第百四十九話 説得をしよう
◎シロディエ湖 シロディエの街方面
売り言葉に買い言葉と言うべきか。弓花とジライドの決闘は風音が朝に水晶化の練習をしていた湖の畔で行われることとなった。なおバーンズ家の別荘の玄関は風音がゴーレムメーカーを使って修理した。ジライド、ライル、エミリィがそれを見てあんぐりと口を開けて見ていたのは言うまでもなかったが出来上がったドアがややメルヘンちっくで風音ちゃん家と書いてあってさらに絶句した。バーンズ家ではなくなっていたのだ。
というような一件は置いておくとして、ジンライは愛弟子と息子を苦々しい思いで見ていた。自分の不始末のツケを弟子に支払わせる。なんとも不甲斐ない師匠であろうかと己を恥じている。
だが、さきほどの「親子ですよ」の一言はさすがのジンライにも堪えた。まさか実の息子に対してまで殺意を向けてしまうとは、と己の節操のなさに愕然としていた。なのでこれ以上恥の上塗りをするような真似をすべきではないと、すべてを弟子に委ねると決めたのだ。
そして風音はゴーレムメーカーで手型のゴーレムのテバサキさんを作り、それを椅子にして座って見ていた。ついでにライルとエミリィも風音に勧められてテバサキさんに座っている。二人ともテバサキさんを恐る恐る見るが、襲われることはないようだった。
(これって、あの沼地にいる泥手ゴーレムと同類だよな?)
(そういえば鬼殺し姫ってゴーレム使いって噂があったわ)
とライルとエミリィはぼそぼそと話していた。あまり正統派のゴーレムもしばらくは造ってないので、ゴーレム使いとしての鬼殺し姫はそれほど有名ではないのだ。むしろ話題に上がるのは人形使い、化け猫使いなどの面が強い。
その人形使いの人形であるタツヨシくんのノーマルは今はバーンズ家の別荘の前で掃除中である。『出かけてます』というプラカードを下げて。
「それで本当に大丈夫なのかよ。あのこ、俺らと同い年くらいだろ。いくらなんでも親父の相手をするなんて無茶だぜ?」
ライルが風音に声をかける。風音はその質問をしたライルをチラッと見たがすぐに視線を弓花たちに戻す。
「弓花がやるっていってジンライさんが許可を出したんだ。私が口を出すことじゃあないね」
風音はジンライの目に絶対の信頼を置いていた。であれば黙って見るだけだ。
「ま、見てなよ。これはライルのお爺ちゃんが弟子にした者の実力を測るための決闘なんだから」
そんな風音たちのやり取りを余所にジライドはこの奇妙な状況に戸惑いながらも竜骨槍を持って弓花と向き合っていた。
「方式は武闘会式でよかろう」
ジンライの言葉にジライドと弓花が頷く。
「私が勝ったら師匠に対する暴言をすべて取り下げ謝罪してもらいます」
「私が勝てば二度とハイヴァーンの地に戻らぬよう誓ってもらう」
ジライドの言葉に弓花が「頑固親父」と呟く。こうして向き合えば相手の実力ぐらい分かるだろうに、だがジライドは認める気はないらしい。
チンッと竜骨槍とシルキーの槍の先が重なる。
互いの得物を離し、位置に着いた両者を見てジンライが手を挙げて「始めッ」と声を上げた。
「行きます」「行くぞっ」
どちらもが最初から一撃を狙って槍を突き出す。槍技『閃』、ほぼノーモーションで突き出される最速の突きを双方が放った。
無論、それは相打ち。
「嘘だろっ」
ライルがその様子を驚愕の表情で見ているが、だが目の前で起こっている事実は覆せない。そして体格の差か、相打ちとなった衝撃から僅かばかり体勢を整えるのが早かったジライドが再度の突きを放つ。
(速い!?……けどッ)
だが、それを弓花は左腕にはめた盾で受けて流す。その白く小さな盾は以前に風音よりもらったドラゴンシールド。訓練中は二槍流となったジンライの突きを何度も受け流した盾である。ジンライの領域に及ばないジライドの突きを受け流せない道理はなかった。そして懐に入った弓花が突きを見舞おうとすると、今度はジライドが槍技『柳』を持って避け、そのまま距離をとった。
「やるようじゃあないか」
ジライドは思わずそう口にしてしまう。
「そりゃあ、師匠の弟子ですから……ね」
