第百四十三話 弟を強くしよう
『弟最強計画』、それは風音の脳内だけで計画されている謎の弟改造計画の名である。それはやがて手に入れるであろう帰還の楔を前提とした直樹の戦闘スタイルの改造を目的としたものなのだが、今回手に入った素材を使用することでまずは攻撃力から強化することを風音は考えていた……ということを直樹は当然知らない。なにしろ姉の脳内限定の話である。
そして風音の思考はシンプルだ。弟怪我させたくないんだけどどうしたらいいんだろうか? ああ、強くすりゃいいんじゃね? それいいんじゃね? ……という感じだった。
基本的に風音は直樹を男としてみた場合には最低ランクと見ており、まったく歯牙にもかけてはいないが、弟として見た場合には転じて最高ランク、溺愛していると言っても良い。それは母性であり庇護欲であり、ただ弟を護るべき存在としてしか見えていないところは風音の未熟な部分でもあり、大きすぎる姉の存在にただ守られているという事実に反発できないのは直樹の未熟でもあった。それがやがて問題として表面化するか否かは今は置いておくとしても直樹は姉の『必殺技』発言に呆然としていた。
「必殺技ってそんな簡単にできるわけないだろ?」
まあ、直樹の言葉は正論である。
「そんなことないよ。何年後にまた会おうって言って一ヶ月休載して連載再開すればもう必殺技の五個や六個はできてるもんだよ」
風音の言葉は暴論であった。
「漫画だソレは!」
そして直樹の言葉は続いても正論であった。面白味のない男だ。
「ええと。言ってることがよく分からないんだけど、風音はその必殺技ってのに当てがあるんじゃないの?」
話が進まないのでルイーズがツッコんだ。直樹は直樹で「え、そうなのか?」という顔で姉を見る。風音は自信たっぷりに頷き、即答する。
「あるよ。直樹に新しい魔剣を作るんだよ」
「魔剣を?」
直樹の驚きの顔に風音がニンマリと笑う。
「えっとね。クリスタルドラゴン戦の最後あたりに弓花が光線攻撃を受けたんだけど覚えてる?」
「……ああ」
遠目からだが直樹にもそれは見えていた。七色に光るそれが大地を大きく抉った姿を。ルイーズは至近距離だったのでヒヤヒヤものだったのを覚えている。流れ弾で当たってれば死んでいてもおかしくない威力だったのだ。
「クリスタルドラゴンの一本角を使って、あれを撃てる魔剣を造るんだよ」
その言葉に直樹もルイーズもハッとした顔をする。
「ルイーズさんも見た事あるはずだけど、あれは『セブンス・レイ』っていってジークのゼクシア・レイの原型なんだよね」
その言葉にはルイーズも、ゲームでジークを知っている直樹も「ああ」と納得した。
英霊ジークの奥義『ゼクシア・レイ』を放つ大翼の剣は達良が制作したものだが、大元になったパーツはゲームで使用できるものを組み合わせて造っている。本来であれば8属性すべてを使った大技はできない仕様だったが、それを達良は属性の放出の配置組み合わせや時間差等を利用して、すべてが出せるようにセッティングしたのである。そしてその功績もあって、大翼の剣はオフィシャル化されることとなったのだ。その際に達良が参考にしていたのがイベントモンスターである成竜型のクリスタルドラゴン『グラス』を元に作り出される剣『グラスフィア』。それが放つセブンス・レイの七属性攻撃であった。
「当然直樹の魔力の出力次第だからあそこまで強力な光線攻撃じゃないとは思うけど、それでも今の魔剣よりも相当攻撃力は高いハズだよ」
そう顔を綻ばせる風音に直樹は若干浮かない顔だ。
「でもそんな道具の力で強くなんかなっても……」
自分自身の力で強くなりたいという面倒な男の子理論である。そしてそんな理論は風音には無意味だ。
「道具で強くなったからって悪い事なんてないよ。問題なのはソレをどう使うかということだもの」
故に風音は直樹の言葉をねじ伏せる。
「私だってこの竜鬼の甲冑靴もあるし、ユッコネエもタツヨシくんシリーズもいるよ。弓花だって最初っから親方に最高ランクの槍もらって今じゃあ神狼化とか変身するしね」
「う……まあ、それは」
直樹は呻く。確かなことは風音たちはそうしたモノをちゃんと使いこなしているということだった。
「それじゃあ、俺がソレをちゃんと使いこなせるかってことなのか」
直樹は先ほど口にした言葉を飲み込んでそう言った。
「うん。だからソレ造るのにお金使うから直樹の今回の取り分はなしだからね」
「それは別にいいよ」
今回直樹は何もできなかったのだ。あえて取り分を拒否するというのもパーティとしてはよろしくないから受け取るつもりだったが、できれば何か役に立ててからもらいたかった。
(そうだな。自分自身で強くなんていうよりも、石にかじり付いてでも、まずはこのパーティで使えるようになんなきゃなんねーんだよ、俺は)
直樹はさきほどの自分の発言を恥じる。姉がそこまで自分に手を焼くのは、焼かなくて済むところにまで自分がいないからだと理解する。
だからこそ直樹は思う。強くなろうと。そして、そんなふたりをルイーズは微笑ましげに見ていた。
◎シロディエ湖 シロディエの街
「綺麗な街だねえ」
街内に入った風音たちはその街並みの優雅さに思わず声をあげた。
「俺も来たことはなかったが、こりゃ凄いな」
直樹も如何にも高級そうに建ち並ぶ建造物をため息を吐きながら見ている。
