第二百二十二話 慈悲をあげよう
ゴーアは突如現れた目の前の少女を前にして困惑していた。
この少女の名が『カザネ』という名であることは知っている。現在冒険者の間で騒がれているニュービー。ゴーアとしても白剣の足取りを探していて、黒岩竜討伐後にその姿を目撃し、乗っ取ったボルトアの記憶からも、その存在は認識できている。
同じ七つの大罪の仲間であるエイジからはハガスの心臓を持っている可能性が高いと知らされており、今はハイヴァーンにいるはずだと聞いていた。
エイジたちからの連絡はないが、ミンシアナの情報網で黒い魔物が東の竜の里を襲ったことは聞き及んでいる。
それがゼクウの魔軍だということは、当然ゴーアも理解している。問題は……
「『ハガスの心臓を運んでいた』ハズのあなたが何故ここに?」
その言葉に風音は嘲笑する。目の前の悪魔の理解の外に自分がいることを把握する。そして風音が悪魔の質問に答えてやる義理などはない。故にこう告げる。
「スキル・魂を砕く刃・狂い鬼に」
アイムの腕輪を通して、狂い鬼の腕と足の爪が白く輝き出す。それを見たゴーアは本能的に危険だと判断する。あれは悪魔にとっての毒だと。
「スキル・魂を砕く刃・ユッコネエに」
だがそれだけではなく、いつの間にやら風音の背後にいた化け猫の爪までもが白く輝きだした。それもまた悪魔にとっての天敵の気配があった。
「Go!」
そして風音の合図とともに二体の魔物が走り出す。
「チッ!?」
それをゴーアは舌打ちする。今のゴーアはゆっこ姉と戦ったときよりもかなり弱っている。エイジの力を分けられたと言っても、そこまで回復しているわけではない。とはいえ本来であれば目の前の二匹の魔物程度に負けるとは思わない。ゴーアもそこまで弱いわけではないのだが、
(……あの光りはヤバい)
それが危険であることが一目で分かった。アレは悪魔にとって天敵に等しいと。もっともゴーアは元より遠中距離からの攻撃を得意とする悪魔だ。当たらなければどうということはないと判断した。
「グォォオオオオ!!!!」
ゴーアがそう判断し距離を取ろうとしたところで、その叫び声に身体が震えた。
(精神攻撃!竜と鬼の叫びだと!?)
精神体であるゴーアにその声が響きわたる。オーガのフィアボイスに竜の雄叫びが相乗された叫びがゴーアの精神体に浸透する。普段であれば弾くことも出来よう。しかし『魂砕く刃』の輝きに気圧されたゴーアの精神は、狂い鬼の裂帛の気合いに劣っていた。故にその叫びは届く。
「グルォオオオオ!!!」
そしてゴーアの肉体に狂い鬼の拳が突き刺さる。竜爪とともに『魂砕く刃』の輝きがゴーアの内部を破壊する。
「グッ、ブォッ!?」
予想外といえば予想外の、或いは本能に従えば予想通りの一撃に、ゴーアはすぐさま狂い鬼から距離を取った。自分を構成してる取り込んだはずの魂が霧散していくのが分かる。あまりにも危険な一撃だった。
「にゃっにゃぁあああ!!」
もっとも危険は鬼だけではない。横の壁から天井までを走り抜けたユッコネエがゴーアに対して勢いよく飛びかかったのだ。だがゴーアとてやられっぱなしと言うわけには行かない。
「舐めないでいただきたいッ!」
そう言ってゴーアは右手から黒炎を出し、それを漆黒の盾へと形成させてユッコネエを弾いた。
「にゃっ!?」
弾かれたユッコネエはその場で宙返りをして、水路に降りる。
「さあ、喰らいなさい」
そしてゴーアの周囲を無数の黒い炎の矢が出現していく。
「まずっ」
風音が舌打ちをするが、しかしゴーアの攻撃は止まらない。まるで雨のような炎の矢がゴーアから打ち出された。
「ぎにゃぁああああ!!?」
すさまじい数の矢に貫かれてユッコネエの悲鳴が響き、その場で召喚が解けたのが風音には分かった。そして風音は目の前に魔法防御スペルであるミラーシールドを展開しながら、さらにレインボーカーテンとキューティクルをかけていく。
「ハハハハアハハハアッ、死ねッ!死になさい!!!」
狂ったように撃ち続けるゴーアだったが、だが彼は現状での己の最大範囲攻撃を放ち続けることに夢中で気付かない。真横から迫る黒い影には気付かない。そして黒き拳の一撃に吹き飛ばされる。
「ぶべらっ」
黒き炎の矢は消えゴーアが真横の壁へと叩きつけられた。
(まさか、あの黒炎の矢を突破して!?)
