第百七十九話 ミノくんを応援しよう
◎首都ディアサウス ウェルス大学 第5実験区画
「ほれ、さっさと倒さんかい」
「エミリィ。『ブレイク』だ。やれっ」
「ミノくん、がんばーー!ナイトーさんもがんばーー!!」
三者三様の声が響く。順にジンライ、マーベリット、風音である。
そして彼らの目の前には直樹、ライル、エミリィが3メートル魔剣持ちのストーンミノタウロスと3体の騎士型ゴーレム『ナイトーさん(水晶化仕様)』と対峙していた。
「チクショー、どう見ても50〜60階層とかそっちクラスだろ。これーー!?」
「兄さん、文句言わない。師匠が見てるんだから」
「あー、あの騎士型が強いっていうか姉貴っぽいんだが。俺には攻撃できないんだが」
対峙というか直樹たちは阿鼻叫喚の声をあげながら逃げまどっているという感じである。
まず相手のストーンミノタウロスだがその巨体と怪力に加え、3メートル魔剣の持ち上げるときに重量が軽減される効果が非常に強力だ。何しろ力を込めるのは振り下ろすときだけでよい。さすがに直樹たち相手には危険でできないが、ストーンミノタウロスの膂力ならば微塵切りのように敵を細切れにすることすら可能だ。
そしてそのストーンミノタウロスの周囲には実に久方ぶりに出された騎士型ゴーレムのナイトーさんが3体並んでいる。
このナイトーさんは以前にキンバリーにアドバイスされた通り、風音の動きに併せて姿形も模して造ってある。『身軽』や『戦士の記憶』などのパッシブスキルまでは反映されていないがレベル31の風音を模した動きなため、当然その能力も以前よりは上だ。それに水晶化を行い、防御力上昇効果も追加されている。
持っている剣と盾も元は土塊だが水晶化の力で立派なクリスタルソード(刃引き版)とクリスタルシールドと化している。下手な武器や防具よりも硬度があるので、これを売るだけで儲かりそうだった。
そのミノくん軍団を相手に直樹たちは大いに苦戦していた。大物のストーンミノタウロスに接近戦を挑もうにもナイトーさんたちが邪魔をして攻撃ができないし、直樹とエミリィの遠距離攻撃はストーンミノタウロスにほとんどダメージを通さない。それにナイトーさんたちも硬く、併せてストーンミノタウロスの振り下ろし攻撃を気にして、あまり大きなダメージも与えられない。
問題なのはブルーリフォン要塞の時のストーンミノタウロスと違って巨体にモノを言わせた攻撃だけではなく、連携を意識した動きをしていることだ。風音の『情報連携』による協力体制を組んだミノくん軍団には攻め込む隙はなかった。
そしてライルがナイトーさんを一体しとめたものの、同時に3メートル魔剣の平で弾き飛ばされて、直樹はナイトーさん2体に囲まれ、エミリィがストーンミノタウロスに3メートル魔剣を突きつけられたところで勝負が付いた。
「「「参りました」」」
大惨敗である。
ジンライは予想通りといった表情だったがマーベリットは渋い顔だった。今回の負けの最大の要因がエミリィの攻撃力不足によると考えているためだ。
(なるほど。竜牙鋼の矢が必要なわけだな)
昨日に頼まれた、地核竜の牙と魔鋼を組み合わせた矢があれば確かに今の戦闘でも勝敗はわからなかったかも知れない。
もっとも元々直樹たちのパーティは防御力の高い魔物に弱い傾向があるだけで、普通の魔物相手ならばそこまで後れをとることはない。特にエミリィの得意とする風属性の魔術を込めた矢は鉱物系には効果が薄いが、生物系にはかなりのダメージを与えることができる。ブルーリフォン要塞でのストーンミノタウロス戦に続きエミリィは今回も役立たずではあったが、これは相性の問題が大きかった。もっとも、それで師匠を納得させられるかといえば否ではあるが。
なお、今回の主な敗因は姉の似姿であったナイトーさんに攻撃を加えられず、ストーンミノタウロスに遠隔攻撃を続けていた直樹にもある。直樹は戦うよりも抱きしめたい、そんなラブアンドピースな男であったのだ。
そして一段落した一行が現在いるのは、昨日に風音がコテージを作った第5実験区画という大学の屋外実験場であった。
