第百六十七話 謝罪をしよう
「すみませんでしたーーーーー!」
風音が土下座をしていた。英語でいうとDOGEZA、略するとDGZである。ジンライ仕込みの強力な土下座だ。そしてその下には黒いシミが広がっていた。涎でなければおそらくは涙であろう。
そう、風音は心の底から泣いていた。あの弟にできた貴重なお友達が絶交とか言いだしたらどうしようかと涙していた。
「いや、やっちゃったものは仕方ないですから」
その風音の前でオーリが申し訳なさそうな顔で「いいですから」と言っている。普通に命の恩人である。そりゃベビーコアは勿体ないとは思ったが、オーリはそれで恩人を糾弾するような男では当然ない。直樹も「オーリもこう言ってるしさ」と姉を説得するが風音の土下座は止まらなかった。
そしてその土下座空間から離れたベビーコアのあった部屋の奥では3人を抜かしたメンツがベビーコアの欠片を拾い集めていた。これはこれで素材として使えるものなのだ。
「しっかし、見事に木っ端微塵だなあ」
その欠片を見ながらバックスがあきれたように言う。それにはこの場にいるライルやナイラたちも困り顔で笑いあった。
「ナオキが言うにはあの技で悪魔を一撃で殺してクリスタルドラゴンの下半身も吹き飛ばしたってさ」
ライルがそう口にするとオルトヴァが不審げな顔をした。
「アストラル体も破壊するのか。ああ、そうか。だから竜の爪なのだな」
そしてひとり納得していた。
「そういえばクリスタルドラゴン退治、私らも呼ばれてたなぁ」
「こっちがあるから断ってたがな」
ナイルの言葉にアグイが頷く。
「今、ドンゴルの街にランクA~Bの冒険者が100人くらいいるらしいですよ。地竜が狩り尽くされそうだって」
エミリィがそう話を広げたが、その後ろでセラが「私、呼ばれてないなぁ」と呟いたことで会話が途絶えた。
なお、セラもランクBの冒険者ではあるが、彼女の率いている『黒鴨団』はランクCメインの10人ほどのパーティだ。なのでお呼びがかからなかったのは彼女個人の技量の問題ではないと思われた。セラもそれは承知でちょっとした自虐ギャグのつもりで口にしたのだが、周囲の「話題にしてゴメン」的な空気に逆に落ち込んだ。そしていたたまれなくなったので横にいるユズに声をかけた。
「そ、それにしても、あのストーンミノタウロスは凄かったわよねえ。カザネが動かしてるのが分かってても私恐かったし」
「……え? 何か言いました?」
そのセラの言葉を聞いていなかったユズが目をパチクリさせて聞き返した。
「いや、そのね。カザネのストーンミノタウロス凄かったなって。あれ、ゴーレムよね?」
「ああ、ええ。そうですね。多分」
歯切れ悪くユズは返した。
「ユズ。あんた、さっきから口数少ないけど大丈夫? 痛み止めの術が解けてきたとか?」
ユズの妙な反応を心配してナイラがそう尋ねた。
「ううん。そんなことないよ。さっきもアグイさんに治療してもらったし、まだ足は動かせないけど、大丈夫だから」
「そう、ならいいけど」
ユズは今は壁により掛かって自前で作った土の椅子に座っていた。
どうにも情緒が不安定そうだったので、話し相手にだけでもとみんなの近くにいたのだ。
そしてオーリングと白き一団とセラはベビーコアの欠片と巨人の単瞳というキュクロープスから手に入れた素材を回収すると、夜になっていることもあり、ここで一夜明かそうということになった。
その後の協議で、モンスターハウス跡で手に入れた水珠は風音たちに、そして巨人の単眼はオーリたちが所有することとなった。風音は「これもー」と水珠の譲渡を口にしていたが、それはオーリの矜持が許さなかった。オーリはキュクロープスから自分達を救い、アルズの亡骸を回収し、ストーンミノタウロスを倒しユズも助けてくれた(あのままならいずれ見つかっていたかもしれないとオーリは考えている)風音たちに救われすぎたと感じていた。むしろ借りをいつか返させてくれとオーリが言ったことで風音はようやく土下座を解除したのだ。
