第二百六十話 羽を生やそう
それに最初に気付いたのは風音だった。獣と血の入り交じった臭いを風音のスキル『犬の嗅覚』が察知したのだ。そして風音が手を挙げて進行にストップをかける。
「なんだい?」
クロエの疑問の言葉に風音は「魔物が来る。一匹かな」と告げる。風音はグリフォンの類とはこの世界ではルビーグリフォンしか出会ったことがなく、今からやってくる魔物の正体は分からない。だが、それはかなりの大きさの強い魔物であることは臭いで判別できていた。
続いてジンライが感覚的に、タツオも風音から継承している『犬の嗅覚』で『それ』に気付く。
「ずいぶんと傷付いているようだが」
『でも強いです』
ジンライの言葉に、うなるタツオの姿がまだ見ぬ敵への警戒感を高まらせる。その二人の言葉に風音が頷きながら、指示を出していく。
「私、弓花、前に。ジンライさん、ユッコネエは左右の森の中に隠れて準備。ティアラはパワーを上空に配置して抜けられないようにしておいて」
そして後ろは先制攻撃を担当しているタツオ、エミリィを配置。ルイーズは前衛を抜けられたときのカウンター魔術を準備し、それらにティアラ、クロエを加えた集団を直樹、ライルにノーマルとドラグーンが護衛する手はずである。
そして各員配置に付いたところでやってきたのだ。『それ』が。
「クェエエエエエエエエ!!!!!」
それは血塗れになりながらも獰猛な目をしたグリフォンの変異種だった。かなりの傷を負っていて今にも倒れそうだが、手負いであるが故に逆にその魔物は凶暴になっていた。血が足りないのだ。獲物を見つけたその魔物は、風音たちを目指して弾丸のように飛んできていた。
「ブーストグリフォン!?」
クロエが悲鳴を上げる。それはグリフォンの中でも急加速を得意とする風の属性を持つグリフォンだ。あまりの速度にクラスB以上の冒険者でも手を焼くのだから、素人のクロエには脅威としか言いようがなかった。
そして風音は、それが射程距離に迫ったと同時にエミリィの矢とタツオのメガビームを放つよう指示する。ここは森の中の一本道。正面より迫ってくる魔物は当てやすい的も同然だ。
「はずれた!?」
『速い……です!!』
だが、放たれた矢とビームもブーストグリフォンの高い回避能力により、避けられてしまう。もっとも風音は焦らない。あのクラスの魔物ならば遠距離攻撃を防ぐか避ける手段も当然持っていると見るべきだ。そして間近に迫ったブーストグリフォンを見ながら風音はトンファーを持つ右手をグッと前に突きだして、
「マテリアルシールド!」
とスキルを発動させてブーストグリフォンを弾き飛ばした。ダメージこそそれほどないだろうが、特攻する敵へ有効なのはオルドロックで遭遇したミノタウロスとの戦闘により風音も体感的に理解している。そしてブーストグリフォンの動きが止まった今こそがチャンスであったのだ。
「狂い鬼、出番だよーー!!」
そして弾かれたブーストグリフォンの上に、巨大な棍棒が出現していた。
いや、ブーストグリフォンの視界には棍棒しか映らなかったが、それはクロエからの視点で言えば巨大な棍棒を持った巨大な鬼がブーストグリフォンの上空に出現していた……ということになる。
「グォォオオオ!!」
そして狂い鬼の一撃でブーストグリフォンは頭部を割られて、そのまま地上に叩きつけられて絶命していた。
森の中から「ワシの出番は?」と恨めしそうなジンライの視線があったが、風音は無視した。
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「グォォオオオオオオオオオン!!!」
自分で仕留めた獲物だからだろうか。意気揚々とブーストグリフォンの肉を喰らう狂い鬼の存在に、他のメンバーはともかくクロエが驚愕していた。
現れた当初は悲鳴を上げていたが、風音の召喚鬼であると知るとさすがに落ち着いてきたようだった。だがどう考えてもとても従わされているとは思えないような獣臭を感じてクロエは後ずさっている。ちなみに横ではジンライが姉の取り乱す姿にニンマリと笑顔を浮かべていた。姉にやりこめられることの多い弟としてはこうした姉の姿はまさに、してやったりといった感じなのであろう。まるで子供の反応であるが、とりあえず機嫌は直ったようだった。
またブーストグリフォンを食べた狂い鬼に変化が生じていた。背中に小さな白い羽が生えたのだ。パタパタと動くそれはともすれば愛らしくも見えた。生えている相手を見なければ。
なおユッコネエが「うまいのー?」という風に近付くが狂い鬼にシッシとされて近づけない。この肉は俺のモノだーということらしい。
「あれで飛ぶことは出来ないけど風の因子の触媒みたいなものだから、急加速とかその系統が出来るようになったんじゃないかしらね」
「なるほど」
ルイーズの言葉に風音が頷く。風音は風音でスキルに『ブースト』というものが追加されていた。風の系統のパッシブスキルで風を圧縮させて対象物を一気に飛ばすものらしい。狂い鬼も同じようなことが出来るのかもしれないと考えながらも、もう美味い部位をほとんど喰らい尽くした狂い鬼にため息をついた。横でユッコネエが悲しそうな顔をしている。
