第二百十七話 修行をしよう
食事も終えて落ちついた後、風音はタツオを伴ってエスカレーター的なものにもなるという階段を上がっていた。
先ほどまで一緒にいたアオは今は風呂に入っている。ジャグジーとシャワーのどっちに驚くだろうかと想像しながらひとりクスクス笑っていると、気が付けば屋上にまでたどり着いていた。
『母上、星が綺麗ですな』
タツオが空を見上げて、そう口にした。
「そうだねえ」
風音もタツオの言葉に頷く。確かにタツオの言うとおり夜空には幾つもの星が輝いていた。思わず見とれてしまうが、しかしその光景を前に風音はブルブルと首を振りパンッと自分の頬をたたいた。その様子にタツオが首を傾げているが風音は星を見に来たわけではないのだ。
そして風音はタツオをその場で下ろすと、名残惜しそうなタツオの視線を浴びながら、アイテムボックスからトンファー入門書を取り出した。
『母上、それはなんですか?』
その本に興味を持ったタツオがちらちら見ながら尋ねる。
「お母さんが強くなるための本かなー」
息子の言葉に風音はそう返す。
『母上は十分お強いのにまだ強くなるのですね』
感心した顔のタツオに風音は「まあねえ」と笑顔を振りまいた後、その場でユッコネエを呼びだした。
「にゃー」
そしてチャイルドストーンから巨大なにゃんこが飛び出してくる。勿論ユッコネエである。実はユッコネエはベアードドラゴンの肉を食べたことで毛並みが良くなっていた。おそらくは魔法耐性も高くなったと思われる。後、地核竜の肉も食って歯が丈夫になっていたりもしていた。
そんなおなじみのユッコネエではあるが、タツオとは初対面。
『おや、こちらの方は?』
つまりタツオとユッコネエのファーストコンタクトである。
『母上の匂いがしますな』
「にゃーお」
近付いていくタツオの顔をベロンとユッコネエが舐めると、タツオがゴロゴロと頬ずりをした。
「んー、仲は悪くないみたいだねえ」
『はい。母上の匂いの方に悪い方はおりません』
頬すりしながら、そうタツオがいう。
「そんじゃ、ユッコネエ。その子御願いね」
「にゃーにゃあ」
任せろとばかりにユッコネエが頷く。そしてその場で寝転ぶユッコネエにタツオが抱きついた。モフモフと気持ち良いようだった。ふあっふあっとするその体毛の上をタツオがゴロゴロしていた。
それを見て風音がほっとひと息ついた。口調からは想像つかないくらいに甘えん坊なタツオがちゃんと風音から離れて見ていてくれるのか、それが非常に心配だったのだがどうやら杞憂のようだ。
と同時に自分以外にも懐いている姿を見て少し寂しい気もしたが、風音は風音で、目覚めた自分のユニークスキルである『キックの悪魔』を育てなければならないのだ。
そしてこの『キックの悪魔』スキルを調べてみると、その能力は蹴り技の成長強化と、コンボ回数に応じての攻撃力増加、そしてコンボを繋げるための道筋を感覚的に示す補助能力のようだった。
ゲーム中なら攻撃後に指定ボタンを入力して次のコンボ攻撃を繰り出していくのだが、当然風音はコントローラで動いているわけはなく、ボタンなど存在しない。なのでこのコンボを感覚的に示す補助機能というのは恐らくは、ジンライの得意とする『読み』のようなものであると風音は考えている。そして『キックの悪魔』は蹴りが主体ではあるが、ファーストアタックが蹴りならばその後が拳でも関節技でも繋がるらしい。
その説明を見て風音は弓花のような成長補助特化ではないんだなぁ……とは思ったが、しかしコンボによるダメージ増強はなかなか魅力的でもある。とはいえ、差し当たっては『トンファー入門書』を見ながらのまずは技術力の増強を図ることから始めることにする風音である。基礎は大事だ。
そして風音が出したのはレンシューくんというゴーレムだった。人型ゴーレムに簡易動作だけを組んだもので、破壊してもすぐに修復できるし、ダメージ負荷もウィンドウでモニタが可能だ。いくらでも実際に仕掛けることが出来るので練習相手としては最適だと考えて風音はこれを作成していた。
既にレベル上昇によるステータスアップにより、風音の基礎体力は高いレベルにある。知力もあり、理解力もかなりのものだ。
そうした下地となるものが備わっているために、風音はトンファー入門書をスルスルと吸収し、自分のモノにしていくことが出来るようだった。『キックの悪魔』の蹴り技の成長強化も効いているのだろう。
そして「にゃーご」と丸まって見ているユッコネエと、そのユッコネエのお腹に大の字できゅうーと寝息をたてて眠りについているタツオの前で、風音は黙々と反復練習を繰り返していく。途中、アオが上がってきたが気付かない。
声をかけ得ようとしたが、ユッコネエに目で止められた。そしてアオは肩をすくめて、二階の客室に入って眠ることにした。
その翌朝、アオが目を覚まして屋上に上がると、反復練習を続けている風音がいた。
(まあ、昨日に比べると随分と型になって……)
などとアオは思ったが、横で眠そうなユッコネエと変わらぬ姿で寝ているタツオを見てどうやら早朝訓練ではなく、一晩中続けていたっぽいことに気付いて、慌てて止めに入った。
「あれぇ、アオさんだぁ?」
と、朦朧とした顔の風音を風呂に入らせて、汗を流させてからアオは風音を布団に連れていった。どうも集中しすぎて徹夜になっていたらしい。何をするにしても極端な娘だなとアオは思った。
そしてその日の出発は昼過ぎとなったのである。
◎ソルダード王国 上空 夕方
「直感とか身軽とかスキル補助のありがたみが分かるねえ」
と空を飛ぶアオの背の上で風音がひとりつぶやく。起きてからまたひとっ風呂浴びて昼食を食べてコテージを仕舞ったりしたので、さすがにもう目も冴えているようだった。
『スキルをオフにして練習してたんですか?』
アオの問いに風音が頷く。
