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まのわ ~魔物倒す・能力奪う・私強くなる~  作者: 紫炎
幕間

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落日の女王

 その日、ミンシアナの王都シュヴァインは喧騒に包まれていた。

 誰もがその目を疑う光景。街の外の土煙の先にある巨人たちの群。それは、あのウィンラードの街を襲った災厄『狂鬼群討伐』をも超える千のオーガたちの大群の姿、そして王都シュバインへともう間近という距離まで迫っている脅威であった。

 ザルツ峠と黒い石の森のオーガをすべてかき集めたかのようなその大群の存在に人々は驚愕し恐怖した。だがミンシアナ軍は民衆がその存在に気付く前からその大群に対して極めて冷静に対応を開始していた。他の都市ならばいざ知らず、このミンシアナの王都に攻め行った時点で勝敗は最初から決していることを兵たちは知っていた。

 そして準備を整えた白き竜を駆る若き王位継承者を先頭とした王都の現存戦力1500名の兵たちの悠然とした進軍に、民衆の声は恐れから兵たちを讃える歓声へと変わっていた。



◎ミンシアナ王国 王都シュバイン 王城デルグーラ 軍幹部室


「ふむ。戦況はこちらの有利に動いているようだな」

 緊急の作戦司令室となっている軍幹部室にディオス・ガルバロスが姿を見せたのは戦闘開始から、すでに1時間が経った頃だった。

「ディオス将軍、まさかこんなに早くお着きになるとは」

 その場にいたディオス将軍の副官が、部屋に入ってきたディオス将軍を迎え入れる。戦闘一時間後だというのに副官がディオス将軍が来るのが早いと口にするのは皮肉ではなく当然ワケがある。

「いや、遅れて済まなかったな」

 ディオス将軍は昨日からゴルディオスの街のA級ダンジョン『黄金遺跡』の視察に出向いていた。そして本日未明にオーガ襲来の報を聞き、飛竜便を使って急ぎ駆けつけたということだった。

「状況の報告を頼む」

「はっ、現在はジーク王子先頭に白剣の陣形で進軍中。白剣とナーガラインとの接続をすでに完了し、現時点で3撃目のホワイトファングを発射しております。これによりオーガの群れは半数が消滅。戦闘は掃討戦へと移っています」

「なるほどな。それで女王陛下はどちらにおいでかな?」

「王の間にて待機中です」

「前線にはお出になられぬようだな」

 ディオス将軍の言葉に副官は苦笑する。

「せっかくの王子の見せ場ですから、ミンシアナに白竜と白剣を持つ英雄ありと示したいのでしょう。自分が行けば5分で壊滅できるでしょうに」

「……恐ろしい人だよ」

 ディオス将軍の僅かな言葉の間に気付かず、副官は「まったくです」と返した。

「特にあの蓄魔器とやらを手に入れた時点であの方に勝てる者など存在するのかと思いますよ」

「そうだな。さて、私は女王に挨拶に行ってくる。こんな状況で遅れた詫びもせねばならぬしな」

「仕方ありません。ディオス将軍もゴルディアスの街から飛竜に乗せられて早々に戻ってきたのではないですか」

 その副官の言葉にディオス将軍は首を横に振る。

「この事態を掴めなかったのは軍の責任であり、私の責任だ。叱責程度で済むものではあるまいよ」

 そう言ってディオス将軍はマントを翻し、副官及びその場の兵たちの敬礼を受けながら、軍幹部室を出た。



◎ミンシアナ王国 王都シュバイン 近隣


「ナーガラインとの接続完了。チャージ!」

 そうジーク王子が口にし、白剣を両手で掲げて天へと突き出すのと同時に、周囲に大規模魔法陣が展開していく。そして魔法陣を通して膨大な魔力が白剣へとそそぎ込まれてゆき、剣先が左右に分かれてその中央に白き光が満ちていく。