ちなみにセラは「正直私役に立ってないわよねえ」とため息をつきながら自分で回収した分のベビーコアの破片とストーンミノタウロスのコアストーンの破片をリュックに入れていた。実際のところ、これだけでも大成功といえる成果なので後で『黒鴨団』の仲間と共に酒場でも借り切って飲み明かそうと考えていた。
もう劣等感すら起きないこのメンツの中から抜けてさっさと仲間と再会したい気分でいっぱいだったのだ。
そして風音達はお風呂に入った。
◎ブルーリフォン要塞 心臓球の間 特設大浴場
「なんで、風呂が急にできたんだ?」
「いいから、いいから。さっさと入ろうぜ」
頭の中がハテナでいっぱいになったオーリの背中を推しながら直樹は男性用の浴場へと入っていく。他の男性メンバーも狐につままれたような顔をして中に入っていった。
そして女子風呂では、
「ゴーレムハンドがチャイルドストーン動力でお湯と水を器用に調整して出してる……」
回復したアグイの魔力でようやく骨折した足を治してもらったユズが疲れた声を出していた。
ユズの傷だが、魔術によって炎症は抑えられ、内出血の心配もないそうなので今は湯船に浸かっている。魔術バンザイだ。
そしてお湯も温めに設定されていた。そのお湯は水珠から出した水を水槽ふたつにため込み、直樹の炎の魔剣で沸騰させた水槽と、そのままの水槽の水を調節して出している。
これは風音がコテージとは別個に作成している大浴場シリーズの最新作だった。水珠という水源を手に入れた風音はついにいつでもどこでもお風呂に入ることが可能になったのだ。なお本人曰く、
「温泉の方が情緒がある」
とのこと。ただ風呂に入れるだけでは足りない。少女の欲望は果てしない大河のようであった。
ついでの話だがナイラがボイーン、セラがボイン、エミリィがチョイン、風音とユズはチョンという感じでした。なんの感じだろう。分からない。
「うわぁ、鏡まであるー」
エミリィが感心する。コーティングの鏡面加工と水晶化の合わせ技である。それにますますユズが頭を痛めた。
ゴーレムの表面加工は魔術としては存在しているが、基本的にはエンチャント魔術の類だ。実際にはゴーレムもエンチャント魔術の一種なのだが、ゴーレム魔術を覚えるのにグリモアフィールド(とこの世界では呼ばれている。風音がフライの術を覚えた方式のフィールド)を使用しているトーレ王国のゴーレム使いにはエンチャントは別で覚え直す魔術であり、ゴーレムと併せて扱える者はそう多くない。少なくともユズには使えない。
「あの……カザネさん」
そしてユズは意を決して風音に尋ねることにした。
「なーに、ユズさん?」
なお、風音はユズをユズさんと呼ぶ。幼く見えるがユズはエルフであり25才の年上である。精神が肉体年齢に引っ張られているため幼い性格になっているが風音よりもお姉さんなのだ。
そして風音としてはユズは同じツルーンでペターンな仲間であったので親しみやすく感じていた。いやエルフはルイーズのような規格外を除けば元来ツルーンでペターンが標準装備。人族でまだ伸び代のある(と思い込みたい年頃の)風音からすればその未来のないツルーンとペターンを見るたびにユズに対して優しい気持ちになれるのだ。そんな事情から生暖かい笑みになっている風音にユズが質問を投げかける。
「カザネさんはゴーレム使いなんですか?」
「? 見ての通りじゃないの?」
風音が不思議そうに聞き返す。風音は風音でウィンドウの処理能力で『普通』よりもゴーレムが上手く扱えるようだとは分かってはいたが今まで比較対象が存在していなかったので、その異常さがほとんど理解できていなかった。キョトンと返される返事にユズはさらに頭痛がした。
「ええと、カザネさんってトーレ王国の出身ではないんですよね?」
ユズも風音が直樹の姉であることは聞いている。そして直樹はトーレ王国出身ではない。その言葉に風音は当然頷いた。
「それで、そのゴーレムを操る技術をどこで覚えたんでしょうか?」
「うーん、秘密」
さすがに直樹の知り合いでも安易にスキルを手に入れる能力のことは口にできない。そしてユズは「そうですか」と言って引き下がった。
「多分トーレのものとは違うものなんじゃないかなあ。よく分からないけど」
