第二百二十一話 微笑みを送ろう
ユウコ女王の影武者であるイリア・ノクタールが消えたのはユウコ女王が倒れた直後である。それは無論イリアの意志ではなく、ボルトア・モーガンに捕らえられた為であった。
もっとも彼女自身は自分が誰に捕まったのかは知らない。目が覚めればこうしてどこかの地下室に繋がれ、目の前にボルトア・モーガンがいて、そう判断しただけのことである。
イリアにはユウコ女王に何かしらの問題が生じた場合に、王国軍のバックアップの元で影武者として活動する任務が定められていた。だが、その保険は初手で封じられてしまった形となった。
問題なのは、イリアを捕らえたのが、今、目の前にいるボルトア・モーガンであるという点だ。冒険者として斥候として長く生きてきたイリアをすぐさま見つけだし、しかもイリアの不意を打って捕らえる戦力を文官が持っているとはイリアは把握していなかった。それはつまり女王も軍も把握していなかったということだ。
(……何者っすかねえ?)
イリアの脳裏に浮かぶのはその疑問だ。自分が文官派に捕らえられるとは思っていなかったし、そうならないために動いてきたはずだった。それに今まで目の前のボルトアがそうしたことが可能な人間だともイリアを含め、女王派の人間は想定していなかった。それが出来ないような人物だからこそ見逃されていたのだ。だとすれば要因は別だろうとイリアは推測する。
(あのときの悪魔の仲間か、本人か……が、取り憑いたって可能性が一番高いかなぁ)
時期的に考えれば、あのオーガの侵攻、そして悪魔の襲撃からの一連の動きがすべて無関係だとは思えない。裏で繋がっていたか、元々乗っ取られていたか。もしくは別のラインからの敵が便乗して来た可能性もあるが、さし当たっての敵国であるソルダードがこのミンシアナの中枢に介入できるほどのものであるとは思えなかった。
「で、色よい返事は聞かせてもらえないのかな?」
ボルトアはそうイリアに尋ねる。しかしイリアは「ハッ」と笑って返した。
「無理っすね。苦痛も、快楽も、薬も、洗脳魔術でも私は従わせられないっすよ」
「忍術というヤツか。ここ一週間ほど努力はしてみたが」
ボルトアの口元がそう言って歪む。イリアをここに閉じこめてから一週間、様々な方法でイリアの肉体と精神を追いつめ、そして魔術や薬を介しても洗脳を試みたがうまくは行かなかった。肉体こそ傷つけはしていないが、それ以外はほとんどのことをしても目の前の女には通用しなかった。
「東の国のニンジャはそうしたものの訓練も受けているとは聞いていたがな」
「クノイチっす。ま、頭ん中壊れても直るので」
そう返すイリアは焦燥した顔の中にもまだ正気の色を持っていた。
「まあ良い。影武者である君が使えればそれはそれで使い道はあるが、なくとも困らん人材ではある。ならば、こちらはこちらで気長にやるとするよ」
「さっさと殺すって選択が一番望ましいっすね」
そのイリアの言葉にボルトアは「はっ」と笑った。弱音を吐くほどには効いているらしい……と踏んだのだ。であれば、もう少し付き合ってみるかと思い、ボルトアはその部屋を後にした。
もっともそんなやりとりがされている間に、状況が既に動き出していることには、さすがにボルトアも気付いてはいなかった。まさか女王が今このときに目覚めているとは、知らなかったのである。
◎王都シュヴァイン 王城デルグーラ 女王の寝室
時はすでに女王が目覚めた後になる。
ゆっこ姉はガルアや動揺している騎士たちを引かせ、今はベッドの上でジーク王子を膝の上に乗せて寝かせている。そしてベッドの横のイスにはアオが座っている。
「なるほどね。アオ様にはまた随分と迷惑をおかけしたようね」
久方ぶりの安堵の眠りについたジーク王子の頭を撫でながら状況を聞いたゆっこ姉の言葉に、アオが首を横に振る。
「元々、こちらが招いた厄介ごとです。まさか悪魔たちが動いて、ここまで仕掛けてくるとは。風音さんたちにも随分と苦労をかけてしまいました」
「これまで一度もなかったことですものね。どうしようもなかったとは言わないけど、起きてしまったことはもう取り戻せないわ」