 それはかつてのオルドロックの洞窟で放ったものの数十倍の魔力の輝き。そして剣よりほとばしる魔力は巨大な光の柱となり、天へと延びていき、そのままそれを、

「行けええ、ホワイトファングッッッ!!!」

 ジーク王子が一気に振り下ろす。

 そして放たれた白い巨大な牙は一瞬で大地を抉り数十という数のオーガを飲み込んでいく。それはこの地に流れる強大な魔力の流れを白剣に注ぎ込んで放った極大攻撃だ。

 この王都シュバインは他の大都市と同じく、ナーガラインの交差する地であり、魔力の集積地なのだ。そして、その膨大なエネルギーを都市を守る力とする媒介こそが宝剣である『白剣』。

 それはツヴァーラの守護獣『ルビーグリフォン』、ソルダードの守護騎士『エルバロン』、ハイヴァーンの神槍『グングニル』、オルト帝国の黒神像『デウスエクス』、アネモネ王国の守護竜『クロ』等と並ぶミンシアナという国の国防の要。国を守護する最強の兵器である。


「残りどれくらい?」

 ホワイトファングの影響で起きた魔力風も収まり周囲の宮廷魔術師らの形成してた大規模魔法陣が解かれるとジークは魔法陣の中心から出てきて、お付きであるサキューレに尋ねる。

「残り300といったところ……ですか。だそうですジーク様」

 そばにいた遠見の術を使う魔術師の言葉をサキューレはジーク王子に伝える。

「そうか。だったら僕はもう少し魔物の数を削ってくることにするよ。カーザ、いくよ!」

 ジーク王子の言葉に、後ろに控えていた白竜カーザが吠え、そして首を下ろしてジーク王子を乗せようとする。それを見たサキューレが慌てて引きとめようとする。

「お待ちください、王子。さすがにもうしばらくはナーガラインとはつながりませんし、これ以上は兵たちに任せて貴方は下がるべきです」

 サキューレの言葉は目の前でさらなる戦いに挑もうとする王子を心配してのものだったが、だがジーク王子は笑って首を振る。

「なーに。まだ僕は自分の力を出し切っていないし、それにホラ」

 ジャラッと王子の腰に、蓄魔器が4つ下がっている。

「カザネが我が国に与えてくれた新たなる力があれば僕はまだ戦える。そして魔物を討ち、多くの兵を救うことができるんだ」

「王子っ!」

 サキューレの声も聞かずにジーク王子は白竜カーザとともに飛び立った。


「まったくいつの間にか立派になられて」

 飛び立っていく白竜カーザの後ろ姿を見ながらサキューレは溜息を吐いた。そして男の子の成長はどうしてこうも早いのだろうかとサキューレは考える。それは頼もしくもあり、自分のストライクゾーンからすぐにでも外れてしまいそうな悲しさもある。そんなサキューレの心情など知らぬジーク王子はカーザと共に戦いの場へと向かっていく。

 そして戦場に『白竜王ジーク』の名が響き渡る。オーガたちとの戦闘はもうじき終息する。そしてこの国の若き英雄の名を再び知らしめるだろうと思われた。


 だが、この騒動の『本質』はここではなかった。それは国の中心、王城デルグーラ。その王の座す間こそが中心だったと、彼らはこれから知ることとなる。



◎王城デルグーラ 王の間


「ユウコ女王陛下、失礼いたします」

 扉が開き、ディオス将軍が王の間へと入っていく。

 そこには王宮騎士団の面々が立ち並び、王宮騎士団団長ロジャーと副団長を左右において、ユウコ・ワイティ・シュバイナー女王が王座に座っていた。

「ディオス将軍、わざわざゴルディアスの街からの帰還、ご苦労です」

 ユウコ女王の労いの言葉にディオス将軍は首を横に振る。

「いえ、国の大事です。それよりもこの度の軍の不始末、まことに申し訳ございません」

 そう言ってディオス将軍は深く頭を垂れた。王都にオーガの大群が近づくまで気付かなかった軍の責任は大きいのは事実だが、しかしユウコ女王はそのディオスの言葉に「仕方がないわよ」と返す。

「先ほど連絡があったのだけれどね。どうやらあの大群のルートにあった見張り所の兵はことごとく殺されていたようなのよね。砦一つ落とされたところもあったそうよ。飛竜での上空からの偵察だから中はまだ調べられてはいないのだけれどね」

 ミンシアナにもハイヴァーンほどではないが飛竜部隊が存在する。他の国々にも言えることだが、飛竜部隊は戦闘ではなく偵察を主とした部隊と見られていた。ハイヴァーンのように戦闘力を騎竜に頼る国は少ない。

