第三百二十五話 悩みを話そう
悪魔との戦闘後、ゆっこ姉からようやくの返信が返ってきた。
この廃都に着いてヨハンと会った後にすぐにメールを送ったのだが、ヨハンのハイヴァーン行きの件は、ゆっこ姉だけの判断で決めるわけにもいかず、国としての対応を決めるのに苦慮していたとのことだった。
国が保護しているランクS相当の人材を手放すのも問題だが、ミンシアナの神であるミュールの神託を受けて、廃都を復活させようと言う動きがあるらしい。なので街を浄化したヨハンを他国に渡すのを良しと出来ないという神殿側の事情もそこにはあるようである。
ゆっこ姉のメールには、そうした事情を考慮し、とりあえずはヨハンはミンシアナのランクS冒険者となり依頼を受けることは許可を出し、依頼完了後には再びこの街に戻ってくるということで話は進められそうだとのことであった。
ヨハン自身の意志が反映されておらぬようではあるが、ゆっこ姉曰く、後ほど調整するとのことで、ヨハンもそれに了承した。
◎ムルアージの廃都 中央公園跡 早朝
「うっりゃぁああ!!」
ライルが勢いを付けて走り出す。対峙するは骸骨の集合体ホーリースカルレギオンである。3メートルはあるホーリースカルレギオンの振るうバルディッシュの一撃をライルは避け、懐に入って槍で突こうとする。
『ギッシャアアアアア!!!!』
「ちっ!?」
しかし、ホーリースカルレギオンの内側から、別のスケルトンが飛び出してくる。このホーリースカルレギオンの内部にはもう一体のスケルトンが潜んでいる。それは体内を潜り、どこからでも飛び出てくることが出来るようにヨハンは仕込みを入れていた。叫び声はサービスとのことである。
「あーもう、やり辛れえッ」
ライルはホーリースカルレギオンの中から出てきた子スケルトンの双剣の攻撃を槍を短く持ち替えて防ぐと、頭上に振り下ろされたホーリースカルレギオンのバルディッシュを、反響の盾章の力『エコーシールド』を発動させることで弾き、そのままバックステップで下がる。
「ナオキッ!」
「任せろっ!!」
そしてライルと入れ替わるように直樹が飛び出していく。両手に持った竜炎の魔剣『牙炎』と水晶竜の魔剣『虹角』からは魔法の刃が形成されており、その勢いであれば、ホーリースカルレギオンのバルディッシュとも十分にやりあえる筈だった。
「ナオキ、上だッ」
しかし、ライルは見た。直樹に向かって飛んでくる巨大な影を。
直樹がホーリースカルレギオンと相対しているウチに雷神槍をぶつけようと考えたライルの目論見は、その天から落ちてくる物体の横やりによって露と消える。
「速いッ!?」
直樹がライルの言葉に気付き離れるが、しかし少し遅い。ドォオンッと土塊がめくれ、それに直樹が巻き込まれて、転がってゆく。
そして降り立ったのは黒炎甲冑のストーンミノタウロスである。しかもそれは構成素材がマッスルクレイで出来ている強化型。防御を黒炎甲冑に依存し、マッスルクレイを生かしたソレの機動力は見ての通りである。大ジャンプによって一気に直樹の手前まで飛んできたのだ。
「マジかよっ!?」
「ごめん、兄さん。抜けられたッ!」
ライルの叫びに、少し離れたところから、エミリィの声が届く。その声の近くでは今はロクテンくんと戦っている炎の有翼天使とライトニングスフィアもいる。タツヨシくんノーマルも痛ましく転がってる。相変わらずの転がり度である。
(ああ、もう。やっぱり無茶だよなあ)
妹が謝罪するが、これはもう抜けられても仕方ないとライルは考える。今朝はルイーズも参戦しているが、だからといって、ロクテンくん、黒マッスルミノスにホーリースカルレギオンの3体相手の戦闘というのはやはり無茶だったのだろうと。
いや、これまでならば、まだどうにかなっていたかもしれない。しかし、風音のゴーレムメーカーがLv4になったことで付与された力がそれを打ち崩した。
ともあれ、ライルは転げている直樹を救うべく走り出す。後方から雷神槍などとも言ってもいられずライルも再び前へと進み、ホーリースカルレギオンと黒マッスルミノスと対峙することとなった。
「あちゃー、あっちに行っちゃったわね」
「やられました。まさかあそこで魔術を反射されるとは……」
ルイーズの言葉にティアラが悔しそうにそう口にする。二人が何をされたかと言えば黒マッスルミノスの放ったスペル『ミラーシールド』に攻撃を防がれたのである。炎の有翼天使もライトニングスフィアも魔力体であるために、ミラーシールドの護りは抜けられない。
「ともかくこっちはロクテンくんを倒さないと!」
その二人にエミリィが矢を構えながら叱咤する。
「でないと、後ろから罵声が飛ぶから……」
エミリィの言葉に、ルイーズとティアラが「ああ……」と声を上げた。
背後から「ブサイクどもーーーー、ライルくんの手を煩わせてんじゃないわよーー」と声が響いた。今日のギャラリーは最悪であった。
「ブサイクどもーーーー、ライルくんの手を煩わせてんじゃないわよーー」
そう力の限りマーゴは叫んでいた。せっかくのライルの活躍の場が、ゴミどもの失態によって潰されたのである。今すぐにでも自分も参戦したいが、それは禁止されている。模擬試合なので。
「も、もう。なんなのかしらね、あのゴミどもは。ああ、ライルくんが転げてる。お尻がプリンプリンってしてるわねえ。ナオキくんは隙が少ないわ。ビリって服が破れてポロンするサービスシーンはないのかしら」
あるわけがない。なにをポロンするというのだろうか。そんな外野のヤジとは離れた場所では完全狼化した弓花とジンライが戦っていて、その近くでは風音がタツヨシくんドラグーンを使っての実験中であった。
「ふーむ。やっぱり細かい設定は難しいねえ」
