第二十八話 奴隷商を助けよう
◎アカナ街道
「パカラーパカラーひとり旅ー」
一面の青空の下、風音は一人石馬に乗ってコンラッドまでの道を進んでいた。
「ああー気持ちいいねえ」
そう口にするとドサッと石馬に寄りかかる。
「思えばこんなにノンビリとしてるのってここ最近なかったかもなぁ」
二日前に丸一日寝ていたが、本当に一日寝ていたのでのんびりという印象はなかった。
(まあ、今回は神殿以外は魔物も避けてのんびりいくつもりだけど、ウィンラードに戻るくらいの頃には弓花が私養ってくれるぐらいまで強くなってるといいなあ)
そんなことを思いながらウツラウツラとしていると、次第に風音の意識は薄れていき、やがて小さな寝息になっていった。
ヒヒィイイン
何かの声に意識が突然覚醒する。
「何?」
ガバッと石馬から顔を上げる。
(この臭い、オーガだ)
「まったくもう、なんなのさ」
風音は身を乗り出し、石馬の速度を上げる。
(血の臭い、これは馬? 人もいるみたいだけど)
今のままだと危ういかも…そう判断した風音はフライの魔術を使って石馬から飛び立った。
(魔力はあのころよりも多いし経験積んだから消費量も減ってるし)
最初の頃とは違うという実感を持つ。
「見えたッ」
見えたのは馬車と倒れている馬にオーガと何人かの人間。
「スキル・キリングレッグ」
風音は空中でスキルを発動し
「うぅぅううりゃああああ!!!」
思いっきりオーガを蹴りつけた。
「ぐがぁああああ!!!」
ゴキッと嫌な音がした。おそらくは首の骨が折れたのだろう。
(でも油断はせずに)
風音はファイア・ヴォーテックスを撃ってとどめを刺す。
「グガァアアアアアア」
(もう一体いるのは知ってるよ)
そして「スキル・フィアボイス」を発動する。
『止まれッ』
風音の怖れを呼び起こす声が周辺に響きわたり、襲いかかりそうだったオーガも恐怖に踏みとどまる。
「はい、的だね」
風音は目の前のオーガに容赦することなくヴォーテックスでコアを撃ち抜いた。そして崩れ落ちた。
(他はいない。これ、あのとき逃げたやつらか)
この近辺にオーガは生息していない。つまり目の前の二体はここ最近やってきた個体に違いなかった。
(今後もこの手の被害は多そうだなあ)
そう風音は考えてため息を吐いた。とはいえ、今は生きた人間が優先である。風音は人のいる方に振り向き声をかける。
「そっちの人、大丈夫?」
「あああ、ああ、はい。大丈夫、大丈夫です」
風音の言葉に腰を抜かしていた商人らしき男が声を出す。その後ろには何人もの少女たちが立っていた。
「?」
風音は何の一行だと思ったが、少女たちの首輪や繋がれた手錠を見てそれが何なのかに思い至った。
(…奴隷かな?)
