第三百四十六話 交換をしよう
「……私?」
風音が自分を指さして、そう口にした。そしてルネイが頷く。
「そうです。アングレー・メッシはゼニス商会のマッカ・トーマックに対して、かなりの好条件で温泉のオーナー権利の譲渡についての商談を持ち掛けてきています」
「好条件?」
風音が首を傾げる。仕草は可愛らしい子供のモノだったが、目はドルマークである。
「破格とまではいきませんが、提示された額は悪くはありません。まあ、ミンシアナとリンドーの境目の保養地ですから、将来的な需要は見込めますからね。アングレー・メッシとしても採算がとれると見込んでのモノでしょうが、一般人のカザネ・ユイハマにとっては悪くない話ではあると思いますよ」
風音は(一般人じゃなくて一応商人でもあるんだけどなー)と思ったが、特に商人としての活動はしていないので口には出さなかった。
「もちろん、ゼニス商会もカザネさんの温泉を使用させてもらうという立場なので、勝手に売買などはしていません。ですが、その商談については当然カザネさんの方で対応していただく必要があるのはお分かりですね」
「まーそりゃあね」
風音としては正直温泉の源泉の所有権等といっても、実のところそれがどういう付加価値を持つものなのかをよく分かってはいない。だが、それでも持ち主である以上は風音が対応せねばならぬ話ということまでは理解している。
「で、その商談は受けない方がいいの?」
風音のその問いにはゆっこ姉が首を横に振る。
「アンタが持っている方が私としては良いけど、それは風音の権利だものね。好きにして頂戴。このミンシアナ領内ならば、最悪、どっちに所有権があろうと没収して国有にだって出来るからどうでも良いわ」
さらっと酷いことを言う女王様である。
「ぐっ、権力の権化め」
「何とでも言いなさい。力こそが正義よ。そして権力はこの世でもっとも確実な力よ」
風音の非難の声にもゆっこ姉は動じない。長年の女王生活によりゆっこ姉のツラの皮はもはや分厚い鉄板のようになっているのだ。
「楽しそうですね」
「仲がお宜しいようで」
しかし、ルネイの皮肉とアンネの微笑ましげな表情には風音とゆっこ姉も勝てず「ぐぬぬ」と唸った。なので何事もなかったかのように話題を戻すことにした。
「ともかく、問題なのはアングレー・メッシの背後関係なのよ!」
「ブラックポーションを出したってことは、その関連なんだよね」
風音の視線はテーブルの上に置かれているブラックポーションの瓶に向けられる。
「ブラックポーションに魔法温泉で、まあ、理由は大体想像が付くんだけどさ」
風音のその言葉に、ゆっこ姉とルネイの目が細まる。そしてそのカザネの言葉にここまで黙っていたガルアが口を開いた。
「その理由、私から説明させていただいても宜しいでしょうか?」
「ん、うん。こっちもルイーズさんから半端に聞いているだけだしお願いするよ」
風音の言葉にガルアが頷く。
「それでは、ここにいる皆様は知っておられる方もお出でのことでしょうが、一応説明させていただきます」
そして一歩前に出たガルアがブラックポーションを手に取った。
「現在、各地で広まっているこのブラックポーションの原料となっているもの。それは悪魔か、悪魔に準じるアストラル体そのものだろうということが現在までに判明しております」
悪魔に準じるアストラル体、それはブラックポーションによって廃人となった人間だろうと推測されている。
「もっとも原料とは言ってもそれは原液の部分ですね。実際に出回っているモノはその原料を希釈しているようでして」
そこまで把握できているという事は、ブラックポーションに頼る連中がそれなりに増えているということなのだろう。冒険者とは力なくしては成り立たない。リスクがあろうとも成り上がりたければ力を得るしかないのも事実ではある。
「そして希釈用の液体となっているのは、魔力を多量に含んだ液体だと思われます。つまりは魔力回復効果のあるカザネ魔法温泉のお湯なども該当できるということですね」
「それはブラックポーションにカザネ魔法温泉のお湯が使われているってこと?」
風音の言葉にはガロアは首を振る。
「いえ、カザネ魔法温泉の発見時期とブラックポーションの発見次期から考えてもそれはないでしょう。念のため、近辺の捜査もしましたが確認した限りでもあの水を第三者が持ち運んでいる形跡はありませんでした。恐らくはソルダードにも同様の温泉か、水が湧き出る場所があるのでしょう」