ようやくのジンライの復帰。パーティ全員で病院に迎えに行ったが、そこでまず最初にジンライが望んだ復帰祝いがストーンミノタウロスとの対戦であった。その上で風音が今日もコテージの話を聞きに行くこと、ストーンミノタウロスを構成できる土塊がそこには多くあること、またマーベリットはジンライの知り合いで融通が利くことから、対戦にはこの場所が選ばれたというわけだ。
そして始まったジンライvsストーンミノタウロス戦だが、激戦というほどジンライは力を奮ったわけではなかったが、それはライルたちにとってみれば壮絶な一騎打ちであった。
3メートル魔剣を紙一重でかわしながらジンライは、的確にゴーレム系統の弱点である関節部にダメージを与えていく。それを見ながら風音は(やっぱりそっちの方面を極めてる人相手だと力押しは難しいねえ)と唸っていた。
結局ストーンミノタウロスの稼働制限時間である10分と経たずに四肢を破壊し行動不能にしてしまったジンライは、続けて孫たちの戦いぶりも観たいと風音に再度ストーンミノタウロスを造るよう希望した。
風音の魔力だけでは本来一回で打ち止めになる高コストのストーンミノタウロスだが、紅の聖柩と蓄魔器によりのこり2回は作成できる。なので風音もぶつぶつ言いながらも再度造って戦わせたのである。なお、ナイトーさんもいっしょに造った理由はジンライに結構あっさりと負けたので、そのリベンジ的なものだったのだが、どうやら想像以上の効果があったようだった。主に直樹に。
そして風音は、続いてのジンライ主導による修行が始まったのを見計らって、マーベリットにピトッとくっ付いた。なんという硬さか。黒いダイアモンド、風音はマーベリットをそう心の中で呼んでいた。
その様子に気付いた直樹が「あーーーー!」と声をあげたが、その隙をジンライに一撃もらって倒れた。なお弓花は今はこちらにはいない。一度バーンズ道場に寄ってシンディと合流してから午後にこちらに来るとのことだった。
「魔力が足りないのだな」
「そうです」
確認のためにマーベリットが尋ねるが風音は真顔でそう返した。風音はチャンスを逃さない女の子だ。欲望に忠実な女の子なのだ。その返事にマーベリットはため息を吐いて、話を続けることにした。
「まあ、いい。とりあえず昨日渡された図面とコテージはあらかた見させてもらった」
「お仕事お早いですなあ。さすが良い筋肉をお持ちの人は違う」
スリスリスリスリとしている風音。硬い。だがそれが良い。遠目から見れば木にへばりついているコアラのような感じである。
「あの全てが土と岩でできているとは到底信じがたい。錬金術の類にしか見えんが」
(あーそうかもねえ)
正しく言えば、風音がスキルとして覚えて使っているものは魔法と呼ばれるものであり、それを解析し術式として人間が使えるようにしたものが錬金術である。
「とりあえず、問題点は洗い出して、書いておいたので後で渡してやる」
「あざーっす」
風音上機嫌である。だが、対してマーベリットはあまり良い顔はしていなかった。それに気づいた風音が疑問を呈する。
「ん、何かあったの?」
「正直なところ私はこれを気軽に引き受けたことを後悔している」
その返答に風音が首を傾げる。
「その様子ではやはり分かってないようだな。私の頭の中の混乱ぶりを中身をくり抜いてお前に見せてやりたいくらいだが、とりあえずこの設計図面に関しては私の弟子たちにも箝口令を敷かせてもらった」
「???」
ますます風音にはその話の意図が読めない。だがマーベリットは構わず話を続ける。
「何せ、ふたを開けてみたらこちらの知らない新技術が数えただけでも二桁は出てきたんだぞ。家ってのはある意味では人の技術の集大成だからな。細かい部分を挙げればキリがないが実にとんでもないものを見せられた気分だ」