その言葉にアオも寂しげな顔で頷く。起きてしまったことのなかには転生竜の儀式で生んだ息子のひとり、北黒候ゲンの死も含まれている。
『…………』
アオの肩にインビジブルと光学迷彩で隠れているタツオが声を出さずにその頬にスリスリと顔を擦りよわせた。竜気を通じてアオの寂しさが伝わり、慰めようとしているのだろう。そのタツオにアオは静かに「大丈夫です」と返す。
「それで、私を救ってくれたあのチンチクリンは大丈夫なのかしら?」
ゆっこ姉は自分が目を覚ました理由を聞いていた。あの強欲のエイジにかけられた黒き雷の呪いによって、自分は意識を奪われ眠りにつかされた。そして無限の鍵を使った風音がそれを目覚めさせてくれたのだとアオより説明を受けていた。しかし風音は目を覚ましたときにはもういなかった。
「なんでも今の彼女はアストラル系の存在を臭いで感知できるらしいです。来る途中に地下に降りていった悪魔の臭いを嗅いだそうですよ」
そう言ってアオは用意された紅茶を口にする。
「大丈夫かしら?」
そのゆっこ姉の心配はアオの心配でもある。しかし、風音は確実性を期すためにと、ひとりでいくことを強行に主張した。奥の手を使うと言っていた。
「今回は『絶対に負けない』そうですから、勝算はあるのでしょう」
奥の手……と、ゆっこ姉が首を傾げた直後である。『それが』来たのは。
”殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺”
それは一瞬のことであった。一瞬のことではあったが、突如、地下から巨大な『殺意』のようなものが吹き上がったのをふたりは感じた。城の外に止まっていた無数の鳥が、けたたましく飛んでいったのが見えた。
その突然の感覚にアオもゆっこ姉も全身が総毛立ったのが分かったが、しかしそれは瞬時に消え去った。何事もなかったかのように。
「なんですか、今のは?」
恐る恐るアオが尋ねる。その殺意は本当に洒落にならない鋭さを秘めていた。だが当然ゆっこ姉にもその出所は分からず、首を横に振った。
そして地下では……
◎王都シュバイン 王城デルグーラ 地下水路
カツーンカツーンと足音が響く。
「あの分ならいずれ落ちるでしょうが、間に合いますかねえ」
ボルトアがそう独り言を言いながら暗がりの水路を歩いている。
「ま、別に隠居ではなく死亡でも良いんですが」
そう口にするボルトアの瞳は赤く輝いていた。
ボルトアの望むベストは『女王本人』が王子に王位を譲り渡すことだ。その後は隠居という形で影武者に動いてもらうのが良いが、死亡、もしくは目覚めぬ状況を公表し王子を王に即位させても問題はない。波風がどの程度立つかの問題だけだ。いずれにおいてもボルトアが摂政となるのに問題は発生しない。
「どうせエイジの呪いは解けないですから、焦る必要もありませんか。王子にしても徐々に調教していけばよろしいでしょうし」
そういってボルトアが笑う。まるで耳まで裂けそうな笑みを浮かべる。
実のところ、このボルトアの中のモノの名は嫉妬のゴーアという。それは千鬼討伐の後にゆっこ姉に挑み倒された悪魔の名だ。それが今このボルトアの中にはいた。前から取り憑いていたわけではない。そうであるならばゆっこ姉は早々にその正体を気付いていただろう。ならば当然、エイジに回収された後にボルトアに取り憑いたということになる。
元々ゴーアはこのミンシアナ王国の白剣とその使用者の確保を目的として、この国に潜伏していた。しかしゆっこ姉は隙を見せず、ゴーアが白剣を息子に継承させたと知ったのも、風音たちの黒岩竜討伐後のことだった。
計画は王子の確保へと変わったが、その直後に黒竜ハガスの心臓の奪取というイレギュラーな状況が発生する。そのため白剣を手に入れるのも一旦置いておいたのだが、ハガスの心臓奪取の状況を利用して、ゴーアはミンシアナ王国そのものを手に入れつつある。
「ま、確保手段は定められてませんしね。ジルベールもゼクウも国を手に入れている。ま、ディアボの件は置いておくとしても」
まさかディアボが倒されるとは思ってもいなかったのだ。倒したのはゼクウの孫で、封印処理されたとは言えゼクウが回収したので、また復活も出来るだろうが……そう考えていたゴーアに、何かがよぎった。
”殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺”
ゴーアはその突然の殺意に総毛立った。まるで数千の人間から本気で「死ね」と罵られたような圧迫感が一瞬だけゴーアを通り過ぎた。
「なんです?」
そうゴーアは口にする。今までに感じたこともないような巨大な殺意。それが通り過ぎた感覚。そして、それは確実に自分を捉えていたのが分かった。
そして異変はそれだけではない。ゴーアの歩いている小路の下を流れる水が凍りついている。おそらくは今の殺意と同時に行われたのだろう。
「はて、何が起こっているのやら」
そうとぼけたような言葉を発しながらもゴーアの視線は通路の先に向けられた。
そこには恐らくは水面を凍らせたであろう少女が氷面の上を歩いてきていた。そしてヌケヌケとこう言い放った。
「やあ、こんな場所で人と会うなんて奇遇だねえ」
そしてゴーアにはその少女に見覚えがあった。それは表向きの存在であるボルトアとしても会ったことがある。なのでそれに合わせてゴーアは返答を行った。
「おやカザネ殿、何故あなたがここにいらっしゃるかは存じませぬが、このような場所にひとり訪れては危険でございましょう」
そのゴーアの言葉に少女が首を傾げた。
「あれ、どこかであったっけ?」
「それはもう、あなた様がこの城にいらした際に何度か」
ボルトアとしての記憶では、事実何度か出会ってはいる。そして黒岩竜討伐後の祭りの際にはゴーア自身も密かに風音を目撃していた。
「いやいや、会ってないはずじゃないかな。あんたとは?」
風音の言葉と同時にゴーアの何もないはずの左側の空間から突然巨大な『黒い拳』が振り下ろされる。そして石の壁が砕かれる音が響きわたった。
「ほら。まさか、運動不足の大臣さんがオーガの一撃をよけられるわけないよね?」
風音が何気なくそう言うが、ゴーアの立っていた場所は今や破壊され、そこには黒い巨人が立っていた。そしてゴーアは後ろに飛び下がっていた。
「近頃の大臣はフットワークが命なんですけどね」
おどけるゴーアだが、今し方攻撃を仕掛けた巨人を見て、眉をひそめる。
(召喚速度が異常に速い。あの黒いオーガの変異種は一体なんだ?)
竜気を纏っているオーガ。かつて竜との間に子をなしたオーガが存在しているとは聞いたことがあったが、目の前のそれはまさしくそのような姿だった。そしてゴーアは風音が化け猫を飼っていることは知っていても、このオーガを召喚出来ることは知らない。
「茶番は結構。あんた、エイジとかいうのから力もらったでしょ。臭うんだよね、臭い悪魔の臭いが」
そう言って鼻をクンクンとさせる風音に、ゴーアが苦虫を噛んだような顔をする。確かにゴーアはゆっこ姉に破れた後、あまりにも損傷が激しかったために、エイジからアストラル体を委譲されていた。だがそれを嗅ぎ分けられると言われてもゴーアには理解できない。
「そんで私はそのエイジに色々と恨みがあるの。ベンゼルさん殺されたり、ジンライさんの腕を持って行かれたり、弟を痛めつけてくれたり」
思い出したのかギリギリと歯軋りをする風音にゴーアが気圧される。
「私はエイジではないんですけど」
「うん、だけど、繋がってる以上はお仲間だよね。それに」
「ゆっこ姉に二度と手を出さないようにここで潰すね?」
風音は、悪魔に対しまるで悪魔のような笑顔を向けて、そう宣告した。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣フェザー×2・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜喰らいし鬼王の脚甲・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪
レベル:32
体力:124
魔力:235+420
筋力:55+20
俊敏力:50+14
持久力:32
知力:62
器用さ:39
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』
弓花「潰すの?」
風音「すり潰すの」