自分と多分同じくらいの歳の少女たち。風音もそういう時代なのは分かっていても実際見てあまり気分の良いものではない。風音は努めて事務的に接することを決めた。
「馬は…もう駄目みたいだね。これからどうする?」
「あの…私は、コンラッドから来た者でして、ウィンラードに行くところだったんですが」
「行くにしても護衛もつけないで…と」
言いかけて、風音は周囲の臭いにここにいない人間のものを複数感じた。
「いや、逃げたのかな。護衛の人たちは?」
「は、はあ。よく分かりますね。あのバケモノが来たのを知ると一目散に逃げ出しまして」
風音はうわぁと思いながらも逃げ出した護衛を責める気にもなれなかった。
「まあオーガ相手じゃあしょうがないかな。それで逃げ出すような冒険者なら戦っててもどの道死んでただろうしねえ」
「そんなぁ」
目の前の商人は泣きそうな顔になるが、そういうものだ。
「ともかくね」
風音は話を打ち切り、商人に提案する。
「コンラッドに戻るんなら一緒に行ってもいいよ。ウィンラードに行くようならさようならだけどどうする?」
「いえ、それじゃあお願いします。もう命さえあればそれで」
商人としては、完全に縋る目で風音を見ていた。
「それじゃあヒッポーくん、こっち来なさい」
ようやく追いついてきた石馬にまた商人はビクッとなるが無視して馬車に繋ぐ。風音は少女たちと商人のどちらも馬車に乗せると当初の予定通りコンラッドの街へと進み始めた。
◎コンラッドの街 冒険者ギルド事務所 翌朝
「あー気分悪い」
「災難だったねえ。こっちとしては大助かりだったけど」
久々に再会したプランは苦笑いで風音を迎えた。
プランが助かったというのは冒険者が奴隷商を見捨てて逃げたことは任務不履行の対象だが、同ギルド所属の風音が助けたことで違約金の額は少なく済んだためとのことだった。
「ところで、逃げたのは戻ってきてないの?」
「うーん、戻ってこれないとは思うけどね。見捨てて逃げたってことは、あの商人は死んでると思ってるだろうしね。さすがに信頼問題もあるしこの街では商売できないから」
「いやそうじゃなくてここら辺ももうオーガが彷徨っている可能性があるから危ないんじゃないかって思うんだけど」
「まあ、その場合はそれこそ仕方がないさ」
プランは素気なくそう口にする。
「しっかしオーガがここらまで来てるってのは困るんだよね。実際」
「だろうね。キンバリーさんの話だと大体ランクCパーティ2組でオーガ1体相手ってのが目安だってさ」
「この街、ランクCなんてそんなに数いないんだけどね。今のうちに備蓄買い占めておいた方がいいかもしれないな」
流通が滞れば商品の価値は上がり結果物価が上昇するという当然の話。オーガの存在はコンラッドの街にとって今後深刻な問題となるだろうことは予想できた。
「チョイと用が済んだらキンバリーさんにオーガ討伐について聞いてみるよ」
「お願いするわー。それであんた、なにしに戻ってきたの? なんだかウィンラードでスッゴい活躍したってのは聞いてるんだけどさ」
「うん。プランはコーラル遺跡って知ってる?」
「コーラルって、確かアルゴ山脈の奥にあるあれだよね」
「そうそう」
「『資格無き者は入るな〜』って脅してくるらしいねえ。ここらじゃ有名な話だし時々挑んではションボリして帰ってくるのがいるよ。な〜に? あんたもションボリしたいの?」
「ションボリするかは分かんないけどちょっと中に入る当てがあるんで行ってくるつもり」
ふーん、とプランは風音を見る。
「何さ?」
「いんやー、ホントあんたって普通じゃないねえ…と思ってさ」
「否定はしない」
ニヒッと笑う風音にプランは苦笑する。
「まあ何にせよあの神殿に行くなら防寒着は買っておきな。氷の固まりがゴロゴロしてる場所だからね」
「りょーかい」
「あとアンタ、その後はこっちに戻ってくるんだよね?」
「そのつもりだけど。多分1日か2日ぐらいでかな。ここで一泊くらいはするけどその後はウィンラードに戻るよ?」
「なら3日後ぐらいかな。あんたに護衛クエストを頼むわ。カザネならオーガも倒せるんでしょ?」
「うん、分かったけど。戻りの時間はちょっとズレるかもしれないからね」
「いいわよ。どの道、あんたがいないと出れないんだし」
そう言うプランに約束をして倒したオーガの角を換金すると風音はギルドを後にした。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・レザージャケット・鉄の小手・布の服・皮のズボン・革の靴・ポーチ
レベル:19
体力:64
魔力:107
筋力:25
俊敏力:18
持久力:14
知力:27
器用さ:19
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』
スキル:『ゴブリン語』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー』『突進』『炎の理:二章』『癒しの理:二章』『空中跳び』『キリングレッグ』『フィアボイス』
風音「お留守番なんかせずに一緒にくれば良かったのに」
弓花「え、なになに? 私がいなくて寂しくなったとか?」
風音「いや次の話がさ。妙に重いんだよね。正直私一人とかキツい」
弓花「え?」




