第二百五十三話 職業選択をしよう
「私への一言のせいで仲間の息子で父親が処刑されたら夢見悪すぎる。というかトラウマになるよ、それ」
という涙目の風音の言葉により、ジライドは早々に牢から出され、元の立場へと戻された。その際、風音は神竜皇后としての立場でドラゴンたちへの説得をせざるを得なくなり、ドラゴンたちも「なんとお優しい皇后様」と、その献身的な態度に感動していたという。
◎首都ディアサウス 大公城マルフォイ 賓客室
「これにて一見落着だな」
そう口にするのは細身の男だった。外見年齢はまだ30に届いていないかどうか……というぐらいだったが、実際にはジンライよりも年齢は上のはずである。
その男の座るソファーの横には神槍『グングニル』、ゼクシアハーツでも最強の槍のひとつとされた一振りが立てかけられている。
男の名はライノクス・クラウ・ハイヴァーン、つまりはハイヴァーン大公であった。
「ふん。確かにそうだが、うちのリーダーをダシに使うのは感心せんわ」
その大公に向かい合うように座っているのはジンライである。
今この部屋にいるのはライノクスとジンライしかいない。故にこの場においては二人はお互いの立場を忘れ、ただの知己として会話をしていた。
ジライドが牢から出されてからすでに一日が経過していた。
その間にいくつかの手続きが踏まれ、ジライドは将軍に返り咲き、そして秘密裏にではあるが、神竜皇后との会見があった。それらすべての処理を終え、ジンライがライノクスと会うことが出来たのは翌日の昼となっていた。
そして久々の友人との再会にライノクスは目を細ませて、ジンライを見る。
「それは仕方のないことだな。ことの真偽はどうあれジライドの件を上手く収めるにはカザネ様自らからドラゴンたちを説得してもらうしかなかったからな」
ジンライもライノクスの言わんとしていることは分かる。
このハイヴァーンの騎竜はハイヴァーン公国やライノクス大公に仕えているのではなく、神竜帝ナーガに仕えているのだ。むろん、竜騎士団を率いているジライドに敬意を持つドラゴンも多いが、その多くはナーガを信奉している。それに神竜帝を信奉しているのは騎竜だけではなく竜騎士たちにもいえることだ。
また人の世の常として、将軍という立場を狙う輩や、バーンズ家を疎ましく思う連中にとってはジライドを蹴落とすための道具となり得ることも否定できない。
「それにジライドは、こちらから手を回さなければ周囲からどうこう言われる以前に自ら辞職しかねない気配があった。なので、すぐに手を回して本人も外野も勝手が出来ないようにさせてもらったわけだな」
ライノクスの言うとおり、ジライドは責任をとる気構えでいた。忠義の男であり、頑固で融通の利かない男ではあるが、だが部下の信頼も厚く、騎士としては有能だ。ライノクスにとってはそんな人材を手放す気もない。なので早々に手を打つことにした……というのがライノクスの弁である。そこまでを見据えた上で、一連の投獄はジンライの目の前にいるライノクスの主導によって行われていたわけだ。
大公の決定である以上、例え誰であっても口を挟むことは許されなかったし、それを唯一可能とするライノクスよりも立場が上の人物がジライドを許すことで事態が収まるように最初から仕組まれていた。それはジンライにも分かっている。
「ま、息子に対する便宜には感謝しているがな」
そのジンライの言葉に細目の男の視線が強くなる。
「お前の感謝など必要はない。ただ俺がジライドが必要だからやっただけのこと。カザネ様には気の毒なことをしたが、あれも自らのご意志でやったことだ」
「ふんっ」
この一件は風音が自主的に神竜皇后として動くことで、自分らからよけいな接触はしないという神竜帝への義理立ても形の上では守ったということだろう。
風音にしてみればたまったものではないが、ジライドを放っておくわけにも行かず、結局は対応せざるを得ない。風音にしてみれば自分がきっかけではあるし、それを神竜帝を通して咎めさせると言うこともないだろうというライノクスの見立ては正確なものだった。
「まあ、息子がバカをやったのはワシがしっかりしていなかったツケみたいなものだからな」
「きっかけはどうあれ、無礼を働いたのはジライドの問題だ。それこそ、お前がどうこういうことじゃないさ」
相変わらずの友人の態度にジンライはため息が出てくる。昔から何もかも見透かしたように語る男であったが、今も全く変わっていないらしい。
ライノクスはシンディの従兄でルイーズの孫である。母もエルフであるライノクスの歳は未だに30前後程度。ジンライがライノクスと出会ったときからその姿はほとんど変わっていない。もっともそれは今のジンライも似たようなものではある。
「しかし、老いたという言葉を幾度か投げかけたことはあるが、若くなったな……と口にしたことは初めてだな」
そういってライノクスはジンライをじろじろと見た。確か60に届こうという年のはずだとライノクスは記憶しているが、今は30半ばといったぐらいだろうか。
「色々あってな。おかげで今日こそはお主にも勝てそうだ」