驚愕するゴーアに、さらに黒い鬼が突進してくる。その全身は矢が突き刺さり重傷に見えるが、よくよく見れば、深く突き刺さった矢はほとんどない。一発一発の弱い矢では黒岩竜の鱗に匹敵する狂い鬼の筋肉を越えることが出来なかったのだ。
「黒炎よッ」
迫る狂い鬼に対してゴーアは黒い炎を呼び出し、それを全身に纏わせて鎧を形成していく。血管のような赤いラインを張り巡らせた黒い物理的な鎧がゴーアを覆っていく。だが、その鎧の上に狂い鬼の拳が突き刺さる。
「ぐっ!?」
衝撃がゴーアを貫き、呻き声をあげる。
爪の貫通までは防げなかった。しかし、鎧を貫通した爪以外の箇所は白い光りの影響はなかった。ならば物理的な障害があれば防げると把握したゴーアは、鎧の上に鎧を重ねていく。
「うお、でっかくなってく」
そう風音が口にする通り、何重かの鎧を纏ったゴーアは巨大な鎧巨人と化した。両手には黒い炎から出来た鋭利な赤いラインの入った漆黒の剣が出現し、目の前の狂い鬼へと斬りかかっていく。そして狂い鬼の爪と漆黒の剣とがぶつかり合い、火花を散らす。
だがそれだけでは足りないのだ。ゴーアはこの場で最初に何を見たのか。それは風音という少女であったはずだ。
「スキル・チャージ・キリングレェエエッグッ!!!!」
そして、狂い鬼との打ち合いに応じたということは、その場にとどまるということは、風音の必殺が突き刺さるということ。
強力な一撃に漆黒の鎧が破壊され、ゴーアの半分が消し飛んでいく。
「ヒギャアアっ!?」
あまりの重い一撃にゴーアが悲鳴を上げ、そして半壊した鎧を脱ぎ捨てて、逃げ出していく。そう、もはやゴーアには逃走するしか道が残っていなかった。目の前の予想以上の脅威に恐れを為して逃げるしかなかった。
それを追いかけようとした狂い鬼に、風音が待ったをかける。
「ぐるぅ」
止めた風音を見る狂い鬼だが、風音は平然と言い放つ。
「あたしらから逃げ出したんだ。あれの負けだよ」
その言葉に狂い鬼が唸りを止める。
「それに後始末はもう用意してるんだから、出番を取らないでよ」
そう口にする風音に狂い鬼は黙って静かに消えていった。狂い鬼とて分かってはいるのである。主の言葉が敵を見逃すなどという温情ある言葉などではないと。ゴーアの逃げた先、そこには地獄しかないということを。そして狂い鬼は知っている。自らの主の持つ力の恐ろしさを。
**********
「はっ、はっ」
悪魔の息の切れた声が暗闇の中を木霊している。悪魔は精神体なのだから、もはや呼吸など必要とはしていないのだが、しかし悪魔になる前の身体のことは覚えている。そうであるからこそ、ゴーアという精神は形を保っているといっても良い。
だからゴーアのこの息の切れた動作は、彼が人間であった頃の意識が今の状態を如実に表現しているということであり、つまりはゴーアは相当に疲労し、追い詰められているということだった。
「なんだ、なんなんだ、あの小娘は!?」
そう声が挙がる。先ほどまで対峙していた子供の能力、確かにアレはプレイヤーである疑いがあったが、だがそれにしても時期を考えればまだ『出現』して数ヶ月のはずだ。例え弱っていてもここまで自分を追い詰められるはずがない。
オーガの討伐はプレイヤーならばなせるだろうと考えていた。ディアボとの戦いにもいたらしいが、倒したのはゼクウの孫だ。黒岩竜討伐は白剣の力によって討伐できたハズだった。風音の功績は実に巧みに隠蔽されていたことをゴーアは知らない。
そしていずれにおいても英霊を出したという話はゴーアの情報網には引っかからなかった。だから英霊ナシと判断していたし、先ほどの戦闘でも使われてはいない。敵ではないはずだった。
(チクショウが。まさかエイジか。アイツ、何かドジって)
そもそも風音がここにいるのが不自然なのだ。東の竜の里にハガスの心臓を届けにいって、ここまでどうやって戻って……
(いやドラゴンに乗れば可能。時間的には、あのアオか。まさか)
ゴーアの読みは当たっている。ここまでは。
(だが、どうあれ、連中にユウコ女王は助けられない。ここで私が逃げ切れば、ボルトアとして地上に出れば、連中は国家反逆者として捕らえられる)
聞けば風音はあのジーク王子とも仲が良いと聞いた。
(あのお子さまの目の前で好いた相手を盛大に処刑するのも良いだろう。股から裂いて、笑顔で切り分けてやりゃ、頭が壊れてこちらの好きに、ひゃ、ひゃはははは)