「ま、ここに住んでるのって本当に貴族とか大商人とか、そういう人たちの家来やお付きの人とか多いしね。そもそも身分証明が確かじゃないと街に入ることすらできないもの。それに景観を損ねないように建造物にも一定の基準を設けてるらしいわよ」
「へえ。一度話を聞いてみたいもんだねえ。コテージの方も独力ではちょっと行き詰まってきたし」
実は風音はクリスタルドラゴンから得た水晶化のスキルで念願のガラス窓を作成することに成功していた。だがやれることが増え、選択肢が増えたという事は、併せてやるべき事も増えたという事でもある。元々は建造物サンプルを組み合わせていた風音も、徐々に自らの手に余る部分が見え始めていた。
『建築関係ならば首都のディアサウスに大学があるからそちらで聞いてみると良いかもしれぬな』
ルイーズの腕の中のメフィルスがそう風音に告げた。
「大学なんてあるんだ」
『それぐらいミンシアナにもツヴァーラにもあったのだがの』
特に気に止めてなかったので気付かなかっただけのようである。
「メフィルスと私の推薦があれば多分教授にも話が通せると思うけど首都に着いたら訪ねてみる?」
「うん。お願いする。私の方も図面を紙に起こしておくよ」
設計図自体はゴーレムメーカーの中にあるためウィンドウの見れない人間相手では紙に書き起こす必要があるのである。もっともタツヨシくんシリーズの設計図面も今は描けるし、『直感』によって迷いなく線も引ける。知力のステータスが上がって理解力なども高くなっているのでそれらの作業はそう苦ではない。寧ろ楽しいとさえ風音は感じていた。
「姉貴はやっぱり頭いいなあ」
大学の教授と話し合うなどと予定する、そんな姉を直樹は尊敬の目で見ていた。元々風音は頭の良い部類だ。どんだけ勉強しても成績の上がらない直樹と違い、その頭の良さを発揮してロクに勉強もせずに好成績をとっていて勉強時間をゲームに充てていた。このロクにという部分が厄介で勉強を全くしてないというわけでもないのだ。だから風音の成績が良かったのは頭が良いというよりも要領が良いと言うべきかもしれない。もっともそれこそが頭が良いと言うことかもしれないが。
そんなこんなで風音たちはシロディエの街の奥、王侯貴族や特権階級だけが移住を許されている地域へと馬を進めていった。やはりその異様な姿を人目に惹きつけながらではあったが。
だが、その視線の中に風音一行に縁ある二人組の視線も混じっていたことには誰も気づいていなかった。いくら風音の『犬の嗅覚』でも知らない匂いの相手まではわからなかったのである。
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「今の馬車、凄かったなあ」
シロディエの街にたどり着いたばかりのバーンズ兄妹の兄の方ライルは目の前を横切った馬車の後ろ姿を見ながら軽く冷や汗をかいていた。恐ろしく異様な迫力の黒い馬と黒い馬車だった。しかもどういったシロモノなのかは分からないが後ろに白い石像の馬と水晶でできたような透明な馬を引き連れていた。
「悪趣味というべきかなんというべきか。でもあの引き連れてる馬っぽいのは綺麗だったわね」
妹のエミリィはそう評した。
「そういや今の馬車の御者の人、なんか爺さんに似てなかったか?」
ライルはちらりとしか見えなかったが御者席にいたのが自分の祖父に似ていたように見えた。
「何、バカなこと言ってるのよ。ちらっと見えたけどお爺さまに比べたら多分10以上は若い人だったわよ。あとなんかドヤ顔だったし。あの厳格なお爺さまがそんな表情をするとは思えないわよ」
実はエミリィも結構よく見ていた……が観察眼が良すぎるのも考え物である。先入観によってエミリィは完全に祖父ではないと認識していた。
「そうかなあ。爺さんって多分あの手の奴好きだぞ」
実家にある祖父の部屋には金属加工の馬車や兵のミニチュアが並んでいたのをライルは思い出していた。どれもこれも妙に重厚そうなシロモノだった。
「どうでもいいわよ。そんなことよりもとっとと別荘まで行かないと。もう全然使ってないんだから掃除しないと寝れないわよ」
「めんどくせえ。掃除なんてするぐらいなら、こんなとこ寄らずに首都まで行っても良かったんじゃね?」
「うるっさいわねえ。ミルディナの香水はここでしか売ってないんだから仕方ないじゃない」
ライルの記憶によればミルディナの香水とはエミリィと同じくナオキに好意を寄せているお嬢様のシーラが付けている香水だ。ちなみに今まではナオキの冒険者ギルドカードの身分証明ではこの街自体に入れなかったので、シロディエの街に来ることはなかった。バーンズ兄妹はバーンズ家の身分証明があるが、付き添いの人間もいっしょに入るとなると冒険者ならば称号持ちなど国家間で認められるような存在でもなければならない。
「何が仕方ないんだろうなあ」
ライルはそうぼやきながら、つかつかと先に進む妹の後を付いていった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:30
体力:107
魔力:181+420
筋力:52+10
俊敏力:43+4
持久力:29
知力:57
器用さ:38
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』『頑丈な歯』『水晶化』
風音「はい、ジンライさんドヤ顔来ました。孫にも気付きませんでした」
弓花「師匠……」




