第百三十話 決着を付けよう
塗りつぶされていく。負の感情のループが書き換えていく。憎悪、怨念、嫉妬、恐怖、すべてが吐き出され、尚それは増殖していく。心の中だけで納まるはずのそれが、魔力という媒介を通じて、悪魔という魂の塊をも書き換えていく。悪魔と呼ばれていたものの暴走はやがてはシンプルな悪意に集束し、原初に至る一己の魔物へと変質する。それははるか昔から変わらない法則だ。
そして生まれた魔物の名は『ヒルコ』といった。
(ヤバイッ)
風音は瞬時にマテリアルシールドを全開で目の前に張った。牽制や吹き飛ばすために使用していることも多いが、本来はこうして防御に使うものだ。
そして瓦礫の破片などがシールドに阻まれて弾かれる。
「お爺ちゃんッ?」
風音は爆風の先を見る。そこにいたのは巨大な熊か胎児に酷似した黒い塊だった。その巨大な頭部に元のままのゲンゾーの泣いた顔がへばりついている。それは見るからに醜悪な姿だった。
そして、それは風音を一瞬だけ見ると、そのまま外へと飛び出していった。
「どこへいくのさっ?」
「恐らく闘技場の中央へ」
そう答えたのは血を吐き出しながら立ち上がるノーマンだった。
「あんた、寝てないと」
風音がそう言うがノーマンは首を横に振る。
「まあ、こっちはどうとでもなりますのでお気にせずに」
そう言うノーマンの周囲を騎士団が近付き、立つ身体を支える。その様子に「すみません」と断りながらノーマンは風音に向き合う。そんなノーマンの姿に風音は戸惑いながらも先ほどの言葉の意味を問う。
「それで、なんで会場に降りてったの?」
返ってきた答えは「人が多いから」というシンプルなものだった。
「彼は人を殺したがっています。そして死にたがってる」
「なんで?」
「羨ましいからです。笑える相手がいることが」
その言葉に「それだけで?」と風音は言い掛けて、そして止める。それをそれだけと言い切ることはできない。あの老人が何を思っていたのかなんて風音には分からない。
「でも、そういう自分が嫌で誰かに殺されたいとも思ってる。そして死にたくもないからその役目を押し付けた」
風音は手にした刀を見た。
「でも……孫がいるって言ってたよ。終わったら会いにいくって」
「会える相手がいるならああはなりませんよ」
ノーマンのその言葉を聞いて、風音は俯く。
「助ける方法はあるの?」
その言葉には背後にいたルイーズが答えた。
「体は内部から負の感情をオーバーロードさせたことで溶解してる。あれは悪魔ですらないわ。怨念の塊、怨霊の類よ。辛うじて本体の頭部が残っていて形を保ってるけど、もう戻れるシロモノじゃあない」
精神を物理現象として体現してしまう悪魔の性質。アストラル体との融合が感情の発露をループ化させ、悪魔のアストラル体もろとも負の意識がすべてを侵食していた。
「そっか。分かった」
風音はそう言ってバサッと不滅のマントを開き、そして顔を上げる。
「……倒そう」
その瞳にはもう迷いはなかった。
◎リザレクトの街 中央闘技場
観客席は阿鼻叫喚となり、人々は出口へと殺到していた。
突然観客室のひとつが爆発したかと思えば、そこから黒い塊が闘技場の中央へと飛んできたのだ。そして中央に降り立ったそれは膨張し、5メートルはある巨大な胎児の化け物となった。
「魔物だッ」
「悪魔だぞ、あれ」
「なんで町中にあんなのが出るんだ?」
そう言った声があちこちで響き渡る。
だが、今会場にいるのは戦いとは無縁の民衆ばかりではない。
「いくわよビスマルク!!」
「ガーゴッ!」
「斧魔神の字の意味を次こそ見せてくれるわ」
「ヒャッハー」
ここまで残った大会参加者たちはこれが最後の祭りだとばかりに飛び出し、黒い魔物に攻撃を開始する。
「うりゃああああ!!」
そこには風音も当然のように参戦していた。スキルのダッシュと突進を行い、誰よりも速く黒い魔物に到達して真白い刀を振るう。そして刀が凄まじい切れ味で魔物を切り裂いた。魔物が悲痛な声を上げる。
「なんという切れ味!」
風音は『いつもの調子』でそう口にした。
「ちょっと一番乗りは私のはずだったのに」
ビスマルクに乗ったカルティが悔しそうにそう言い、風音はそれに対して笑って言葉を返す。
「ごめんちゃい」
風音は軽くそう言うとユッコネエを呼んで攻撃を開始させた。
「あいつ、ひとりで行っちゃって」
「さっさと行かねば全部もってかれるぞ」