ソルダードにも魔法温泉あり。風音は心のメモ帳にそう記入した。
「今はこっちもルートをプチプチ潰していっている途中でね。あ、風音たちのおかげでルートのひとつが潰れたのだったわね。感謝しないとね」
「えへへへへ」
風音は照れた。
「まあ、竜船の件で竜船管理局からは質問責めだけどね。あれはあれで、あったま痛い部分もあるんだけど」
「えへへへへ」
風音の笑いがさーせんって感じのモノに変わった。
いかに上から脅しをかけられようと、自ら竜船を操作するという風音たちの行動は、自動で動いている竜船を利用している竜船管理局の存在の根底を揺るがすものであったのだ。
そしてその件はゆっこ姉の指示で、今は厳重に情報封鎖が行われている。国の軍事バランスを傾けかねないために、最低でもハイヴァーンとの情報の共有と対応に付いての方針が決まってからでなければ動くことは出来ないとゆっこ姉は考えていた。問題なのは使用条件が風音個人のスキルやアーティファクトではなく、古イシュタリア文明のセキュリティキーがあれば誰でも扱えるということにもあった。
また現時点においてはギルドマスターであるルネイは竜船の件については詳細は知らされてはいなかった。そういうこともあってふたりの会話をルネイは興味深そうに聞き耳を立てていた。
「現状でブラックポーションを作っている連中が手を広げるとすればブラックポーションの材料となり得る水を求めている可能性がある。アングレー・メッシが悪魔、或いは悪魔に憑かれたか、信奉者なのか、その確認をとって欲しいのよ。それが今回の依頼なわけね」
そしてゆっこ姉は風音への依頼をそう纏めた。それにルネイが補足を入れる。
「彼はその立場もあって普段は護衛に囲まれてただの冒険者では近付くことも出来ません。ですが、実際に取引を行うあなたならば間違いなく会うことが出来るでしょう」
「んー」
二人の言葉に風音は唸った。ここまでのゆっこ姉とルネイの話は風音にも理解できるものではあったが、ただひとつ気になる点があったのだ。
「そこまでは分かったけどさ。それにしてもこのアングレーさんって、悪魔とつながってるっていう証拠でもあるの?」
風音は依頼書を見ながらそう尋ねる。確かに可能性はあるのだろうが、疑う理由には弱いと感じたのだ。それに対してはゆっこ姉は微妙な顔で「あるわ」と答えた。
「そのアングレー・メッシは現在のソルダードの王バローム・ソルダードが王位を簒奪した際に後ろ盾のひとりだったっていう噂があるのよ」
現ソルダード国王、バローム・ソルダード。王位を簒奪し、今なお逆らう王族や貴族たちを虐殺し続けていると聞く男である。ソルダードの王都の広間は前王をはじめとする王侯貴族たちの首の博覧会になっているとは、よく聞く噂だった。そして問題のブラックポーションの出元もソルダード王国。それもバロームが即位して直ぐのことである。故にブラックポーションを裏で広めているのもこの男ではないかとゆっこ姉は睨んでいた。
そして、それはすなわちバロームもまた悪魔と繋がりを持つ、或いは悪魔自身かも知れないということでもあった。
◎王城デルグーラ 通路
「面倒なことになったな」
「まったくだねえ」
ジンライの言葉に風音も苦笑いで返す。アングレー・メッシという男はリンドー王国の大商会のトップである。一介の冒険者で調べるには限度があり、確かに商談を受ける風音が適任と言われればそうなのだ。風音には悪魔をかぎ分ける『犬の嗅覚』だってあるのだから尚更だろう。
なので面倒だからといって拒絶するわけにもいかない。自分が発見したものを使って誰かが廃人になろうとするのであれば許せることでもないだろう。
「けど、報酬も魅力的だしねえ」
「ふむ、まあな」
そう風音とジンライがグフフフと笑う。
ゆっこ姉は今回の報酬として、ダンジョンのコア『心臓球』の幼体である『ベビーコア』を提示してきたのである。それは以前に風音が自らの手で破壊してしまい、口惜しい思いをしたレアアイテムであった。破格ともいえるその報酬は、風音が悪魔を倒した事への謝礼でもあるとはゆっこ姉からの言葉である。
調査依頼そのものは多少なりとて情報が入れば一応の成功になるので、もらえるのはほぼ確実。最悪、禿げてるかどうか確認しただけでもくれてやるとの話であった。
そしてジンライも満足げなのは、ダンジョンコアはヒポ丸くんに設置予定となっているからだ。さらなる速度上昇が見込まれる。