「なんと。であれば今回の騒動、ウィンラードのようなオーガ騒動とはまた別種の、何かしらの意図的なモノ……ということですかな?」

 ディオス将軍の言葉にユウコ女王が深く頷く。

「ま、そういうことね。我が国に喧嘩を売るだなんて、ソルダードのバカがまた攻めてきたとしても不思議ではないのだけど、それにしては妙なのよね」

「まあ魔物をこうして王都に送るだけでは白剣の餌食ですからな」

 国の守護を担う存在はあらゆる力を圧倒する。それはすでにオーガが壊滅状態であることからも証明されているだろう。本来であれば都攻めなどは、国の領地を削り切った後に行うものなのだ。

「そういうことね。もしかすると白剣の能力を見るために送り込んだのかとも思ったのだけれど」

「ないとは言い切れぬでしょう。白剣は長い間、使い手がおりませんでしたから」

 公的にはそのことは告げられてはいないが、数世代に渡って白剣を使える者が王家から輩出されていなかったのは事実。だからこそ身分不確かな異世界の人間である三井原みいはら 優子ゆうこが白剣が使えるというだけで女王という地位にいられるのだ。

「ところで、ディオス将軍」

「はい?」

 ユウコ女王の額のサークレットが光る。

「早々に帰ってきてもらって悪いのだけれど、何故にあなたの部下は宝物庫に入っていったのか教えていただけるかしら?」

「入っていった?」

 ディオス将軍が首を傾げる。

「貴方とともに飛竜便から降りた連中が何故真っ先に宝物庫に行って何かを探し出しているのかを聞いているのだけれど、答えてもらえる?」

 その言葉と共にその場にいる王宮騎士団の槍がすべてディオスに向けられる。

「おっしゃる意味が分かりませんが」

 ディオス将軍の言葉は、だが女王には届かない。彼女の額の真実の目の額飾りホルスアイ・サークレットはすべてを見通している。そしてそれはたとえ『本物』のディオス将軍であっても知り得ないことなのだ。

「狙いは何かしら?あら、ハガスの心臓をお求めなの?」

 そのユウコ女王の言葉にディオス将軍が目を丸くする。

嫉妬インヴィディアのゴーアさんか。七つの大罪? 厨二臭過ぎない?」

「対魔術防御ッ」

 ユウコ女王から殺気を感じたロジャーが団員に大盾を正面に突き出させる。

「待て、私はディオス将ぐ……」


「悪魔でしょ、あなた」


 そう口にした途端に、ディオス将軍の足下に魔法陣が形成される。ディオス将軍は声を上げて飛び退こうとするがすでに遅い。トラップとして仕掛けられた魔法陣から凄まじい勢いで青い炎が吹き出され、ディオス将軍を覆い尽くす。

「うぉぉおおお!!!??」

 そのあまりの熱量にロジャーは魔術防御の大盾を持っていても尚、焼け焦げそうな恐怖を感じた。だがあれで生きている人間などいないだろう。事前にこの王の間にやってくるディオス将軍が偽物であると聞いていたロジャーは、片が付いたと思い、ユウコ女王を見て、


「やりましたな、女王陛ッ……た、退避ぃぃぃいい!?」


 部下全員に退避命令を出した。終わってなどいない。女王の瞳を見てロジャーは全速力で女王の後ろに駆けだした。部下たちもそれに続く。彼らの守護すべき人物は、いっさいの妥協なく、周囲のことも関係なく、スペルを口にする。


「スペル・ラストマジック・コロナゲート!!」


 そして最強の爆炎が王の間を襲った。


 それは城下の王都の人々からも、戦場となった近郊の草原からでも見えるほどの、まるで地上に降りた太陽のような輝きだった。


 そして赤々と溶解した壁と黒煙吹き荒れる王の間らしき場所から黒い何かが飛び出し、それを追うように巨大な炎の竜もそこから飛び立つのを人々は見た。


『コロナゲートに爆炎竜サラマンドラを召喚ですか。本当に人間ですか、貴方は?』


 王の間から出て、王城デルグーラの上空に翼を広げて宙に浮かぶ黒い魔物がそう口にする。それはおどけたわけではなく、本気の問いかけだった。その魔物は、ユウコ女王の言葉が正しければそれは嫉妬インヴィディアのゴーアという名の悪魔だ。