「ぬかせ」
立ち上がるジンライに、ライノクスも腰を上げ、横にあった聖槍グングニルを手に取る。前回はシンディによる複雑骨折で手合わせはなかったが、ジンライがこの街に戻るとかならず行っていることがある。
槍聖、或いは槍聖王と呼ばれる槍使いの申し子への手合わせ。ジンライは今日こそ、目の前の男に勝つべく、ここに来ていた。
◎首都ディアサウス 冒険者ギルド隣接酒場
ジンライがライノクス大公と向かい合って話しているのと同じ頃。
風音はひとりで冒険者ギルドの酒場へと来ていた。すでに騎竜や竜騎士たちには風音が神竜皇后という立場であることは知れ渡っているが、外部へは今のところ漏らされてはいないため、特に外で動くことへの制限はない。
ジライドが再度土下座をしてきたがそもそもが以前に謝罪はされているし、風音もそれを受け入れているのだから必要なしである。
本日は他のメンバーもそれぞれ行動しており、タツオはバーンズの屋敷で閃輝竜ゴード、飛雷竜モルド、牙炎竜フォルネシアというハイヴァーン最強の騎竜3体に稽古をつけて貰っている。さすがにタツオの存在はライノクスやシンディ、ジライド、そしてこの3騎竜以外には知らされてはいない。
彼ら以外で神竜皇后を知るものたちは、神竜帝が娶ったという事実からいずれはそうした次代の子が生まれるだろうとは考えてはいるはずである。だが、まさかすでにタツオが存在していようと気付いている者は今のところいなかった。
ともあれ、鬼殺し姫としての風音の顔はすでに知れ渡り、近付いただけで「ヒッ」と悲鳴を上げる冒険者もいるくらいではあるので、酒場でひとりカウンターでブツブツ言っている風音に近付こうという人物は誰もいなかった。
そして風音が何故ここにいるかと言えば……
「トンファー使い、魔闘家、魔闘士……いや、もっとパンチの効いたものを……いっそ召喚師を前面に押しだしてみるというのはどうだろうか?」
メイン武装がトンファーに変わったことをきっかけにいよいよ職業を魔法剣士から変えようと考えたのだが、未だにしっくりと来るモノがなかったのである。なのでバーンズの屋敷以外でひとりになって考え事がしたくて、この場に来ていた。
そして風音は考える。トンファー使いというのは間違いではないのだが、風音のメインはあくまで蹴りだ。トンファーはその補助であって、風音を示しているものではない。なのでトンファー使いはない。
蹴闘士というのはシックリは来るが地味だ。というか蹴り技メインってなんか地味っぽい。目立たないのは良くないね……と、そう風音は結論づける。
であれば、いっそ召喚をメインに考えてみても良いかもしれない……というのは最近考えていたことであったのだ。
現在の風音は『ユッコネエ』『狂い鬼』『サンダーチャリオット』『武具創造:黒炎』に虹竜の指輪により『あるもの』を召喚することも可能だ。また『黄金の黄昏』という竜専用の剣も召喚術である。ついでにいえば、ゴーレム術も分類によっては召喚に数えられる。
こうして考えてみれば風音はサモナーとしても多彩で実力は高い。ハイビーストサモナーという称号も貰っているということもある。
サモナー、そう時代はサモナーである。サモンなんとかでもいい。
また、先ほどつぶやいていた魔闘士というのも良いが、最近は魔術もあまり使っていない。ただ蹴りがメインだけれどもトンファーも使うのだから、闘士という表現は妥当だろう。それに召喚を加えてみるればしっくりくるのではないだろうか。
そして考えの纏まった風音はカウンター席を降りて、冒険者ギルドの事務所へと向かい、新たにプロフィールを変更して貰うことにする。
『召喚闘士』、それが風音が新たに記入した職業であった。
なお、風音はバーンズの屋敷に戻って弓花に冒険者ギルドカードを見せて例のごとく自慢したのだが、「えっと……普通?」と微妙な答えが返ってきた。
名前:由比浜 風音
職業:召喚闘士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・ドラグホーントンファー×2・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜喰らいし鬼王の脚甲・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪
レベル:33
体力:135
魔力:260+420
筋力:57+20
俊敏力:52+14
持久力:33
知力:65
器用さ:41
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携:Lv2』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』
風音「時代は召喚闘士なんだよ。これからのスタンダードなんだよ」
弓花「まあいいんだけどさ。もっとこうブワーっとした痛々しい感じの名前にすると思ってたから、ちょっと驚いてる。なんか普通だな……と」
風音「そりゃあ、確かに血染めの狂戦士さんほどのインパクトはないけどさ」




