第三百三十五話 街に戻ろう
「イッポーン!!」
風音の叫びと共に、第六天魔王の大太刀がアラクネワイヤードを真っ二つに切り裂いた。
すでにロクテンくん阿修羅王モードの猛攻に満身創痍であったアラクネワイヤードは、その攻撃を避けることが出来ず、刀の直撃であの世へ旅立つこととなったのだった。
そして風音は『ワイヤーカッター』というスキルを手に入れたのを確認する。
「む、魔力ヤバイかもッ!?」
そして魔力値が残り33しかないことを一緒に開いたウィンドウのステータスから確認する。過去にも何度か経験したことだが魔力がゼロになると疲労感がドッと来て戦闘継続が難しくなる。なので風音は「よーし、離脱!」と口にしながら、すぐさまロクテンくんからの脱出を開始した。
そして風音の意志に応じて、肉体拘束の術式が解かれ、風音の手足の感覚が戻ってくる。ロクテンくんとの接続も解かれたことで魔力の消費もなくなり、そのまま胸部ハッチが開いて風音は外に飛び出したのであった。
「ふへーー」
風音が地面に足を着けて息を大きくはいている後ろで、ロクテンくんの形態が変わっていく。
覇王の仮面がバイザーによって隠され、紅色の髪は消え、頭部の角、4本の腕や紅蓮のマントが収納されてゆき、全身の色も黄金から漆黒へと戻って行く。マッスルクレイも稼働率を落としたことでしぼんでいったので、その姿も若干縮まっていた。
そうして第六天魔王モードと呼ばれる姿になったロクテンくんはもはや、さきほどの阿修羅王モードとはまったく印象の違う形になっていた。
「さてと、どんな様子かな」
見る限りは完全にこちらが優勢。囚われていた冒険者たちもすでにいないようである。
それを確認しながら風音は素早くチャットウィンドウを広げると、直樹から「成功!」と書き込みされていたのを目にする。やはり上手くいったようだった。
(後は、残りを殲滅するだけか)
しかし、そう考えた風音の視線に、無数の巨大蜘蛛が迫ってくる光景が飛び込んでくる。その魔物はマドネススパイダーというマッドスパイダーの上位種であり、アラクネワイヤードの親衛隊のような存在だった。それがアラクネワイヤードが倒されたことで怒りが恐怖に勝り、風音に向かってきているのだろう。
「まあ、守るべきボスが倒されたんなら今更だと思うけどね」
風音はそう口にすると、マドネススパイダーから放たれた蜘蛛の糸攻撃を『イージスシールド』で防ぐと、左手の薬指にはめられた虹竜の指輪を突きつける。
「旦那様ーービーム!!」
そして風音の左手の前に水晶の角が出現し、クリスタルドラゴン最大の技である『セブンスレイ』が放たれた。その突然の強力な光撃にマドネススパイダーは為すすべもなく倒される。しかし、さすがに上位種だけはあったのだ。その攻撃ですべてを倒せたわけではなかった。空中に逃げた個体が三体も存在しており、それは風音に向かって突進して、
「にゃおーーーん!!」
マドネススパイダーの背後から飛びかかったジンライとユッコネエによって一気に駆逐された。
そして風音の前にトンッとユッコネエが降り立つ。
「油断大敵だな」
「まったくだね」
ジンライと風音が笑い合う。助かったと言うよりも獲物を奪われたという感じの風音と、それを理解しながらそう口にしたジンライの言葉が、互いにツボだったのだろう。
「ユッコネエもあんがと」
「にゃーー」
風音の言葉にユッコネエが嬉しそうに鳴いた。
「それで、予定通り、殲滅でよいのだな?」
「倒さないと森の中の巣も消えないしね。放っておけば確実に人に害をなす連中なんだから遠慮なんてしないよ」
ジンライもその風音の言葉に頷く。魔物相手だ。情けなど掛けるつもりもない。そして戦いは、逃げまどう蜘蛛たちを一方的に狩る展開へと移ることとなる。
その掃討戦は主に、狂い鬼率いるダークオーガ軍団が活躍を見せていた。
何しろ、自分たちを追いやった憎むべき連中である。竜鱗の胸当てなどを取り込むことで得た黒岩竜の因子によりパワーアップしたダークオーガたちは力の限り暴れ回り、蜘蛛たちを叩き潰し続けていったのだった。
そうして戦いはその後も昼を越えた辺りまで続いた。這々の体で逃げ出したマッドスパイダーもいたが、その多くは狩られ、つぶされ、燃やされて死んでいった。黒い石の森に存在していたマッドスパイダーたちはもはや壊滅したといっても良いだろう。
なお今回の戦闘で回収したマッドスパイダーの素材は300体分以上となりそうだった。回収不能な個体を含めれば討伐数は400〜500は超えているだろう。これに前日までの討伐数もプラスすれば6〜700体は倒したことになる。
ちなみに風音はこの戦闘でレベルが38に上昇したがマドネススパイダーからのスキル取得はなかったようである。これはマドネススパイダーはマッドスパイダーの上位互換なのでスキルが被っていたのだろうと思われた。
そして、すべてを終えた風音たちは、素材回収班をその場に残して前日に夜を越した森の中の開けた場所に戻ったのである。そこで風音コテージを用意してから、助けた冒険者たちを4階の大部屋に運び出して介護に当てることにしたのだ。
