第百六十三話 弟をナデナデしよう
◎ブルーリフォン要塞 第七階層
「すまん、姉貴」
直樹がしょんぼりとした顔で謝っていた。
「まあいいってことよ」
と風音が口にするが直樹は浮かない顔だった。何しろここまでの戦闘を三人に任せて順調に進んでいたのだが、さきほど直樹がパニックになり危うく大怪我をするところだったのである。幸いにして全員が無事ではあったが、冷や汗の出る危うい展開ではあった。そして直樹がパニックになった理由は地竜モドキだった。
「まだダメだったんだねえ」
「前にやった時は問題なかったからな。もう克服できたと思ってたんだけどな」
エミリィとライルも心配そうに直樹を見ていた。
今問題となっている地竜モドキとはハイヴァーンなどに生息する体長4メートルほどの地竜によく似たトカゲである。見た目が地竜にとてもよく似ているのだが、鱗のように見えるのは模様で、防御力もあまり高くはない。
なのでピンチになった時に風音が颯爽と飛び出し参戦し、アクティブのキリングレッグを発動させずに竜爪かかと落としでしとめられたのも当然の結果ではある。
そして風音は『偽りの威圧』というスキルを手に入れた。どうやら自分よりも高いレベルの威圧感を放つことができるようになる嫌がらせのようなパッシブスキルのようだった。地竜モドキが必要以上に恐れられるのもこれが原因だろう。
なおパッシブなので手に入れた瞬間に発動してしまい「ええと、直樹のこと怒ってるの?」とエミリィに聞かれたのでオフにしておいた。別に怒ってはいない。多分漫画描写的には劇画風になる感じだろうかと風音は思ったが、漫画ではないのでよく分からない。風音はリアルな少女だ。
そして直樹だが、どうやら最初にこの世界に落とされたときに地竜モドキに追いかけ回された記憶が未だにトラウマとなって引きずっているらしい。地竜モドキと戦うことはできるが、急に昔を思い出してパニックになることがあるらしいのだ。
「ま、怖い思いしたんだから仕方ないよね。ごめんね、お姉ちゃん気付いてあげられなくて」
そう言って風音は直樹の頭を撫でる。直樹の顔が見る見る赤くなった。恥ずかしかったこともあるが、自分を心配してくれる姉の顔が切なそうで(かわいいなあ)と思ってしまったことが原因だった。駄目な弟である。そして駄目なりにこんな状況でそんな風に思ってしまった自分を恥じて顔を伏せた。それをエミリィは(お姉さんに慰められて恥ずかしいんだろうなぁ)と微笑ましげに見ていたが、その微妙な勘違いを指摘できる人間はこの場にはいなかった。
「それにしても魔物が増えてきたよね」
風音が直樹の頭をナデナデしながらセラに尋ねた。なお風音は風音で「お姉ちゃんっぽい」とご満悦のご様子。
「ええ。そうね」
セラもそう答えるが、セラ自身は多少多いという認識でしかない。これは風音が『犬の嗅覚』で魔物の群れを避けまくっているからで、実際の魔物の数はセラの認識しているよりも4~5倍はあるはずだった。その誤差を風音自身は把握できているので、やはり相当に多いのだろうと考える。
(となるとモンスターハウスに引っかかったんじゃあ……)
そう考えるのが自然だろうと風音は予測していた。地上に飛び出たこと自体は知性の高いモンスターテイマーの誘導によるものだろうが、あの数の魔物が大量発生する原因はモンスターハウスぐらいしか考えられない。
そしてオーリングのメンバーのひとりの亡骸を風音たちが発見したのは、さらに下層、十一階層の途中だった。
◎ブルーリフォン要塞 第十一階層
「いや、知らない顔だ」
ダンジョンの一角で倒れていた亡骸を見つけたが、その姿を見た直樹が自信なさげにそう告げた。遺体の損傷状態が酷かったため確信は持てなかったが、オーリングのパーティの特徴である青いリングを腕につけていたのでメンバーのひとりであることは分かったのである。ズダボロになりながらも食われた跡がないということは非生物系の魔物に襲われたのだと思われた。
「新人のアルズだと思う。私もこいつのことはよく知らないから多分だけどね」
セラがその遺体を見てそう口にした。自信がないのはセラもアルズというメンバーとはあまり面識がなかったからだ。もっぱら話すとしてもリーダーのオーリか友人のナイラぐらいだったのだ。
そして風音は遺体を袋に包むとヒッポーくんハイの、直樹とタツヨシくんドラグーンの後ろに乗せた。
「かなりの数の魔物が移動した臭いがあるからね。ちょっと分かり辛いけど人の匂いも混じってる気がする。集中するから黙っててね」
