第二百六十一話 撤退をしよう
「よし、帰ろう!!」
力強く風音がそういった。
ともあれこれは冗談ではなく、事実上逃げることを風音は決断していた。
今回ばかりは危険が大きい。レベル100オーバー用のエリアの魔物相手に準備もなく戦うのは危険すぎる。そして、それにはジンライも賛成していた。ジンライ個人としては戦いたい気持ちもあるが、相手のオダノブナガは複数で群れる魔物で知能も高い。ジンライとてパーティすべてを守れるわけではない。前衛が突破されれば死人がでる可能性は高いと考えていた。
そしてすぐさま引き返すことを決めると風音たちはヒポ丸くんにヒッポーくんハイ・クリアに乗って一気に逃げ出した。いや、逃げ出そうとしたのだ。
「ギャキャァアアアア!!!!」
しかし街道まで一気に駆けようとした風音たちに襲ってきたのはさきほどのエリミネイトモンキーの群れであった。闇の森に生息する魔物の中では弱い部類だが、それはあくまで闇の森の中での話だ。
「猿の素早さにオーガに匹敵するパワーを持つ魔物だよ。掴まれたら千切られるからね」
風音の言葉にライルたちが怯えるが、だが事実なのだ。その腕で掴まれれば千切り飛ばされることはほぼ確実と言うほどに、エリミネイトモンキーの腕力は高い。
「ぬううぅううりゃああ!!!」
周辺を飛び跳ねながら戦う猫騎士が次々とエリミネイトモンキーを打ち落としていくが、だがそのほとんどがトドメを刺すには至っていない。ドラゴンのように高レベルの魔物は総じて硬いことが多い。
ジンライの槍ならば倒せないものではないが、それでも仕留めることよりも数を捌くことを主眼においていては一撃というわけにはいかなかった。そしてもう二体活躍している存在がいた。それは弓花の召喚獣である魔狼クロマルとティアラの召喚騎士である炎の有翼天使である。どちらも速度に優れ、併走しながら戦闘が行えるのが強みだ。
特に初陣であるクロマルは、ブラックブリットという弓花と最後に対決した時の突進攻撃を多用し、周囲の猿達を振り払っていた。
炎の有翼天使は炎の羽を連続で飛ばしながら魔狼と猫騎士のフォローに回っている。それでも近付いてくるものにはタツオのメガビームとエミリィの竜牙鋼の矢が突き刺さる。
「もうじき、外にでれるね」
先頭を走るヒポ丸くんに乗っている風音がそう口にする。風音の後ろにいる弓花は心配そうにジンライ達を見ている。だが今は無事であることを確かめると風音に尋ねる。
「私も神狼化して出た方がよくない?」
神狼化しておけば弓花もジンライ達と一緒に併走して戦うことは可能だ。だが風音は首を横に振る。今のままでも街道までは保つだろうと考えているし、
(多分、もう間に合わないねえ)
と、そう心の中で呟く。さすがの風音も余裕がない。こんな遮蔽物の多い森の中でのエリミネイトモンキー相手では不利であるし、ともかく開けた場所に一度出たかった。
そう考えている風音に弓花からの声が響く。
「風音、前っ!?」
「ああ、もうっ!!」
正面から迫るエリミネイトモンキーを風音はマテリアルシールドではね飛ばす。倒す必要はない。地上に落としてしまえば、馬の速度に追いつかれることもないのだ。
「見えたっ!!」
ライルが叫ぶ。その言葉通りに正面の道の先に、森の中とは違う地上の光が届く場所が見える。それには直樹、エミリィやティアラにクロエも笑顔を見せるが、だが風音の顔は険しい。すでに臭いで気付いているのだ。そして弓花もギリッと歯を食いしばり、槍を強く握った。
「弓花、神狼化してオッケーだよ」
「そういうことかっ。クロマルッ、ついておいで!!」
弓花が銀の光を纏ってヒポ丸くんの背から飛び出す。主の呼びかけに応えてついてくるクロマルの毛も銀色に染まっていく。そして眷属たる二体の銀狼が現出し並び立った。銀狼達よりも二回りも大きいクロマルがその二体と並ぶとまるで親子のようであるが、弓花が神狼化している時は統率スキルを持つ魔狼は彼らを従える群れのボスと化すようだった。