冷静さが途切れ、本性がその身の外に出始めている。悪魔とは精神そのものだ。リミッターである肉体がない彼らの精神は容易く負の念をループしてしまう。だが、さすがに冷静ではなくなったゴーアでも気付き始めた。
はて、今通っているこの道は何だ?……と。
そして、ザクンと、それが突き刺さった。
「あ?」
ザクン、ザクンと刺さっていく。虫の足のようなものが暗闇からゴーアを刺していく。
「痛い?痛い痛い!?」
ザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクン……
刺さる。刺さり続ける。その痛みにゴーアは悲鳴を上げる。
それはボルトアの肉体ではなく、ゴーアのアストラルボディそのものを縛り付けている。故に肉体を離れて逃げることは出来ない。
そして目の前に立つ『何か』にゴーアは魅入る。
それは金の刺繍の入った黒い衣を纏っていた。ボサボサの長い黒髪に、呪術的な文様が隈無く書かれた角付きの骨の面を被っていた。
その骨の隙間から見える眼は金色。白目の部分は充血して赤く染まり、そこからダクダクと血の涙を流し続けている。そして、その口は真っ赤なルージュが引かれて裂けるような笑みを浮かべ、右手には血染めの巨大な鉈、左手にはギロチン台の刃のようなものを鎖で縛ったものを持っていた。
さらに、周囲には怪しく輝く大小の眼球らしきものが無数、浮かび漂っている。それがゴーアには魔眼だと分かった。どれだけの魔眼持ちを殺せば、こんな数の魔眼を手に入れられるのか。
そして自分を突き刺している、この虫の足の正体。周囲には無数の朱い眼がいた。無数の朱い眼をした虫たちがいた。ゴーアの視界すべてを覆い尽くす巨大な蜘蛛のような虫の大群がそこにはあった。
「ば、バケモノ……」
純粋にゴーアはそう口にした。それは女王の時にも心の中で考えたことだが、それでもあのときとは違う。あの女王との戦いは確かに圧倒されたが、まだ同じ舞台にあった。戦いになった。しかし、今、目の前にいる異物は別だ。真に自身の価値観と異なる真性の化け物の姿を、ゴーアはその目に焼き付けていた。
「ヒィハアハハハ」
その化け物が笑う。猛り笑う。
「ネエ、今ドンナ気持チ?」
「化け物め、化け物め、化け物めぇええ!!」
ゴーアは半狂乱になって叫ぶ。自分も化け物にカテゴリされる悪魔であることも忘れて。そして全身が毒に犯されていく。魔眼のひとつが防御を突き抜けたのだ。アストラル体すらも食い散らかす概念だけの毒がゴーアを紫色に染めていく。
「オンドゥルスカ?」
ゴーアには意味は分からない。何もゴーアには分からない。
全身隈無く陵辱されていく感覚がゴーアを支配していく。虫たちが自分の魂を喰っていく。殺しはしないと、ただ少しずつ喰っていく。手足から少しずつ少しずつ、その精神をもすり潰し、砕き、何もかもを絶望に染めてゆく。
そして500年を生きた悪魔の精神がわずか数分で決壊していく。地獄というものがあるとすれば、ゴーアにとっては目の前のソレこそがまさしくそうだ。願うのは慈悲のみ。ただいち早く終わりを願う純粋な魂のみがそこに残された。
「こ、コロヒテ…くださ……い、おねが……ころヒて……」
「ラジャーリョーカイ? ヒャッハァ」
化け物がクリクリと眼球を回転させ、流れ出る血涙を飛び散らせる。そして最後の慈悲深い一撃がゴーアを貫いた。
それが七つの大罪と呼ばれた存在の一つが完膚なきまでに殺され尽くした瞬間だった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣フェザー×2・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜喰らいし鬼王の脚甲・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪
レベル:32
体力:124
魔力:235+420
筋力:55+20
俊敏力:50+14
持久力:32
知力:62
器用さ:39
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』
風音「…………(白目)」
弓花「ハッ、風音のSAN値がゼロに!?」