風音はそう言って目を閉じる。全員が無言で風音を見る。風音は今回は匂いだけではなく無限の鍵も手に下げてダウジングも試みていた。手がかりは少しでも多い方がいい。
「あっち……かな?」
風音はそう言って先に進んでいく。
そして一行が進んだ先にあったのは広間だった。広く、そしてかなりの数の魔物の死骸が散らばっていた。その中央にはダンジョン内で普通に見かけるものよりも豪奢な宝箱が置いてあった。
「姉貴、あれは?」
直樹は見たことがないらしい。それは他のメンバーもそうだった。
「モンスターハウスが出現すると同時にこのやたら高そうな宝箱も出るんだよ。ご褒美なんだってさ」
以前にモンスターハウスに遭遇したときに風音はそう聞いた。あのときは全員が無事だったから最後は笑いあえた。だが風音は直樹の後ろの遺体袋を見て悲しくなった。そういう覚悟もあっての冒険者だろうが、だが悲しいものは悲しい。
「姉貴は見たことあるのか?」
「前にモンスターハウスに当たったことがあるよ」
その言葉に直樹の顔が青くなる。他のメンバーも同様である。モンスターハウスに直撃して生き延びられる確率などごく僅かだ。つまり目の前の少女はそれだけの修羅場をくぐってきたことになる。
「よく逃げ切れたよな。さすが姉貴」
直樹が渇いた笑いでそう応えるが、
「いやいや、ちゃんと全部倒したってば」
と風音は即答した。その場にいる全員が絶句した瞬間だった。
そして驚きながらもライルとエミリィは自分たちの祖父も関連していただけに鬼殺し姫の物語をある程度把握しており、そのモンスターハウスの件を知ってはいた。
(あー、あれか。鬼殺し姫の食べ残しってヤツ)
(そんな話もあったよねえ)
それはミンシアナの王子様に率いられた白き一団がドラゴン退治の前にモンスターハウスに遭遇したという話だった。もっともそのまま続けてドラゴンが討伐されたこともあり、そんな無茶な連戦などはありえないし、どうにも誇張されたものだろうと言われていた。ライル達もそう思っていた。
なお、鬼殺し姫の食べ残しというのは、その後日談で白き一団が戦った大広間に別のパーティがたどり着くとそこには凄まじい量の魔物の亡骸があり、そこからガッポリ素材を手に入れてそのパーティは小金持ちになったというものである。これは黒岩竜の竜鱗拾いとエピソードが被るし、モンスターハウスとの遭遇自体が架空のものだと思われていたので信憑性のない話だとライル達は考えていた。だが、目の前の少女の言葉通りなら、それもどうも事実であったらしい。
まあそんな周囲の心境を気にせず風音は周りを見渡して頷く。
「ここがモンスターハウスの発生ポイントなのは間違いないね。さっきのアルズさんが死んでたところからこっちに来る途中の分岐の通路の方が怪しいからちょっと戻るよ」
「姉貴、あの宝箱はどうする?」
「回収しとこう。所有権についてはオーリさんたちと会ってから決める」
冒険者ギルドの規約には宝箱の所有権は開けて手に入れた者のものと定められている……が、まあ風音としては直樹のお世話になった人と仲良くやりたいので、相手の意向に添った形にはしたいとは考えていた。
なお、手に入ったアイテムは水珠と呼ばれるものである。効果は魔力を送ることで水を出すというもの。飲み水に使えるため便利と言えば便利だ。
そして風音たちは元来た道を戻ることにした。途中分岐された道に続く匂いを風音が感じると、一行はその先へと足を進めていく。その匂いは恐らく半日以上は経っていると風音は感じていたが、だがオーリングのパーティがモンスターハウスの広間を逃げ切り、ここまでこれたのは確かなようである。ここで仲間がひとりはぐれたようだが、だが残りのメンバーは生きている可能性がある。それをこの場にいる全員が期待して、さらにダンジョンの奥へと進んでいくのであった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:30
体力:107
魔力:181+420
筋力:52+10
俊敏力:43+4
持久力:29
知力:57
器用さ:38
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』『より頑丈な歯』『水晶化』『偽りの威圧』
弓花「モンスターハウスねえ。さすがにあれを回収しきるのは無理だったよね」
風音「だねえ」




