第二百七十三話 穴に入ろう
「おいおい、マジかよ」
ライルが思わずそう口にしたが、それはこの場にいる誰しもが同じ感想だった。それは本当に突然湧いて出たのである。
ことのキッカケはダウジングであった。風音が予定通りにアーティファクト『無限の鍵』を用いたダウジングで魔生石を探した結果、その反応は最初にモーフィアが疑っていた通りに地下を示していた。
地面を掘り出すのは基本的に労力のいる作業だが、風音にとっては大した手間にはならない。すぐさまゴーレムメーカーで反応のある地下に向かって穴を作り、魔生石まで一気に潜ろうとしたのだ。中からワシャワシャワシャと凄まじい数のミリタリーアントが出てくるまでは。
そして風音が「ギャーーーー」と叫んだ。
「風音? 風音!? ああ、白目むいちゃってるぅ!?」
弓花が突然の状況にショック状態の風音を支えて後ろへ下がるが、風音はもはやグロッキー状態だ。
風音は虫だけならば問題ではないが、ウジャウジャしてるのは駄目なのだ。昔に縁側でアイスクリームを手に持ったまま寝てしまい、目覚めたときにはその右腕が漆黒に染まっていた忌まわしき記憶が呼び覚まされてしまうのだ。
どれだけ時が過ぎ、その記憶を彼方に押し込めようとしても過去はいつまでも風音を追いかけ責め立てるのだ。それはかつて「水責めー」と言いながら彼らの巣を水没させたことに対する怨念なのかもしれない。
「もう、しょうがないわね。あたしのサンダーストームとナオキの魔剣、それにタツオくんのビームで蹴散らすわよ!」
「了解。姉貴の尻拭いは俺がやる。ん、尻拭いを俺がやるのか。まあ仕方ないな。姉貴の尻を拭ってやるさ」
『くぅ、母上の仇。お任せください』
直樹は平常運転だった。そしてタツオの中では風音は亡き者となっているようだった。
ルイーズがサンダーストームをミリタリーアントの大群に放ち、続けて直樹の竜炎の魔剣から発生させたブレス攻撃とタツオのビームも連続で発射される。
範囲攻撃、貫通攻撃というと白き一団にはレパートリーが少ない。まずはこの三人で出頭を押さえ、こぼれたモノを他の仲間が攻撃するように動き出す。
「むう、ワシの雷神砲の出番のようだな」
『地下があるのだぞ。崩落するわ。たわけが』
考え込む振りをして撃ちたいだけのジンライをメフィルスが止める。
ともあれ、ミリタリーアントは次々と出てくるし、ルイーズたちの魔力も無限ではない。ティアラのフレイムナイツやタツヨシくんドラグーンとノーマルなども併せて囲み、人海戦術でアリたちを駆逐していった。
そして小一時間ほど倒し続けてることでようやくミリタリーアントが穴から出てこなくなったのである。
「よ、ようやく収まりましたの?」
ティアラが疲れてその場で崩れ落ちる。ちなみにティアラは召喚騎士を精力的に操ってはいたが本人は当然後衛にいた。後ろで弓花から預かった風音をあやしながら召喚騎士を操っていた。そして風音はティアラの胸の谷間に納まっていた。その谷間にはお母さんのような安心感があるようである。
また「終わった? 終わったの?」と涙目の風音は見た目の年齢からさらに精神年齢が下がっているようだった。
その頭を撫でながら、ティアラはしばらく穴の様子を見ていたが、しかし何も出てくる様子はなかった。なのでティアラが「もう大丈夫ですわ」と優しく風音に言うと、ようやく風音も落ち着いたようで、ティアラの胸から離れて、ふらふらと穴の方へと向かっていく。
「大丈夫か?」
「はははは、なんのことやら」
ジンライの問いかけに風音はまだ涙目のまま、返事を返す。
「さてと落ち着いてきたところで、さっさと始末するよー」
そういって強がる風音だが、頭の中は何が何でもこの穴をどうにかすることでいっぱいだった。存在そのものをなかったことにしたかった。だが埋めたとしても地面の中でウジャウジャしていると思うと我慢がならないのである。防虫剤的な何かを巣全体にぶちかましたかったが、だがそうしたスキルはない。なので別のスキルで代用することにした。
「スキル・竜体化」
風音のスキル発動で現れる青いドラゴン。タツオが『母上が地獄の底から蘇りました』と口にしていたが風音は死んでいない。そしてタツオの中では風音は地獄行きのようである。
そして青竜風音は喉袋に竜気を思いっきりため込んでソレを変異させ、そのまま穴に向かって首を入れてクリスタルブレスを噴き出したのである。
そのブレスは穴の中を浸透し、範囲の届く限り、ビキバキと接触したすべてを水晶化していく。それは風音の魔力がすべて尽きるまで噴かれ続け、すべてが終了すると風音は竜体化を解除してグッタリしてその場に倒れた。『やったぜ』と口にしながら。
ちなみに横で見ていたモーフィアの中では第一形態=少女、第二形態=黒甲冑、最終形態=ドラゴンと次々と魔王の秘密が確立されていた。魔王の真の姿はドラゴンであったのだ。であれば巨竜と対話したことなども繋がるなとモーフィアはひとり納得していた。
そして水晶洞窟が出来上がる。入り口からして透明に輝くその洞窟にすぐさま風音は休みもせずに入っていく。怖い気持ちもあるが、誰よりも自分の目で仕留めたことを確認したかったのである。安心が欲しかったのだ。
そして『夜目』スキル持ちの風音はともかく、他のメンバーは暗闇のなかでは自由には動けない。弓花が不滅の水晶灯を取り出して慌てて追っていき、一緒にジンライとモーフィアもついていった。他のメンバーは地上待機である。魔物が寄ってくる可能性もあるのだ。全員で潜るわけにも行かなかった。
