第百四十八話 セクハラを正そう
遂にキリングレッグがLv3にあがったようだった。
これは単に威力が増しただけではない。パッシブ化がさらに進み、足全体が強化され、攻撃だけではなく動作自体が機敏になった。『身軽』と併用することでさらなる機動力を得たのである。その能力は相応の力量を持つジライドに対し、不意打ちとはいえ蹴り飛ばして一撃でノックアウトさせることができたほどだった。それも竜鬼の甲冑靴を履いてないにも拘わらずだ。
そしてその能力が目覚めたキッカケは怒り。『カザネ・ネオバズーカ』によってほどほどに経験値が溜まっていたキリングレッグが使い手の強烈な意志をキッカケに開花したのだった。
「で、何があった」
「セクハラ親父を蹴った」
苦い顔をしてやってきたジンライと弓花がバーンズ家の別荘の前に来ていた。ちなみにジンライはここがバーンズ家の別荘だとは知らなかったようだった。このお爺ちゃんは実家にもあまり顔を見せないので無理のないことではあるが。
「爺さん」「お爺さま」
突如駆けつけてきたジンライの姿にライルとエミリィが驚く。まあ当然だろう。父親がいきなり来たと思ったら祖父が死んだと聞かされて、そしたら父親が子供と口論の末に蹴り倒されて、外にでてみれば死んだと言われた祖父もいたのである。驚くなという方が無理な話だった。
「ふむ、お前たちか」
ジンライはジンライで驚いていたが、何しろ息子が吹っ飛んだあとのことだ。続けて孫たちの顔を見てもある程度は落ち着けていた。
「おかしな形となってしまったが久しぶりだな。元気であったか?」
そして孫たちへのフォローも忘れない。実に3年ぶりの再会でもある。
「おう。爺さんにもらった槍で頑張ってるぜ」
「私も冒険者として恥ずかしくないように日々を過ごしています」
ジンライの言葉に孫たちはハキハキと答える。兄妹にとってジンライとは数年に一回会いに来る、厳格ではあるが、強く頼もしい祖父であったのだ。なおジンライ曰く「躾は息子たちの役目だ」と言って特に孫を叱りもしない。荒くれ者のなかで生きてきたジンライにとっては多少の無礼など口うるさく注意することではなく、そこがバーンズ家の中で生きてきたジライドとは違うようだった。そしてジンライも孫たちの元気な声に頬を緩めて頷いた。
「それはなによりだ」
もっとも目の前にはグッタリしている息子がいる。その顔はすぐにまた引き締まり息子の方を見た。
(カザネが怒っていて孫たちも何も言わないところを見ると息子が風音に何かを言って怒らせたのは間違いないようだが……)
「それでこれはどういった状況なのだ?」
プリプリと怒っている風音よりも孫たちの方が正しく話を聞けると思い、ジンライは質問の矛先を変えた。
「どうといってもな…あの爺さん、ちょっと聞きたいんだけど」
「何をだ?」
質問を質問で返されたことに、特に気にすることもなくジンライはライルの質問に耳を傾ける。
「爺さんって白き一団ってパーティの一員なのか?」
その質問にジンライは頷いた。
「その白き一団という名は勝手に広まったものだがな。確かにワシはそう呼ばれているパーティの一員ではある」
その回答にライルは「やっぱり」と呟き、エミリィは驚きの目で祖父を見ていた。
「そんで、こっちのこが多分鬼殺し姫……さんだよな」
ライルの視線に風音は「やだなー。急に他人さまになっちゃってさー」とぷいっと顔を背けた。