「失礼なことを言うわね。ねえ、ユーケイ」

 対して余裕のある返事を返すのは、爆炎竜サラマンドラの頭部に乗っているユウコ女王。そしてその横にはユウコ女王の英霊である殲滅の魔女『ユーケイ』が並んでいた。

『それは英霊。つまり、やはりあなたはプレイヤー。であれば貴方が持っている可能性が高いというわけですね。宝物庫などに隠してあるはずはないとは思ってはいましたが』

「さてね。ここで死ぬ貴方には関係ないわ」

 そうニヤリとするユウコ女王の笑みにゴーアも余裕ない顔を隠して笑い返す。

「やるわよユーケイ」

「分かっているわ優子ちゃん」

 お姉さんぶるキャラである英霊ユーケイに苦い顔をしながらもユウコ女王はアイテムボックスから四つのリングを取り出し空に投げた。空中に投げ出されたそれはそのまま浮遊しユウコ女王の周囲を回転する。

 そしてゴーアの目にはそれがユウコ女王の魔力を上昇させているのが見えた。

(この上にまだ底上げをしようと言うのか!?)

 ゴーアが戦慄する。それはジョーンズ・バトロアが依頼され工房の総出で作成した、ウロボロスの円環と言われる魔力を増幅させるエンチャントアイテム。そして杖代わりである両腕の腕輪と同期を取り、魔術を最大効力で発現するものなのだ。


『ハハハッ、こりゃあ本気でやらないと負けてしまいそうだな』

 対するゴーアも加減して戦いになる相手ではないと悟り、リミッターを外して凄まじい魔力を放出しながら飛びかかっていく。


「上等!上等!!」

「けど、ちょっと自分を過信しすぎてるかもね」

 それをユウコ女王と英霊ユーケイが笑顔で迎え撃つ。共に『殲滅の魔女』とあざなされた二人だ。その言葉は決して相手を侮ったものではない。それほどの実力差なのだと二人は正確に理解していた。


 そしてその後の激突は、恐らくこの時代の人間が見たこともないような神々の領域の戦いだった。黒き炎が飛び交い、太陽にも似た光球がいくつも生まれ、王城デルグーラを破壊する。

 溶解した城の表面とその熱量に悲鳴を上げながらロジャーが城の中の人間を避難させるのが見えたがユウコ女王とユーケイはお構いなしにグリモア最終章足る最上位魔術を連発する。

 見た目からしても、実際の内容からしても勝敗の優勢はユウコ女王に傾いているのは歴然だった。広範囲魔術メインであるため威力はそのクラスの魔術の中では最高のものではないが、動きの素早いゴーアといえどその影響範囲からは逃れられない。攻撃の一発一発が確実にゴーアのアストラル体を削っていく。

(なんてバケモノ。まさか本当に人間じゃあないのか?)

 そうゴーアが思うのも無理はない。蓄魔器により魔力を湯水のごとく使用できるユウコ女王とレベル300カンストの英霊ユーケイの連携には最上位悪魔のゴーアといえども、まるで勝負にはならなかったのだ。

 そしてトドメとばかりにユウコ女王はユーケイとのコロナゲートの連携技『サンライズ』を直撃させる。その攻撃でアストラル体のほとんどを削り取られたゴーアがついに力尽き、王城デルグーラの中庭へと墜落した。


「母上ーーー!!」

 虫の息のゴーアを追って中庭に爆炎竜サラマンデルとともに降りたったユウコ女王だったが、そこに白竜に乗ったジーク王子が合流した。王宮騎士団団長ロジャーや、その他のミンシアナ軍も中庭に入り悪魔を取り囲んでいく。

「ジーク、下がっていなさい」

 そう言ってサラマンデルから降り、ゴーアの下へと歩いていくユウコ女王。その背後にいるユーケイはすでに召喚時間が過ぎたため、光の粒子となって消えつつある。だが、もうここからは英霊の手を借りずとも十分だろう。