なお、ユッコネエは主にはついて行かずにその場でうずくまり、昼寝を始めた。これは風音の魔力不足を光合成で補うための行動であったが、タツオがすぐさまそのもふもふに飛び込んでいき、癒やしフィールドを形成していた。
◎エンジェリートの街 水晶洞窟
「これは随分と幻想的な光景よね」
それが中に入った弓花の第一印象だった。不滅の水晶灯の光に照らされ、洞窟の先まで光り輝いている。風音のクリスタルブレスにより、洞窟の表層上は完全に水晶化していたのだ。
「ふん。アリの巣か。どうやら魔生石を狙って地下からここまでやってきたようだな」
「わずかにだけど臭いがある。まだ生きてるのがいるね」
そう風音は言って奥を睨みつける。もうウジャウジャするほどに魔物が存在していないのはスキル『犬の嗅覚』で確認できていたので、その表情には余裕が見られた。
「生きてるというと、普通のミリタリーアントではないのか?」
「だと思うよ。強そうだし。後、他にも少しいるね。こっちもミリタリーアントよりは強そうだけど水晶化で弱ってるみたい」
ジンライの言葉に風音はそう返し、ザクザクと水晶の欠片を踏みながら歩いていく。モーフィアはその光景に声も出ない。
(なんという姿か。こんな神々の領域のような場所をあの少女が。まさか神霊の類なのか)
認識が魔王から神属性に若干補正されたようである。
そして風音が周囲を落ち着いて見れるほどに精神が安定してくると、一緒に歩いている弓花の様子が、どうやらおかしいことに気がついた。
「ん。弓花、何かあったの?」
その風音の問いに弓花はハッと気がついたように風音に視線を向けたが、だが「うーん」と唸る。そして何かを言おうとして「やっぱ後で」と返した。
「気になるんですけど」
「ごめん。落ち着いたところで話したいから、今はちょっと」
とまで言われては風音も退かざるを得ない。話す気はあるようなので、ここを出てからまた改めて聞いてみようと思い、今は目の前に集中した。
途中、水晶になったミリタリーアントたちの大群がいくつか見受けられたので、風音たちはソレを破壊して進んでいく。クリスタルブレスの水晶化は状態異常効果であって倒したわけではない。復活する可能性は少ないがトドメを刺しておく方が安全ではあるのだ。
そして、風音たちがさらに先に進んでいくと開けた空間に出た。
「あれか」
「あれだね」
ジンライの言葉に風音が頷いた。
その空間の底に、巨大なアリがいた。腹に紫色の輝く大きな玉石が存在しており、その巨大なアリの周囲には部分的に結晶化した、ミリタリーアントをふた回りは大きくしたようなアリがいた。
「クィーンミリタリーアントにガードミリタリーアントか。まあ予想通りではあるか」
ジンライの言葉にモーフィアが眉をひそめる。
「奥にも穴がある。方角は……モルド山の方か。なるほどな」
「何か知っているのか?」
モーフィアのつぶやきにジンライが尋ねた。そしてモーフィアはジンライの問いに応じる。
「20年ほど前から西のパルネの村の先にある山で、ミリタリーアントの数が異様に増えているんだ。だが出元が不明でな。数を減らすぐらいしか方法がなかったんだが」
「ここで産んで、そこから出ていたと?」
「ここからかなりの距離はあるが、しかしここで産んでいたのだとすれば、納得は出来る。この20年間駆除できなかったんだ。手間をかけるだけの効果はあったのだろうな」
この場所は風音の『無限の鍵』と『ゴーレムメーカー』があって初めて発見できたのだ。このまま見つからないまま、何十年と放置されていた可能性は十分にあった。
「そんでどうしようか。みんな呼ぶ?」
相手もそこそこ強力そうな魔物ではある。すでに魔生石をコアに取り込んでいるようなので尚更強そうだ。
「はっ、あれくらい、ワシとユミカだけでも十分だわ」
だがジンライはすでにやる気のようだった。それに強いと言ってもシビルアントとジェネラルアントの間の種族。地上で戦ったオダノブナガ種などに比べれば格はかなり下がる。
モーフィアも、最大戦力と見ているジンライと風音がいるのであればと考え、戦闘の意思を示し、そしてすぐさま戦闘開始となった。なお、弓花は決まった後に「あれ、私たちだけでやるんですか?」とつぶやいていてジンライに「ボーッとしてるな」と怒られていた。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・ドラグホーントンファー×2・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜喰らいし鬼王の脚甲・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪
レベル:36
体力:145
魔力:304+420
筋力:67+20
俊敏力:71+14
持久力:38
知力:72
器用さ:47
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『魔王の威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス』『リビングアーマー』
風音「ウジャウジャ嫌い」
弓花「オルドロックの洞窟のモンスターハウスは大丈夫だったじゃない?」
風音「あのときは虫以外もいたし、こう一斉にウジャーと動いているのが駄目なんだよ」