離れたところでは激戦が繰り広げられているが、これが毎度の訓練内容であった。なので風音としても自分のやるべきことをやろうと集中していた。
風音が行っているのは、竜船修理によりレベルが4になった『ゴーレムメーカー』の新たに追加された能力の調整である。
その能力とはゴーレムに対してスペルをひとつ付与するというものであった。それにより黒マッスルミノスは『ミラーシールド』を覚え、さきほどの戦闘でも活用していた。
そして今、タツヨシくんドラグーンに覚えさせているのは風音がスペル『ファイア』を覚えてすぐさま造り出した『ファイア・ヴォーテックス』である。
最近は風音自身の物理戦闘力が高いこともあり、魔術に頼る戦法をとってはいないのだが、『ファイア・ヴォーテックス』が非常に強力な魔術であるのは変わらない。ドラグーンも接近戦で敵の攻撃を受け止める盾役が多いので至近距離でブチかませたらどうだろうと思って付与させているのだ。
使用後のクールタイムが存在するために連射は出来ないが、同じようにヒポ丸くんやヒッポーくんにもファイア・ヴォーテックスを付与してあるので纏めて撃てば高い威力を発揮するだろう。ちなみに量産型タツヨシくんはミラーシールドを付与済み、量産型は基本的にはヒポ丸くんにくっついているのでいざというときの保険でもある。
「ゴーレムに魔術付与ですか。便利なものですね」
その横では朝の訓練に一緒に付いてきたヨハンが風音の作業を見ている。当初の予定通りに、すでに風音はヨハンとパーティ登録済みなので、ヨハンも風音のウィンドウを見ることが出来るようになっていた。
「けど、一定量の大きさがないと付与できないし、一体に付き一スペルだと選択が難しいねえ」
そう風音はヨハンに返す。加えて風音がここまでにあまり魔術を覚えることに執着してなかったこともあり、覚えたスペルの数も多くない。なので(補助系のスペルを覚えて付与させたいなあ)とも思っていた。
「そういえば、ヨハンさんの浄化が強力だってのは聞いたけど、スキルって『死霊の繰り手』だったよね?」
「そうですが、今はそれだけではないですね。風音さんたちと別れた後に、まずは領主の館から浄化をしていったのですが、気が付いたらスキルに『メメントモリ』というものが追加されましてね」
そう言ってウィンドウを開いて風音に見せる。
「ああ、本当だ。鎮魂効果の範囲・効力の強化って書いてあるね。その横に『浄眼』ってスキルもあるけど」
「魔眼の一種ですね。僕に眼はないんですけど。死霊や怨念などを含めた魔力の流れを読みとれるので、効率的な浄化が可能になったんですよ」
どうやらスキル『死霊の繰り手』は鎮魂的な方向への成長がなされているらしい。
(餅は餅屋っていうことかなあ)
死霊王とは、つまりは死者の気持ちを知り、死者を鎮めることも出来るのだと、まあそんな感じかなあ……と風音が考えているとヨハンがため息を付いていた。
「あれ、なんか憂鬱そう?」
それは風音たちが来てから時折見る姿だった。特にランクSとしてハイヴァーン行きが決まってからは目立つようになっていた。
「はぁ。まあ、そうですね」
ヨハン自嘲気味に笑う。
「いざ外に出ると思うと、この身体のことがやっぱり気になってきまして」
その身はすでに白骨である。確かに人前に出るのは勇気のいることだろう。本人も自分はそこまで気にしてはいないとは思っていたのかもしれないが、しかし街を離れることに現実として直面することで憂鬱な気分になっているようだった。
「とりあえずここに籠もってれば問題はなかったんですがね。けど僕もこれからは現実と向き合わないといけないんでしょうね」
そうヨハンは言う。
風音としては、それにはどう答えるべきなのか分からない。ヨハンの肉体は骨を残してもうない。すでに腐り果て、とうに別の何かに変わっている。そして身体を戻すすべを風音は知らない。
(でも、ヨハンさんは姿を気にしてるんだよねえ。見た目だけでもどうにか出来れば少しは気が晴れる……のかなあ)
そう風音は考える。悪魔たちとは、風音も巻き込まれた立場とはいえ、因縁浅からぬ関係になっている。その舞台に駆り出されるヨハンに対して自分は何が出来るのか……そう考えたときに風音は一つのことが閃いた。
「……風音さん?」
そしてヨハンは急に立ち上がった風音を訝しげに見るが風音は気にせず、ヨハンを、ヨハンの身体全体を見る。
(量的にも、まあいけるかな)
風音はヨハンの大きさから必要な量を確保できていることを把握し、口を開いた。
「その姿だけなら、どうにかできるかもしれないけど。試してみる?」
そして風音はそう口にしたのだった。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・ドラグホーントンファー×2・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜喰らいし鬼王の脚甲・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪・天使の腕輪
レベル:36
体力:145
魔力:304+420
筋力:67+20
俊敏力:71+14
持久力:38
知力:72
器用さ:47
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv4』『イージスシールド』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』
風音「悪魔関係もようやく一区切りかなあ。もう少しでマトモな冒険者業に戻れるかも」
弓花「落ち着いた生活が懐かしい……」




