。まあ、弓花とはメールでやりとりも出来るけどね」
『それに叔父上のアーティファクトならば、すぐにでも会いに行けますしね』
「おう、まあな」
そういいながら直樹は腰に下げた操者の魔剣『エクス』を見る。その柄の先にはアーティファクトである『帰還の楔』が取り付けられていた。
その操者の魔剣の柄と『帰還の楔』を繋げているのは、以前に水晶竜の魔剣の柄に付いていたアタッチメントで、風音は元々水晶竜の魔剣に『帰還の楔』を付ける予定であった。
だが先の悪魔との戦いの中で、運用としては操者の魔剣『エクス』に設置する方が実用的なようだったので取り外して、そちらに付け直していた。
「ま、クリスタル風音ちゃん人形がある限り、いつでも転移で駆けつけられるものねえ」
『帰還の楔』は、悪魔などの限られた種族しか使えない転移術が使用できるアーティファクトだ。
長距離移動は移動距離を問わず一日に一度だけ使用可能で、視野内の短距離移動ならば回数に限度はないが魔力が10消費されるアイテムである。現状の直樹では蓄魔器がフルで24回ほど転移可能である。実際には魔剣にも魔力を使用するので実戦ではさらに回数は減るだろうが、連続転移の攻撃は特に初見では防ぐのは難しいだろう。
また、移動指定のポイントは10箇所指定でき、飛ばした魔剣に移動するために昨日に風音からもらった夜王の剣を含めた4つの魔剣に今は転移指定の紋様を刻み込んである。そしてひとつは風音の腕に、さらには今去ったティアラが所持しているクリスタル風音ちゃん人形にも紋様が刻まれている。
「右手に紋様。厨二っぽくて格好いいよね」
『いいですね。私も欲しいです』
風音が右手の甲をフリフリしてタツオに見せている。そこには確かに何かしらの紋様が描かれていた。時折、魔力光で輝くのがなおさら風音の厨二心を刺激する。
これは風音自身に刻んでおけば、直樹に何があってもすぐさま風音のもとに転移することが出来るため、風音から要望されて刻んだものだ。その風音を見ながら直樹は感慨に耽る。
(しかし、タツオとユッコネエがいるとは云え、姉貴と二人きりか)
それを思うと直樹の顔から笑みがこぼれ落ちそうだった。現在、風音たちにはまだウーミンでの対応が残っているのだが、アウディーン戴冠式も残り12日後に迫っていた。そのふたつの状況の解決を迫られた白き一団は、今回ふた組に分かれて行動することになったのであった。
つまりは、居残りの風音・直樹組と、ツヴァーラ行きのティアラ組のふたつである。風音と直樹は水晶化したヒルコの回復とカザネ魔法温泉街の城壁と住居の作成を行い、それが終わり次第『帰還の楔』の転移で弓花たちと合流する予定であった。
戴冠式まで残り12日とはいえゴーレム馬の足ならば、タイムリミットまでには余裕を持って到達できる。ダメでもある程度進んでいれば、合流後にサンダーチャリオットか小型竜船でぶっ飛ばせばどうにかなる距離であるはずだ。
ともあれ、直樹にとっては当面は邪魔者もほとんどいない姉と一緒の生活である。故にその心は躍りまくっていて、スキル『ポーカーフェイス』も役に立たないぐらいににやけていた。よだれとか垂れていた。
その直樹の気持ち悪い笑顔を風音はスルーしながら、今は別のことに顔をしかめていた。その視線の先はウーミンの外の黒い煙の上がっている草原である。
「まーそれにしても」
「あー」
「にゃー」
『臭いです』
率直に言ってここは臭いがキツい。
交易都市ウーミンの正面の先の草原は今もオドイートリーチたちの死骸が散乱し、リンドー王国軍が焼却処分している状況だ。正門前まで見送ることにはしたのだが、まだ長時間居られる場所ではなかったのである。
「じゃ、戻ろっか」
生臭い臭いと焦げた臭いがキツい。馬車も見えなくなったことだしと、風音たちは駆け足ですぐさま街の中に戻っていった。
◎リンドー王国 ミンシアナ方面街道
「あーあ、風音たちの姿が見えなくなってしまいましたわ」
ティアラが名残惜しそうにそう口にした。
現在ティアラたちが乗っているのは、ヒポ丸くんではなく水晶馬のヒッポーくんクリスとクリアが引いている馬車ではあるが、その他の馬車に比べればただ優雅なだけではなく移動速度も当然早いし、乗り心地も悪くない。
その馬車の中でションボリするティアラに弓花が声をかける。
「またすぐ会えるわよ。メールもリクエストがあれば、書いて送っとくし」
本人がメールを使えなくとも、代理で書けば、風音がアオを通じてナーガとやりとりをしているように送ることは可能だ。弓花も風音やゆっこ姉とは頻繁にメールでやりとりをしている。
「そうですわね」
ティアラもその言葉を聞いて、気を取り直したようだった。そのティアラの膝にはクリスタル風音ちゃん人形がお行儀よく座っている。
直樹に紋様を刻まれていて、転移の指定ポイントとなってもいるが、実は以前に風音の壊したベビーコアの欠片をコアとして自律活動も行える微妙に高性能なクリスタルな人形である。出来るのはこうしてティアラの膝の上でお行儀よく座ってるか、床でゴロゴロするかぐらいだが、時々ダンスもしてくれるので癒し効果が期待できた。
「それにしても、この馬車はこの馬車でサンダーチャリオットに負けないくらい良い感じよね」
ルイーズがポンポンと座席を叩きながら言う。
「そうですねぇ。サンダーチャリオットも魔術で気温調整したり、居心地良いようにはしてあったけど、こっちは完全に素材勝ちって感じかな」