「うん。でもスキルも一緒に使わないと実践でうまくかみ合わないかもしれないし、直感はあった方が覚えるのはやいかも。うーん、悩ましいね」
結局、昨日は入門書の型を覚えるのにすべて費やしたらしい。それで実際に覚えられてしまうのだから知力の高さって重要だなあと風音は思う。
「今日ぐらいからは実際に試してみようと思うし」
『試す? 昨日みたいにゴーレムで練習するんですか?』
「そっちも検討中。魔物相手だからいくつか形とパターン造って試すけど」
風音は足の脚甲を見る。主の意図を理解してブウンと赤く発光する。
『光った。母上、光りました、それ』
「やる気なんだよねえ。殺されなきゃいいんだけど」
風音がトホホと言いながらも嬉しそうな声を出している。
『話に聞いた狂い鬼ですか。大丈夫ですか?』
アオもここまで話を聞けば練習相手が誰だかは見当が付く。召喚鬼とはいえ気性は荒い。そうしたものは術者を殺すこともままある。
「前回はストレス溜めさせたまま、戻しちゃったし、少しは発散させてあげないと」
『ふぅむ。む……』
アオが何かを見つけたようだった。
「今夜、泊まる場所でも見つけた?」
『いえ、別のものです』
そう言うアオの視線の先を見ると遠くから別の竜がこちらに向かってきているようだった。
『ソルダードの竜騎士と騎竜ですね。風音、インビジブルと光学迷彩を。タツオくんも』
「らじゃ」
『では身を隠します』
スキルを発動させた風音とタツオの姿が消える。
そして空を飛んでいるアオの前にソルダード王国の竜騎士がやってきて併走する。
「私はソルダード竜騎士団 オーマカ・ニワナー」
『ソルダード竜騎士団 騎竜メジロドーリ。西の竜の里ラグナのアオ様とお見受けする』
最初にソルダードの騎士たちがそう述べる。
『はい。西の竜の里ラグナのアオです』
アオの返答に、騎士のオーマカは「おお」と感激の声を上げる。
「伝説に謳われるアオ殿とお会いできたこと、まことに光栄です。しかしながらここはソルダードの地。ここを通る理由をお教え願えますか?」
そう質問するオーマカにアオは頷く。
『すでに聞き及んでいるかもしれませんが、東の竜の里が黒い魔物に襲来を受けました』
「それはこちらにも連絡が入っております」
竜騎士の言葉に騎竜メジロドーリが頷く。
ソルダードのこの騎竜は東の竜の里ゼーガンから里子に出されたドラゴンである。東の竜の里の下に所属している形のハイヴァーンとは違い、ソルダードの竜はソルダードに所属しているという違いはあるが、メジロドーリがその言葉を聞いて、故郷を心配に思うのは無理のないことだった。
そしてアオは、竜騎士たちに自分がその話をミンシアナに伝えにいく途中であることを説明する。無論、ミンシアナの名前を聞いて竜騎士は良い顔をしなかったが、だからといってアオの進行を止めることはない。
竜の里という存在は、譲り渡した竜は国家の命に従い戦うことを認めているし、里としては政治的に中立を貫いている。アオもツヴァーラの顧問ではあるが戦争などに関わることはないと誓約を立てている。
なので、ここでアオを足止めすることは出来はしないのだが、去り際に竜騎士が「しばらくはソルダードには立ち入らない方がよい」という忠告をしてくれた。
ミンシアナとの国境付近で謎の害竜に襲われたことで、国内でドラゴンに対して反発があること。そして、その問題で王権が簒奪されたらしく、今は国内がいろいろと面倒なことになっているということだった。オーマカもミンシアナ行きを上に報告せざるを得ないので、出来れば妙な話になる前に国を通り過ぎた方がよいとのことだった。
ちなみにその謎の害竜とやらは、ゆっこ姉の襲撃のカモフラージュのデマなので竜族にとっては迷惑な話以外のナニモノでもなかったが、そうした事情を知らない風音は(いろいろとあるんだねえ)と思いながら隠れてその話を聞いていた。
そして数分の話の後、アオは竜騎士たちと別れて、そのままミンシアナに向かう。ソルダードに留まるのは面倒なことも起きそうなので、国を越えてミンシアナの国境付近の山の中に降り、そこで一晩を過ごすこととなった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣フェザー×2・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜喰らいし鬼王の脚甲・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器・虹のネックレス・虹竜の指輪
レベル:32
体力:124
魔力:235+420
筋力:55+20
俊敏力:50+14
持久力:32
知力:62
器用さ:39
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』
スキル:『キックの悪魔』『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv2』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化:Lv2[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv2』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv2[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス』『メガビーム:Lv2』『空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』
弓花「なんか物騒な話があったね」
風音「ソルダードは最初の頃から話だけはでているミンシアナとは仲の悪い国だね」




