第二百二十七話 おっぱいを退けよう
そびえ立つふたつの柔らかい山が風音を襲う。その名をおっぱいという。
風音は女子同士が付き合うことを許容するような百合百合な性格ではない。だが、暖かく柔らかいモノに包まれれば安心するのは男女を問わず人のサガであろう。人は常に母なる暖かさを求めて生きているのだ。人はプルンプルンしているのは嫌いではないのだ。しかし、それが顔にぶち当たり、自らの呼吸を妨げているとすればどうだろうか。
或いは男ならば、本懐を遂げたと言っても良いのかもしれない。良くないのかもしれない。しかしノーマルな女の子である風音は良くないという分類に入るのだろう。そして風音は「ぶはーー」と言って、そのおっぱいから離れた。
「カザネ、カザネーーー。寂しかったですわーーー」
だがプルプルは再び風音に襲いかかる。このプルプルのオーナーは通常よりもかなりヒートしているティアラだ。ここ最近出番が少ないのでこういう場面でしか出番がないティアラだ。恋愛イベントでもエミリィに後れをとっているように見せて、実際には直樹との接触は結構多いティアラだった。女は侮れない。なにせ、
「人も多いし迷うと困るからさ。手、出せよ」
「ナオキ……」
的なイベントをティアラは最近発生させたばかりである。しかし直樹関連のイチャラブ話なんて面白くもなんともないので、ここでは省く。ティアラの出番が減った理由の第一はイベントのほとんどが直樹とのイチャラブ関連にシフトしたせいなのだが、ここではそんな事実は捨て置くしかないのである。
もっとも召喚師として実力もここしばらくでより一層伸びてきてはいるので、そろそろ化ける可能性もある。おっぱいさんの今後の活躍には乞うご期待である。
ちなみにその直樹ではあるが、今の彼はおっぱいと姉という魅惑のシンフォニィを脳内にRECするのに夢中であった。しかしスキル『ポーカーフェイス』の恩恵により周囲には姉の帰還を普通に喜んでいるようにしか見えなかったという。ついでにライルは鼻の下をのばして妹の肘を食らっていた。出来る男とそうではない男の差はここでも明らかだった。
なお、直樹のナーガへのスタンスはとりあえず保留となっている。
アウディーン王とジーク王子相手ならば国家を敵に回しても特攻していた可能性があるが、ナーガは風音と人間の男が子を成すことに対しては反対はしていないようなのだ。風音とナーガは仲が良いし下手に反発するよりは良好な仲を取り付けて、直樹が姉と結婚する算段を取り付けるときに賛成してもらえば良いだろうと残念な直樹脳は打算的な計算をはじき出していた。
そんな邪な視線を複数受け、乳に挟まれながら、風音が仲間たちに「ただいまー」と手を振ると、それぞれがそれぞれの反応で返してきた。さすがに魔物退治後ではあるので、疲れ気味ではあったようではあるが。
そして再会した一行は挨拶も程々に、風音が向かったミンシアナについての話を聞くことになる。風音とアオがゆっこ姉の目覚めと悪魔の退治まで話すと、続いては現在の山狩りの状況について話題が移った。
「コンロン山の霧の結界ってのは、魔物とか人間みたいにある程度魔力の強い存在に反応して入れないようにしてたみたいでさ。野生動物なんかは素通り出来てたらしいんだよね」
風音にそう伝えているのは弓花だ。その弓花の言葉にルイーズが続く。
「一種の空白地帯だったのよ、ここは。結界が解けた途端に魔物たちが我先にやってくるのも分からないでもないわね」
「バーゲンセールのオバチャンみたいなものだね」
風音の言葉にプレイヤー組以外は首をみな傾げたが、特に話の腰を折ることなく、そのままスルーした。風音のおかしな発言は今に始まったことではないのだ。
『竜族だけでも大体は対応出来ておるのだがな。しかし数が多い』
「なので、現在は竜人たちや冒険者ギルドの人たちにも討伐を依頼しているのです」
ナーガの言葉に人化しているビャクがそう続けて話した。その冒険者ギルドの依頼として弓花たちが魔物討伐を請け負っているというのは、風音もすでにメールで書かれているのを読んでいたので知っていた。
「そんじゃあ、私たちも明日からその討伐に加わるよ。みんなやってるのに胡座かいて見てるのもなんだしね」
「私たちというと、タツオ様もですか?」
ビャクが厳しい表情でそう口にするが、アオが「大丈夫ですよ」と返す。
「タツオくんの実力は私が保証します。風音さんといっしょなら万が一もないでしょう」
「しかし……いえ、そうですね。タツオ様はナーガ様とカザネ様のお子さまですし」
アオの言葉にビャクは唸ったが、しかしアオの言葉に従うことにしたようだった。
『それで、アオ殿が戻ってきたということはもう結界の復旧に入ってもよろしいのかな?』
結界とは当然霧の結界のことだ。北黒候ゲンの死亡により消滅したままの結界を、アオがゲンの代理として楔になることで再度復活させようという話である。それは当初の予定として含まれていたもので、アオが東の竜の里に長期滞在することになる主な理由でもあった。そしてそのナーガの問いに、アオは少し考えた後に答える。