「ま、まずは会ってみないと何とも言えないね。戴冠式まで後三週間しかないし、とりあえず早めに動かないとギリギリっぽい」
風音のその言葉にはジンライも頷く。ここに来るまでには寄り道も多く、風音たちは予想していたよりも時間をとっていた。本来であれば、今頃はコンラッドの街を越えてゆったりとカザネ魔法温泉に入り、その後はオルドロックの洞窟のカザネ双竜温泉、ルイーズの経営しているトルダ温泉に順に浸かりまくる温泉旅行を行う筈だったのだが、そんなにノンビリは出来ないかもしれないと風音は思った。
そして現在、風音たちはゆっこ姉との会談も終了し、中庭に向かっていた。そこに直樹とゆっこ姉の影武者であるイリアがいるはずだった。
「ああ、少々お待ちください」
だがその風音たちに後ろから声がかかる。
「うん? ガルアさん、どったの?」
その声の主はガルア・バロアであった。ブラックポーションについての説明役として賓客室にいた彼は、その手に白い筒を持って風音たちに対して小走りで近付いてきた。
「あの、これをお渡ししようと思いまして」
少し息を荒くしながら、ガルアはそう言って風音に、白い筒を手渡した。それは少し長くなって形の洗練された白蓄魔器2本であった。
「これは?」
「改良した白蓄魔器です。以前のモノに比べても魔力の蓄積量が上がっています」
「これを私に?」
「はい。それでですね。その、出来れば現在使用している蓄魔器と交換していただければと思いまして」
その言葉に風音は首を傾げる。
「うん。それはいいけど、なんで?」
風音としてはより良い装備がもらえるのならばそれで良いのだが、理由については気になった。
「実戦に長期間使用された蓄魔器の状態を調べておきたいのです。貴重なデータとなりますし、耐久性などの確認も出来ます」
「なるほど。両方とも渡せば良いの?」
「いえ、以前にアガト工房長が渡した白蓄魔器ではない方だけをいただければ。ああ、ありがとうございます」
風音はその場で腰に下げた白くない蓄魔器の方を取り外してガロアに渡し、そして新しい白蓄魔器(改)を二本受け取った。
蓄魔器は、装備してこそ効果が出るもので、装備から外すと接続が切れて補充した魔力が抜けてしまうため、複数に魔力を込めてどこかに保存しておくという事は出来ない。そして持ちすぎは戦闘の邪魔になることも考えると使用できるのは二本程度だと風音は判断している。ゆっこ姉のように魔術メインならばそうでもないだろうが。
となると風音の手持ちは一本余る。
(うーん、この一本は直樹に使わせようかな)
そして、風音は現在装備している白蓄魔器は直樹に譲ろうと考えた。いよいよ弟最強計画の骨子となるものが手に入ろうという時期である。直樹の魔力量増量はその布石となるものだった。
なお、白蓄魔器(改)は、以前に比べて装飾に凝った出来映えで、一本で魔力量+100と大きく蓄積量を増していた。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者
装備:杖『白炎』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧(真)・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・天使の腕輪
レベル:38
体力:152+20
魔力:340+520
筋力:72+45
俊敏力:78+39
持久力:43+20
知力:75
器用さ:51
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv2』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv2』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』
風音「これでメガビームを2発撃っても若干余裕がある!」
弓花「ロクテンくん阿修羅王モードでの全力も20分はいけそうね」
ゆっこ姉「ちなみに私はその蓄魔器と同じものを常時10本持ち歩いているわよ」
風音「いくら前衛じゃないからって、持ちすぎだよゆっこ姉」
弓花「まあ、後衛職でもレベル96のステータスならそれほど苦でもないのか」
ゆっこ姉「体を動かしてたらジャラジャラして邪魔にはなるけどね」
風音「しかし、そんだけあれば、今のゆっこ姉ならこのシュバインぐらいなら火の海に出来そうな……」