「そうかもしれません。正直わたしの知ってるゴーレムを操る術とはレベルが違いすぎます。魔力量は補助アイテムの力なのは分かりますけど魔術の制御能力がおかしすぎます。異常です」
「そこまで言わなくても」
風音は困り顔だが、ユズは興奮した顔で風音に話を続ける。
「あのですね。いいですかカザネさん。他にもあるんですよ。あのタツヨシくんって人形ですよね」
「うん。その一種だね」
確かに人形ではある。制御系が人形使いではなくゴーレム使いのものではあるが。本来の人形使いの人形はもっとハイスピードな戦闘をこなすものなのだ。
「それに使われてるマッスルクレイはトーレの本国では秘中の秘なんですよ。本来大っぴらにして良いものではないんです」
「そうなの?」
その話は風音は知らない。そもそも秘中の秘であることをトーレの人間でもない風音が知るはずもない。
「そうです。どこであの人形を手に入れたのかは知りませんが、悪いことは言いませんからトーレ王国に渡した方が良いと思いますよ。でないと絶対に揉めます」
そう口にするユズの言葉は事実、風音を心配してのものだ。
存在自体が消滅した人形使いとその人形使いの人形はトーレ王国では今や神格化された存在だ。その残り香であるわずかばかりのマッスルクレイも国宝扱い。そう考えればユズの言葉は生やさしいものかもしれない。トーレで御神体扱いされているものを好き勝手に振り回しているに等しいのだから。だが、風音としてはそんな話は聞けないだろう。なぜなら、
「うーん。でもこのタツヨシくんは自分で造ったもんだしマッスルクレイも拾ったんじゃなくて作ったんだよ。これも自分で」
風音はそう口にした。どちらも親方製で風音が直接作ったわけではないが、風音が考案し頼んだことでできたものだ。なお竜船の中で『拾った』マッスルクレイは不思議な倉庫の中に入れたままである。
「ええと、そんなことできるわけッ……いや、えと、できるんですか?」
脊髄反射的に否定しようとしたユズが、思い返して聞き直した。
「うん。今ミンシアナとツヴァーラで量産体制に入ったって聞いたけどね」
これはゆっこ姉からの連絡メールで知ったことである。進捗状況はゆっこ姉から逐一風音に連絡が届いている。
「ゴーレム使いの秘術を他国に売り渡しちゃったんですかぁああ!」
その話にユズが悲鳴をあげた。
「いや私はトーレの人じゃないし」
「でもゴーレム使いなんですよねえ。だったら仲間じゃないですか」
どうもユズの中ではゴーレム使い=仲間らしい。これもトーレがゴーレムの魔術を占有している故の考えである。特に国外にでているゴーレム使い同士の仲間意識は強い傾向にあるのだ。もちろん風音にはそんな事情は知らないし関係もない。
「といっても私は他のゴーレム使いと会ったのがユズさんが初めてなんだけどねえ」
だからそう言われては興奮気味のユズも返す言葉もなかった。
(そういえばゴーレムってトーレ王国一国の独占技術とか言ってたっけ)
温厚そうなユズがこの反応である。バレたらどうなるか考えるだけで恐ろしい。だが風音がゴーレム使い、人形使いであることは多くの人に知れ渡っている。マッスルクレイはすでに国家事業だ。
(手遅れだよねえ)
と、風音は早々に考えを放棄した。とりあえずはゆっこ姉に連絡。その反応待ちだろうと考えながら。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:31
体力:114
魔力:205+420
筋力:55+10
俊敏力:48+4
持久力:31
知力:62
器用さ:39
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』『より頑丈な歯[竜系統]』『水晶化[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス』『メガビーム』『空間拡張』
風音「スキルにタグをつけてみた」
弓花「竜体化時に使用できるスキルは[竜系統]と書かれてるわけね」
風音「そゆこと。まあアオさんぐらい竜として常態化すると竜のままでも他のスキルも使えると思うけど、それもう人間ではなくなってるんだよねえ」




