第百四十五話 贈り物をしよう
◎シロディエの街 メルリム・カフェ
「な、な、な、なんなのあの女ぁああ!!」
ガタンとカウンターをたたくエミリィに、兄のライルは周囲にスミマセンスミマセンと謝りながら、声をかける。
「お前、ここがどういうところか分かってんだろ? 目を付けられたら即街退場ってとこなんだぞ」
シロディエの街は王侯貴族の別荘が建ち並ぶ特殊な街だ。その街中で不審に見られるような行動をとれば、すぐさま衛兵がやってきて取り囲まれ、外に叩き出される。
「分かってるけどぉ。うー」
エミリィは憤懣やるせないという顔でフォークとスプーンを握り、ぶーたれる。
「まったく、大体、まだアイツって決まったわけじゃねえんだからそんなに荒ぶるなよ」
「決まってるもん。私が見間違えるわけないじゃない」
そういう妹にライルはやれやれという顔をする。
事の発端は一時間ほど前。ライルとエミリィがバーンズ家の別荘にたどり着き、家の中の掃除をしているときのことだった。ライルが一階で掃除をしているといきなり妹が二階からドタドタとかけ降りてきたのである。何を騒いでいるのかと思えば、ナオキが王族などの住まう地区の別荘で見知らぬ女にキスをされていたとか抜かしてきたのだ。
兄は(会えないからってそんな妄想にとり憑かれて……)と思ったが、エミリィは大興奮状態であり、仕方なしにライルもその現場を見に二階に上がってはみたもののすでにその別荘のテラスには誰もいなかった。そして色々とやかましい妹をなだめながら掃除を再開し一段落ついたところでこのカフェに休憩に来たのである。
「でも、お前もあいつの顔を見てないんだろ。相手のお姉さんは見てたようだけどさ」
そう、エミリィはキスをした女と目があったのであり、女と向かい合っていたナオキらしき人物は背中だけしか見えていなかった。髪型は一致していたが白いマントを身につけており、マントの端から僅かに見えた鎧はナオキが以前に身に着けていたものとは別のものだったらしい。
「う、ううん」
エミリィもそう言われては黙るしかないのだが、だがしばらくするとまたウーウーとうなり出すのだ。
「まったく。悪いね、お嬢ちゃん。こんな騒がしいのと隣で」
ライルはそう言って横に座ってチビチビとコーヒーをすすっている10歳ほどの少女に謝る。
「うーん、気にしないで良いよ。恋する乙女はいつでも唸るものなんだよ」
白いマントの少女はそうライルに返した。
「唸るものなのか?」
自然と返ってきた言葉にライルはこれまた自然に首を傾げ、少女は頷いた。
「そうだよ。私の親友なんて唸りまくりだったよ。服選んだり浮気を疑ったりウーウー言ってたよ。まあおっぱい揉まれたり、押し倒されたりしたときはさらに唸りまくりだったけど」
「お、おう」
最近の子供は進んでいるんだなと顔を赤くするライルだったが、エミリィは「あいつはそんなことしないんだから」と反発した。それをライルは「おい、子供の前で」といさめるが、少女は気にせず言葉を返す。
「しないのなら信じておけばいいじゃないのさ」
「うぐっ」
少女の言葉にエミリィが言葉に詰まる。
「恋人を信じているのなら、そんなの見間違いだって言えるはずじゃないかな」
その少女の言葉にエミリィは肩を落として
「こ、恋人じゃあないし」
と小さく口にする。
「違うの?」
首を傾げる少女にライルは言葉を返す。
「そゆこと。そいつ、今恋人なしのフリーでな。まあ、誰かとネンゴロになっても文句言う筋はないんだけどな」
「ネンゴロとか言うなエロ兄さん!」
「だから、そういうことを大声で言うな、アホ」
エミリィが猛反発し、ライルが再びいさめる。ただ横の少女も
「ネンゴロはダメだよ。女の子に対してデリカシーに欠けるよ」
と非難の視線を送っていた。
「あーそうだな。ワリィ」
こんな小さい子に怒られるとはとライルがシュンとする。
「まあ、あいつも故郷に思う人がいるみたいでさ。早々誰かと付き合うってことはないはずなんだけど」
そのライルの言葉にエミリィの顔が若干強張る。少女もその反応でおおよその事情は察したようだった。
「そっか。そいつはちょいヘビーだね」
「うん、そうなんだ」
少女の言葉にエミリィが「えへへ」と力なく笑う。
そして少女はそのエミリィを見ながら、少し考えた後、懐からトンッと小瓶を取り出した。それを見たエミリィが目を丸くする。
「それ、シモーネの香水じゃない」
エミリィが買いにきたミルディナの香水よりも桁が一つ違う香水だ。香る恋というキャッチフレーズで販売されている高級品。ハイヴァーンのティーンの間では告白をするときにつけていると成功率100パーセント!!などと噂されているものだった。もっとも金額もそうだが入手には一定の身分が必要にもなる。ただの子供が手に入れられるシロモノではないのだ。
「これをあげるよ」
「でも凄い高いものなのよ、それ」
そのエミリィの言葉に少女は首を横に振る。