確かに風音のコテージは風音たちの世界の常識を纏めた建造物である。それも風音が自分で自分の世界の技術を再現させたわけではなく、元々デフォルトで入っている設計パターンを組み合わせて、さらにウィンドウの機能によって、それらを最適化してバランスを整えているオーバーテクノロジーの結晶だ。ある意味では一点もののマッスルクレイよりも深刻な問題だったのだが、当然建築士でもない普通の高校生基準の知識しかない風音にはその価値はわかっていなかった。
「本来であれば喜ぶべきことだろうがこれは正直、頭が痛くなった。今は弟子共に特許申請のための書類を纏めさせている」
(こっちの国でもあるんだねえ。特許申請……)
以前に風音が聞いた話では商人ギルドの下部組織的な形で特許ギルドというものがあるらしい。
「お前に隠す意図はないようだが、あれを野放しにするのはさらに面倒ごとが増えそうなのでな。お前の名で登録だけでもさせてもらう。良いな?」
「う……うん」
有無をいわさぬマーベリットの言葉に風音は頷く。なおスリスリは継続中だ。この黒い筋肉は不安になった風音の心にパワーを与えてくれる。
「それで細かい作業はこちらで行うが、その後は私たちもお前と正式に契約という形で、その技術を使わせてもらうよう交渉させてもらうこととなる」
「メンドイねえ。マーベリットさんの判断でどうにかってのかは」
「私ひとりの判断でどうにかするには重すぎるわ!」
「うぐぅ」
怒られた。
その風音の様子にマーベリットもアタマを抱えている。好きに使ってしまうには重すぎる内容なのだ。厄介ではあるが、子供のおもちゃのように好き勝手にもてあそびたい気持ちもある。儲けを考えるならいくらでも儲けられそうだ。
だが、それを抑えて大人の対応ができているのはマーベリット自身の自制心の賜物だろう。或いはメフィルスの知り合いでなければ、或いは長命種ではなくただの人間の思考であったならば、大金の種を前に自分のプライドを捨てて食いついていたかもしれない。実際、弟子をいさめるのにマーベリットは苦労していた。
「ともかく、それはそういうことでよろしく頼む」
「うん。分かったよ。次のクエストが終わったら一度こっちに戻るから、そのときにでも契約とかそういうのをするよ」
風音のうなずきに安堵の笑みを浮かべるマーベリット。とりあえず厄介すぎる案件を一応終えたので一息つけたようだった。
「お前は自分の持っているモノの価値をもう少し理解しておくべきだな」
そして心の余裕ができたのか、そう忠告する。トゥーレ王国の件もある。風音にとっては耳の痛い話だった。
「それと、昨日の竜牙鋼の矢の件は、あくまで大学内での仕事になるので、明後日までには20本完成といったところだ。持ち込まれた地核竜の牙からは200本程度はいけるそうだから、そちらはまたこっちに寄ったときに渡すので良いな?」
「うん。問題なし」
竜牙鋼の矢というのは矢尻を竜の牙と魔鋼を組み合わせたものにすることで竜気を纏わせたまま、魔道弓の本来の働きである魔術を装填させる機能も持たせた矢のことである。普通の武具屋では手には入らないため、こうした製造技術のあるところでお願いして造ってもらうしかできない。
「しかし大盤振る舞いだな。地核竜の牙なんて欲しがるやつはいくらでもいるだろうに」
「命あっての物種だしね。後方からの支援はやっぱり必要だし、火力はあった方がいいから。自分たちで手に入れた素材だから好きに使わせてもらうよ」
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:31
体力:114
魔力:205+420
筋力:55+10
俊敏力:48+4
持久力:31
知力:62
器用さ:39
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』『より頑丈な歯[竜系統]』『水晶化[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス』『メガビーム』『空間拡張』
弓花「ミノくん軍団強そうね」
風音「うん。だけどミノくんは10分で退場なので、ここぞというときじゃないと出せないんだよね」