主たる神狼化弓花に従い敵を狩り取るべく三体の銀の狼は走り出す。そして、
『ハカッタナーアケチー!!!』
道の先にいたのはオダノブナガ種最速のオダノブナガ・アシガルたちである。
三体いるアシガルを見て風音はうめいたが、だがあれらは足は速いがオダノブナガの中でも弱い部類だ。
(先行してたってことは足止めだろうね。本命はこっちを追ってきてるってことだろうし)
すでに捕捉されているのだ。であれば逃げるのは難しい。
風音はヒポ丸くんを全速力で走らせ、オダノブナガ・アシガルの一体へと突進する。
「黒岩竜の角で出来た衝角だよっ!」
オダノブナガ・アシガルはそれを見て、瞬時にそれを脅威と認識し跳んで避ける。アシガルの武器はその脚力だ。だが、風音はそれを見切り、先ほど手に入れたパッシブスキル『ブースト』を用いる。圧縮空気によって風音の体は吹き飛ばされアシガルに一気に接近する。アシガルの爪が風音に向かうが、だが風音はそれをマテリアルシールドで弾き、そして竜喰らいし鬼王の脚甲の蹴りをアシガルの腹に決めた。
『エンジョーッ!?』
アシガルが苦悶の声をあげたが、だがそれだけでは終わらない。ファイアブーストを装填していたドラグホーントンファーが炎をあげながらアシガルの右手の爪に激突し粉砕する。そして今度は空中跳びを用いて地上に降りぬままに勢いを付けた蹴りを脇腹に突き刺す。それだけではない。続けて蹴りが、続けてトンファーが、続けて膝が、続けてトンファーがと次々とアシガルに突き刺さる。それらは当たる度に威力が増し、アシガルの甲殻を破壊していく。ユニークスキルの『キックの悪魔』の威力増加コンボがアシガルを襲っていく。攻撃の度に燃えるような赤色のオーラを帯びる風音のトンファーと脚甲の威力に、アシガルもその場を引こうとするも、もはや勢いに負けて逃げることも出来ない。
そして風音は地に足を着けることなく、ファイアブーストと空中跳びの併用で空を舞ったままコンボをつなげていく。
「スキルッ!キリングレェエッグ!!!」
そのまま竜爪を解放してのアクティブスキル『キリングレッグ』を乗せた踵落としが決まり、アシガルを頭から一気に粉砕して地面にクレーターが出来るほどめり込ませた。
『キックの悪魔』のコンボによる攻撃力強化限界は10発。すべての力を解放したその攻撃は近距離でありながら、カザネネオバズーカに勝るとも劣らない威力であった。
一体は撃破。初手で上手くハマって倒せたことは大きい。だが、敵はアシガル一体ではない。これは本来偵察用のオダノブナガだ。そして間違いなく足止めとして先行で来ている小物であるはずなのだ。
そして他のメンバーも次々と森を抜け、風音の元に集まる。
「なんだよ、楽勝じゃねえか」
そういって風音の元に向かったライルだが、途中でそれがうめき声に変わった。
「……いてててて」
風音がリジェネレイトの自動回復だけでは足らず、上位治癒スペルのハイヒールを使って自身の治癒に当たっていた。
「姉貴、それは?」
直樹の驚きと怒りの混じった声が風音に届く。
「コンボラッシュの合間を狙って斬られたね。おーいてて」
風音は今や自身の代名詞のような『竜喰らいし鬼王の脚甲』や竜鱗装備に身を固めていて、見た目以上に防御力が高い。だが風音はその防御力に頼って、自ら防御に力をいれずに強引にコンボを決めて行ったのだ。結果としてその間にいくつもの傷がつけられていた。
「まだ近接戦闘は難しいなあ。慣れてないとどうしても防御が疎かになっちゃうし」
そう言いながら、ようやく治癒を終えた風音は、森からは猿の大群が迫っているのを臭いで察知していた。
(メガビームで一掃するにしても木々を飛び回って高低差があるから当て辛いか。ならこのままジンライさんを待って……)