弓花がそう口にするが、ルイーズたちが乗っている馬車は直樹がコーラル神殿から持ってきた4人乗りの小型馬車である。
白を基調とした上品な外観だが、不滅シリーズであるために、何をされても壊れないという利点があり、今回のティアラの護送という意味では申し分ないものであった。その上に内部の状態も居心地の良いものであり、相変わらず不滅シリーズ特有の、謎の常に清潔な状態を保つ効果もあるようである。
『防御力が高いというのはありがたいの。以前に馬車ごと爆炎魔術を喰らったことがあってな』
「あのときは死ぬかと思いましたわ」
メフィルスの言葉にティアラがため息をついた。どうやらツヴァーラにいるときに一緒に攻撃をされたことがあるらしかった。ちなみにメフィルスが健在だった頃の話なのでルビーグリフォンの加護で特にダメージはなかったりする。
「まあ、今回は暗殺集団が迫ってるって話だけど、実際にぶつかる可能性ってどんなもんなんだろ?」
続けて弓花が口にするが、現在アウディーンからメフィルス経由でシェルキン派の貴族から暗殺者が雇われたかもしれないという情報が弓花たちに届けられていた。
故にジンライが護衛として周囲を巡回し、弓花もスキル『化生の加護』で『犬の嗅覚』のスキルを発動させて警戒に当たっている。
「難しいわね。暗殺者ってのもピンからキリまでいるし。前にユウコ女王を襲った連中は楽勝に思えたでしょうけど、本来は奇襲するのはあちら側で、その筋のエキスパートだから、実際に狙われる方に回った場合には危険な相手だったわよ」
とはいえ、そもそもゆっこ姉ひとりでどうにかはなったのだとルイーズは見ているし、実際そうだっただろう。
「それに普通の移動手段じゃこの馬車の速度には追いつけないでしょう。だから、どこかの街で張ってると見るべきかしらね」
普通に考えればそれも無茶な話だ。そもそも暗殺など相手の予定を綿密に調べて、計画を練って始末するものだ。いつ、どこから来るかも分からない相手を確実に殺すなど、どだい無理な話である。
「可能性があるとすればあたしたちの縁のある場所。あたしの経営してるトルダのホテルか、オルドロックの風音のコテージ辺りだと思うけど、あたしたちは移動の予定なんてどこにも話してないし、寄るかどうかなんて相手に分かるわけがないから微妙よね」
『ま、ありえるのはツヴァーラの王都近く辺りであろうな。アウディーンめがティアラを認知するまでが連中にとっては勝負の時だろうからの』
油断は出来ないがもっとも警戒すべきなのは王都近く、或いは入ってからということだろうとメフィルスは言う。
「そんなことよりも心配なのは、あっちの方じゃないの?」
ルイーズの視線が過ぎ去ったウーミンの方を見る。
「あー、まあ大丈夫じゃないかなぁ」
その意味を理解する弓花が眉をひそめながらそう口にした。
「若い男女が二人きりよ。若いリビドーが爆発する可能性もないとはいえないわ」
ルイーズの言葉に弓花が眉をひそめる。
「うーん、直樹もさすがにそれはないと思うよ。それにタツオとユッコネエもいるし、今の風音って『猿の剛腕』があるからチンパンジーを襲う方がマシみたいになってるし、そもそも物理的に無理だと思う」
その弓花の言葉にルイーズが「まあ、そっかぁ」と返す。
「襲う? なんの話?」
辛うじて名前が出たことで直樹の話題であることを察知したエミリィが口を挟んだ。
「うーん」
それを見て弓花が唸る。弓花の目の前のエミリィという少女は、未だに直樹が格好いいという幻想を抱いている、サンタさんを信じる子供のような存在である。
それをぶち壊すのはどうかと弓花は考えたが、ルイーズは「カザネもナオキもいないし、いい機会じゃないかしら」と弓花に向かって呟いた。そして御者席にいるライルがコンコンと窓を叩いて「引導を渡してやってくれ」と口にしていた。兄としてもここ最近のエミリィは見るに耐えないものであったらしい。
その様子にエミリィが首を傾げていると、弓花はため息をはいてからエミリィに向かい合った。
「まあ、そうかもね。とりあえず、言っておいた方がいいのかな」
そして状況の読めないエミリィが頭の中で疑問符をいっぱいにしている中、弓花は一言こう告げた。
「あのね。直樹が好きな娘ってね。風音なんだよ」
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:杖『白炎』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧(真)・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・天使の腕輪
レベル:39
体力:155+20
魔力:363+520
筋力:78+45
俊敏力:80+39
持久力:44+20
知力:75
器用さ:53
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』
スキル:『キックの悪魔』『蹴斬波』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv2』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv2』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』
直樹「弓花がいないので今回はふたりでやろうぜ姉貴」
風音「えーーー、気持ち悪い」
直樹「…………」