「あのこ、ビューンって飛んでっちゃいましたけど、なんなんです?」
弓花とジンライ、ミナカは会場の観客席に戻ってようやく戦場へとたどり着く。最上観客室は高さがありすぎて空中跳びを使える風音以外は一旦部屋を出て、観客席まで戻る必要があったのだ。
「敵はアストラルタイプの敵だ。対魔力体装備のないヤツは下がれっ」
ジンライが周囲にそう叫びながら戦場に向かって駆けた。
一方で最上観客室では、
「姉貴を守るッ」
「負けませんわッ」
穴が空いたところから直樹が魔剣を飛ばし、ティアラがフレイバードを放っていた。
「風音、タイミングは任せたわよ」
そしてその横には大技の準備をしているルイーズが控えている。すでに情報連携は完了。風音からの指示を待ち、最高のタイミングでぶちかます予定だ。
「うりゃあっ」
黒い魔物からは何本もの手が出て戦士たちを襲う。風音は刀を振り回しそれを切り裂き、さらに竜爪を展開した足で回し蹴りを放つ。
(竜爪も効くけどやっぱり刀の切れ味が異常だ。『悪魔殺し』のスキルでもかかってるみたいだね)
戦闘中なので剣のスキルを確認する余裕はないが、魔力が消費されてもいるし何かしらの効果があるのは分かる。それと共に、恐らくはこの元の持ち主の老人のものであろう想いも風音の心に響き渡っていた。
(ああ、そうだね。辛かったんだね)
切り裂くたびに、その想いが明確に分かる。
(奥さんとお孫さんとも離れて、仲間にも死なれて)
地面からも黒い槍のようなものが突き出るが風音はそれを『直感』でかわし切り裂いた。
(ひとりぼっちになったから全部なかったことにしたかったんだ)
黒い魔物から嗚咽が漏れる。それは呪歌にも等しい、周囲の敵の能力を低下させる効果を持つボイスアタック。だがそのようなものは風音には効かない。叡智のサークレットが防ぎきる。
(自分以外のみんなが笑ってるのが、奥さんとお孫さんが笑ってないのが理不尽だと感じちゃった。だからこんな世界をいらないと思っちゃったんだ)
それはどうしようもなく、身勝手な老人の想いだ。だが、その気持ちをすべて否定することなど風音にはできない。そういう部分を自分が持っていないとは言えない。
「とりゃああああ!!!」
再び風音が特攻し切り裂く。周囲からは黒い手裏剣のようなものが飛び交うがそれはすべて『直樹の魔剣』に弾き飛ばされる。
「サンキュー直樹!」
遠隔視で直樹が親指を立ててるのが見えた。そして風音は魔物に向き合う。
(分かる。分かるよ、お爺ちゃんの気持ちが。私にも分かる)
「やって。ヒポ丸くん!」
そして轟音とともに東門から稲光が走ってくる。時速150キロの雷が地面を走り黒い魔物に激突した。その凄まじい破壊力に魔物が絶叫するが、だがそれだけではない。ズッシャンッと雷の中から3メートルはあろう巨大な大剣を持った鎧武者が出現したのだ。それはもちろんタツヨシくんドラグーンである。閉会式でさらに派手にかまそうと考えていた風音が巨大魔剣装備でタツヨシくんとサンダーチャリオットを待機させていたのだ。
そしてドラグーンの持つ魔剣は持ち上げるときだけ重量を軽くする効果しかないものだが魔力を帯びた魔剣ではある。当然『アストラル系』の魔物にも有効なのだ。
そうして雷でダメージを負った魔物に対し3メートルの魔剣が追い打ちで振り下ろされる。魔物の右腕が飛んだ。そのタツヨシくんドラグーンを見て風音は微笑む。親方の作った自慢の一品の勇姿に心が躍る。
(うん、でも『ゴメンね』お爺ちゃん)
そして風音は再び魔物に向かって駆けた。
(私はこの世界が好きだから)
飛び上がって上段からの一撃を見舞った。その攻撃に泣いた老人の顔から悲鳴が漏れた。だが風音はその顔から眼をそらさない。ちゃんと向き合って自分の思いを正面から告げる。
「お爺ちゃんとは相容れない。だから倒すね」
そして老人の顔から漏れた言葉はひとつだけ。
『頼む』
風音は刀の持ち手を変えて一気に突き刺した。
「ルイーズさん、撃って!!」
そして刀を突き刺したまま手放して跳び下がった風音はルイーズへと呼びかける。その風音の言葉とともに会場の上にある最上観客室から光が放たれる。それはルイーズの光と雷の混合魔術『ジャッジメントボルト』。その雷は風音が手放した刀に集中し黒い魔物へと十二分に注がれていく。
「くッぅぅうッ」