このまま逃げ切ったとしても、追い続けられれば、あのジンライ達の村まで、人のいる領域までやってくる可能性もある。であれば、もはや逃げの手も難しい。そして、やるしかないかと風音は覚悟を決める。
「くるぞ、カザネぇええ!!」
森からユッコネエに乗って飛び出したジンライが、背後を睨みながらそう叫んだ。そして50を超えるエリミネイトモンキーたちが飛び出してくる。平野に横に並んで迫るそれを見て風音が勝機と判断する。
「ユッコネエ、飛んで!」
風音の言葉に、ジンライを乗せたユッコネエが飛び上がる。そして風音のメガビームが横に一閃された。
すでに平地に降りたったエリミネイトモンキーたちは皆同じ高さに立っている。だから一気に焼き切られる。異常な熱量が猿達を襲い、その多くの命を奪う。
しかし、それでも始末できたのは30程度だった。残りは仲間の背後に隠れて、致命傷ではなかったり、勘のいい猿は飛んで避けたりもしていた。もっとも残っているのも無傷10、重軽傷20程度なのだから結果は悪いとはいえない。
背後の森の木々が切り裂かれて、ズーンズーンズーンと崩れていっているが、気にしている余裕もない。ジンライも既に二体のアシガルを相手にしている弓花と銀狼達の助太刀に向かっている。
そして、森の奥から巨大なプレッシャーが迫っているのが風音には分かった。すでにトヨトミ化したエリミネイトモンキーたちから背後のオダノブナガたちには情報は伝わっているはずだ。トヨトミ化された猿は風音の情報連携に近いスキルがあるのだ。
「アシガルは弓花達に任せる。本命が来る前に猿を殲滅するよっ!!」
風音の指示に仲間達の掛け声が上がる。エリミネイトモンキーだけならば、対処のしようがあるのだ。風音も両手剣、全身甲冑の黒炎装備ストーンミノタウロスである通称『黒メタルミノス』を作りだし、再び狂い鬼も召喚する。
タツヨシくんノーマル、ドラグーンも参戦し、これはライル、直樹のフォローに回す。ティアラには炎の有翼天使の出力を抑えて、今度はフレイムナイトを9体召喚してもらう。
あのエリミネイトモンキー相手では後衛組は接敵されれば一撃でアウトだ。今は攻撃よりも防御力を優先させることにする。
そして各々が戦闘に入り、僅かな間に目の前の敵を駆逐していく。
アシガルと戦う弓花とジンライは言うに及ばず、すでに水晶竜角の剣を使いこなす直樹の活躍はかなりのものだった。魔狼討伐時に見せた2メートルほどの炎の魔剣と、今は同じように2メートルほどの虹色の光の魔剣を振り回している。間合いは広いが2メートルの刃先の半分は魔力体であるので重いわけでもなく剣の取り回しは難しくもない。また二刀流に慣れてきたというのもあり、魔物としても上位のエリミネイトモンキーであっても討伐できるだけの力量を見せていた。
だが、脅威は既に目の前に迫っていたのだ。その恐るべき一撃は、目立って活躍を見せていた直樹に放たれた。
「直樹避けてっ!!」
『直感』によってそれを感じ取った風音の言葉に、だが直樹は反応できない。そして直樹は最後の猿を切り裂き倒したと同時に、突如飛来したその一撃を受けて宙に舞った。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・ドラグホーントンファー×2・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜喰らいし鬼王の脚甲・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪
レベル:34
体力:138
魔力:275+420
筋力:60+20
俊敏力:61+14
持久力:34
知力:67
器用さ:43
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』
弓花「人ってあんなに簡単にぶっ飛ぶんだねえ」
風音「うわーーー直樹ぃいいーーー!!?」