その頃には救出した冒険者たちも、バンブーキノコの効力により一時的にみなぎっていた活力が消えて毒に侵されて衰弱していた姿に戻っていた。その冒険者たちに対してはルイーズが毒抜きを行い、その日はゆっくりと休ませて養生させることにしたのである。
なおコテージには、階層が増えたために風音も移動や荷物用のエレベータを設置しており、冒険者たちもそれで4階まで運ばれていた。風音コテージは日々進化しているのだ。
だが、そもそも倉庫・大浴場・屋上付き4階建ての建物をコテージといって良いのだろうか。謎である。
そして一日が経過した。
◎黒い石の森 中央付近 風音コテージ内 朝
「なるほど。あの金色の魔王……様は、私たちを助けるためにお力を貸してくれた……というわけですね」
「うん。まあ、あのまま闇の森の方に飛んでいっちゃったけどね。人助けが趣味みたいな人だから。ほら、悪い人じゃあないんだよ」
巨大蜘蛛退治を終えた翌日ともなると、救出した冒険者たちも自分たちで立ち上がれるほどには回復していた。
そして仲間たちを失ったことを嘆く者、助かったことを喜ぶ者、呆然としている者等、各人それぞれの感情があったが、風音たちが朝食を用意し、全員で落ち着いて食事を取った後にあったのは、救出への感謝と、そして昨日の戦いの状況確認であった。
特に、彼らが気になったのは、あの漆黒の翼を保つ六本腕の黄金の魔王のことである。
「3メートルは超える姿……恐ろしかったが優美でした」
救出した冒険者の一人がそう口にする。
彼らは口々に昨日見た魔王を恐れ敬いながらも熱心に褒め称えた。
これも『魔王の威圧』の効果ではあると言えるが、簡単に言ってしまえば雨の中で捨てられた子犬をヤンキーが拾った光景を見て「この人、優しい」とキュンッとなってしまう例の心理現象を増幅しただけとも言える。特に救われたのは自分の命なのでなおさらであった。
そして今回風音が魔王アスラ・カザネリアンを出したのは、混戦となって冒険者たちに危険が及ぶ前にボスを叩きたかったこととは別に、もうひとつの事情があった。
今後のことを思えば、風音も自分が魔王だとバレた後の対応も用意しておかなければならないだろうと考えていたのである。
唐突に風音が魔王であることが知られれば、例えば危険視されて狙われたりするかもしれない。これ以上恐れられて街の出入り禁止にでもなるかもしれない。場合や場所によっては国外追放もあるだろう。そうならないための施策として考えられたのが『魔王・正義の味方』計画であった。
それは今回のような事態が起きたときに魔王の姿で活動することにより、魔王アスラ・カザネリアンは人々のために動いているということを印象付けようという計画である。
風音はリザレクトの街での弓花のように思いつきで行動しているわけではない。風音はゆっこ姉というこの国の権力者とコネがある。ツヴァーラとハイヴァーンにもまた然りである。それを利用しない手はない。
情報操作を行い、魔王アスラ・カザネリアンを良い魔王として噂を広めるのだと風音は張り切っていた。情報を制するものが時代を制するのである。まあ、ここから先はゆっこ姉に丸投げであるのだが。
そんな青写真を夢想しながら風音が魔王アスラ・カザネリアンのあることないことを吹いて好印象を持たせた後は、いよいよシジリの街への帰還である。ちゃんとした場所で治療を受けさせる必要もある。まだ動けない者は馬車の中に、ほかの者はヒッポーくんに乗って街へと戻ることとなった。
そして、その日の夕方にはシジリの街へとたどり着き、ようやくのクエスト完了となったのだった。
なお、今回の討伐報酬はマッドスパイダー513体分。それに応じた毒牙、毒爪、毒袋も換金素材として出された冒険者ギルド事務所からは、絶叫が響きわたった。
事態を重くみたギルド職員はすぐさま魔法具の連絡掲示板を用いて、周辺の街のギルドに応援と事態の報告の連絡などを行った後、その日は徹夜作業となったのであった。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・ドラグホーントンファー×2・竜喰らいし鬼軍の鎧・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪・天使の腕輪
レベル:38
体力:152+20
魔力:340+440
筋力:72+40
俊敏力:78+34
持久力:43+20
知力:75-5
器用さ:51
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感:Lv2』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv2』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』
風音「クエスト終了ーーー!」
弓花「おかしいなあ。今回普通にクエスト受けて普通に終わらせられると思ってたんだけど?」
風音「久々にまともに戦った感はあるんだけどねえ」