ルイーズが苦い顔で魔力を込める。本来であれば特殊な呪法で溜め込んだ一ヶ月分の魔力を一気に放つのが『ジャッジメントボルト』だ。だが今のルイーズの蓄積魔力はそれに足りていない。今はまだ黒岩竜戦より23日、正しい威力を発揮するには一週間分少ないのだ。
だから、突き刺さった刀に集中させたことでそれを補ったつもりだったのだが、やはりこの魔物を倒しきるには威力が足りない。
「カザネ。倒しきれないわっ」
そのルイーズの声はスキル『情報連携』で風音にも届いたが、だが遅い。
『ウォォオオオ!』
「まずっ」
風音は正面にマテリアルシールドを展開するが、黒い魔物は唸りと共に突進し風音に向かって拳をぶち込みシールドを粉砕する。そして風音の身体に容赦のない一撃がぶち込まれた。
「うあああッ」
吹き飛ばされる。竜鱗でできた篭手でガードしたとはいえ、巨大な魔物の一撃だ。風音の小柄な身体など容易に吹き飛んでいった。
「風音っ」
「ぬぉぉおおお!!」
弓花が叫び、ジンライが黒い魔物に対し特攻する。だがそれよりも一足速い人物がいた。ミナカである。
「いきますッ!」
ミナカはそう叫ぶと黒い魔物に突き立てられた真白き刀を掴んだ。まだ帯電してバチバチと音を出す刀を掴んだのだ。
「雷神化かっ!?」
ジンライの言葉と同時にミナカが突き立っていた真白き刀を一気にブンッと振って黒い魔物の身体を切り裂いた。そして放電する身体でさらに魔物に攻撃を仕掛ける。
「く、もうちょっとか」
地面に転げて倒れている風音はそう言いながらもリジェネレイトのスキルで急速に身体が回復しつつあるのを感じていた。その分魔力を馬鹿食いしているがこれはやむなしだろう。
そして開いたウィンドウを確認する。
ー『魂を砕く刃』のコピーを完了。所持スキルをサクリファイスすることでスキル習得可能となります。サクリファイスするスキルを選んでください。ー
(久々だなあ)
風音はそう思いながら『背後の気配』を選択し入れ替えた。戦闘ではまだ使用したことはなかったが差し替える優先順位的にはこれと決めていたのだ。
「さってと」
そして風音はさっそく手に入れた『魂を砕く刃』を唱える。これは吸血剣などとは違い、竜鬼の甲冑靴に仕込まれた竜爪にも付与できるようだった。
そしてアイテムボックスから魔法短剣を取り出し、ファイア・ブーストと唱え魔術を短剣に装填する。その間も黒い魔物は攻撃を受け続け、だが決め手に欠けているため、倒しきれない。
「今度こそ、後始末するよお爺ちゃん」
風音は空中跳びを用いて一気に跳び上がり、スキル・チャージを発動させる。ウォンバードの街で得たシルフィンスカートによりわずかな滑空時間が生まれ、その刹那の時間に魔法短剣からファイア・ブーストを発動させる。これは衝撃のみを特化させたファイア。ピーキーに設定したそれは普通に撃てば自身が吹き飛ぶだけという完全な失敗魔術だが、魔剣に装填され方向性が固定されれば簡易ブースターとして活用が可能だ。それはゼクシアハーツ内で生まれた魔法剣士の戦闘手段の一種である。
「キリングレッグゥゥウウウ!!」
そして両足を揃えながら、ファイアブーストで速度を上げながら、シルフィンスカートで滑空しながら、風音がキリングレッグを発動させた。それはカザネバズーカを改良したカザネの必殺技『カザネ・ネオバズーカ』だ。回転が加えられた『カザネ・ネオバズーカ』はまるでドリルのように突き進み黒い魔物を崩壊させていく。回転によってアストラル体を巻き込みながら『魂を砕く刃』で消失させることで僅かな欠片すらも残さず、完膚無きまでに滅ぼし尽くしていったのだ。それは魂だけの存在にとってはまさしく天敵とも言えるような凶悪な攻撃だった。
そして、なおも殺せぬ勢いで風音は突進し、地面を抉り、闘技場すらも破壊していく。それは爆風を生み、土煙を舞い上げ、闘技場であった土塊が周囲に飛び散った。その惨状に呆気に取られて見ている冒険者達だったが、煙も消え、クレーターの中心に少女ひとりが残っているのが確認できると一斉に勝利の声をあげた。
完全無欠の勝利であった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40+4
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』
弓花「勝ったのはいいんだけど、みんなビビってたね」
風音「……うん」