その言葉にジライドが唸る。それを認めてしまえば、今戦う理由は消失する。
「あなただって、分かっているんじゃないですか」
「黙れッ」
弓花の言葉にジライドは槍の一撃でもって返す。それを弓花は槍の先で受け流しながらバックステップで後ろへと下がる。
「あの師匠があなたの言うような淫行を繰り広げて自分の修行を疎かにするなんて本気で考えてるんですか?」
その言葉にジライドが呻く。確かなことはジライドにもジンライがそのように振る舞う姿など想像もできないということだった。
そしてジンライも呻く。記憶に蘇るのは大武闘会の後日に人狼化と戦えないのでいじけていたあの日。疎かにしていたなぁ……と心の中で呟いた。
なおも声をあげながらも今度は弓花が槍を突き出す。高速突き、スキルで言うとラッシュと称されるもの。未だ修業不足でまだ完全ではないが、すでに5発に1発は『閃』に近い威力となっている。
その『閃』とは簡単に言えば基本の突きを極めたものだ。鍛えあげればいずれはラッシュのすべてが『閃』となるだろうと弓花はジンライから教わっていた。その攻撃をジライドは余裕のない顔で受け続ける。そして、その間も弓花の説得に近い言葉は続いた。
「師匠は誠実な人です。ルイーズさんが誘惑したって一切取り合わなかったんですよ」
「信じられるかッ」
ジライドの言葉に風音がウンウンと頷いた。その様子を誰にも見られてなかったのは幸いだっただろう。
「…………」
いや、風音の反応を気にしてジンライがチロッと見ていた。泣きそうな顔をしていた。
「大体、私が神狼化したときだって、『犬の嗅覚』を使えた時だって師匠が他の人と交えた匂いなんてなかったもの」
続けて口から発せられる言葉に、ジライドにはその意味は分からないが目の前の少女が父の無実を訴えようとしていることは分かった。
(卓越した技量、その誠実な眼。確かにこれは遊びほうけた者のモノではない。私の目は曇っていたのか)
何よりも子供たちと同じような歳でここまで『デキる』少女だ。遊び呆けて手に入れられる技量でないことは明らかだ。
(ワシは……ワシはなんてことを……)
そしてジンライは己の卑怯さに片膝をついていた。全力で神狼化から逃げていたあの日を思い出していた。
「うりゃああああ!!!!」
そしてジライドの僅かな動揺、その油断を弓花は見逃さない。シルフィンブーツによる不意の加速により『柳』から『転』へと転じ、ジライドを槍の柄で転倒させる。
「ぐあっ」
そしてジライドが叩きつけられた背の痛みに呻きながら目を開けたところで、決着はついていた。弓花の槍の先がジライドの喉元の前で止まっていたのである。
「私が保証します。師匠は潔白だって」
そう言う少女の瞳に迷いはない。
そしてジライドは己が二重に敗北したことを悟り、こう口にした。
「私の負けだ。私は父に、君たちに、謂われのない暴言を吐いていたのだな」
そう口にして、ジライドは弓花を、そしてジンライを見た。改めて自分の眼で父を正しく見ようとしたが為に。
そしてジライドは見たのだ。父の見事な『土下座』を。
「すまなかったーーーーーーーーー!!!!」
そう、息子は初めて見たのだ。父の全力の土下座を。涙を流しながらする土下座を。それには孫達も、何より弓花も口をあんぐりとして見ていた。
それはそれは見事な土下座だったのだ。
そして風音は「ま、そうなるよね」と口にした。ひとり真実を知っていた少女はこの結末が見えていたのである。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー
装備:銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:30
体力:107
魔力:181+420
筋力:52
俊敏力:43+4
持久力:29
知力:57
器用さ:38
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』『頑丈な歯』『水晶化』
弓花「…………」
風音「あ、固まってる」