「二~三日待っていただきたいですね。今の私は『まだミンシアナにいる』ことになっていますし」
今現在、悪魔の注目を集めるために、そうしたダミーの情報を流している最中でもあった。もっとも風音もすでに東の竜の里にいるわけだし、そろそろイリアの影武者を解いてもらっても問題のない頃合いなので、アオは後ほどゆっこ姉にメールで連絡を付けようと考えていた。
『了解した。ではそのように。ビャクも良いな?』
「はっ、我が父の言葉です。従いましょう」
そして話は終わり、風音がジンライを義手の装着のために連れ出すと、タツオや仲間たちも一緒にそちらについていったため、神竜帝の間にはナーガ、アオにビャクのみが取り残される形となっていた。
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『して、どうであったアオ殿。我が子の様子は?』
静かになった神竜帝の間でナーガがアオにそう尋ねる。その声は先ほどとは違って、王の威厳が込められている。込められていなければ二時間ほど話しましたよねとアオも嫌みで返していたかもしれない。
「まあ、そうですね。タツオくんが風音さんからいくつかのスキルを継承しているのは分かっていたんですが、一度殺されかけました」
アハハハと話すアオだが、ビャクの顔は「そこまで!?」と驚愕していた。ナーガはすでに概要は聞いていたので驚きこそビャクほどではないが、だが信じがたいと言う気持ちはある。アオは神竜帝ナーガや金翼竜妃クロフェには届かないが、それでもその次にくるほどの実力者だ。それを殺せるほどの一撃をたかだか生まれて数日の転生竜に出せるとは到底思えなかった。
「風音さんはメガビームと呼んでいましたが、単眼系魔物の光線技の最上位のものをタツオくんも受け継いでいます。反射される手段も多い術ですから使用は制限するように言いましたが、彼もクリスタルドラゴンの系統ですからね。ナーガ様と同じ反射属性を覚えれば隙のない技になるでしょう」
『そこまでとはな』
ナーガが唸る。自分の息子が高い資質を持って生まれたことには素直に喜びを感じるが、それが我が子の負担とならないかの心配はある。
「転生竜の儀式はよりダイレクトに親の能力を継承しますから風音さんの影響もかなり高かったのでしょうね。現状ですらあれですから、能力的に考えれば恐らくは未来の神竜帝となられる可能性は高いかと」
アオの言葉にナーガとビャクの目が細まる。
基本的に竜族も魔物たちと同様に実力によって、その立ち位置を決める。王族の形こそ倣っていようと人間のそれとはやはり常識は違うのだ。今はナーガが神竜帝のままだが、現在のナーガの状態から時期を見て引退を示し、他の竜に神竜帝を継がせるか、代理を立てることで話も進んでいた。そしてアオは次代の神竜帝をタツオにと言ったのだ。
「正直言って100年後にはナーガ様よりもお強くなっている可能性が高いと思います。ましてや風音さんと一緒にいる分にはそれがどの程度の速度で縮まるか……」
一度殺されかけた身であるアオの真剣な顔にビャクはウットリとした表情で聞いている。敬愛する主の子が、親愛なる父からも認められる。ビャクにとってこんなにも嬉しいことはない。もっともナーガにとっては若干その思いは異なる。
(タツオには自由に生きて欲しいと思っていたのだが。やや危ういかもしれんな)
ナーガはタツオを語るアオに対して顔には出さぬが若干警戒の色を強めていた。杞憂かもしれないが、だが息子のことを考えれば気にしておいた方がいいかもしれないと。
目の前のアオという男は竜族の繁栄のためにあらゆることを行ってきた存在だ。元は人でありながら竜へと転生し、そして600年前の人竜戦争後には、この男がいなければ竜族は今のような形で繁栄していなかったのは間違いようのない事実である。
それがタツオに目を付けた。危険な兆候であるようにナーガには感じられた。
もっとも竜というのは長き時を生きる種族だ。本当に問題が起こるとして、それが数十年後か数百年後か、一体いつ起こるのか、或いはただの杞憂で終わるのか、今はまだナーガにも、アオにも、それは誰にも分からなかった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・魔法短剣フェザー×2・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜喰らいし鬼王の脚甲・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪
レベル:32
体力:124
魔力:235+420
筋力:55+20
俊敏力:50+14
持久力:32
知力:62
器用さ:39
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』
風音「おっぱい怖い」
弓花「じゃあ小さいままでいいじゃない。ほらステータス、ステータス」
風音「それでも夢は捨てられない。こんなに怖いのに……それでもあれは私の夢だから」
弓花「なんかかっこいいこと言ってるけど、おっぱいの話だからね」