「まあ、そうだな。こっちのカザネがパーティのリーダーだ」
ジンライも孫たちに自分のリーダーが孫よりも小さい子だと紹介するのには照れがあった。
「すっごいこだったのね。カザネ…って呼んでいいの?」
「オッケーだよ。他人行儀なんてノーサンキューだもの」
その言葉にライルも渋い顔をして「わーったよ」と答える。ここまで話した感じでライルも風音の性格は大体掴めてきている。噂に聞いたような怖い少女ではないことぐらいは見てればわかる。
(つっても、親父をひと蹴りで吹っ飛ばしたんだよなあ)
性格はともかく、その能力は噂通りかもしれないとライルは思った。
そしてジンライと孫たちが、ジライドの様子と状況を確認していると、風音のもとに弓花がやってきた。
「またなんかやったの?」
友人の言葉は最初から辛辣だった。
「知らないよ。直樹の友達に会ったからついてったら、ジンライさんの息子が淫売だのなんだのと言い掛かりをつけてきたんだよ」
風音の言葉に弓花は「なにそれ?」と呆れる。弓花のしる限りでは目の前の親友はそうしたものからはかなり遠い存在だ。女を捨ててる……というほどでもないが、興味はだいたい他のものに向いていることが多い。
「淫売?……ってそりゃあんまりね」
だが次に出てきた風音の言葉は到底看過できないものだった。
「弓花だって言われてたんだからね。弟子と称して連れ回されてる女の子とかなんとか」
その風音の言葉には弓花もピクッと肩を震わせる。
「なんですって?」
弓花はジンライの弟子であることに誇りを持っている。それを汚すような言葉を断固として許すことはできなかった。そんな親友の様子を眺めながら風音は気になっていたことをたずねる。
「それで弓花、ほかのメンバーはこっちにきてないの?」
「ああ、うん。そうね。ルイーズさんは自分が来たらこじれるからって言ってたけど」
ジンライの息子と対面することはルイーズにとってもかなり厄介な案件だ。そしてルイーズは昨日からかった少女がジンライの孫であることにも気づいてしまった。会うにしてもちゃんと落ち着いた状態になってからのほうが良いだろうということだった。
「直樹とティアラはふたりで買い物だってさ」
弓花の言葉は少し含みのある言い方であったが無論風音は気付かない。弟を好きになる女性など基本いないと考えているので。
「ま、直樹が帰ってくる前に訳の分からん問題が片付くといいんだけど」
弟のサプライズを考えていた風音としてはこんなグダグダな状態で再会などさせたくはなかった。もっとこう、感動的な感じを望んでいたのだ。
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「つうぅう」
意識が覚醒していく。ジライド・バーンズはいつのまにやら失っていた意識を取り戻しつつ、目を開けた。
「目が覚めたかジライド」
それにジンライが声をかける。
「ち、父上か。ああ、ちょっと意識がとぎれていたようで」
そう言って起き上がるジライドはジンライから出された手を取ろうとして
「ッ……あなたはっ」
パンッと手をはたいた。
「……ジライド」
弾かれた手を見ながらジンライは息子の名を呼ぶ。
「その名で呼ばないでいただこう」
ジライドはそう言ってジンライを睨む。そして次々と意識が覚醒していく。
(ここは別荘の中か? 私は何故意識を? 子供たちは?)