もっとも狂い鬼がトドメを刺したのは間違いなく、食べることで狂い鬼が強化されているのも分かっているので風音も今回は放置している。しかし、その横で殺り合いてーとウズウズとした顔で狂い鬼を見ているジンライがいるのを見て風音は再度ため息をついた。
ジンライが狂い鬼に対し時々「殺らないか」とアプローチをかけているのも承知しているし、狂い鬼も「ウホッ、いい男」という感じなのでこちらも近日中にどうにかする予定ではあった。狂い鬼は加減など出来ぬからあまり模擬戦などしたくはないのだが。
ともあれ、問題は目の前の狂い鬼の倒したブーストグリフォンが『何故か重傷であった』ということである。もっとも風音には既にその正体には見当が付いていた。
「オダノブナガかぁ。厄介な相手がいたもんだね」
ブーストグリフォンを倒したすぐ後に風音は、後からやってきた猿の魔物を見ていた。その猿はエリミネイトモンキーという魔物であったが、頭部が禿げてやせたネズミのような顔をしていたことからオダノブナガに使役される猿の特徴であるトヨトミ化という状態になっていると風音は考えていた。
オダノブナガはゼクシアハーツではアペンドディスクの追加シナリオ東方編に登場する魔物なのでメインをクリアした程度しかプレイしていない弓花と直樹はその存在自体をまったく知らない。
だが風音は何度も痛い目を見ているし、高レベルのプレイヤーとしてはかなりやり合ったことがあるので見間違いではないと確信している。東方のジャパネスは猿系の魔物の多い国で、その地域にオダノブナガがいるかをプレイヤーは猿で見分けを付けていたのだ。
そしてジンライも闇の森にオダノブナガが生息していると補足したので、もはや間違いないという結論となった。
なお、この闇の森という存在はメインシナリオクリア後の追加要素のひとつである。ゼクシアハーツのメインシナリオがレベル80〜90を前提とされており、この闇の森はそれ以降のプレイヤーを対象としたものであり、このフィロン大陸の各地に点在している。ゲームと同じ仕様ならばメインシナリオクリア後に解放される異常に強い魔物たちが存在している禁忌の地のはずである。
もっとも、これはゲームでもそうであったが、闇の森を形成する魔素の吹き溜まりとなる範囲は一定のため、その地域に入らなければ基本的には人には危険はない。しかし今回オダノブナガはハイヴァーンのその禁忌の地より抜け出しているようなのだ。
そして、そのことを聞いて顔を青ざめたのはクロエである。
「そりゃ恐れていたことが起きちまったかい」
闇の森の魔物は魔素の濃い地域でしか生きられないため、基本的には森から出てくることはない。だが、今回のように一度森を抜けた魔物は、魔素を吸収しに森に戻っても再度また森を出て獲物をねらう傾向があるのだ。そして連中はグリフォンとは比較にならないほどの脅威であり、その力はドラゴンに匹敵すると言われている。
ちなみに「え、織田信長とか……何の冗談?」と笑っていた弓花が、ジンライに「オダノブナガの怖さが分からないとは。バカモノがーー!!」と珍しく雷を落とされていた。横で弓花と同様に考えていた直樹はソッと視線を逸らした。
ジンライの認識ではオダノブナガとは人の形をした凶悪な鎧虫を指す。高ランクの冒険者であっても会えば死は免れない存在として知れ渡っており、成竜クラス相手ですら渡り合う強敵だ。
そして弓花はそのオダノブナガという存在を知っていて笑っていたのだ。なので弓花が少々強くなってオダノブナガ程度……と調子に乗っている弟子として映ったとしても不思議ではなかった。
理不尽な話である。弓花の知っている織田信長は、よく女の子になったり、魔界を支配したり、ビームを出したりする昔の人なのだ。どうやら現実世界とファンタジー世界の壁がそこにはあるようだと弓花は考え、やれやれと心の中で呟いた。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・ドラグホーントンファー×2・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜喰らいし鬼王の脚甲・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪
レベル:33
体力:135
魔力:260+420
筋力:57+20
俊敏力:52+14
持久力:33
知力:65
器用さ:41
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』
弓花「闇の森っていったことないけど、そんなにすごいの?」
風音「簡単に言うとユッコネエや狂い鬼や魔狼のみたいのが徒党を組んで襲ってくる。私たちが入れば多分死ぬ」
弓花「でも私たちこの世界でも最強種のドラゴンとかも倒してるよね?」
風音「あの中は魔物単体の能力も高いけどそういうのと連戦になるから怖いんだよ。ほとんどボスラッシュみたいなところだもの」