『くっ……本当に人間じゃないな、あんた』

 そして近づくユウコ女王に対してゴーアは偽りのない感想をぼやく。最上位の悪魔から見ても目の前のユウコ女王の力は異常過ぎたのだ。

 だが、悪魔の言葉をユウコ女王は鼻で笑う。

「人間やめて悪魔やってるやつには言われたくないわよ」

 そう言ってユウコ女王がその手をかざす。この悪魔の目的は黒竜ハガスの心臓。何に使うつもりかは不明だがここで元凶を絶ってしまえば問題はないだろうと、トドメを刺そうとしたとき、


「アイテムボックス内には心臓はないみたいだよ、ゴーア」


 突然の言葉とともにユウコ女王に黒い雷が落ちた。そして中庭に絶叫が響き渡る。


「母上っ!?」

 その光景にジーク王子が白竜カーザから飛び降りて母の下へと駆け出す。だが、その足は途中で止まった。そしてジーク王子の表情は固まり、ある一点を見ていた。

 気が付けばユウコ女王とゴーアの間にひとりの少年が立っていたのだ。しかしその場にいる誰ひとりとしてその少年が今の今までそこにいるのに気が付かなかった。それは黒髪、黒目の、まるでジャパネスの人間のような顔立ちをした少年だった。


「あなたは……まさか」

 黒い放電に蝕まれながらも立ち上がろうとするユウコ女王が驚きの表情で少年を見ている。知っている顔ではない。だがその素姓にユウコ女王は心当たりがあった。そして少年は頷き、ユウコ女王の予想を肯定した。


「僕の名前は強欲アワリティアのエイジ。かつては君の同類だった者だよ」


「やっぱり……そういうことなの?」

 その言葉をユウコ女王は正しく理解する。目の前の少年は元プレイヤーの悪魔なのだと気付いてしまう。そしてエイジと名乗った悪魔は余裕の表情でユウコ女王に対して話を続ける。

「けれど、ごめんね。残念だけどゴーアをやらせるわけにはいかないんだよ。いつの間にやら傲慢スペルビアのディアボと怠惰アケディアのゾアラルが倒されていてさ。大罪の席がこれ以上空くのはちょっと困るんだよね」

 そう言って、倒れているゴーアを持ち上げる。本来であれば、兵たちはその少年も捕らえるように動かなければならぬはずなのに、だが少年の姿でありながら常識外れた威圧感を出している目の前の存在に、誰ひとりとして近付くことが出来ない。動けば殺される。彼らの生存本能が、そう答えを出していた。

「ま……待ちなさいっ」

 その中でただ一人プレッシャーを押しのけて動くことができたユウコ女王が叫びながら立ち上がる。だが彼女にしてもそこまでだ。体内を駆け巡る黒い雷がユウコ女王の自由を奪い、それ以上の行動を許さなかった。

「しかし、あんたが持ってないならやっぱりあのアオが持ち帰ったのかなあ。もしくは鬼殺し姫とかいうのが怪しいのかな?」

 クスッと笑いながらそう口にするエイジに、ユウコ女王は表情こそ変えないが内心では焦りを覚える。目の前の相手は危険だ。今の風音たちの勝てる相手ではない。

 だがそうは思うものの、黒い雷はユウコ女王の意識を徐々に刈り取っていく。これは恐らく呪いの類だとユウコ女王は気付いたが、すべてはもう遅い。その様子を満足げに見ていたエイジは、

「ま、のんびりと確かめるとするかな」

 と口にして全員の目の前から悠然と消えていく。


「ま、待て!?」

「そやつを捕らえろ!」

「母さんに何をしたッ!」


 同時に金縛りが解けた周囲が走り出すが、


「それじゃあね」


 そう口にしてエイジとゴアは一瞬にして消滅した。そして同時にユウコ女王は素早くウィンドウを開いてメーラーを立ち上げた。

(マズい、マズい、マズい!!?)

 このままだと連中の手は間違いなく、あの親友たちへと伸びる。ジーク王子たちがユウコ女王の名を叫びながら駆け寄ってくる中、ユウコ女王はただひたすらに空中に浮かぶキーボードを叩きながら、文章を書いていく。


「届いてっ!!」


 そして最後の力と共にエンターキーを押したユウコ女王は、同時に意識を失った。

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