ジライドは次々と気を失う前の記憶を取り戻していく。
よく見れば部屋の奥に子供たちはいた。そしてさきほど問答した子供と、もう一人知らない顔の少女がこちらを睨みながら立っている。
「どういう状況だ、これは?」
誰に問うでもなく呟いたジライドの言葉にジンライが返す。
「お前はワシのパーティのリーダーに破廉恥きわまりない言葉を吐いて、その制裁を食らったのだ。何をトチ狂っておるのだ、このバカ者が」
「バカとはなんです。私はもはやあなたとは縁もゆかりもない人間だ」
ジライドの言葉にジンライはさびしそうな顔をする。事情はすでに聞いている。ジライドはジンライがハーレムを作って温泉三昧、淫行三昧の毎日を送り続けていると勘違いをしているのだという。もちろん『そちらに関しては』ジンライも誤解であるとハッキリといえる。だが誤解をされるのも無理はない日々でもあったとも思っている。
「それはワシが修行を疎かにして女遊びに耽っていると考えているからか」
「そうだッ」
ジンライの言葉にジライドは憎々しげに返す。
「あなたが家族を顧みずに旅立ったのはすべては己を鍛えるためだったはずだ。それが母との約束事だった。それをあなたは踏みにじったのだ。もはやあなたにバーンズを名乗る資格はない」
その言葉にジンライの胸は痛む。息子を置いて旅立った自分は父親としては失格だ。ルイーズと通じてしまったのも然り。だが、ジンライは仲間たちのことまで暴言に加えられることは看過できない。弟子ともうひとりの孫を汚されることは許せない。
「それでワシが死んだなどと抜かしたか。バカな息子だ」
「またバカ呼ばわりか。それにさきほどの子供ッ」
突然向けられた矛先に風音が「私?」と自分を指さした。
「あいつは鬼殺し姫だな」
凄まじい蹴りを放つ子供とくればもはや正体は知れたも同然である。
「あれをライルに近付けて何を企んでいる。まさか子供たちまで巻き込む気なのか。あなたの破廉恥きわまりない遊びに」
その言葉には負い目のあるジンライもさすがに呆れてしまう。
「本当にしようのない息子だな。まったくこんなジジィに何かをくれると言っていたから来てみれば」
「お前に渡せるのは引導だけだ。バーンズ家の家長としてその首、もらってくれるわ」
売り言葉に買い言葉。だが『それ』は言ってはいけない言葉だ。ジンライという男は父親であることよりも戦士であることを取った男である。
「言うたな」
故に戦いに関わる言葉がでれば、そこから漏れ出すのは本物の殺気。ジライドは己の心臓がジンライの背後の槍に串刺しになったかのような錯覚に襲われた。かつて感じたことのないような冷たい、死の気配がそこにはあった。
「だめです師匠」
だが、そのジンライの前に横槍を入れたのは弓花だった。
「……ユミカ」
死神と化したジンライの目を弓花は正面から向き合う。
「親子ですよ」
弓花の言葉にジンライが一瞬目を見開き、そして顔を落とし、僅かな間の後に「すまん、任せた」と口にして背を向けた。弓花はジンライに頭を下げ、そしてジライドをみた。
「なんだ。お前は?」
死の気配が過ぎ去ったのを悟ったジライドが弓花を見る。
「ジライドさんですね。私はジンライ・バーンズの弟子の弓花。あなたが言う『弟子と称して連れ回されている若い娘』ですよ」
その言葉にジライドの視線が細まる。
「あの男の愛人のひとりか」
「どうとでも」
ジライドの言葉に弓花が冷たい視線で返す。実際、ユミカは怒っているのだ。敬愛する師匠を侮辱されたことに最上の怒りを覚えていた。
「その愛人とやらと一戦してみませんかというお誘いですよ。これは」
「はっ、小娘が……何を」
そう憤るジライドに弓花はなおも無表情に言葉を返す。
「それで私が勝てば、あなたの言う遊びほうけている師匠という認識は改まるでしょう?」
「お前に私が負けるというのか。悪い冗談だ!」
ジライドの言葉に風音は(さっき一撃だったよね)と思ったが、とりあえずは黙っておくこととした。不意打ちアタックであった故に。
「ユミカ、無理はするなよ。殺す気で構わん」
ジライドの虚勢は、だがジンライのその言葉に砕かれる。
「クッ、バーンズ家の人間がここで逃げたと思われてはかなわん。受けてやるさ。ライルッ!」
「はいっ」
すっかり空気に飲まれているライルが父親の言葉に従って返事をする。
「竜骨槍を出せ。ヤツから贈られたあの槍でもってバーンズの繋がりを断ち切ってくれる」
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー
装備:銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:30
体力:107
魔力:181+420
筋力:52
俊敏力:43+4
持久力:29
知力:57
器用さ:38
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』『頑丈な歯』『水晶化』
風音「そして次回はジライドさん制裁その2及び弓花の活躍があるわけですね。分かります」
弓花「ぬう、妙に物わかりがいいわね」