「もらいものなんだけどね、私にはまだ早いと思うんだよね。だったら使うべき人が使った方がいいと思うんだ」
そう言われてもエミリィは手を出しあぐねる。だが香水の価値を知らないライルは「もらっときゃいいんじゃね」と気軽に返した。エミリィは「あのねえ」と無識な兄にシモーネの香水の価値を説こうとすると、少女が立ち上がった。
「私、連れが来たから行くね。ま、次に会えたら結果報告くらいは聞かせてよ」
そう言って席を離れる少女にエミリィも諦めて、申し訳なさそうに、嬉しそうに笑みを浮かべながら
「分かった。告白は……できるか分からないけど頑張ってみる」
と答えた。
「うん。それじゃあね。あ、おっちゃん、お代おいとくよ」
そう言って少女は外にいる二人の年上らしき少女たちの下に駆けていった。
「うわ、美人。となりのこもなかなか」
「ダメだこの兄」
エミリィがさっそく少女の連れを見て色めき立つのを見て「うわー」という顔をする。だが、外から手を振る少女には笑顔で手を振り返した。
「でももらっちゃって良かったのかな。これ」
少女が去った後、エミリィは改めてシモーネの香水を手にとって眺める。
「もらっちまったもんはしゃーないだろ。それに子供のくれたもんなんだろ。そんなに……」
「これ、兄さんの羽織ってるマントよりも高いんだからね」
ジト目で言う妹に兄が絶句する。
「……嘘だろ」
ライルの羽織っているマントはフラングベール製のブランドもののマントだ。頑丈で、よく馴染み、軽いというライルのお気に入りの品だった。
「これがこれより?」
香水を指さし、マントを掴んでみせるライルにエミリィが頷く。
「それだけじゃなくて、売ってる場所が王侯貴族御用達のロイヤルショップだから、お父様ならともかく、私たちじゃあ絶対に入れないところでしか売ってないものなの」
エミリィが背伸びして買えるのはせいぜいがミルディナの香水まで。シモーネの香水はそれこそ告白の日に親の目を盗んで化粧箱から取り出し使うときぐらいしか少女たちの手に触れることはない。
「何者だよ。さっきのこって」
「素材までは分からなかったけど羽織ってたマントがえらくクォリティが高かったから、多分本当に王族の娘さんか何かじゃないの」
「ふへえ、じゃあ迎えに来たのもお姫様とかそんなのかもしれねえな」
ライルが目を丸くして驚く。
「だとすれば将来私たちがお守りする方だったかもしれないわね」
ライルとエミリィは将来ハイヴァーンの騎士となることを目指している。さきほどの少女がハイヴァーンの王族であったならば、実際に彼女を守る立場になることもあるかもしれないとエミリィとライルは考える。
「でもまあ、せっかくいただいたものだしナオキに会うときにはこれで決めてみようっと。あのこといつか再会できたときの土産話も用意しとかないと」
そう言ってエミリィは目をキラキラしながらシモーネの香水を眺めていた。
**********
「うーん、疲れたー」
ショッピングの帰り道、弓花は大きくノビをしながらそう口にした。
本日は風音、弓花、ティアラの三人でショッピングをしていた。ちなみに竜鬼の甲冑靴などの装備はアイテムボックスに仕舞ってある。あれは本来街中で付けるようなものではない。ティアラが以前来たことがあるというロイヤルショップに行ってみたところ、もちろん以前来たことがあるのでティアラの素性がバレた。
店員総出での案内となり、風音もお近づきにと香水やら化粧品などをプレゼントされた。まああまりにもベッタリで、慣れているティアラとその手のものに興味ある正常な少女の弓花は店を見て回ったが風音は途中で飽きたので外で待っていたのだ。
「そういえば風音、さっきカフェで一緒にいたふたりって誰だったの?」
「さあ? ここに入れるってことはいいとこの家のこだと思うけど、なんか恋の悩みを抱えているのでキューピッドをしてあげたのさ」
ドヤ顔である。
「あのふたり、恋仲なの?」
「兄妹だよ?」
「???」
弓花は混乱した。
なおティアラは「カザネは確かに天使ですわねぇ」と平常運転だった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー
装備:銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:30
体力:107
魔力:181+420
筋力:52
俊敏力:43+4
持久力:29
知力:57
器用さ:38
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』『頑丈な歯』『水晶化』
弓花「あの香水、あげちゃったんだ」
風音「冒険者のたしなみとしての臭い消し用の魔法の香水なら持ってるしね。最初の頃とダンジョンの中ぐらいでしか使ったことないからあれも余ってるんだよね」
弓花「まあお風呂がないところだとちょっと気になるもんねえ」




